俺の答えは
朝食を食べてすぐ、直弥の家に向かった。
「おい、おーきーろ」
この時間、直弥が寝ているのは過去二回の経験で知っている。寝坊を防ぐという大義名分で家の中に入らせてもらった。
「なぁあー、なんだよ圭。朝っぱらから」
「もう八時だよ」
「まじでかー、んじゃ今日は遅刻する。先行っててくれ」
予想通りの答えだが、実際に言っているのを聞くと苦笑いを止められない。
この日常を、やはり終わらせるわけにはいかない。
「なあ、直弥」
俺の声の調子が変わったのを感じ取ったのか、眠たげな目は相変わらずだが顔をこちらに向けてきた。
「俺はやっぱり汐里のことが好きだ。けど、俺じゃ汐里をちゃんと幸せにできそうにないからさ……」
信じられないことを聞いたかのように直弥の目が見開かれ、布団から勢いよく起き上がる。
「おい……圭」
「汐里のこと、頼んだよ。直弥」
呆然とする直弥を置いて、俺は見慣れた通学路を一人、学校へ向かった。
汐里を一人にするわけにはいかない。昨夜、考えていたのはそのことだった。誰も死ぬことのない未来を掴むことができないのなら、方法は一つしかなかった。
終業式の後、三つの影が残る教室で俺は口を開く。
「直弥、昨日お前が汐里になにを言ったかは知らないけどさ」
俺の言葉に二人が驚いたようにこちらを向く。
やはり、繰り返しの始まりが今日である限り、それ以前の行動は変わらない。直弥が昨日汐里に告白したことは変えようのない事実なのだ。
一回目の会話を思い返す限り、直弥がただの告白のためだけに抜け駆けをするとは思えない。
一体何を話したのか。それだけがこの三回目で気がかりなことだった。
けれど、もう意思は固めた。直弥が汐里に何を話していようと、これ以上繰り返すつもりなんてない。
「俺の気持ちは今朝言った通りだよ。俺じゃ出来ないこと、お前がしっかりやってくれ」
「……それで、いいんだな?」
直弥が問う。今にも泣きそうな顔で。もしかしたら俺もそんな顔をしているのかもしれない。
「ああ」
自覚のないまま、泣いているのかもしれない。
「これで、いいんだ」
こうして、三度目の夏休みは始まった。汐里の彼氏が俺でなく、直弥になった。それ以外大きく変わることなく、穏やかに時は過ぎて行った。俺は俺で、きっと最後になるであろう、この夏休みを思い切り楽しんでいた。
そして三回目の最終日がやってくる。
直弥と汐里は一回目と全く同じデートプランを立てていた。今更ながら運命の方向性というやつに驚かされる。人の意思なんて運命の前ではなんの意味もないんじゃないかと、そう疑ってしまうくらいだ。
けれど、人の意思の強さを証明しているのも今の俺自身に違いない。為るべくして為っているのではなく、自分の意思でこの三回目を築いているのだから。
公園のそばを歩く二人の姿が目に入る。心なしか、二人とも落ち込んでいるようだ。もしかして、今日ショッピングモールで喧嘩することすら予定されたことだったのかもしれない。
おーい、と偶然を装って声をかけ、直弥の宿題の心配をして、ほのぼのとした時間が流れて……。
背後からトラックの異音が聞こえる。
ここだ。
ここで俺が彼らを守らなければ二人とも死んでしまう。俺には直弥ほどの運動神経はない。ちゃんとできるかどうかはわからなかった。それでも決意したことだ。失敗は許されない……!
ブレーキの壊れたトラックが直弥のいる場所を通り過ぎる、その寸前に……!
飛び出して直弥の腕をつかもうと手を伸ばす。これで良い。あとは遠心力に任せて入れ替わるだけだ。
間に合った……。
安堵した瞬間だった。
伸ばした手は空を切り、直弥は俺の胸を突き飛ばす。顔を上げた先には直弥の微笑みがあった。
「これでいいんだ」
そう言って……、
直弥は自らトラックの前へと倒れこんで行った。
「汐里は、圭のことが好きなんだろ?」
俺の言葉に汐里が顔を赤らめて俯く。どうやら俺の推測は当たりのようだ。
終業式を明日に控えた放課後の教室。俺は汐里を呼び出して自分の想いを伝えた。
告白するのは明日だと知らせて置いたからだろう、汐里は不意打ちを食らったようにしどろもどろになって、両手を顔の前で振っていた。そのタイミングで先ほどの俺の言葉だ。嘘をつける筈もない。
しかし、汐里の口から出た言葉は肯定でも否定でもなかった。
「そんなの、わからないよ」
……ふむ、これは。
まさかとは思うが、自覚していないパターンか。
ならば仕方がない。汐里には明日、しっかりと自分の気持ちに気付いてもらおう。想い人は十中八九圭だと思うが、万が一の為の保険も用意しておいて……。
「だったら汐里。明日、予告通りもう一度お前に告白する。その時は圭も一緒だ。もしその時になっても答えが出ないようなら……」
ーー先に告白した方に応えてくれーー
彼女は優しい。選ばれないもののことを考えすぎる。その足枷を、取ってやらなければならない。
汐里は、少し悲しげに目を伏せながらも俺の言葉に同意してくれた。
「まあでも、どっちかが辞退するような事があれば? その時はその意見を尊重してくれよ」
冗談めかした俺の言葉に汐里は苦笑する。
……うん、これで大丈夫だろう。
願わくばーー圭が俺と同じ答えを、出さぬよう。
三人でいられる時間が大好きだった。
この時間が何よりも大切で……いや、この時間だけが俺の人生の中で意味を持っていた。そんな風に思えるほどに。
だから、最後の瞬間まで一緒に居られるなら、それはすごい事なんだ。すごい、幸せな事なんだよ。
なぁ……圭、汐里。だからさ……、
俺がいなくなっても、しっかりやれよ?




