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家庭見えてる地雷原訪問




 どうも、私はとある高校で教師をしているギリ二十代の女性です。

 ジミー先生とか呼ばれてはいますが、それなりに相談を受けたりと、結構慕われている方だと思います。 

 で、最近生徒の悩みをどうにかしようと頑張っています。

 といってもその生徒に問題があるという訳ではなく、家庭環境が劣悪と言いますか。


 彼の家は、ケダモノ(家族)の住む家。

 壁の向こうの声を聴かされてしまう、青い天使が無垢にハンティングされてしまうような場所。

 ぶっちゃけて言うと、彼の父親は息子の幼馴染を寝取って愛人にする最悪な男らしいのです。


 教師は家庭にまで入っていかない。

 当然です。だってお給料をもらっての仕事なのだから。

 でも、これは放っておけない。生徒の健全な青春の為にできる限りのことはしないといけない。


 とはいっても、私は迂闊ではない。

 一人の意見だけを鵜呑みにするなんて真似はしない。視点が一つだと、どうしても見解は偏ってしまうのだ。

 だからちゃんと色々な人から話を聞いてから行動しようと思う。


「え、下兄ちゃんの幼馴染? あー、確かにパパと仲いいけど、どしたのセンセ?」


 ということで相談してくれた生徒の妹に確認をとってみる。


「いや、仲良いって聞いたからどんな感じなのかなーって」

「別に普通だよ? そもそも下兄ちゃんがちっちゃい頃からうちに遊びに来てるから、アタシにとってもお姉ちゃんみたいなもんだし。まー、正直実の親よりもパパに懐いてるんじゃない、って思う時はあるかな?」


 成程、取り敢えず妹の目からは健全な間柄に見えているようだ。

 問題はそれが真実なのか、本性を隠しているが故なのか。

 などと悩んでいると、割り込むような形で小麦色の肌が健康的な、ギャルっぽい感じに制服を改造している生徒が話に入ってきた。


「そーそー、別にフツーっしょ? だってパパさんとラブラブなのはウチなんだから!」


 ………んん?

 なかなか聞き捨てならないことが。


「ちょ、アンタなにいってんの!?」

「えー、ホントのことじゃん。あ、ウチはこの子のパパさんの愛人でー、ママさんが第一夫人で、ウチが第二ね」

「センセ、違うからね!? ただのジョーダンだから!」 

 

 妹さんはとても慌てている

 それはまるで、真実から遠ざけるようで。

 

「え、彼のお父さんですか? はい、親しくさせていただいています」


 なのでもう直接幼馴染に話を聞きに行く。

 まあこの子も私が担任している生徒だけど。


「そうなんだー。でもね、ちょっと気になる噂が」

「噂ですか?」

「そのお父さんが、貴女に無理矢理ひどいことをしているって」

「そんなことありません! 何を言っているんですか?」

「でもね、アルバイトを始めたのは、その人に御金をせびられているからって聞いて」

「逆です! 私が! 自分の意志で貢いでるんです!」


 うん、確定。

 彼の父親は、息子の幼馴染を寝取ったばかりか、黒ギャルを愛人にして、更には女の子達にお金を貢がせてる。

 正真正銘、間違いなく、最低のクズだわ。




 ◆




「はぁ、家庭訪問ですか」


 ムッスコの担任がうちにやってきた。

 別に家庭訪問の期間じゃなかったと思うし、プリントとかで事前報告もなかったけど。

 これはムッスコが何かやらかしたかなーとか考えてると、何故か憐れんだような視線を向けられた。


「最近息子さんに相談を受けまして。少しご両親に関して、いえ、お父様に関して悩んでいると」

「旦那ですか?」

「はい、なんでもお父様は、息子さんの幼馴染を寝取って愛人にしている……とお聞きしたもので」


 ………………それかっ!?

