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後悔と、足踏みと

 

  寝覚めは最悪だった。寝ている間中あの時のトラックの轟音が繰り返され、その度に頭の中には悲鳴もあげられなかった直弥の姿が浮かぶ。このまま学校なんて休んでしまおうかとも思ったが、そうすれば一日中後悔の念に苛まされるだけだ。それならば学校へ行き、目の前に現実を突きつけられた方がマシだ。


  喉を通らない朝食を無理やりに流し込み、学校へ向かう用意を整える。そしていざ外に出ようと玄関に立っ

 た時、唐突に足がすくんだ。


「……うわっ⁉」


  盛大に尻餅をつき、今朝初めてとなる声が出る。


  考えてみれば、足がすくむのなんて当然だ。なにせ玄関を開けたその先には直弥の家があるのだから。頭ではこれっぽっちも実感のわかない直弥の死。体の方がよっぽど現実をわかっているみたいだ。


  念のため手すりを伝いながら外に出る。できるだけ目をつむってみたくない現実を視界に入れないようにして。普段なら家を出たところで汐里と直弥と合流することが多いが、さすがに今日は汐里も、俺と一緒に登校するなんて気分ではないだろう。


  とぼとぼと一人で歩く通学路。夏が戻ってきたかのように暑い朝だった。いつも通りのはずの喧騒が妙に空虚に聞こえ、ひどく耳障りだった。教室に入ってもそう、夏休みの話題で盛り上がるクラスメイト達がどうしても遠い存在のように思えてしまう。自然と直弥の席に視線が移る。そこにいるはずのない影を探して。


  始業間近になって汐里が教室に入ってきた。ここまでギリギリなのは珍しいが、無理もないだろう。むしろ

 学校には来ないと思っていた。あのまま入院するものだとばかり思っていた分、元気のない姿でも見られてホッとした。


  汐里が教室に来て数秒もしないうちに担任教師が入ってくる。俺の目がどこかおかしいのか、特に落胆しているようには見えない。自分の受け持つ生徒が一人死んだっていうのに、担任はいつも通りの淡々とした調子で朝の連絡を済ませていく。



  なぜだろう、怒る気力も湧かなかった。


  色んなものが、一緒になくなってしまったのだろうか。



  自分の中の虚無感に意識を向けた時、担任の放った一言がすぐに俺の意識を現実に引き戻した。


「はい、それじゃあ廊下に並んで体育館に。すぐに終業式が始まります」


「……は?」


  終業式? 始業式じゃなくて? 普通そんなこと間違うか?


  その言葉に引っかかりを覚えて視線を黒板に移した、その時だった。


「スンマセーン、寝坊しましたーっ!」


  がらがらと盛大な音を立てながら教室に入ってきた人物を見て、俺は言葉を失った。


「いやー全然眠れなくて。あ、でも終業式間に合ったならセーフですよね?」


「アウトに決まってるだろ。立派な遅刻だ」


  それは紛れもなく直弥だった。そして目の前の光景には確かに見覚えがあり……、


「おはよー、ケイ。ついに今日だな」


  今日が夏休み前日の、俺たちが汐里に告白した日だということは疑いようがなかった。




  式の間中考えに考えた。けれど、こうなった理由はわからなかった。でも、わからないならそれはそれで結構だ。重要なことは俺に今、これ以上ないほどのチャンスが与えられているということだ。


  直弥を救う。それがこの意味不明な現象が俺に求めていることなんだ。


  HRが終わり、クラスの友人達がこれから始まる夏休みに思いを馳せ散り散りに帰っていく。そんな中、俺を含め三人がまだ教室に残っていた。


(……本当に、何もかも一緒だ)


  考えてみれば、一回目の今日も汐里は元気がなかった。俺たちに告白されることを知っていたからだ。そして直弥も同じように遅刻をした。これは告白という事象に対して本人の取る行動が一貫されているせいだろう。おそらく何度繰り返しても、告白の前日直弥は緊張で眠れず、汐里は不安でいっぱいになる。



