2人目① 高橋 希美:語り手→本条 太志
「皆聞いてくれ!」
珍しいことに、徳井が声を荒げていた。普段の感じではない。鬼気迫る表情をしている。
体育館の壇上に立ち、皆に語り掛けてる。あの、徳井がだ。
(なんや、犯人の自供かな?……はたまた、”名探偵、徳井伸一”が推理を披露か?)
先週、”素直”から借りて読んでるミステリー小説の影響か、そんなことを思った。
その小説では沢山の探偵が出てきて、ある殺人事件の犯人が誰であるかを順番に弁論していく。俺には難しい文章が多いし、海外の原作だから登場人物の名前が全員カタカナで覚えられない。
正直いって、最初は読んでいて眠たくなる代物だったが、中盤になって探偵の1人が自分が犯人だと自供を始めた辺りから面白くなってきた。
ここでじっとしてるのにも丁度飽きてきたところだし、徳井が面白い話を聞かせてくれるっていうなら、有難い。
「高橋さん、えっと、高橋 希美……さん。ここに来て」
如何にも呼び慣れていないという言い方だ。
体育館の中がざわざわと、する。
名前を呼ばれた高橋 希美は、自身の前に座っている 志伊良 秋穂 と顔を見合わせている。
高橋は容姿が綺麗だし、性格も明るい。すなわち、男子からの受けがすこぶる良い。
もしかすると、罪の告白じゃなくて、愛の告白をする気やろうか?
そうだとすれば、徳井は相当、空気の読めない男だ。
高橋は警戒してか、徳井の言う通りにはしなかった。
「どうして?何をする気?」
そして当然の疑問を徳井に投げた。
「いや、その。そこに居たら危ないかもしれなくて……いいから!」
徳井は歯にものが挟まったような言い方をする。とても焦ってるのは確からしいが、今日はとんでもない悲劇があったばかりだ。懸命さだけでは、足りないらしい。
「どうしたんだよ、伸一」
徳井と仲が良い 野中 聡 が、そう言いながら、徳井の居る壇上に小走りで近づいていく。その後ろに、ひょろひょろノッポの斎藤が続く。二人して、友達の奇行を止めようという気らしい。
徳井は彼らを一瞥すると、下を向いて考え込むような様子を見せた。そしてそれは、2秒と経たずして終わり、野中と斎藤が彼の元に辿り着いたタイミングで、再度、高橋に声を掛ける。
「とにかく時間がないんだ。わかった、志伊良さんも連れてきていい。こっちも聡と孝則を壇上に上げるから。変なことをしようってわけじゃないんだよ」
ようやく少し冷静になったのか、徳井は高橋の警戒心を解きにかかった。徳井は結構頭の切れる奴だと俺は認識してるから、これは別段、意外なことではない。
高橋と志伊良との間で、ひそひそ話が行われた後、二人は立ち上がり壇上に向けて歩き出した。
「おいおい、やめとけよ。殺されるかもしれねえぞ」
田島がにやにやと笑いながらヤジを飛ばす。彼は人を不快にさせるのが得意だ。
壇上に斎藤、野中、徳井、志伊良、高橋の順で並んだ。
役者が揃い、これから何が起こるのかと期待が高まる。
そして、主役の徳井が口を開こうとしたところで、事件が起こった。
ウイーーーン
体育館の赤い遮光カーテンが、一斉に作動し、体育館から光を奪った。
目の前は真っ暗になり、女子達の悲鳴がそこら中で上がる。
誰かが、カーテンの制御装置を弄ったんだ。
「なんだ、真っ暗じゃないか。皆落ち着け!冷静になれ!喧しいものには後でビンタをかますぞ」
入口の方で声がした。恐らく、これは隣のクラスの担任の吉ケ崎だろう。
「カーテンを開けろ!壇上に居るのは……斎藤か!斎藤、動け」
「は、はいぃぃ」
吉ケ崎の指示が飛び、斎藤は2オクターブ程高い声で返事をした。30人以上も居る真っ暗な空間で、声だけで斎藤が壇上に居ることを言い当てるとは……この人は凄い。
暫くして電動音と共にカーテンが開く。
視界に光が戻る。
「希美、希美!」
ああ、まただ。
志伊良の悲壮な叫び声を、今日はあと何度聞けばいいのだろう?
壇上を見て、俺の呼吸が止まる。
高橋 希美が座っている。出来損ないの正座をしているような恰好で。
その胸にはさっきまで無かった黒い物体が突き立っていて、それが原因で、白いカッターシャツが赤く染まっていた。
「秋穂、私。なんか胸のあたり、熱くて」
高橋はそう苦しそうに言い残して、前のめりにパタリと倒れた。