 うん、確かに問題だわ。家庭環境劣悪ですもの。そう考えたら、この先生。なんとなくジミー先生って感じのオーラを纏った彼女が出張ってくるのも当然か。

 ごめんなさい、先生。変なところで時間外労働させてしまって。

 そしてありがとう。貴女のように、生徒の悩みを無視しない先生にムッスコの担任をしてもらって私はとても嬉しいです。


「あー、とですね。ごめんなさい、ジミー先生。それ、勘違いです」


 だけど旦那の悪評は此処で払拭せねばならない。

 ちょっとばかり腰を据えて、先生と話し合わなければ。


「ですが、愛人という女の子達本人に話を聞きました」

「本人?」

「一人はお父様にお金を貢ぐ為アルバイトをし、一人は第二夫人を名乗っています」


 ドロビッチ、クロスケ。

 貴女達は本当に旦那を想っているなら言動に気をつけてください。

 高校生では分からないかもしれませんが、失言で受ける社会的ダメージって思いの外に大きいんです。あと世間一般では女子高生相手は十分ロリコンの誹りを受けます。ただでさえ私の容姿のせいで『幼女趣……特殊なご性癖が?』と言われちゃう旦那をもう少しいたわってあげてください。


「それは彼女たちの妄想です。うちの旦那は私一筋ですので、愛人どころか浮気二股、一夜の火遊びすらあり得ません」

「ですがお母様」

「本当です。そういえばジミー先生は、旦那と顔を合わせたことがありませんでしたね? 実際に会えば分かると思うのですが、昼間ではそうもいきませんよね……そうだ!」


 いいことを思い付いた。

 ジミー先生は旦那を息子の幼馴染を奪って愛人にするような男だと勘違いしている。

 ならばそれを正す為に、どれだけ旦那が私一筋かを知ってもらえばいいのだ。


「先生。旦那が愛人を作るような人じゃないって、証明します」

「え、はい?」

「旦那のことをよく知ってもらえれば、分かってくださると思うんです」


 その為には色々お話をしなくてはならない。

 仕方なく。そう、あくまでも仕方なく。

 ちょっと懐かしい思い出のお話をしよう。




 ◆




 私と旦那がまだ高校生だった頃の話だ。

 都会の闇に潜む化け物たち。人知れずそれらを討ち払うのが旦那だった。

 その頃の私は普通の女子高生で。ただ彼の背中を見ていたように思う。

 誰かに褒められる訳じゃない、報酬だって勿論ない。街の平和の為に傷付いて、失って。なのに感謝さえしてもらえなかった。

 それでも只管に戦い続ける。

 そんな彼が悲しくて、私はある時少し躊躇いながらも聞いてしまった。


『どうして……貴方だけが、苦しまなくちゃいけないの?』


 傷付いて失うだけ、得るものなんて何もない。

 貴方だけが傷付く必要はないじゃないか。もっと自分を大切にしてほしい。

 歩みを止めない彼の胸に縋りつきながら、多分私は泣いていたと思う。

 

『どの道誰かが為さなければいけないことだ。別に好きで戦う訳じゃないが、こんな面倒を他人に預ける気にもなれないな』


 ただそれだけ。

 誰かが傷付くよりは、自分で負う傷がまだマシだと彼は優しく語る。

 浮かべた微笑みはあまりに透明で、私は何も言えなくなった。


『自分の為に泣いてくれる人がいるのは、こんなにも嬉しいんだな』


 だけど彼はそっと私の涙を指で拭い、抱きしめてくれた。

 重なる心臓の音に、顔が熱くなって。

 でも離れようとは思えなくて。


『ありがとう。君がいてくれる、それだけで十分俺は救われているよ』


 二人はしばらく抱き合ったまま時間を過ごした。

 思えばもうこの時には、私は彼に恋をしていたのだろう。




 ◆




「とまあそんな感じでね。うちの旦那は、どんなに傷付いても、苦しくても。私がいてくれるだけで救われるんだって抱きしめてくれた訳ですよ。昔から旦那はかっこよくて」


 私は旦那の悪評をどうにかする為、恥ずかしさに耐えながら彼とのエピソードを明かす。

 勿論化け物と戦ったとか、その辺りは適当に誤魔化してだけど。

 これで旦那がどれだけ私を好きかというのは分かった筈。そう思ってジミー先生の方を見るが「は、はあ」と微妙な顔をしていた。


「あれ、ぴんときません?」

「……え、ええ。正直言って」

「そうですかぁ……あ、じゃあ次の話を」

「いえ、それには及びません」

「まぁまぁ、そう遠慮せずに」


 確かにこの話じゃ浮気しない、という証拠にはならない。

 次は旦那の一途さをちゃんと伝えなければ。




 ◆

 



