7月19日 その① 異世界人(笑)を追い出す
初投稿です、宜しくお願い致します。
■7月19日『帰宅』
俺の名前は『歌方奏太』(うたかたそうた)、高校1年生16歳 男、完全ではない左利き。
どこにでもいるごく普通の高校生。
座右の銘は『可もなく不可もなく』。
好きなラノベは、やたらと長いタイトルの異世界転生もの。
夏休み前日の1学期最終登校日、今日も学校帰りにいつもの本屋に寄る。
某小説サイトからまた新しく異世界ものが書籍化されたからだ。
異世界ものは良い、主人公達が異世界でチート無双する姿は胸がすくようだ。
現実では実現不可能な事をラノベを読んで夢想する。
もし自分がチート能力を持って、異世界に行けるなら、こんなことをしてみたいと妄想する。誰だってすることだ。
では、実際に異世界に行けるよと言われたとき、自ら進んで行くヤツはいるだろうか?
俺はNO!だ。
断言できる。
退屈だけど平和な今の生活が気に入ってるし。
コンビニも、病院も、映画館もない生活なんてまっぴらごめんだし、ネットにスマホ、アニメにマンガ……etc、上げだしたらキリがない。
これらがない世界に今さら住めるか?俺は絶対無理だね!
そして極めつけは、死ななきゃ異世界転生出来ないことだ。
100%転生出来るとしても、自らトラックに轢かれに行くとかあり得ない。
死を拒絶するのは生物として当たり前の反応だ、いや、俺がヘタレなわけでなく……。
「ただいま」
家のカギを開けて、なんの感情込めずに、ただ言っただけ。
現在16時30分25秒ぐらい、本屋で時間を潰し過ぎた。
夕飯にはまだ早いし、2階の自分の部屋で買ってきたラノベを読もう。
鼻歌まじりに階段を上る足は軽い、これから数時間は妄想の世界に浸れるのだ、当然のことと言えよう。
ガチャっと自分の部屋のドアを開けて学校のカバンを置く。制服も脱いで楽なカッコになろう、ベルトを外しズボンをズラした所で……
――心臓がギュッと縮んで動けなくなった。
俺の視界のギリギリ隅っこに、チラっと人の足が見えている……。
ベッドの上、誰か寝転がってる!?
俺は視線を動かさず、可能な限り息を殺して気配を探る。
……誰だ!? ドロボウ? なんで俺のベッドで寝てる!?
体は一寸も動いていないのに心臓はフル稼働、このギャップが気持ち悪い。
ズボンをズラした姿勢のまま固まる俺、このままではいけない。
せめて、何者か確認しないと……!
俺は、意を決して視線と共に顔を向ける。
――女の子?
俺のベッドの上には、白目を剥いたコスプレイヤーのような少女がぶっ倒れていた。
■7月19日『自室』
えっ!? なにこれ……。
両手を上にあげ、大きくガニ股を開いた少女が仰向けに転がっている。
正直、ドロボウの類じゃないことに安心したが、コイツは一体何者なんだ。
見た感じ、年は俺より下、小学生……、いや中学生か?
髪は菫色掛かったシルバーで、長い髪をツーサイドアップに結っている。
そして青と白色を基調とした魔法使いを彷彿とさせる恰好、背中には純白のマントを纏い、今は少女に押し潰されしわくちゃになっている。
少女が手を伸ばす右手の傍らにはゆったりとした大き目の帽子が転がっており、帽子の正面には金色の糸で紋章が刺繍してある。
あと目立った箇所といえば、右手の小指に宝石などで装飾されていないシルバーの指輪が2個、細い指にはめられていた。
さてはて、何かのコスプレだと思うがこんなキャラ見たことない。
ベッドの上の怪しい人物を観察しながらズボンを穿き直す俺。
パンツ丸出しはさすがにマズイ、コイツがいきなり目を覚まそうものなら必ず変態扱われされる、俺は分かっているんだ。
「うぅ……」
やっぱり目覚めたか、自分の危機察知能力の鋭さに驚きながらも、ちゃんとズボンのチャックを閉めたか確認する俺。詰めを誤ればすべてが台無しになる。
「おい、大丈夫か? お前誰だよ?」
問い掛けても反応がない。
俺の質問を完全に無視したコイツは、ゆっくり身を起こして周囲をキョロキョロと視線を這わせる。糸が切れた操り人形のような表情がかなり怖い。
「おーい、大丈夫か~?」
顔の前で掌をフリフリする、これで反応しないようなら、次は握りっ屁をかましてみよう。
「あの……、ここって、どこですか……?」
視線が定まらない状態で俺の顔を見上げながら震えた声で聞いてくる。
だからその表情やめろ、こえーんだよ!
