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7月20日 その① 異世界人の朝食

●7月20日『朝』

 

 体内時計が激しく寝坊を伝えてくるけど、もう少しだけ寝ていたい。

 起きてしまえば今日も忙しい一日が始まってしまうから。

 今日は水瓶が少なくなってきてたから水を汲みに行かなきゃだし、ほつれた服も直さなきゃ。

 それに収穫前の畑の手入れもしておかないと、さぼってたら領主様に叱られる。


 ん? なんだかすごくいい匂いがしてきた。

 誰が作っているんだろう? お家に、食べ物なんてないはずなのに――。


 

 何かを焼く香ばしい匂いに誘われて目が覚めた。

 私は寝ると、耳元で叫んでも起きないらしいけど、食べ物の匂いがしたら目を開けるらしい。

 身を起こしてゆっくり伸びをしたところで、ここは私の家じゃないことを思い出した。


「私、本当に異世界に来たんだ……」


 見たこともない家具の数々、すごく寝心地のいいベッド、そして意地悪だけど妙に優しい、この世界で初めて会った男の子、昨日の出来事が夢じゃなくて良かった。


 匂いにつられるように階下に降りると、昨日夕食を食べた部屋から物音が聞こえてくる。

 ドアから顔だけ出して中の様子を伺うと第一異世界人発見!なにやら火を扱ってるらしい背中に声を掛ける。


「お、おはようございます」


 私に声を掛けられた男の子が首だけこっちに向けて返事をする。


「おー、おそよう!」


 いきなり嫌味を言ってくるこの人は『ウタカタソウタ』と言う名前の、私より3つ年上の男の子だ。

 昨日話し合ってソウタって呼ぶことにした。

 昨日はソウタと激しい攻防の末、見事私が勝利してこの異世界で養って貰えることになった。


 実はこの異世界に来る前、女神様と転生先を相談していた時のこと。

 このニッポンという国はものすごく法が厳しく、転籍先の相手によっては衛兵に通告され、そのまま一生牢屋の中で過ごすことになるかもしれないと散々脅された。

 だけど、ソウタは私を衛兵に突き出さず、豪華な食事を作って迎え入れてくれた。

 チョロそうな相手を選んだつもりだけど、ここまでチョロいと逆に不安になってくる。

 この人が私以外の人間に騙されたりしないよう気を付けてあげようと思う。


「どうした、座れよ。朝ご飯食うだ――」

「食べます!」


 被せぎみに即答してしまった、食い意地が張ったヤツと思われるかもしれない。

 でも何か食うかと問われれば、例え吐く寸前の満腹でも食べると答える私なんだからどうしようもない。

 

 イスに座るとソウタがお皿を持って来てくれた、お皿の中身はというと……。


「た、卵ッ……!?」


 私が驚きの声をあげると、ソウタが目を丸くして私を見つめてくる。


「ベーコンエッグだけど、どうかしたか?もしかして卵嫌いだったか?」


 嫌いなわけない、びっくりしただけだ。

 私達の世界では卵は超高級品で、季節によっては食べてはいけない期間もある。


「こ、これ、本当に食べてもいいんですか……?」


 高級食材を前に、何か裏があるのでは勘ぐってしまう。


 おそらくこれは罠だ。


 食べた瞬間『食べたな?』とか言われてこの卵のお金を請求され、お金を持ってない私に体で支払うよう要求してくるに違いない。


 私が考え事をしている間にソウタがもうひと皿差し出してくる。これは……?


「パンだ、そこにジャムもマーガリンもあるから好きなのつけるといい」


 これがパン!? 私が知ってるパンと違う……。

 

 パンというものは、丸っこくて、もっとこーガチっと硬そうで色も茶色だ。

 お皿にのっかっているパンと言われたものは形が四角くって色が真っ白だ、しかもなんだかふかふかしている。


――まさか、これがうわさの小麦のパン……!?


 小麦でつくるパンは白く焼きあがると聞いたことがある。

 小麦のパンも高級品で本物を見たことはないのだけれども、この四角いのがそうなのだろうか。


「ん! うまい具合に焼けてるな、シオンも熱いうちに早く食べろよ」


 ソウタが私に見せつけるように食べ始めた、明らかに私が食べ始めるのを誘っている。

 これは罠だ! ソウタは私のこと餌付けしようとしてる!

 この高級料理を食べたら最期、あんなことやこんなことされちゃうに決まってる!

 気をしっかり持て私!