 彼はまるで物語の主人公のようで、沢山の女の子を助けたりするから凄くモテる。

 先輩後輩は勿論教師にも彼に好意を持っていた人もいたし、いったいどこで知り合ったかも分からない女の人から言い寄られるのは日常茶飯事。

 それは二人が恋人同士になってからも同じ。相変わらず沢山の女の子が彼を好きになった。

 

『ねぇねぇ、今度デートしない?』

『お誘い、ありがとう。だが悪い、恋人がいるんだ。他の女性とデートというのは』

『えー、黙ってればバレないって。アタシと遊ぼうよ、なんなら一晩中でも』


 堂に入った流し目で誘う、スタイルのいい女の子。

 私は正直背も胸も小さく、決して男受けする体付きはしていない。

 だからああやって女性らしい豊満な女の子にはコンプレックスがあるし、彼もやっぱり胸は大きい方がいいのかな、と悲しくなったりもした。

 でもそういう色っぽい娘からの誘惑に対して、彼は不思議そうに答える。


『ん? いや、バレるバレないじゃなく、君に使う時間があるならあいつと一緒に居たいと言っているんだが』


 何を言っているんだ、君は? 大丈夫か?

 そんな感じで相手の女性の理解力を本気で心配している顔。容姿に自信を持っていただろうに、その返しはツライ。

 だって端から眼中にない宣言されたに等しい。

 流石にその時ばかりはその女の子に同情してしまった。



 ある時は、私のあらぬ噂を立てて破局させようとする女の子もいた。


『ねー、君の彼女さ。浮気してるって噂だよ? 最低だよね、こんなカッコイイ彼氏がいるのに。私だったら絶対そんなことしないのになー』

『そうか、教えてくれてありがとう』

『ううん、私はただ君が心配だったから。ねえ、慰めてあげるから。今夜は、一緒に』

『ああ、泣きそうだ。済まない、一人にしてくれないかな』


 一緒に居よう?

 そう言い切る前に、にっこり笑顔で釘を刺されてしまった。ぶっちゃけねつ造の噂など全く信じていなかったらしい。

 ちなみに何で信じなかったのかを聞くと『逆に聞くが、君とよく知りもしない相手。どちらの意見を信じると思う?』

 つまり私が浮気しているという噂にも疑心暗鬼にならず、ただ私の口にする言葉を信じてくれたのだ。


『……私、さ。やっぱり、アンタのことが好き』


 勿論、タチの悪い女ばかりではない。

 私の友達にも、純粋に彼を慕い、悩みながらも気持ちを打ち明けた子がいた。


『あの子にひどいことしてるって分かってる! でも、どうしたらいいのか、分からなくてっ』


 本当は、その子の方が彼を先に好きになった。

 ちょっと物言いは雑だけど優しくて。いつだって私を助けてくれた親友。

 彼とも仲が良くて、私とは出来ない掛け合いなんかもして、嫉妬しなかったと言えば嘘になる。


『……ありがとう、君の気持ちは素直に嬉しい。だが、それを受け入れることはできない』


 だけどやっぱり、彼は首を縦に振らなかった。


『やっぱり、あの子がいるから? 恋人になったから?』

『違うよ。俺はただ胸を張って誇れる自分でいたいだけ。状況によって想いを曲げるなんて、情けないじゃないか』


 恋人がいるから、気持ちを受け入れないのではなくて。

 他でもない俺が彼女を好きだから、その気持ちを濁らせたくないんだ。

 そういう面倒臭い男だ。彼女との関係がどうであろうと、結局は断っていたよ。

 

『なんだよそれ、ばーか』

『はは、知ってる』


 そういう人だ。

 私を愛して、信頼してくれて。

 それ以上に自分を曲げられない人。

 だから浮気や不倫、二股だの一夜の火遊びだの。その手の行為を彼は一切やらない。


“君が好きだと言ってくれた。なら、それだけの価値がある男でいたい”


 我ながら重い男だな、なんて苦笑していたけれど。

 私はそれが嬉しくて、思わずにやにやしてしまったのを、今でも覚えている。




 ◆




「つまりうちの旦那は、どんな女性に誘惑されても浮気せずに、私一筋を貫いているんです。そんな人が女子高生に言い寄られたくらいで愛人にすると思いますか? 絶対有り得ませんよ」

