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女の裏切り



 うちは家族仲がいい方だと思う。

 旦那は子供達が大好きだし、ムッスコも多少の引っ掛かりはあるだろうけど、父親としてちゃんと尊敬している。

 ギャル子も普通にパパ大好きだし。

 ただ、仲がいいのは間違いないけれど、子供達はある時期になるといつも口を揃えて言う。


「なあ母さん、オヤジに授業参観に来ないよう言ってくれないか?」

「ねえママ、パパに授業参観には行かないでねって感じで説得してほしいんだけど」


 それは授業参観シーズン。

 子供達は、結構な頻度でわたくし嫁子に「お父さんは参加しない方向に話を持って行ってくれ」と相談してくるのだ。


「えーと、ね。それは、やっぱり、ちょっと可哀相なんじゃないかな?」


 子供達のお願いだから無碍にはできないけれど、旦那の気持ちを慮って、やんわりと拒否する。

 授業参観に来ないでほしい、そう思う子供は結構多い。

 理由としては、親をクラスメイトに見られるのは恥ずかしいとか。

 勉強が苦手だから、みたいのが多いだろうか。

 だけどウチの場合はちょっと違う。


「でもさ、オヤジが来ると割と大変なんだよ」

「うーん、それも分かるんだけど、貴方達の学校生活を見るの、お父さんも楽しみにしてるし」

「そう言われると弱いんだけどさ」


 旦那は嫁と息子たちと娘を本当に愛している。

 だからこそ普段の様子が見れる授業参観を心待ちにしていた。そうやって『来るな!』なんて傷付いてしまうだろう。

 ただ、子供達の気持ちもよく分かるので強くは叱れない。

 だって、ねえ。

 断っておくが、子供達は旦那を嫌っているから、鬱陶しいからと授業参観に来るなと言っているのではない。単純に、自分たちの精神衛生を保つための行動だ。

 なにせ旦那と学校の組み合わせは、非常によろしくない。

 元主人公の称号は伊達ではないのだ。


「別にさ、俺オヤジのこと嫌って言ってる訳じゃないからな? でもさ、よーく考えてくれよ、母さん。俺の中学三年の時の授業参観、覚えてるだろ?」


 それは、ムッスコが中学三年の頃のお話だ。

 当時の担任は、いわゆる美人女教師というヤツで、男子生徒に絶大な人気を誇っていた。

 ショートカットの目はパッチリ、ほっそりとしているのにお胸はたわわ。ぴしっとスーツを着こなしているけれど、ちょっと抜けてるところがあるカワイイ系の先生。あと迂闊なのでちらりとスカートの中を見せてくれたりなんかしちゃったり。

 でも生徒に対してはいつだって真剣。そりゃあ思春期の男の子はやられちゃうってもんである。

 実際、男子生徒から告白されることだってあったらしい。

 それだけ魅力的な女性で、でも勿論教え子と変な関係になったりはしない。真面目な人で、母親としても安心していた。


 それはそれとして、ムッスコも結構憧れてはいたそうだ。

 恋愛的な意味で好きなのはドロビッチでも、その先生さんにもドギマギしちゃうくらいには男の子だった。胸おっきいし、パンチラ要因だし。

 で、だ。

 向こうもそんなに悪い気はしなかったのか、ムッスコと仲は良かった。公平な人ではあったけど、ほんのちょっとだけムッスコには親愛度が高くて、それが嬉しかったとかなんとか。


