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嫁子の戦い・前編

 


 俺のオヤジは凄い。

 どんな敵にも負けないくらい強くて、だからと言って威張ったりせず、まさに頼れる男って感じで子供の頃から憧れていた。

 いつかは俺もオヤジみたいになるんだって昔は思っていた。

 残念ながらそう上手くはいかず、俺は普通の高校生に落ち着いてしまったけど、憧れる気持ちは変わっていない。

 ただ、最近はちょっと。


「あ、ごめんね。今日は一緒に帰れないから」

「え? どうした、なんかあったか?」

「うん。貴方のお父さんに貢ぐために、アルバイト始めたんだ」


 昔から好きだった幼馴染が、オヤジの愛人になろうとしてるのでツライ。




 ◆




 うちの家族構成はまず旦那、それにわたしく嫁子。

 子供は三人。勇者の長男、高校二年の次男に、高校一年の長女だ。

 二番目の息子が悶えに定評のあるムッスコになる。

 ムッスコの顔立ちは旦那に似てるかな? ただ数多の死線を潜り抜けた歴戦の猛者と比べると、目付きは優しい感じ。基本的にはイケメンよりも男前と言った印象だ。

 親の贔屓目はあるけれど、ムッスコはとても良い子だ。

 真面目だし、勉強も運動もそこそこできる。さっきも言った通り結構な男前。意外とモテる要素が詰まっているのに、残念ながら、いや寧ろ幸運なことに? この子には父親の主人公補正は受け継がれなかった。


「……いただきまぁす」


 あくる日、家族四人で食卓を囲む。

 上のお兄ちゃんは仕事柄あんまり家には帰ってこないので、基本は四人で夕食だ。今晩のメニューはじゃがいもグラタン。生クリームをたっぷり使ってトロトロにして、チーズにはしっかり焦げ目もついて非常にいい出来。実際食べたらかなり美味しいのだが。


「ねえねえ、下兄ちゃんなんか元気なくね?」


 妹であるギャル子に指摘されて、びくりと肩を震わせるムッスコ。

 まあ、つまり、なんというか。


「……別に。そんなこと、ないぞ?」


 うちの食卓、雰囲気やべえ。

 いや、理由は分かっているよ? 先日のヒートアップ・ドロビッチ劇場の結果、散々死体蹴りされたダメージが抜けきってないのだ。

 そりゃそうだよ。

 昔っからずっと一緒でクラスでは夫婦とか言われるくらい仲良かった幼馴染が、自分の父親の愛人になりたいとか言い出したら、落ち込んだって仕方がない。普通に寝取られものの展開だもんね。


「パパ、なんか知ってる?」

「ん、ああ。なんだろうな。男の子って、大変なんだ」 


 流石の旦那も答えに窮してる。

 しかも何が辛いって、こんな状況でも旦那とムッスコの仲は決して悪くない。旦那は子煩悩だから三人の子供達をちゃんと大切にしているし、ムッスコだって父親を物凄く尊敬している。

 だからムッスコは罵倒の言葉なんて吐けないし、旦那が居直ることもない。

お互いに尊重し合っており、でも爆発して言いたいこと言い合えないので、微妙な空気が持続してしまっていた。


「ふーん、まいっか。そだ、パパ。今度さ、見たい映画あんだけど一緒にきてくれない? ナンパとか寄ってきたらウザいし男避けに。クロスケもパパに会いたいってさ」

「ああ、構わないよ。予定は後で教えておいてくれ」

「おっけー」


 その辺りの事情を知らないギャル子は、いたって普通の態度だ。

 この子の容姿は私とよく似ている。身長の高さと足の長さと胸の大きさは娘の方が上だけど。

 旦那曰く“嫁子が順当に成長したらギャル子”らしい。言わんとするところが分かってしまうのは、逆に切なくなる。

 ただ服装の好みは私にも旦那にも似ていなくて、短いスカートとか谷間の見える着こなしとか、後はおへそを出してたりばっちりメイク決めてたり。全体的に露出度が高く、なんというか、ギャルっぽい感じなのだ。