――絶対、食欲なんかに負けたりしない!






「食欲には勝てなかったよ……」


 カリカリに焼かれたベーコンの油が半熟トロトロの目玉焼きと絡まって、舌の上でじゅわ~っと広がる。

 飲み込むのが勿体ない、ずっとこの味を堪能していたいけど、ごめんなさい、飲み込んじゃいます。

 最強コラボが喉を通過した時の幸福感は得も言われない。

 

 ふはは、私の血肉となれー!

 

 パンはもっちもちフワフワでこれはホントにパンなのか!?

 さらにイチゴジャムなるものをつけて食べると、もうなんだこれ!

 ソウタは私をどうしたいと言うのか?

 パンの香ばしさとジャムの甘みが本気で私を堕としに掛かる。

 もうダメだ、この朝食の美味しさに抗えそうにない。

 私は必死に抵抗したけど、ソウタの巧妙で卑劣な罠にまんまと掛かってしまったのだ……。


 ソウタが私の食べっぷりを見て微笑んでいる、内心獲物が掛かった事にほくそ笑んでいるのだろう。

 おそらく、ソウタの次のセリフはこうだ『全裸になれ』。


「そうえいば、一晩寝て魔力は回復したのか?」


 ……全然違った、お楽しみは後に残しておくタイプのようだ。


「なにか適当な魔法試してみろよ」


 食事中なのにソウタが魔法を見せろとおねだりしてくる。

 食事の邪魔をするとは許せない、ちょっと驚かせてあげよう。


「……じゃあ、軽めの魔法を試してみますね」


 手に持っていたパンをお皿の上に置いて目を瞑り、精神を集中するフリをする。

 ソウタには私のこめかみに浮かぶ青筋が見えているだろうか。


「我は命ず、闇の深淵にて万象の寂滅を司る冥府の王よ、彼の者に永久の眠りの唄を奉唱せよ!」

「……お、おい!?」

 

 焦るソウタに絞首台に向かう死刑囚を見るかのような視線を送り、右手の人差し指をゆっくりとソウタに向ける。


「デス・トリビュート!」

「……ッ!!」


 ソウタが椅子から立ち上がり大汗をかいて硬直している、私に死の魔法を掛けられたと絶望しているのだろう。

 顔がマジになっててかなり笑える。

 さて、そろそろネタバレしてソウタを安心させてあげようかな。


 私はソウタに不敵な笑みを浮かべながら、こう告げる。


「……しかし、マジックポイントが足りない」




「てめえぇぇッ――!!」

「痛い痛い痛い! ほっぺを引っ張らないでっ!!」

「なにが軽めの魔法だ! さっきの即死魔法だろ!? 詠唱までしやがって!!」

「違います! 即死魔法じゃありません! 一週間くらいかけて肉体から魂を強制的に引き剥がす非人道的魔法で、その時の激痛は死ぬ方がマシだと思えるくらい容赦ないものです、さらにその痛みでは死ぬことは出来ません!!」

「重すぎるわ!!」

「軽いジョークだったんですよー!」

「何度も言うけど、重すぎるわッ!!」


 


「……次やったら、メシ抜きだからな!」

「はい……」


 めちゃくちゃ怒られた、ご飯抜きは嫌だから、今度ソウタを脅すときは別の魔法にしよう。


「ところで、今日の予定だが……」


 ソウタがテーブルの上のお皿を片付けながら今日の予定とやらを告げてくる、さて何をするつもりだろう?


「まず風呂に入れ、昨日入ってないだろ? 今朝沸かしたばかりだからすぐに入れるぞ」

「え!? お風呂があるんですか!?」

「あるに決まってるだろ」

「……!」


 私達の世界では、個人でお風呂を所有しているのは王族、貴族それに大商人くらいのものだ。

 あとは街とかに行けば大浴場とかあるけど、使用料は安くない。

 日々の暮らしが厳しかった私は大浴場を利用することは1度もなかった。

 体の汚れは水に濡らした布で拭くか、こそこそ川で水浴びする程度だった。


「んで、風呂が終わったら買い物に行くぞ」

「お買い物に行くんですか?」

「ああそうだ、見たところ着替え持ってないだろ?」

「今着てる服と下着しかありません!」

「やっぱりな……、風呂から出たら何か着替えを用意してやる、……ああ~さすがに下着の替えはないから新しいの買うまで今ので我慢してくれ」

「私はソウタの下着でも一向に構いませんが?」

「俺が構うわ!」

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