『実はね、ムスッコくん、私の初恋の人に似てるんだー』


 なんて先生に言われて、ムッスコも舞い上がったりした。

 でも、そのセリフの時点で私にはオチが見えている訳で。

 で、運命の授業参観当日を迎える。


『君は……』

『お兄ちゃん……!?』


 うん、そりゃあムッスコが初恋の人に似てる筈だよ。

 だって初恋の人って旦那だからね。

 なんでもその先生さん、小さな頃なんか旦那に助けてもらったことがあるらしく、その時に惚れてしまったそうな。

 以来『お兄ちゃん』と呼んで慕っていたのだけれど、私と結婚して、いつしか疎遠になってしまった。

 それが偶然授業参観で再会し、恋心が再燃したり、なのに相手は既に既婚者で。

 ああ、けれどこの恋心は止められない……! みたいな感じでひと悶着あったのだ。授業参観中に。


「な? オヤジの甘酸っぱいラブストーリーを目の前で見せられる俺の気持ちも分かってくれよ」


 当然その際一番肩身が狭かったのはムッスコだ。

 だって男子生徒の憧れ先生が、深夜枠の三文恋愛ドラマのヒロインにジョブチェンジ。その元凶は自分の父親。恨みつらみは思いっきりムッスコに集中してしまったのだ。

 ついでに言うと、今迄あった先生との親愛度はゼロになり、その全ては旦那に注がれることになりました。

 今迄仲良くしていた先生が、自分の父親にしか興味を示さなくなった。しかも最初の好感度の理由は、父親に似ていたから。

 我が息子ながら安定の寝取られ属性です


「下兄ちゃん、そんくらいいいじゃん別に」

「そんくらいってな、ギャル子? 担任の先生に“お父さん、元気?”とか“ちょっと似てるね”とか、“あの時、もしも想いを伝えていたら、貴方に私の面影があったのかな”とか、完全に俺越しにオヤジしか見てない上、ラブストーリーの脇役を強制的にやらされるんだぞ?」

「でもさー、危険はないし。アタシが中学三年の時なんてもっとひどかったんだから」


 ギャル子も、同じように旦那には授業参観には来てほしくない様子。

 そう、それは中学三年の頃。

 授業参観当日に、その事件は起こった。


『てめえら、動くな! ぶっ殺されてえのか!』


 ……まー、ギャル子の方は凄く単純な話。

 なんと、学校にテロリストが押しかけてきたのです。

 銃火器を持って侵入したテロリスト(笑)は教室に押し入り、生徒や教師方を体育館に集めて立てこもり。

 学校にテロリスト、立てこもり場所が体育館。もうね、もう、ふざけてんのかと言いたい。

 しかもだ。

“偶然”授業参観で居合わせた為、旦那はテロリストを撃退し、事件は瞬く間に終結した。

 なおその途中で。


・机を横にして銃弾を防ぐ。

・人質にとられた美少女を救出する。

・どうせ死ぬならと女子生徒に襲い掛かる男子生徒を鎮圧。

・裏切ってテロリスト側についた教師を倒す。

・機関に所属するソルジャーと旦那の間にある因縁が発覚、バトル勃発。


 などなど様々なイベントはクリアしている。

 ていうか機関ってなんだ、ソルジャーってどういうことだ。

 まあ旦那の活躍で事態は収束、人的被害はなしと万々歳。それでも一時的に旦那がヒーローとなってしまい、女性からのアピールが激しくなった点を除けば、よかったと言っていいのだろう。

 しかしこんな感じで、主人公補正の持ち主が学校へ行くと、何らかの事件が起こってしまうのだ。


「こちとら学校にテロリストが押しかけてきて、それをパパが鎮圧しちゃんだよ? もうなんなのあれ? 事件は全然ニュースにもならないし」

「あー、それはたぶん機関が圧力を」

「うん、ごめんママ。そこは詳しく話しをしないで? 正直あんまり知りたくないから」


 だよね、出来ればわたしも知らずに生きていたかった。

 学校にテロリストなんて騒ぎに巻き込まれたギャル子からすればたまったもんじゃない。

 子供達が遠慮してほしい、というのは正直分かる。

 分かる。分かるんだけど、旦那に強く言ってあげられない私を許してほしい。


「ただいま。ああ、皆揃っていたのか。ちょうどいい、見てくれないか? 今度の授業参観に向けてスーツを新調したんだ」


 タイミングよく。寧ろタイミング悪く? 出かけていた旦那が帰ってきた。

 子供達は話ていた内容が内容だけにちょっとばつの悪そうな顔。ただ旦那の方はそれを知らないので、朗らかに話してくる。


「年に一度のことだ。やはり気合を入れないとな」


 普段無駄遣いしない旦那は、授業参観に向けて有名職人にフルオーダーのスーツを注文し、今日受け取ってきた。

 冷静でどちらかと言えば無表情な旦那がにっこにこ。それくらいスーツの出来上がりを、正確に言えばそれを着て参加する授業参観を心底楽しみにしていたのだ。


「ああ、安心してくれ。お前たちに恥をかかせるような振る舞いはしないと約束しよう。ふふ、そうだな。帰りは少しいい店で食事をして帰るか?」


 え? あの状態の旦那に対して「子供達が貴方には来てほしくないんだって」と伝えるんですか? 私が?