 別にその辺り咎めるつもりは全然ない。格好はともかく円光もパパ活もしてないし、万引き喧嘩もしない。そりゃ友達のクロスケと遊び歩いて帰りが遅くなることもあるけれど、まあ許容範囲だ。


「……そうだ、嫁子」

「どうしたの、あなた?」

「いや、明日二人で少し出かけないか。いい店を見つけたんだ」


 こういうお誘いは別に珍しいことではない。

 一番下のギャル子も高校生。多少時間に余裕ができたので、偶に二人でデートをしたりする。

 最近はちょっと騒がしかったので、お詫びも兼ねてって感じだろう。


「えー、なに、パパ達デート?」

「ああ。だから悪いな、ムッスコもギャル子もお留守番だ」

「あはは、分かってるって。相変わらず二人ともラブラブだなーもう」

「当然だろう? 嫁子は俺にとって特別な女性だからな」

「はいはい。ごちそーさま」


 まったく、旦那は子供達の前で何を言っているのか。

 そう思いながらもニヤニヤと笑ってしまう口元は止められなかった。




 ◆




 結婚前、うちの旦那に『結婚後も恋人のような関係でいたいか?』と聞いたら、NOと答えられた。

 え、奥さんになったら女性として見なくなるタイプ?

 不安になって理由を問えば『結婚しても恋人でいようという約束は、つまり責任を放棄するに等しい』とのこと。

 結婚してからも恋人同士みたいに、始めはそれでいいのかもしれない。

 だけどいつかは子供が生まれる。その時、俺達は親として子の手本にならねばならない。

 いずれは自分たちの両親も年老いていく。そうしたら大人になった姿を見てもらわないといけない。

 結婚は恋愛感情だけではできない。子供の為に、見せなくてはいけない姿がある。

 その責任を放棄して恋人のような関係を維持したいとは思えない。


『恋愛は惚れた腫れたで出来るが、結婚に必要なのは責任と信頼』。


 それが旦那の持論だ。

 まあ、だから。

 こういうと惚気になるが、旦那は私のことを愛してくれている。そこに間違いはなく。

 でも結婚の理由は、私の人格に対する信頼があってこそなのだと思う。


「ここが目的の喫茶店? 綺麗な店構えだし、落ち着いたいい雰囲気だねー」

「ああ。なんでもチョコ系が絶品だそうだ」

「ほうほう、それは試してみないと」


 とかなんとか言いつつも、旦那は暇を作って私をデートに誘ってくれる。

 ここで言う「暇を作る」は旦那のではなく私の。デートをする時は大抵彼が家事を手伝ってくれて、おでんとかシチュー類とか作り置きできる料理を一緒に準備してから。

 嫁が大好き子供も大好き、そういう旦那が私も大好き。

 私達は、周りが羨むくらい仲のいい夫婦だ。


「いらっしゃいませ……あれ、旦那さんに嫁子さん?」


 だから二人でお茶しようと立ち寄った喫茶店に愛人志望のドロビッチがいたって、動揺なんて顔に出してあげたりはしないのだ。




 ◆




 件の喫茶店はカウンターとテーブルが数脚程度の、小さな古民家風のお店だった。

 なんとなく懐かしさを呼び起こす、木の温かみが感じられる内装。古いけれど清潔感のある、心地よい空気をしている。

 どうやらドロビッチはここでアルバイトを始めたらしい。

 着ているのはウェイトレス服みたいな派手なものではなく、私服に黒いエプロンという簡素なもの。長い髪は後ろで縛っただけ。そういう飾り気のない恰好が、落ち着いたこのお店にはよく似合っていた。