「ここは日本国〇〇県××市の俺の家だ、で?お前何者なの?」
それを聞くと、少女は小刻みに口をパクパクさせて硬直したかと思いきや、バッと立ち上がり両手にガッツポーズをつくり大声で叫んだ。
「よっしゃああああああああああああああああぁぁぁぁっ……!!」
いや、だからお前誰なんだよ……。
歓喜の奇声を上げ続けていた少女をなんとか落ち着かせ、ちゃぶ台の対面に座らせる、もちろん尋問するためだ。
「名前は?」
「シオン……」
「年は?」
「13才……」
こいつ、中二か。
シオンと名乗った少女はばつが悪そうに俯いている、先ほどの醜態がよほど恥ずかしかったらしい。
「どうやってうちに入った? カギは掛けておいたはずだが?」
「入ったっていうか、転生先がここだったわけで……」
「は? 転生先?」
少女は恥ずかしそうに、だけど、うれしさが隠し切れない表情で答える。
「はい、私はあなた方が言う『異世界』からこの世界に転生してきたんですよ!」
こいつ、厨二か……。
厨二相手の心得は俺にも少々ある。
厨二をいきなり否定してはいけない、特有の発作が悪化するからだ、ここは少し話を合わせてやろう。
「ほう、つまりラノベで言うところの『逆異世界転生』ということか?」
「そう!それです!」
いきなり理解してもらえたのが嬉しかったのか、右手をビシっと突き出して答える。
「私達の世界にもラノベがあって、私、異世界にずっと憧れてたんです!」
「ほう」
「それで、いつか異世界に転生してやろうと思ってたら、ちょうど都合がいいことに女神様が転生者を募集してて!」
「それでこっちの世界に転生してきたってことか?」
「そうです!」
「じゃあ、そっちの世界でお前は死んだのか」
「死にましたねえ、私達の世界のラノベでは馬車に轢かれて異世界転生がトレンドだったので、私も馬車に轢かれて死にました」
「へえ、怖くなかったのか?」
「怖いに決まってるじゃないですか! 爆走してくる馬車に突っ込むんですよ! それに私の時は馬車との接触が浅くて、2~3時間苦しんだ後に死にました、出来れば即死が良かったなあ……」
こいつの厨二話ちょっと面白い、もう少し聞いてみよう。
「異世界転生と言えばチート能力だろ? お前はどんな能力をもらったんだ?」
俺の言葉にピクッと反応してニヤリと笑う。
「よくぞ聞いてくれました! 私が女神様から賜った能力は、ずばり『創生魔法』です!」
「創生魔法、ものが作り出せる魔法か」
「その通りです! 創生魔法は私達の世界では最高峰の究極魔法! 本来、すべての系統の魔法を修めていなければ習得できない魔法なのです!」
「え? ということは?」
「創生魔法が使えるようになった私は、自動的にすべての系統の魔法を使うことができるようになりました!」
あ~、スキルツリーでいうトップの魔法を習得したから、その下位にあたる魔法も使えるってことね。
「お前、それはチートすぎだろ?」
「ふっふっふ、異世界転生の醍醐味はチート能力、私は何も悪くないのです」
ダークな笑顔を浮かべて俺の顔を覗き込んでくる、おい、顔近づけんな。
不必要に寄せられた顔面をアイアンクローで押し戻しつつ話を続ける。
「なあ、ちょっとでいいから魔法見せてくれないか?」
「その前にこの手を放してください~!」
解放され、涙目でこめかみを押える少女。
「あの、見せるのは構いませんが、ひとつお願いがあります」
「え? なに?」
少女は一呼吸置いて
「私をここに住ませてください!」
唐突に爆弾発言をする少女。
……こいつ、まさか家出の類か?
厄介ごとには巻き込まれたくない、どうせ魔法なんて嘘っぱちだし、それにかこつけて追い出してしまおう。
「いいだろう、だが魔法が見せてもらえなかったら出ていってもらう、俺も暇じゃないんでな」
「いま合意しましたね? あとからやっぱ無し~とか認めませんよ?」
「いいから早くやれよ」
「まずは寝床ゲットです、異世界生活順調な滑り出しです!」
したり顔で生意気なことを言う少女、どうせ結果なんて分かってるが。
■7月19日『玄関付近』
「待ってください待ってください待ってください押さないでっ……!」
不法侵入者を強制退去中、激しく抵抗しているが俺の腕力の方が圧倒的に上だ。
「何が創生魔法だ、お前ただ目をつむって集中してるフリしてただけだろ! 約束通り出てってもらうからな!」
「も、もう一度チャンスを! こ、こんなはずでは!?」
しきりにワンモアチャンスを訴えてくる、何度やっても同じだっつの。
「なんだかおかしいんです! 魔力が空っぽっていうか? あっ! そうだ、一晩泊めて頂ければきっと魔力も回復します! だから追い出さないで下さい~!!」
「はいはい、野宿でもして魔力が回復したらまた来てくださいね~」
「異世界生活初日から野宿なんてイヤですっ~~!」
「いやほら『異世界行ったはいいけど寝床も無ければ希望もない、金も無いしもう死のう……』なんてタイトルもあることだし野宿くらい大丈夫だって」
「なんですかそのタイトル! 私の異世界生活はそんなに暗くないはずです!」
「じゃあどんなタイトルならいいんだよ!?」
「『美少女でモテモテな私は異世界で逆ハーレムを形成し、ちょっと気が向いたときにチート無双してチヤホヤされ何不自由なく生活するようです!逆ハーレムにチャラ男はいらない、あとイケメンに限る』っていうタイトルです!」
「なげーよ! 流行りとしてもそれは長すぎる! あとお前、逆ハーレム狙ってんのか! このスケベ女が!!」
「狙ってなにが悪いのですか! むしろ異世界転生者はハーレムを築くのが義務みたいなもんです!」
「そんな色ぼけた義務があってたまるか!」
低レベルな応酬を繰り返し、スケベ女を玄関まで引っ張り出した。
あと一息だ。
「この家は、私が転生先に希望した条件にピッタリなんです! だからここじゃなきゃダメなんです!!」
「あ? どうことだテメー!?」
「私が希望した転生先の条件は3つ!