「え、うん。ああ、そう、ですか?」

「あれ、まだ納得し切れません?」

 

 むむ、やっぱり歯切れが悪い。

 どうやらまだ旦那の疑惑は晴れないらしい。


「先生は、まだ旦那が息子の幼馴染を寝取ったと思っているんですね?」

「いえ、そんなことは、決して」

「分かりました。では、次のエピソードに行きましょう」

「え、あの、そろそろ疲れて」


 私はグッと拳に力を籠め、再び語り始める。

 それが旦那の為に、今の私ができることなのだ。




 ◆



 彼は、物語の主人公のような人。

 しかもバトル物の。

 だから命がけで沢山の敵と戦って。

 あの日も、確かそうだった。

 ラスボス……仇敵を討ち果たし、けれど全ての力を使い切り。

 その隙を突かれた大量の化け物に襲われた彼は、絶体絶命の窮地に陥っていた。






 

 視界が赤く染まる。

 肺に溜まった熱を吐き出す。

 満身創痍、疲労困憊。体が重い。気を抜けばその場にへたり込んでしまいそうだ。


 けれど近付く唸り声。

 危機はまだ去っていない。

 醜悪な異形どもは追撃の手を緩めるつもりはないらしい。


 いつだったか、彼女は言った。

“まるで、物語の主人公みたい”と。

 だけど所詮はこんなもの。

 多数の敵に襲われて、窮地に追いやられた。

 どれだけ鍛えても最強とは程遠く、傷付けば痛いし、守り切れず失ったものなんて数えきれない。

 人が思う程、強くはなれないと。

 誰に指摘されなくても、いやになるくらい理解している。


『……四十。いや、五十だったか』


 だけど足は止めない。

 こんなところで死んでたまるか。歯を食いしばり、数多の敵と対峙する。

 昔はこうじゃなかったように思う。

 目的はあった。だが同時に志半ばの死を覚悟していた。

 殺して生きるならば、いつかは殺されて死ぬと。そうやって当然のように受け入れていた。


 なのにどうして今はそう在れないのか。

 無様に足掻いて、みっともなくても生にしがみ付いていたい。

 生きていたいのだと、その想いがぼろきれのような体を突き動かす。


“絶対、帰って来てね。私、ずっと待ってるから”


