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Double out Lost  作者: ほむ
2/2

あなたの世界は終り行く

 私は今日、死ぬ事が決まった。

自分で決めたわけではない。別に処刑される、というわけでもない、医者に宣告されたわけでもない。

「………呆気ないもんだねー、これから死ぬとか、想像できる?」

 笑いながら語り掛ける相手は、既に動かなくなり、虚ろな視線を私に向けてきているだけだ。

瞬きもしない、唇も動かない。呼吸もしていないし、微動だにしたとしてもそれは何かの振動によってズレただけ。

 まず先に、親友がその人生を終えた。

表情を見ればわかる。ここまでずっと苦しくて、悲しくて、生きかったのだ。まだ可憐な少女の表情として、これほど似付かわしくない、不幸な表情があるだろうか。

「あーぁ…だから言ったのに。最期くらい笑おうって。僕、必死に笑ってたのに、最後まで笑ってくれないなんてさあ」

 笑顔のまま、僕は自分勝手な不服を申し立て、破けたスカートが一層切れ目を広げる事など気にもせず、親友だった者の顔を覗き込んだ。

つい数日前であったなら、少し怒ったような顔で『何言ってるの』とか、言い返してくれていたであろう彼女の表情は変わらない。どれだけ待っても、見つめていても、ほんの少しも変化がない。

「あはー、いっそ写真にでも収めとく? 僕も横に並んでさ、にこーって笑うの。最期の記念撮影みたいな!」

楽し気な声を響かせる。片手に取り出した携帯電話の端末、画面を付ければ無駄無い動きでカメラを起動する。

 動かない彼女の隣へと座り込み、僕は笑顔のまま、片手で持ち上げた携帯のレンズを向けて、彼女の冷たい腕を掴んで無理矢理ピースサインを作った。そして、シャッターを押して、カメラの音が薄暗い空洞に響き渡る。フラッシュまで焚いて、しっかりと二人を映すように。

「よっしゃー記念撮影完了。いやあ、死んじゃった友達と写真撮るとかさ、人生で一度切りしかないよね。こんなの二度と出来ない。来世もそのまた来世も、絶対経験出来ないと思うよぉ」

 手から携帯が滑り落ちた。それすら、おかしくて笑いが込み上げてくる。

数秒間僕の笑い声が空洞に響き続け、やがてふと、途絶えた。

「―――んー、そろそろ、そろそろだよね。僕もそろそろ一緒に眠る時間だよね」

 少し、漸く疲れが出てきた。

笑いは絶やさない。筋肉が拒絶しようが、それでも無理矢理引き上げて口元に笑顔を作り、頭を彼女の頭へと充てた。

「あはぁ、僕は幸せだよ。幸せのまま、君と一緒に死ぬ。うん、いつか君に言った通りになったね…君は猛反対したけど、僕はそれを成し遂げた。すごくない?ねえ、そっちにいったら褒めてくれるよね…?」

 声が、弱ってきた。ずっと笑って、動き回って、残った体力を消費しきったからだろうか。不意にお腹が鳴ったり、喉が渇いたせいでずっと声も掠れていて、呼吸がし辛くなっている。もうすぐだ、もう間もなくだ。

「………ほんとはね、君にも笑っててほしかったんだよ。だからずっと言い続けてたのに君は泣きじゃくるばかりで。仕方ないじゃん、僕達がどう思ったって、あいつらは理不尽にやってくるんだからさぁ」