「私がバイト始めてすぐ二人がお店に来てくれるなんて、すごい偶然ですね」

「そうねー、あははは」


 お店の中だから大声はあげないけれど、ドロビッチは両手を合わせて静かながらに優しい笑顔。

 好意を持った男性が偶然バイト際に訪ねてきたのだ、年頃の乙女としてはそりゃあ嬉しいだろう。

 まあ旦那と一緒に居ると偶然入ったお店で知り合いがいるなんて結構な頻度であるので、もはや呪いレベルにしか思えない私ではあるのだが。


「あっ、嫁子さん。チョコ系も美味しいですけど、ここのパウンドケーキ絶品ですよ。このドライフルーツがたくさん入ったの、絶対嫁子さんも気に入ります」

「へぇ、それいいね。ブランデーは?」

「風味しっかりです。一本買いしたらお値段もお安め」

「ますます私好み。帰りに買っていこうかな」


 こういってはなんだが、意外にも彼女は私に対して敵意を持っていない。見せない、のではなく端から無いのだ。

 そもそもはムッスコの幼馴染な訳で、つまり私達とも小さな頃から面識がある。

 よく家にも遊びに来ていたし、そういえば娘とこの子、三人でお風呂入ったこともあったっけ。

 だから険悪にはならない。寧ろ私に気遣い、立ててくれることを考える。旦那が絡まなければ本当にいい子なのだ。


「ところで、ドロビッチちゃん。なんで急にバイト始めたの?」

「旦那さんに貢ぐお金を稼ごうと思って」


 何気なく質問したら曇りなき乙女の微笑が返ってきた。

 それは、はにかんで言うような科白じゃねぇのである。


「なあ、ドロビッチちゃん」

「どうしました、旦那さん? あ、ごめんなさい。お給料はまだで……」

「いや、そんなものは求めてない」

「大丈夫ですよ。ちゃんと旦那さんのパチンコ代ぐらいは稼いで見せますから!」

「君はどうしてそう俺の話を聞かないのか」


 ちなみに旦那はパチンコ一切やりません。

 賭け事は嫌いじゃないみたいだけど、タバコの臭いがダメらしい。


「あと、お金は自分磨きにも使うつもりなんです。エステとか、服とかお化粧とか。やっぱり旦那さんに綺麗って思ってほしいですし」

「だからな、何度も言っているように」

「任せてください。愛人として恥ずかしくないよう振る舞いますから。ところで注文はどうされますか?」


 本格的に話を切り上げ、今度は店員モード。涼やかな笑みで流してしまう辺り、結構いい性格をしている。

 まあ押し問答を続けても意味がないと悟ったのか、旦那も肩をすくめて引き下がり、取り敢えず注文を。

 ここはチョコ系がおすすめというので、ケーク・ショコラオレンジェと紅茶をポットで。後は帰りにドライフルーツのパウンドケーキを受け取る。

 注文の品は程なくして届き、持ってきたドロビッチは丁寧なあいさつをして普通に下がった。アルバイト中だし一つのテーブルにべったりという訳にはいかないのだろう。それに、私に配慮もしてくれているのだと思う。まったく、ムッスコの嫁に来てくれるとかなら大歓迎できるいい子なのに。


「おお、オレンジピールがいい感じだ。それにチョコもくどくない」


 そんな私のもやもやを知ってか知らずか、いや明らかに知っているけれど、旦那は悠々とケーキを楽しんでいる。

 彼は強面だけど結構な甘党で、ケーキを食べに来るのは私の為というばかりでもない。勿論私も甘いものは好き。お互い食の好みが合うというのは良いことだ。私も旦那に続き折角の甘味を口に放り込む。


