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7月20日 その⑪ 異世界人と蘇生魔法

 今日のミッションは完了したため、百貨店を後にして帰路につく。


 駅前まで歩き、本来ならば来た時と同じ様にここでバスに乗るのだが、せっかく駅前まで来たのだ、シオンの勉強の意味も含めて町を散策しながら帰ることにした。


 何も知らなければ、町中を歩くのは結構危険だ。

 その最たるものが交通ルールと言えよう。


 ちょうど交差点に差し掛かった時、シオンが信号機を指差しアレはなんだと聞いてくる。

 俺は懇切丁寧に説明し、シオンはふんふんと頷く。

 シオンは自分の世界のラノベである程度知識があったらしく、わずかな時間で交通ルールを正確に理解していった。


 交差点の付近で立ち止まり、しばらく車の流れを二人で眺めていると、ママチャリに乗った女性が目の前を通り過ぎる。その後ろ、10mほど後方に小さな女の子が前方の女性を追うように一生懸命自転車を漕いでいる、親子だろうか。


 女性が交差点を渡り切り、小さな女の子の自転車が交差点に進入しようとした時、事件は起こった。


「あっ……!」


 ――背筋に冷たい何かが走り抜け、体が凍り付いたように硬直する。


 左折してきたダンプカーに女の子の自転車が衝突、そのまま転倒し自転車もろとも巨大なタイヤに巻き込まれる。


 ガシャ! メキ……!


 衝突音と、わずかに遅れて、にぶく何かが潰れる音が聞こえた。


 事故だ……!


 突然目の前で起こった悲惨な出来事にイヤな汗がどっと噴き出す。


 異常を察知したダンプカーは、車体を横断歩道に半分残したあたりで停車、女の子はタイヤの下敷きから解放されたが、うつ伏せたままピクリとも動かない。



 助けないと――


 俺は女の子の元に駆け寄り、片膝をついて救助を試みるが、突如として強いめまいに襲われる。



 あの時の光景、決して忘れることが許されない過去のトラウマが脳裏に浮かぶ。


 胃から込み上げるものを必死に我慢していると、ダンプカーの運転手らしき男性が姿を現すが何をするわけでもなく、ただ立ち尽くしていた。


「ソウタ!」


 遅れてやってきたシオンが女の子を抱き起し容態を伺う。

 動かすなと言おうとしたが、……どう見ても即死だ。


 腕はだらんと垂れ下がり、口からは大量の血が吐き出され、片目だけがわずかに開き瞬きすることもなく、ただ虚ろに宙を見つめている。



「いやああああああああああああああああぁぁぁぁっ……!!」


 自転車で通り過ぎた女性の、この世のものとも思えない絶叫が響いた。


 名前を呼びながらフラフラこちらに歩み寄り、ピタッと足を止めた。

 口元を両手で隠し、涙がぼろぼろ零れる。



 やっぱり、この子の母親か……。


 ……どうすればいい、いや、俺には何も出来ない。

 せいぜい、警察と、救急車を呼ぶくらい。


 電話しようとスマホを取り出すが、荷物の転送ですでにバッテリー切れ。

 本当に何も出来ない、自分の無力さを嘆いていると――



「ソウタ、この子を蘇生します……!」


 シオンが俺を見つめながら決心したように話しかける。


 ……今、何て言った? そせい? そんなこと出来るのか?


「ソウタ、すまほを貸してください!」

「スマホの電力……、魔力はもう空っぽだよ!」


 例えスマホのバッテリーが満タンでも蘇生なんて出来るだろうか?

 蘇生に必要な魔力は半端な量ではないはずだ。


 シオンが焦ったように周囲を見回し、何かを発見したのか、ある場所を指さす。


「そこ! そこにある魔力なら蘇生出来ます!」


 指差す先はダンプカーの荷台の下、そこに魔力?


 シオンは女の子を抱きかかえたまま指差した位置の近くまで移動すると、その場に座り込み、女の子頭を膝上に乗せた。


 そして――


 魔法の言葉を紡ぎ出す、発せられる声はまるで川のせせらぎのように淀みなく流れていき、やがてシオンの体をやわらかい白い光が包み込む。

 球体上の光はゆっくり回転するように動き出すと、やがて分裂し小さな光の塊へとその形状を変えていく。

 さらに分裂し、形を変え、小さな光は輝く文字となって浮遊する。

 文字となった小さな光は回転しながら位置を変え、やがて長い光の帯となり女の子の体を螺旋状に包み始めた。


 いつ終わるとも知れない詠唱の傍らで、シオンの右手がせわしなく動く。

 人差し指が描くのはこの世界の文字ではない、きっと異世界の文字。

 中空に浮かび上がった光の文字は、まるで線香の煙のようにゆっくりと登っていき、やがて薄く広がり消えていく。


 ……シオンが魔法を使っている、しかもこれは、2種類同時に……?。


 この二日間でシオンが電気を魔力に換えられることは分かっていたが、今、この場所には電気がない。ダンプカーに積まれたバッテリーかとも思ったが、シオンが座っている辺りにバッテリーは見当たらない。


 ではなぜ、魔法が使えているのか?


 注意深く観察すると、シオンの背中の後ろ、ダンプカーに備え付けてある大きなタンクのようなものに、うっすらと粒子状の光が次々と浮かび上がり、それがシオンの背中に流れ込んでいる。


 タンク? 燃料タンクか!?



 もしかして……!


 俺はダンプカーの後ろを回って運転席目指して駆ける。


 運転手はよほど慌てて飛び出したのであろう、運転席のドアは全開で開け放たれており、キーも刺さったままだ。


 俺は運転席に飛び乗るとインパネの、ある一点を凝視する。


 フューエルメーターだ。


 燃料の残量を示すフューエルメーターは、燃料タンクの底に穴が開いたのではないかと疑うほどの、凄まじい減り方をしていた、つまりこれは……。



 あいつ、液体燃料も魔力に換えられるのか……!。


 シオンの元まで戻ると、小さな女の子の外傷は完全に無くなっており顔色も良い。だが、ぐったりとしてまるで人形のようだ。 


 シオンは女の子を抱きかかえる様に両手を廻し、耳元で囁いている。

 先ほどの詠唱ではない。


 悪夢を見て泣き出し、眠れなくなった幼子を母親があやすような、そんな優しい言葉だ。



 どのくらい時間が経ったのか、シオンが『よく戻ったね、えらいよ』と小さく呟くと女の子の体がビクッと震えた、そして――





「マ……マぁ……」


 か細い、涙で震える声が弱弱しく上がった。

 

 シオンは母親に顔を向け、わずかに身動ぎする。

 

 涙で顔がぐしゃぐしゃになった母親は、シオンと場所を入れ替わり、何度も何度もある言葉を繰り返す。


 それは懺悔の言葉だ。


 名前を呼び、何度も何度もごめんなさいと、


 一人にしてごめんなさい


 置いて行ってごめんなさい


 気づかなくてごめんなさい


 怖い思いをさせてごめんなさい


 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――





 あの時、俺も何度も謝った。


 今も、謝っている。


 これからも、ずっと謝り続ける。


 だけれど、許されることはない。 

書き溜めがもうなくなってしまいました。

今後週1,2回の更新になると思いますm(__)m。

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