いやいや、無理でしょどう考えても。

だって子供達の成長をこの目で見れるんだってすっごい喜んでましたからね。

スーツだって半年前に予約してようやく完成ですから。

あの笑顔を私が曇らせるの? 待ってよ、どんな罰ゲームそれ?


『ママ、頑張って!』

『母さん、頼む』

『いや無理無理無理無理!? あんな浮かれた旦那を絶望に蹴落とすような真似できる訳ないから!』

『分かるけど、分かるけども! 今度はアタシ達の教室でデスゲームが起こる可能性だってあるんだよ!?』

『有り得るよな。学校+主人公の定番だよ』


 私達はアイコンタクト会議中。

 それを余所に旦那はご機嫌。

 マジでか。マジで私がやらないといけないのか。

 ……いけないんだろうなぁ、だって母親だもん。

 例え旦那を傷付けることになっても、子供を守らなきゃ。

 きっと旦那だってそうする。

 そういう男性の妻ならば、彼を愛しているというのなら、私のなんて初めから決まっていた。


「ねえ、貴方?」

「ん、どうした。どこか行きたいレストランでもあるのか? うん、みんな揃っているんだ、子供達の意見も聞いて今日のうちに予約を取っておくか」


 旦那はもう授業参観後のお食事を想定している。

 やめて、そういうのやめて本気で言い難くなるから。

 でも子供達は視線で頑張れって応援している。だから私は意を決して言葉を発した。


「あのね、言い難いんだけど」

「うん?」

「そろそろ子供達も授業参観に親が来ると恥ずかしい年頃だし、今回はちょっと参加するのやめにした方がよくないかなーって、嫁子は愚考する次第でして」


 にこにこ笑顔がぴしりと凍り付く。

 一瞬肩を震わせ、よたりと体が揺れ、おぼつかない足取りでソファーへ向かった旦那は重々しく腰を下ろす。


「……なあ、嫁子。それは、子供達が?」

「え、と。それは」

「そう、か。そうだよなぁ。いつまでも子供じゃないんだ、親に学校へ来られても鬱陶しいだけか」


 答えなくても、私が子供達に頼まれて提言したことは分かったらしい。旦那は哀しそうに小さく笑った。

 重い、空気が重い。

 あと微妙に勘違いしている。別に子供達は旦那が鬱陶しいんじゃなくて、旦那の主人公補正によって引き起こされるなんやかんやが煩わしいだけ。嫌ってるんじゃないよ、ちゃんと愛されてるよ。

 そう声をかけたいけれど、授業参観に行くなと言ったのは私。傷付ける言葉を吐いておいて掌返して慰めに回るなんてはしたない真似はちょっと躊躇われた。


「正直、楽しみではあった」

「知ってるよ。随分前から準備してたもんね」

「ああ、そうだな。だが子供達が望まないなら、それに従うべきだろう。済まなかった、嫌な役目をやらせたな」


 傷付いているのは彼なのに、嫌なことを言わせてしまったと私の心を慮ってくれる。

 その優しさが、今は痛い。

 だから私は旦那を慰めようと、そっと手を伸ばし。


「パパっ!」


 それよりはやく、我が娘ギャル子がものっそい勢いで飛び込んできて、旦那をぎゅーっと抱きしめた。


「あの、えと、パパ、アタシはさ! 嫌がってなんかないよ? 寧ろパパが来てくれたら嬉しいかな。クラスのみんなにこの人がアタシの大好きなパパなんだって自慢できるしね」

