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7月20日 その⑤ 異世界人と『魔王と魔法使いごっこ』

■駅前


 夏休み初日だけあって駅前は学生風のヤツラがいたるところで散見される。仲の良さそうなグループで集まって談笑しながら遠出のバスを待つ者、建物の日陰で一人そわそわしながら時計を確認する者と様々だ。


 平穏な夏休みの始まりを感じさせる風景を後目に、先ほどまで異世界人と熾烈な争いをしていた俺はというと……。


ドン!


「やんっ……!」


 スマホを奪ったままバスから逃げ出したシオンを追いかけ壁ドンしていた。


 退路を断たれたシオンは、俺からスマホを守るように両手で抱き込み顔を背けている、よっぽど俺にスマホを返したくないらしい。


 しょうがない、ちょっと遊んでやるか……。


 俺はシオンの耳元に唇を近づけ、オレがイメージする魔王っぽい声で囁いた。


「さあそれを渡せ、それはお前には過ぎたるものだ」


 俺の口調の変化に気づいたシオンが一瞬チラっと俺の方を見てニヘっと笑い、すぐに真顔に戻る。


「これは渡せません……! これは、あなたに対抗できる唯一のアーティファクト!」


 異世界人がノリノリで返してきた、ならば続けねばなるまい。


「ふふふ、なにもタダでとは言っていない、取引しようではないか」

「見くびらないで! 誰があなたと取引なんか……!」


 完全に聞く耳持たないといった表情でキッっと睨み返してくる、なかなかいい表情じゃないか。

 そんなシオンに俺は圧倒的強者の余裕の笑みを見せ付けながら背中のワンショルダーバッグからある物を取り出す。


 カラン!


 取り出した物は色鮮やかなパッケージの缶、ドロップ缶だ。それを軽く振って見せる。


「な、なんですかそれはっ……!」


 シオンはビクっと震えて驚きの声を上げる。演技なのか、素なのかよく分からない。


「これはな、アメちゃんだ」

「あ、あめ……!?」

「そう、砂糖菓子の一種だ」

「さ、さとう!? そんな贅沢品で一体何をする気ですか!?」


 俺は優雅にドロップ缶をカラコロ振り、アメをひとつ取り出す。

 出てきたのは薄いピンク色のアメ、イチゴ味だ。……イチゴ、ふふふ、運のいいヤツめ。


「さあ、口を開けるんだ」

「だ、誰があなたの言う通りにするもんですか!」

「口を無理矢理開けさせることも出来るんだ、だがそれをしないのはお前に敬意を払い、取引として成立させたいからだ」

「う、ううぅ……」

「選ぶのはお前だ、よく考えるのだな……」


 そう告げると、シオンは瞳にうっすらと涙を滲ませ、『ごめんなさい』と小さく呟くと、その口をゆっくり開いた。どこまでも演技派な異世界人である、とりあえず続行。


「ふふ、いい子だ……」


 左手でシオンの顎に優しく触れ、わずかに持ち上げる。

 そして右手でイチゴ味のアメちゃんを摘み、それをシオンの唇に当て人差し指で押し込むように口の中に入れる。


 ちゅぷ……。


「ふ、ふわああぁぁ~……!」


 シオンが目を見開いて奇声を上げる。


「どうだ……? 甘くて美味しいだろう?」


 ぷるぷる震えるシオンの耳元で再び囁く、さあここからが本番だ。


「もし俺との取引に応じれば、この缶の中身を半分お前にやろう」

「……!」

「どうだ?はい、いいえで答えろ」

「……全部ください」

「……この手の取引の相場は半分と昔から決まっている、全部やるだなんてとんでもない」

「……ケチんぼ」


 シオンは鼻をふんっと鳴らして悪態をついたものの、おずおずとスマホを差し出してきた。特にイジられた形跡のないスマホを受け取り、それを尻のポケットに戻す、さてそろそろ終わりにしようか。

 俺は右手でシオンの髪を梳くように頬に触れ、額がくっつきそうなほど顔を近づけ優しく囁きかける。


「賢明な判断だ、ふふふ、ではアメちゃんをお前に与えよう」


 一粒だけ減ったドロップ缶をシオンに手渡し、ニヤリと薄ら笑いを浮かべる。


「お前は何も悪くない、俺と取引したからといって罪の意識を感じることもない……」

「……」

 

 ズズっと背中を壁に滑らせて、シオンが力なく崩れていく。俯いた顔の瞳に光はなく、ドロップ缶を持つ手もだらんと地面に垂れ下がった。


 人類の希望を背負った魔法使いシオンは、俺の甘い誘惑にあっけなく敗れ去ったのであった。

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