7月20日 その⑫ 異世界人と仲直り
今日は、いろんなことがあった。
お風呂に入って、ばすに乗って、へんな遊びをして、服と下着を買った。
そして、この世界の人を蘇生魔法で復活させた。
あれから家に戻るまで、ソウタとは喋ってない。
私が軽率に魔法を使ったせいで、ソウタをものすごく怒らせてしまった。
でも言い訳させてほしい、目の前でいきなり人が死んで、冷静で居られるわけがない。
家に戻ると、ソウタはテレポートした荷物の食料品を『れーぞうこ』とかいう機械の中に手際よく詰め込んでいった。
荷物は狙い通り台所のテーブルの上にあり、これが手違いでトイレなんかに飛んでいれば、さらにソウタを怒らせる結果となっていただろう。
ソウタが食料品の整理を終え、台所を出ていく。
廊下に出たソウタは他の部屋、おそらくは外出直前に入った部屋に向かったようだった。
スラッ……トン。
妙な部屋の仕切り、ふすまを開けて閉めた音が聞こえた。
ソウタが部屋に入ってから数十分が過ぎた、まだ出てくる気配がない。
ソウタには話したいことがある、ソウタも私に言いたいことがあるだろう。
なんだかモヤモヤしたこの気持ちがどんどん大きくなる。
ソウタと話そう、このモヤモヤをずっと心に置くのは苦痛でしかない。
意を決してソウタが入った部屋の前まで行き、中の人物に問い掛ける。
「ソウタ、中に入ってもいいですか?」
一拍ほどおいて、中から返事がある。
「いいよ」
慣れないふすまをゆっくり開けると部屋の奥にソウタがいた。
祭壇の様なものの中央に飾られている肖像画の前に正座している。
肖像画に描かれているのは、私よりずっと幼い女の子だ。
この祭壇の雰囲気、これはきっと……。
「妹だよ、9歳の時に死んじゃったけどな……」
ソウタが祭壇を正視したまま話す、声には全然元気がない。
「交通事故、車に撥ねられて死んだ、今日のあの事故とほとんど同じ状況だった」
ソウタは続ける。
「結末は違ったけどな、妹は死んで、あの子は死なずに済んだ、シオンのおかげだ」
そこまで聞いて、私もソウタの隣に同じように座る。
すると、ソウタが座ったまま私の方に体を向け、そして頭を下げる。
「お前にひどい事言っちまった、勘弁してくれ……」
膝の上に乗せられた両手は固く握り締められ僅かに震えている。
「あの子が生き返ったのを見て、なんであの時、お前がいなかったんだって、そんなバカなこと考えちまった」
なんであの時ソウタが怒ったのか、なんとなく分かった。
「むかついたろ?ぶん殴ってもいいぞ」
理不尽な怒りを向けられ腹は立っていたが殴る気は無い、殴っても自分の手が痛いだけだ。
「殴りません、異世界人はそんなことしません」
「そうか……」
「でも、代わりに……」
「うん?」
「鼻毛を抜きます!!」
「……はっ?」
「私達の世界では、仕返しは鼻毛を抜くことと相場が決まっています」
「うそだろ、人生最大のカルチャーショックだんだが!?」
「さあ、鼻を出してください、右でも左でもどっちでもいいですよ」
「ま、まじかよ……」
「まじです」
ソウタは恐る恐る左側の鼻の穴を差し出してきたが、顎を掴みグイっと左に振る。ターゲットは右側だ、相手の選択をあえて無にする行為は、どっちが立場的に上か分からせるために重要だ。
ずぬ……!
「んふっ……!」
右手の親指と人差し指をソウタの鼻の穴に入れ、両の爪先でギチっと鼻毛を捕らえる。
「ちょ、すでにいて―んだけど!」
「カウントダウンしますね、ゼロと同時にひっぱります」
「……!!」
ソウタの緊張が指先から伝わる。
「では、いきます」
「ごー」
「よん」
「さん」
ぶっちん……!!
「ぐ、ぐあああぁぁぁあっ……!!」
ソウタが床を転げまわる、フェイントは基本中の基本だ。
「4本……、まあまあかな」
鼻を押え、うずくまるソウタの見える位置に鼻毛をパラパラっと落としてやる。
無残にも引き抜かれた鼻毛にソウタは手を伸ばそうとするが、そうはさせない、私は鼻毛を足で踏んずけてグリグリする。
ソウタの伸びた腕が力なく床に垂れ下がる。
私は仕上げとばかりにソウタの服の肩口で指を拭い最後に一言。
「今日はこのくらいで勘弁してやります!」
これで仲直りは確定だろう。
部屋を出ようとふすまに向かって歩く途中、ソウタをチラ見するとちょっとだけうれしそうな顔をしていたように見えたのは何かの勘違いだと思う。
昔、痛みの単位にHANAGEというのがあった。
デマだけど!