 瞼が落ちてくる。嗚呼、酷く眠たい。

 ボクは手を伸ばし、彼女の開いたままの瞼を降ろす。そのまま手を、力なく投げ出された彼女の指先まで伸ばし、握りしめた。

「だから、ね。僕は泣かない。最期まで幸せだったって胸を張りたいから。そうじゃないと君に申し訳が、立たない、し」

 口が動かなくなってきた。そろそろ、お迎えが来る頃だろう。

 自然に瞼を結ぶ。薄暗い空洞のどこかで大きな音が聞こえてきた気がするけれど、それすらも薄炉いでいく。閉じていく黒の中で、光を見た気がした。

「……れん、僕、ちゃんと、しあわせ…だった、よ」

 その光に手を伸ばそうとして、僕の意識は、途絶えた。



 ―――――――。

「――――…」

 見知らぬ場所に居た。

 否、よく知っている場所に、僕は立っていた。

ほんの少し離れていただけの一軒家。白い壁、赤茶の屋根、二階建ての一軒家の扉の前で、僕は立っていた。

 家の中に戻ろう、そう思って手を伸ばすと、不意に後ろから声が聞こえた。

「――――」

 微笑む少女に見覚えがあった。

かつて、僕が笑顔をちゃんと知らなかった時に出会った、最愛の少女。僕は扉から手を離して、小さな階段を駆け下りて彼女の元へと近寄った。

 近寄ったはずだった。

(………えっ?)

 近づいている。走って、走って、抱きしめる為に近づいている。

 なのにどうして、一歩も、ただの一歩されも距離が縮まらないのか。

「――」

 彼女の笑みが動く。口元が震えるように揺れて、赤い瞳が潤んだのを見た。

けれど、何を言っているのかが聞こえない。声が、届かない。

(わからない、わからないよ、煉! 何を言ってるの、僕も君のところへ――)

 いっそ飛び出そうと階段を蹴り、跳躍したつもりだった。

 でもやっぱり距離は変わらず、煉は首を左右に振り、長い黒髪を揺らしただけ。

そして口元がまた動く。何度も、何度も何かを訴えるように。

「――――」

 急に。

 僕と煉の距離が広がった。

急激に、高速に、まるで車にでも乗せられたかのように煉の姿が遠ざかっていく。

(待って、なんで!? 置いていかないで、待ってよ!!)

必死に手を伸ばした。

無常に私達を引き裂く空間に、必死に、走って。

 でも、そんな抗いは一つの声で、終わりを告げた。


「―――愛してる」


 ぷつん、と。

 その世界は、電源でも落とされるかのように、終わりを告げた。



 そして、視界が開く。

 眩しい、そう思って瞼を細めて右腕で目元を庇う。

何かコードが千切れるような音がした。けれど、僕の今の感情は、それどころじゃなかった。

 衝動が僕を動かした。重く、動きづらい体を鞭打って、血が流れる事なんて気にも留めず、走っているとはとても言い難い速度で、走った。

 白い扉、重いと感じながらも体重を掛けて強引に開き、外へと飛び出した。周囲を見渡すと、驚いた患者服の人達が僕を見ている。

 けれど違う、僕はそんなものを求めていない。

慌てて駆け寄ってきた看護師が居た。多分、捕まえようとしているのだろう。都合がいい。

「ま、って。教えて……煉は、どこ。同じ、とこにいた、助けられたなら…一緒じゃ、ない!?」

 必死の形相である、なんて自覚はない。倒れ込むように看護師に掴み掛り、掠れた声で問い掛けた。

 僕は直後、回答を知る。

「分かってるだろ。亡くなったんだよ」

 振り返るのが怖かった。

 その声の人物が誰かを知っているから。

「最期まで一緒に居たお前が分からない筈ないだろ。寝ぼけてんじゃねえ」

「ちょっとアナタ、そんな言い方―――」

 僕は看護師を振り払い、振り返ってその声の人物に掴み掛ろうとした。

けれど、そんな力、もうどこにも残っていなくて。

「じゃ、あ…なんで、ぼく…いきて、るの……!!」

 意味のない事と分かりながら彼女に怒りをぶつけた。

煉の姉、香里こおりはそんな僕を見て鬱陶しそうに顔を逸らした。そして。

「知るか。なんで煉が死ななきゃならなくて、一緒に居たお前が助かってるか? こっちが知りてえよ…!」


 ぱき。


 それは果たして、僕が床に崩れ落ちて、膝の骨でも折ったからだろうか。

それとも、僕の中で何かが、砕けた音、なのだろうか。

「おい、なんだよ。今更被害者面か? 友利ゆうり、御前がいなけりゃあいつは―――」

 僕は、そんな悔しそうな声を零す香里を見た。

最後まで言葉を言わなくても、分かる。口元を抑えて涙を浮かべている。不良少女だった彼女には似合わない、絶望に彩られた瞳の蒼に、僕はもう、何も発せなかった。

(………僕は、煉を不幸にした)