「ん! ほんとだ、おいしい」

「なかなかいい店だな。今度子供達も連れて……いや、お土産にチョコケーキも足そうか?」

「うーん、こんなにおいしいと、確かに二人占めは申し訳ないかな?」


 途中でムッスコとドロビッチが遭遇する居た堪れなさに気付いたらしく、店に来るのではなく持って帰る方向に修正。

 最初から分かっているが、旦那の優先順位は私と子供達が最上位なのである。


「お気に召していただけましたか?」


 ふうわりと、甘い香りがした。

 テーブルに近付いてきたのは妙齢の女性。身長高めで、何というか、とても女らしい体つき。ちょっと大きめで垂れた瞳が大らかそうな印象を与えている。

 入ってきた時に少しだけ挨拶した、ここの店長さんだ。

 うん、大人っぽい美人。いっても年齢的に私の方が上だろうけど。


「はい、とっても美味しいです」

「ふふ、よかった」

「えーと、店長さんですよね。ここのケーキって」

「すべて私の手作りですよ。だからあまり量は準備できないのが申し訳ありませんが」


 ここの店長さんである彼女は、とても肌触りのいい微笑みを浮かべている。

 彼女のおっとりとした雰囲気がこの店の居心地の良さに繋がってるのかなー、と思えばこちらもなんだかにへらっと笑ってしまう。

 いいな、このお店。

 ケーキは美味しい、店長さんもいい感じ。うん、アルバイトロビッチ的に旦那はあんまり連れてこれないけど、常連になってもいいかもしれない。

 ただ、不安というヤツはいつだって付き纏う。

 何が不安って? この状況に決まっている。

 喫茶店、美人店主、旦那。

 これだけの要素が揃えばもはや次の展開なんて予想がつきすぎて、マ〇オブラザーズが誘拐犯を推理するゲームとして成立するレベルだ。


「邪魔するぜ」


 どがんっ、と扉を蹴って無理矢理に入ってくる、いかにもアウトローな風体の黒服男二人組。

 どう見ても真っ当じゃない空気を纏う彼らは、不快げに店内を見回している。

 うん、まあ。なんとなく分かっていたけども。

 どうやらまた事件が勃発するらしい。


「よう、店長さん。今日もご機嫌麗しゅう」

「い、いらっしゃいませ」

「そんな怯えた顔しないでくださいよ。いやね、俺達も何度も来るのは悪いと思っているんだよ。ただ、こっちも仕事なんだ」


 誰に案内されるでもなく、適当な椅子へ勝手に座り、ニタニタと嘗め回すように店長さんを見る。

 ゲスい男だって言うのは、傍目からでも分かる。


「おお、アルバイトを雇ったのか。余裕あるじゃねえか、ならこっちにも払うもん払ってもらわにゃスジが通らねぇなぁ」

「そんな、このお店はちゃんと不動産会社から」

「関係ねえよ。ここら一帯は、昔っからウチのシマなんだ」


 つまるとこ、ショバ代せびりにきたヤクザの下っ端らしい。

 まったく平成の世になんと古臭い振舞い。どうせ古いなら昔ながらの仁義くらい引っ提げてこいというものだ。


「……あまり、嬉しい客ではなさそうだな」


 ずかずかと入っておいて傍若無人な男達に、旦那の顔付きが変わる。 

 あ、やばい。私ってば未来を視る能力に目覚めた。

 このまま旦那が介入して無事解決、またハーレム要員が増える。

 更にドロビッチが惚れ直して、それをムッスコの前で惚気てまた多大なダメージを負う。

 止めねば。

 店長さんを助けつつ、ハーレム要員にしない。そういう結末を求めないと、またいろいろ面倒臭いことになる。


「なあ、店長さん。さっさと払ってくれりゃ俺達も」

「待ちなさい!」


 気付けば私は叫んでいた。

 そうだ。旦那のハーレムは阻止せねばならない。

 ならば、ここで店長さんを助けさせるわけにはいかない。後で絶対惚れられるから。

 でも見捨てるのは論外。だったらどうすればいい。


 簡単だ。

 旦那の主人公補正を抑えつつ、店長さんを救う為に。

 私が矢面に立って助ければいいのだ。


「よ、嫁子?」

「まかせて。この件は私が華麗に解決して見せるから。もう正直ね、これ以上女の子に増えられると困るの。現時点でお腹いっぱいなの」

「なんか、すまん」

「謝らないで、そんな貴方を私は愛したのだから」

「嫁子……」

「旦那……」


 目と目で会話し愛を確かめ、私はヤクザもんの前に躍り出た。

 主人公クラスの活躍なんてさせない。



 そう此処に、主人公補正に抗う嫁子の戦いが始まる。



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