1人目④ 楠 さゆり:語り手→竹井 来久
職員室の中はがらんとしていた。
唯一、3ーBの担任である吉ケ崎先生だけが、自席で携帯を使って会話をしていた。
彼女は椅子の背もたれにぐたりと乗りかかり、足をながく伸ばしている。
けれど、表情だけは真剣そのものだ。
(浦垣先生は居ないみたいだな)
浦垣先生は僕らのクラスの担任だ。
常に冷静沈着で表情の変化に乏しい男性であるが、今日の事件の際は血相を変えていた。
吉ケ崎先生に浦垣先生の居所を尋ねたいと思ったところ、丁度良く彼女が会話を終えた。
僕は、職員室の入口から、吉ケ崎先生の元へ移動する。
「ああ、竹井か」
吉ケ崎先生はそう言うと、頭をぽりぽりと掻いた。
「浦垣先生がどこに居るかご存じないですか?」
「ああ、奴なら警察だ。事情聴取でな」
「そうですか」
それなら、浦垣先生には頼ることができない。
僕は少し考え、吉ケ崎先生に事情を説明することにした。
「先生。僕ら3-Aは現在、体育館に2時間以上、生徒だけで待機しています。いつ帰れるのかと不満を溢す生徒が出始めたので、学級委員である僕が、浦垣先生から指示を仰ごうとここに来ました」
「体育館には大阪がいるんじゃなかったか」
吉ケ崎先生は間を開けず、僕に質問をした。
大阪というのは生活指導の大阪 羽馬春先生のことだろう。
「いえ、大阪先生は土井先生に連れられて、どこかへ行かれた後、戻ってきていません」
「そうか。奴は職務怠慢だな」
吉ケ崎先生は躊躇いもなくそう言い切った後、少し考え込むような素振りを見せる。
数秒ほどして重たい溜息と共に、立ち上がった。
「仕方ない。私が体育館に行くとしよう」
「いえ、このまま待機すればよいのか。帰宅してもよいのか、という指示さえいただければ」
「待機しろ。そして私も体育館に行く。これでいいだろう?」
「はい、分かりました……因みに先生のクラスの生徒は教室に?」
「無論、教室待機中だ。だが、安心しろ。うちのクラスにはまとめ役にがいる。知っているだろう?」
「ああ、穂高ですね」
「そうだ。去年はお前も居たし、もっと楽ができたんだがな」
僕は去年、彼女のクラスの生徒だった。
そして穂高とは女生徒で、リーダーシップを取ることと、人を思いやることに長けている。
確かに彼女が居るなら、任せておいても大丈夫な気がする。
「ところで、竹井」
そう、吉ケ崎先生が僕を見下げて切り出す。
彼女は身長が180cmをゆうに超えており、立ち会うと自身がやや矮小に感じてしまう。
彼女は切れ長の目で、僕の目を真っすぐに見る。
「楠 さゆり。 彼女について、どう思う?」
「そうですね……大方、助かる見込みは無いだろうと、思います」
「うむ。では、彼女について気になることが最近あったか?」
「いえ。ただ、最近の教室内の空気には少し違和感が……」
「ほう。では、そのことについて、道すがら私に教えてくれ」
「はい」
吉ケ崎先生が歩きだしたので、僕はその少し後ろを付いていく。
この先生は、不思議だ。不思議と頼りがいがある。