 まだ、あの優しい声が、聞こえている。


『ああ、そうだな。全部、終わったんだから……』


 疲労で動きが鈍っている。まったく、情けのないことだ。

 悪態ついたって現状は変わらない。

 嫌な気配を漂わせて、異形はこちらへ近付いてくる。

 一匹一匹は弱い。だがあまりに量が多い。万全の状態ならともかく、全ての力を出し切った今、果たして倒し切れるかどうか。


 俺は、ここで、死ぬのか。


 僅か数分後の自分の姿が脳裏をよぎった、


 それを決定づけるかのように、木々の陰から次々と襲い掛かる異形。

 犬? 狼? 違う。もっと奇妙な、形容しがたい化け物だ。

 その爪の、牙の鋭さは容易に命を奪う。

 物語の主人公みたい、なんて言ったところでこの程度。

 死は、無遠慮に近付いてきて。


『がぁ、ああああああああああああああ!』


 しかしそれに従ってやる道理はない。

 飛び掛かる異形、間近に迫った死、その悉くを叩き落す

 ごしゃりと嫌な手ごたえ。飛び散る脳漿、知ったことか。乱暴に乱雑に薙ぎ払い、地に落ちれば踏み潰し、激情のままに周囲を睨み付ける。


『帰らなきゃ……』


 意識せずに零れた呟き。

 ここで死ぬのか。

 そんな弱音は嚙み砕いて飲み干した。

 頭を占めるのは、たった一つの願いだけ


『そうだ、こんなところで死ねるか。泣かせたくない人がいるんだ』


 こんな無様な男が傷付くのを悼んでくれる優しい女性だ。愛していると、血塗れの手を取ってくれたのだ。

 その心を裏切れない。

 諦めて死んで、彼女を泣かせるなんてごめんだ。


『どけ…俺は、帰るんだ……』


 朦朧としたまま何度も何度も同じ言葉を繰り返す。 

こんなところで死ねない。

 生きて、帰る

 その為になら化け物くらいいくらでも叩き潰す。泥を啜ってでも生き延びてやる。


 初めてだった。

 こうも強く誰かを想うのは。

 だから願う。

 もしも数多の命を奪ったこの身に、何かを望む資格があるのならば。


『彼女と、共に、これからを……っ!』


 どうか、彼女と過ごす、幸せな日々を───




 ◆




「それで、帰ってきた時なんて言ったと思います? “君の泣き顔は見たくないからな”って。あの人の場合? 私の涙を止めるためなら絶死の窮地さえ乗り越えてきてくれるんですよね。もー、ホントにうちの旦那は」


 ラスボス倒して死の窮地を乗り越えて、愛する人のところへ戻ってくるなんて旦那はまさしく主人公だ。

 まあ愛する人って私なんですけどね。

 もうホント、好き好き大好き超愛している。


「はい、うん、分かりました。お父様が愛人を作るような人ではないと、十分に。十分に、吐き気がするくらい十分によく理解できました。ですのでお母様、そろそろ帰らせていただきたいと」

「いえいえ、そんな。旦那が最低のクズじゃないって分かるまで、ちゃんとお付き合いしますから大丈夫ですよ」

「いえ、ですからね? 聞けよ」


 ジミー先生はまだ分かっていない。

 どれだけ旦那が私を愛してくれているのか。私がどれだけ旦那を愛しているのか。

 そこが伝われば、愛人どうこうの話なんて二度と上がらないだろう。

 だから私は全力で、旦那の話を続けるのだった。





 追記


 私は高校で教師をしています。

 今日は生徒の悩み相談を受け、家庭訪問をしたら、何故だか生徒のお母さまからものすごい勢いで惚気を聞かされています。 

 彼氏いない暦=年齢の喪女である私は、その甘さに溶けてしまいそうです。

 っていうか話が長い。

 止めようとしても止まってくれない。

 お願い、誰か助けて。

 割かし本気で死にそうなくらいツライ。


「こら、相手が困っているだろう」

「あ、あら? あなた、お帰りなさい」

「ただいま」


 話を中断させてくれたのは、ワイルド系の男性。

 あなた……どうやら彼が件の旦那様らしい。

 数時間は話していたものだから、彼の帰宅時間となったようだ。

 おかげ助かった。ほっとして私はその容貌と仕草を見る。

 見た目は誠実そうで、僅かな遣り取りでも奥様のことを愛しているのだと分かる。

 ああ、結局愛人とかは勘違いなんだろう。

 そう、すぐに分かってしまった。


「息子の先生でしたか。今日はすみません、どうやら妻が長く話し込んでしまったようで」


 しかも奥様の暴走を察して謝罪までしてくれる。

 なんなの旦那様、メッチャいい人。

 ごめんなさい。寝取りとか最低のクズとか、疑ってごめんなさい。


「あーと、そのね? それには理由があって」

「理由?」

「うん。実は、あなたに愛人がいるって、噂があるらしいの。それを否定しようと思って、色々お話を」


 本当ですか? と旦那様は目で問うてくる。

 私はこくりと頷いた。


「はい、実はそういう噂が」


 あるんですけど、やはりただの噂のようですね。貴方を見れば事実ではなかったのだと納得できました。

 そう伝えようと思ったのに、遮るように旦那様はどかりとソファーへ腰を下ろした。


「それは、すみませんでした。どうやら俺のせいで先生にも迷惑をかけてしまったようだ」

「そんな、迷惑だなんて!」

「いえ、全ては俺の至らなさ故に。ですが愛人など、そのようなことはないと言い切れます。此処にそれを証明しましょう」


 なんか旦那様の全身からオーラのようなものが立ち昇って見える。

 ていうか、あれ?

 なんか変な方に話が転がってきたぞ?


「つきましては、まずはどれだけ俺が妻を愛しているか、エピソードを交えて説明を」

「もういや、おうち帰るぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」


 この家には可能な限り近付かないようにしよう。

 教師として有るまじき決意を、私は胸に刻みました。





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