「ギャル子……」

「そんな顔しないでよ。私は! 私は、パパが授業参観に来るの楽しみにしてたの! だから来てよ、来なかったら泣くからね!?」


 裏切り。圧倒的裏切りである。

 こやつ、自分の兄に全ての罪を着せ、私は最初っからパパに来てほしいと思ってましたで貫き通す気だ。

 我が娘ながら恐ろしい。


「ちょっと待てや!?」

「聞こえない! アタシには何にも聞こえなーい!」

「卑怯すぎるだろそれ!」

「な、なにがー? アタシはパパのこと大好きだしー?」


 いや、分かるよ? 旦那のあの落ち込み具合みたら「来るな」なんて言えないでしょうよ。

 でもその変わり身の早さはどうか。

 ムッスコなんて状況についていけず口をパクパクさせてる。

 そりゃそうだよね。

 ギャル子の裏切りによって、ムッスコが旦那を疎んじて学校に来させないようにしてるみたいな感じになったし。


「ね、アタシ帰りはお好み焼き食べに行きたいなー」

「そうか。じゃあ、そうしようか」


 旦那とギャル子は仲良さげに抱擁し合う。

 さっきまでの気落ちしていた様子は微塵もなく、笑顔が戻っている。うん、それはよかった。よかったんだけど。

 これ、もしかしたら旦那とムッスコの間に更なる溝ができただけなんじゃないかなー、思わざるを得ない嫁子でした。

 あと、結果として普通に旦那は授業参観に行くことで決定しました。

 私は餅チーズが大好きです。






 追記


 尚、今年の授業参観。

 旦那がギャル子の教室で授業を見ていると、校庭に騎士甲冑のような巨大ロボットが二体降りてきました。

 一体は無人だったようで、暴れようとするもう一体を止めるため旦那が乗り込み撃退。

 その後、巨大ロボットごと空中に浮かび上がった魔法陣に吸い込まれ、旦那は消えました。

 経験値高い私には瞬時に理解できました。

 ああ、異世界に召喚されて、また勇者するのかぁ。

 今回は魔法で造られた巨大ロボットのパイロットとしてかぁ。

 ファンタジーロボ系で、精霊とか憑依しちゃうんだぁ。

 主人公補正と学校が絡むと、大抵こんな感じなのです。







 追記の追記


「ただいまー」


 夕方頃、旦那は自宅に帰ってきました。

 多分異世界ではそれなりに歳月を過ごしたんだろうけれど、時の流れが違ったんだろう。こちらの世界では半日程度です。


「すまない、ギャル子。約束のお好み焼き、食べに行けなくて」

「そ、それはいいんだけど。パパ、大丈夫だった?」

「ああ。あと、お好み焼きの代わりと言ってはなんだが、お土産だ」


 そう言って取り出したのは細やかな銀細工の中心に大きな青い宝玉を埋め込んだネックレス。

 旦那は手ずからギャル子につけるが、随分高級そうな細工のお土産に、流石に娘もびっくりしている。 

「どうしたの、これ?」

「向こうで貰った。こういうのは嫁子よりお前の方がいいかと思ってな」

「ありがとう……だけど、いいの? 随分高級そうというか、これって普通のアクセサリーじゃないような気がするんだけど」


 おそらく異世界から持ってきたもの、その時点で普通じゃない。

 だけど語られる内容は私達の想像をはるかに超えていた。


「まあ、普通ではないかな。“アズリアの涙”……六色のオリジナル・ディスノスが一機、青の姫神機きしんきヴィエルジュを呼び出す為の媒介だ。防犯ブザー代わりに持っていてくれると嬉しい」

「はい? でぃすのす?」

「ああ。魔導操機兵ディスノスというのはマナを原動力に動く人型巨大兵器なんだが、そもそもこれは古代に存在した技術のデッドコピーに過ぎない。そして姫神機ヴィエルジュは六機のオリジナル・ディスノスの内一体。……つまり現在使われている魔導操機兵の原型にあたるんだ。俺も一応、赤の戦神機ガゼスの操者だな」

「ごめんパパ、なにからなにまで意味が分かんない」


 こうして私の娘、ギャル子は。

 六色のオリジナル・ディスノスが一機、青の姫神機ヴィエルジュの操者となりました。


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