ひとつ、異世界のニッポンという国!
ふたつ、両親が不在の家庭!
みっつ、年上のチョロい男の子がいることです!」
「チョロい男の子ってまさか俺のことか!? だが残念でした! おれはチョロくもなければヘタレでもない! そのへんのラノベ主人公と一緒にするなよ!」
こいつが何故、俺の両親が不在だと知っているのか。
確かに俺の両親はずっと海外で仕事してて世界各地を飛び回っている。
俺も海外に連れて行かれそうになったが、親もドン引きするほどの猛反発をして、ここ日本の実家で一人暮らしをしている。
まあとにかく、このスケベ女はうちの事情を調べたうえで不法侵入してきたってわけだ、悪質にもほどがある。
「いいえ! あなたは絶対チョロいはずです! 全知全能の女神さまが間違えるはずありません! ほらほら、こんなかわいい女の子と一つ屋根の下で暮らせるんですよ? あと、私の好感度次第でちょっとエッチなイベントだって発生します! ここは私を優しく迎え入れて好感度を稼ぐのがお勧め……って聞いてますかっ!?」
なにか喚いているが一切無視。
背後から肩を掴んで玄関のドアから一気に押し出す!
「じゃあな、もうくんなよ!」
俺に突き飛ばされてバランスを崩しこける少女。
やっと厄介者を追い出せたと安心してドアを閉めていると――
がっ!
閉まるドアの間に足を差し込んできやがった、こいつ、まだ抵抗する気か!
「後悔しますよ! 私はきっとこの世界の救世主になります!」
「あーそうですか! じゃあ救世主になってもう一度来てください、その時はお茶の一杯でもごちそうしてやるよ!」
「ぐぬぬ! 救世主になったらこの家のヘタレ男に意地悪されたって言いふらしてやります! もうこの世界で生きていけなくなりますよ!」
とかいいつつドアの隙間に右半身を滑り込ませる少女、すかさず右手でアイアンクローをキメて押し戻そうとする俺、足も踏んずけてやろう。
これ以上入って来れないようドアのぶを握る左手に力を込める。
「痛い痛い痛いっ!」
「ほ~ら、早く身を引っ込めないとアイアンクローがどんどん強くなるぞ~」
「屈しません! 勝つまでわああああぁぁぁぁっ……!」
ギリギリギリギリ……、俺の指がこめかみを静かに圧迫する。
痛みに耐えかねたのか、少女の右手がアイアンクローを振りほどこうと掴みかかってくる。
バカめ、そんな細腕で振りほどけるものか!
少女の右手が俺の手首を掴むと同時に、バタン! と勢いよくドアが閉まった。
あまりに唐突にドアが閉まったため、俺の左手はドアのぶから離れ盛大に尻もちをついてしまう。
「いってっ……!?」
何が起こったのか分からない、あいつはどこいった? 身を引っ込めたのか!?
どさっ!
「ぐふっ……!?」
腹の上に突如として重量物が圧し掛かる。
不意打ちの激痛にもんどりを打つと玄関の段差で後頭部を強打した、声が出ない痛み……!!
「あれ? 中に入れた!?」
俺の腹の上にアイツが跨っている、どういうことだ!?
「チャンス! 絶対ここに住み着いてやります!」
俺の上からサッと身を起こし、元居た俺の部屋目指し駆け出すアイツ。
「あっ! コラ待ちやがれっ……!」
トントン階段を登る音、くそ、逃げられた!
またアイツをここまで引っ張ってこないといけないのか、めんどくせえ!
――いやいや、冷静になれ俺。
いまそんなことはどうでもいい。
何が起こったか、冷静に思い出してみる。
そう、アイツはいきなり目の前から消え、俺の上に降ってきた。
勘違いなんかじゃない。
アイアンクローキメてた指は空を握り、腹には激痛と共にアイツの尻の温もりが伝わってきた。
あのときアイツは何をした?
あのときアイツは腕を掴んできた。
俺の右手首を掴んできた。
俺の右手首には何がある?
――腕時計、中一の頃に買って、今も大切に使ってる愛用品。
ついさっきまで正確な時を刻んでいた俺の腕時計は、先日電池を交換したばかりなのに、秒針がピタリと止まっていた。
ニコニコ動画に
『人物コレクターあかねちゃん』
という題名のSteam Game 「Kenshi」を
題材とした動画アップしています。
良かったら見てください。