7月20日 その⑥ 異世界人とハッカアメ
『魔王と魔法使いごっこ』を堪能した俺たちは百貨店に向け歩き出した。
アホな事をやっていたら軽く人だかりが出来ていたようだが、そんな事は気にしてはいけない。
さて、百貨店に行くには駅を横断する高架橋を歩いていくのだが、この高架橋から見下ろすように駅の様子を伺うことが出来る。
……と、ここでタイミングよく電車がやってきた、駅のホームに誰もが聞いたことがあるであろうメロディが鳴り響く。
「四角いサンドウォーム……」
シオンが欄干に手を置いて背伸びしながら電車を凝視する。
この異世界人はなんでもかんでもモンスターに見えるらしい。
「中から人が!? サンドウォームに食べられてた人たちが出てきてます!」
今は、あえて本当のことは教えまい、異世界人の反応を楽しもう。
「自ら食べられる人も!? この世界の人達は食べられても平気なんでしょうか?」
『私達の世界なら3分で骨まで溶けちゃうのに』と呟くシオン、まじか、サンドウォームやべえな。
腹に人間をしこたま詰め込んだ四角いサンドウォームを見送って、再び百貨店に向かって歩き出す。
すぐ隣にはイチゴ味のアメちゃんを舐め尽くしたシオンが次のアメちゃんを取り出そうとドロップ缶をカラコロ振りながら機嫌良く歩いている。コロっと掌に零れ落ちたアメちゃんの色は白色、おっとこれは……。
またしばらくの間、甘未を堪能できると信じ切っているシオンはなんの疑いを持つはずもなく白色のアメをひょいと摘まんで口の中に放り込む。
ニッコニコだった笑顔が徐々に真顔に変わっていき、仕舞いには眉毛を八の字に曲げ半開きの口から『あーーーー!』と声を上げ始めた。どうやら人によっては苦手な味、ハッカアメを引いてしまったらしい。
安全な宝箱だと思ったらまさかのミミックでした! といった予想外の奇襲を受けたシオンは、堪らずハッカアメを手に吐き出し、恨み掛かった抗議の眼差しを俺に向けてくる。しらんがな。
異世界にはハッカ味の食べ物はないのだろうか、初めてあの独特な味を味わったのならビックリするだろうなと考えていると、シオンが先ほど吐き出したハッカアメを有ろうことかドロップ缶の中に戻してしまった。
「ちょ! なんでそこに戻すんだよ! 半分はオレんだぞ?」
「あっ! そうでした……、すみません、責任もって全部食べます……」
小声で『さっきの以外……』と付け足すシオン、こいつ確信犯でやりやがったな!
どうもこの異世界人は常識というものが欠けているように思える。
まあこの世界、日本の常識を知らないのは当然なのでこれから少しづつ、俺が教えてやるしかない。
常識が身に着くまでは少々のお痛や悪ふざけは許してやるつもりだ。
さて、まずはドロップ缶を頂く時のルールからだな。
「シオン、今お前がやったことは、ドロップ缶のアメを食べる時に一番やってはいけないことだ」
俺は出来るだけ真剣な表情で諭すようにシオンに話しかけるのだが、とうの本人はアメを出したり入れたりを繰り返している、どうやら安全と分かっているイチゴ味を引こうとしているらしい。
「おいやめろ! お前がやってることは異世界風に言うとだな……、ええっとあれだ、ほら、何が起こるか分からない禁断の魔法とかあるだろ? それと同じだ、気に入らないものを引いたからと言って、やっぱなしー! とか出来ないだろう?」
ピタっと動きを止めるシオン、思うところがあったのか。
「このお菓子の入れ物に『フェイトオブダイス』と同じ効果が!? す、すみません!軽率でした……!」
「お、おう」
あるのかよ、逆に不安要素が増えるわ!
「えっと、その魔法はけっこうやばいのか?」
「最悪な目が出たら、この国は跡形もなく滅ぶと思います」
「……分かってると思うが、使うなよ、絶対に使うなよ!?」
「それはフリというやつですか!? ラノベを読んで知っています! 『絶対やるな』は逆の意味を持っていると!!」
「フリじゃねーから!まあ、お前の場合MPが足りなくて使えないだろうけどな!」
「……むう」
ほっぺを膨らませてはいるが、ドロップ缶の嗜み方は理解してくれたようだ。
缶から出てきたアメは好きであれ嫌いであれ、運命に従い有難く頂くべきなのだ。
「ソウタソウタ! ソウタもアメ食べますか?」
シオンがドロップ缶の口をこちらに向け聞いてくる、ちょうど口の中も寂しいし、ひとつもらっておくか。
「1個くれ」
「ほいほい」
俺の掌の上でドロップ缶をフリフリするシオン、メロン味出てこいっ!!
コロンぬめちょおぉ……。
「……」
出てきたのは、白くて、食いくさしの……。
「ほら、やり直しをきかないんでしょう? もちろん食べますよね?」
……してやったりのムカつく顔が、俺の顔を覗き込むように近づいてきた。
ハッカアメ苦手……