プロローグ 『下りない幕』
目の前の舞台の幕が下りたとき、
これが舞台ならよかったのにと思ったのは何回目だろう。
自分はただの役者で、この舞台が終われば、違う世界があればなんて、
思ったのは何回目だろう。
いつものように木に登って、いつものリズムで窓をたたく。
いつも無用心にも鍵が掛かってないその窓が小さく揺れたのを見て、
条件反射で少し身を引いた。
しばらくすれば、開いた窓から彼女が顔を出して、
「今日来るの遅かったね。なんかあったの?」
たぶん俺にだけ聞こえる、だけど、ひそひそと隠し事を話すには大きい音量で彼女は呟いた。
「なんにもねぇよ。ただ、家出るのが遅かっただけ」
ただ、家を出たのが遅かっただけだなんて、うそで、
いつものように、以前のように、時計台の鐘が鳴るときに行くのがいやで、少し短めの舞台を見ただなんて、
そんなかっこ悪いことを彼女にいうだなんて、できなかった。
「そっか。そう言えば今日、」
そのくだりから始まる言葉を、彼女は友達に話すときのように俺に話す。
まるで、俺が彼女を取り巻く存在から、みえているかのように、話す。
「そんなことねぇよ。考えすぎだろ」
「でもさぁ、」
そんな存在じゃないのに、俺は彼女が友達であるかのように聞く。
相槌を打って、そうだなって頷いて、
まるでそれが当たり前みたいに、俺が彼女を取り巻く存在から、
わかっているかのように、聞く。
そんなわけないのに。
「それでさ...あーあ、鳴ったね」
「だな。」
夜の時間の寂しさを教えてくれるように鐘が鳴って、
彼女の顔が一瞬どうしようもない絶望を感じたように曇る。ようにみえた。
そんなはずはないけど。
また明日ね。君が遅れたせいで、って文句を続けようとした彼女よりも先に、
言葉を発する。
「そうだな、って言いたいとこだけど明日は俺じゃないから、」
「あ、そっか」
「まぁ、おとなしく勉強でもしてろよ」
「いつもしてるよ」
「ほんとかぁー?」
「ほんとですう!」
明日の分も話すように言葉を交わしてから、
空に浮かんだ俺を見つけだそうとしている月から逃げるように、
手を振ってその場を去った。