  そしてきっと、俺だけが変わっていく。一回目とは種類の違う緊張を覚えながらそんなことを思った。



「引き止めて悪いな、汐里。俺たち、お前に言わなきゃならないことがあるんだ」


  二人が意外なものを見るような目でこちらを見る。無理もないか。こういう時、すぐに口を開けるタイプじゃないのは二人ともわかっているだろうし、何より一回目を経験した自分自身がよくわかっている。


  でも、今は二回目だ。緊張がないわけじゃないが一回目のそれと比べれば微々たるものだ。


「好きだよ、汐里。ずっと前から」


  文字通り固まる二人を見つめながら、言葉を続ける。


「けどその感情と同じくらい、この三人でいれる時間が好きだ。絶対に壊したくない。だから……」


「だから、なんだよ」


  固まっていたと思っていた直弥が割って入る。


「ここまで言ってやっぽ無しなんて言うなよ」


「……いくら俺でもそんな情けないこと言わないよ」


  苦笑いで直弥の言葉を否定する。けれど、直弥を含めた三人で未来を見ることが一番大切だという思いに変わりはない。だから、


「俺たちの中で気ぃ遣うの、やめよう」


  これが、一度目の夏休みを経験して出した俺の答えだ。直弥が死んだ原因は、その気遣いにこそあったと言っていいのだから。


「俺と直弥は汐里が好きだ。汐里は、どっちが好きかはわかんないけど俺たち二人のどっちかを選んでくれると思ってる。……当然、選ばれない方もいる」


  だからこそ気を遣うな、遠慮をするな。本音を言ってくれ。


「私は、どっちが好きなのかなんてわからない」


  汐里が初めて口を開く。一回目でもそうだったが、普段はおしゃべりな汐里だがこういう場面ではかなり口が重くなるらしい。初々しくてかわいい。いや、そうじゃなくて。


  その汐里が口を開いたんだ。俺の言葉に何を思ってくれたのだろう。


「でも、二人のことを好きじゃないわけがない。だからね、最初に告白してくれた方の誘いを受けようと思ってた。私が選ばないといけないはずのことを、二人に任せようとした」


  それの何がいけない。二度目聞いた今でもそう思った。そもそも二人でいることと三人でいること、同じくらい大事だと最初に言ったのは俺だ。


「ごめん、直弥。私は圭のことが好き」


「…………」


「でも、これからも私たちと一緒にいてよね」


  言って仕舞えばそういうことで、つまりこれは、俺と汐里のわがままなのだ。



  決して断られないことが分かってる、……とても卑怯なわがままだ。




  一回目と同じように、告白の翌日には直弥が朝から家にきてこれからのことをいろいろ話した。三人で一緒にいるためにいろんなことを話した。ちなみに汐里も一回目と同様筑前煮を持ってきた。一回目と違うことがあったとすれば、その筑前煮を三人で一緒に食べたことくらいだ。


  それから先、同じような日常を過ごして夏休みは過ぎていく。少しずつ違って、割と同じ夏休みはそれでもあっという間に時間を喰らい尽くしていって……。



  二回目の八月三十一日が来る。




  今日は、外に出ないことにした。一回目のようなことを回避するためだ。そんなわけで今日はいわゆる家デート。うちに母がいるというのが残念だが、汐里と二人で昼食を作るのは結構楽しく、完成したビーフシチューは母のお墨付きをもらう程度にはうまくできた。


「夏休み、あっという間だったね」


  昼食を摂り終わって二階の自室へ移動した俺と汐里は、自然とこの夏休みのことを振り返っていた。


「そうだな、まあ前日から結構密度の濃い日々を送ってたからなぁ」


  厳密に言えば俺はもう一月分余計に夏休みを過ごしているが。


「今日は、直弥来なかったね」


  少し寂しそうな声で汐里は言うが、実際はそんなしんみりするようなことではない。


「まあ、まだ課題終わってないっていうんじゃ仕方ないよな」


  この夏休みは三人で過ごすことが例年より多かったせいか、二人でいてもちょっとした寂しさを感じてしまうのだろう。かく言う俺自身も、物足りなさを感じてしまっている。


「直弥、今度は大丈夫だよな……」


「大丈夫って、なにが?」


「ん? ああ、課題だよ。去年はなんだかんだで俺も手伝わされるハメになったから」


  今度は生きてくれるよな、なんて言えるわけがない。あれをもう一度目の当たりにするなんて絶対にごめんだ。目の前で人形みたいに壊れて動かなくなる直弥に、死んだみたいに倒れこむ汐里に……生きる気力を無くした自分の目……。


