7月19日 その④ 異世界人と食後
■7月19日『食後』
御代わりをなんとか断念させることに成功した俺は食後のお茶を淹れ、苦しそうに腹をさする少女を眺めながら一服する。
なんというか、コイツふてぶてしいよな。ちょっと下品だし……。
あ! 今ゲップした!
見てくれは悪くないのに、いや、むしろいいのに妙に残念というか。
そうだな、モンハ〇例えるとしたら――。
救難信号を出しているのに誰も助けに来てくれない! 自分にはまだ太刀打ちできるモンスターではなかったと、1乙を覚悟した瞬間……!さっそうと現れたベテラン風ハンター。勇猛果敢にモンスターに突撃し、モンスターの注意を引いてくれる。鮮やかな救助のお手並みに惚れそうになったのも束の間、ベテラン風ハンターはそのまま1乙をかましてしまう。装備は強固、アイテムも万端、だが弱い! しかも本来格下である俺から回復薬をせびってくる始末。
2乙しながらも(ベテラン風が)なんとかモンスターを倒した俺に、救助が間にあって良かったとか、今日はちょっと調子が悪かったとかベテラン(笑)が話しかけてくる。適当に相槌をうってさっさと別れてしまおうと思ったら、このまま次の狩りに行きませんかと言い、フレンド登録しようとしてくる……。
見た目くっそ強そうなのに、クソザコ残念ハンター。
って、感じか――。
てなことを考えていると、残念な子が私にもお茶を出せと催促してくる。
本当に残念なヤツだな。
「そういえば……」
熱そうにお茶をちびちび飲んでいた残念娘が話しかけてくる。
「あなたのお名前を聞いていませんでした」
あれ、そうだっけ? 自己紹介はしたような気がするが。
「せっかく養ってもらえることになったし、お名前を知りたいなと……」
だれも養うとは言ってないのだが。
「苗字は歌方、名は奏太、お前より3つ年上だぞ」
「うたかたそうた……そうた、ですか」
「お前の好きなように呼んでもらって構わないよ」
「じゃあお兄ちゃんで!」
「それはダメ」
ぶーぶー抗議してくるが、お兄ちゃんと呼ばせるわけにはいかない。
「じゃあ『ソウタ』って呼びます」
「ああ、それでいいよ」
「ソウタも私のこと名前で呼んでください」
「……」
年下の図々しい残念娘とはいえ、初対面の女の子を名前で呼ぶのは少々恥ずかしいわけで……。
「『お前』でいいだろ?」
「ソウタが私のこと名前で呼んでくれないなら、私もソウタのこと『あなた』って呼びます」
「それでいいじゃん」
「本当にいいんですか?『お前』と『あなた』なんて呼び合ってたら、まるで夫婦みたいですよ?」
……それはまずい。
「わかったよ、名前で呼ぶ」
「じゃあ、お互い名前で呼ぶ練習をしましょう」
「……そっちからどうぞ」
「ソウタ」
「……シオン」
初めて名前で呼んでもらったシオンが満足そうに頷く。
「ソウタ!」
「……シオン!」
「ソウタ!?」
「シオン!?」
「ソウタああああぁぁぁぁっ……!」
「シオオオオォォォォーーン!!」
なんだよこれ。お互い様々なテンションで呼び合ったあと二人で大笑いした。
こんなに名前で呼んでもらったのはいつぶりだろう。
食べ終わった皿を流しで洗っているとシオンが眠そうに目を擦っている。
腹がいっぱいになった上に今日ドタバタした疲れが出たのだろうか、机の上に伏せてしまった。
「おい、まだ寝るなよ、風呂にも入ってないだろ」
「……うん」
シオンが生返事で答える、ダメだこれ眠っちまうな。皿をさっさと拭いて棚にしまう。2人分しか皿はないからあっという間だ。
「ほら、寝るな寝るな」
肩を揺らして起こそうとするが唸り声をあげて威嚇してくる、寝ると絶対起きないタイプのようだ。しかし困ったな、こんなところで寝ると朝起きたら体バッキバキだぞ……。
不本意だが、俺の部屋のベッドで寝かせよう。自分の寝床を明け渡すのは若干屈辱だが……。
「おい、ベッドに連れて行くけど、触ったからって変態呼ばわりするなよ?」
「……うーん」
よし、合意は得た。面倒だが、こういう手続きは重要なことだ。おろそかにするとエッチだの変態だの一週間も二週間も言われ続けることになる。
机にうつ伏せて寝ているシオンの頭を起こしてイスにもたれ掛けさせる。
背を抱くように腋に手を入れ、両膝裏に腕を通し一気に持ち上げる、俗に言うお姫様抱っこだ。
「コイツ、ガリガリじゃねえか……」
シオンは小柄だし、重くはないと思ったがあまりにも軽すぎる。魔法使い風の服の上からじゃ分からなかったが、抱っこした感じ体の線が細すぎる。これはもう栄養失調レベルじゃないだろうか。13才という年齢の割には背も低く随分幼いと思ったが、栄養不足で成長が阻害されているのかもしれない。異世界で、死ぬ前の姿そのままでこっちの世界に転生したというのなら、コイツの異世界での生活は相当厳しかったのだということが肌を通して伝わってきた。
「明日の朝は、何つくってやろうかな……」
シオンが朝食を喜んで食べる姿を思い浮かべながら、腕の中で寝息を立てている少女をベッドに寝かす。
なんだか俺も今日は疲れた、瞼がとても重い。
「今日は1階のソファーで寝るか……」
自分の寝床は恋しいが間違っても同衾など出来はしない。
俺は紳士だからな。