 自身の中で、誰よりも強く、失跡するような声が聞こえてきた。

(僕は自分勝手に、幸福のまま死のうとした)

 自分を嘲笑するように声が聞こえてきた。視界が揺らぐのを感じる。バランスを保つ事さえ忘れて、倒れ込んだのを感じたが、気にする余地などもう、ない。

(僕は、彼女の家族まで――不幸にしてしまった)

 嘆く声。そして、僕はすぐに理解した。

 あの夢は、ただの幻。自分が都合の良いように生み出した世界。

 あの時見えていた煉が言った言葉は、『愛してる』なんかじゃない。

「………ゆる、さない?」

「………嗚呼、そうだよ。お前は許さない、許せねえ、絶対に!」

 医者や看護師たちが集まってきた。吐き捨てる香里はそれに紛れてどこかへと去っていった。僕はその背に、何も言葉を掛けられなかった。


 ――――不幸な事故だった。

煉と僕は、バイト代を貯めて密かに旅行を計画していた。

まだ学生だからと、煉の両親、というより妹を溺愛している香里は猛反対。中止も止む終えないと思っていたところ、香里の目を盗んで日帰りで少し近い場所まで遠出してみよう、という事になった。

 ところがその日は悪天候が重なり、バスが土砂崩れに巻き込まれた。

最悪な事に僕と煉は窓から外へと放り出されてしまい、気付くと見知らぬ洞窟に居た。

 煉は負傷していて、応急処置は施したが出血が止まらなかった。

 飲まず食わずで二日、煉は先に精神を病み、大声で叫ぶようになった。僕は止めたり、笑顔を向けて必死で励まそうとしたが、彼女はそのまま命を落としてしまう。あの時彼女が最期、何を言っていたのかよく覚えていない。

 僕の番も、その一日後に来た。けれど僕の命は救われてしまい、結果として僕の勝手で連れ出した彼女だけが命を落とす形になった。

 彼女の両親は、僕を責める事はなかった。不幸な事故であったと――僕が、彼女に向けていた好意について理解をしていてくれたから。

 でも、彼女を奪った事で心に傷を負っている事は分かった。香里は、代弁者と言ったところだったのだろう。


 僕は無気力なまま、ベッドの上で天井を見上げていた。幸い無事だった携帯電話のGPSが僕達を見つける切っ掛けとなったそうだが――そういえば、と携帯電話に手を伸ばした。

 最期と思って、写真を撮った。それをもう一度見ようと思って画面を開いた。


「………え? なんで―――なんで、なんで。なんで!!」

 無い。

 どこまで過去の履歴を追おうとしても、無い。

 違う、そもそも――撮った写真が全て消滅している。端末を落とした時、何かの衝撃を受けたのだろうか。必死に探して、探して―――僕は、何度目かの絶望に至ってしまった。


 ぱきん。


 何かが割れた音と共に。

 狂ったような笑い声が室内に響き渡った。

「――――――――ぁははは!!」

 叫ぶような笑い声。自分のものではない、と思うような、自分のものでもあるような。何もかもが曖昧で、理解に至らない。


 失った。彼女との記録が、こうもあっさりと無くなってしまった。

全て奪われただけでは、まだ飽き足らないというのか。それとも、僕はそれだけの罪を犯して尚、生きるという罪を宛がわれているというのか。

 違う、と何かが、僕の中で叫んだ気がした。でもすぐにそんな声はどこかへと消えてしまい、僕は笑いながらベッドから飛び起きた。

 壊れた人形のように小さな笑い声を零し、病室を出た。

 階段を上った。

 鍵が掛かっている、進めない。屋上はいけないらしい。

そう思って階段を下りて、廊下を歩き、窓際で足を止めてその窓に手を伸ばして思い切り開く。


 もう、いいや。


 その後の事はもう、わからない。

僕は全てを投げ出してしまったから。ここで話は終わり。

 ただ心の中にあるのは一つの。



『―――――――愛してる』



 幻聴、だけだった。


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