  そこまで思い出し、寒気に背中を震わせた。


「圭……?」


「……なんでもない。今度は直弥にもビーフシチュー作ってやろうぜ」


「うん、そうだね」


  汐里が笑顔を見せながら返事をした、その時だった。


  ピンポーン、と、玄関のチャイムが鳴る。


  おそらく母のものだろう、パタパタとスリッパで歩く足音が玄関に向かい、ドアを開ける音がした。そして、

  どさっ……、と。なにか重たいものが崩れるような音がして、一旦物音は消えた。



  一筋の冷や汗が背中を伝う。嫌な予感が止まらない。そして、



  ゴツっという固いソールの音を聞いてその予感は確信に変わる。


「汐里、警察に連絡を。内側から鍵をかけて、絶対に部屋の外に出るな」


  俺は小さな声で早口にそう言い、机の中にあるペーパーナイフをポケットに忍ばせて部屋の外に出た。

  二階からそっと一階のリビングを覗く、と、やたらとガタイのいい見知らぬ後ろ姿を見つけた。


  やはり、押入り強盗だ。


  きっと力比べでは勝負にならない。奴が金品の物色に気を取られているところを後ろから仕留めるしかない。


  (……仕留める、俺にできるのか? そもそも……殺せるのか?)


  いや、やるしかない。今この家には汐里もいるのだから。

  足音を立てず階段を降り、慎重に背後をとる。狙うのは首だ。殺傷能力のないペーパーナイフで相手を無力化するにはそこしかない。一度深く刺して、引き抜いたらすぐに距離をとる。あとは出血を待っていればいい。


  (――っ、やってやるっ!)


  ずぬ、と嫌な感触が右手を支配する。握力が抜けそうになるのを必死でこらえ、ペーパーナイフを引き抜いた。


「ってぇなぁ……、おい」


  声⁉ 驚いて相手の姿を確認すると、出血していたのは首からわずかに外れ肩の部分だった。刺す瞬間、反射的に目を瞑ってしまったのが仇となってしまった。


「くっ……そ」


  相手の武器は包丁一本。付着している血は、おそらく……。だが今は考えるな。考えるのはこれからどうするかだ。奴が銃を持っていないのは幸いだったが、それでもこっちの戦力的不利は変わらない。


「はっ、一人でどうにかできると思ったのか? なめてんじゃねぇぞこの、クソガキ!」


  考えているうちにこちらに向かって走ってくる。目の前に迫る包丁を俺は、ただ黙って見ていることしかできなかった。


  あぁ、いざって時体動かないって本当なんだな、なんて考えながら。


「圭!」


  包丁が体に触れる寸前、横からの衝撃に強盗犯の体が倒れこむ。


「直弥⁉ どうして⁉」


「汐里から連絡もらって……、それより、それよこせ!」


  よこせと言いながら俺の右手からペーパーナイフをもぎ取り強盗犯に馬乗りになった直弥は、なんのためらいもなくそれを振り下ろした。


  あの体勢から首元に思い切り突き刺したのなら、相手は無事では済まないはずだ。ハァハァと息を切らしながら強盗犯の体から降り、こちらを向いた直弥。頬には数滴の血がついていた。


  極度の緊張から解き放たれ、自然と警戒が緩む。そのせいで気づくのが遅れた。最初の肩への一撃、かなり深く刺さった割に奴の反応はそれほど大きくなかった。そこまで痛みを感じていなかったということだ。それがなにを意味しているのか……。


「まずい、直弥っ!」


  気づいた時にはすでに遅かった。


  のっそりと起き上がった影は直弥の背後まで迫り、当然のようにその背中に包丁を突き刺した。


  俺の体には力が入らず、抜いては刺し、抜いては刺しするその姿をただ見ていることしかできなかった。


  やがて力尽きた強盗犯は倒れこみ、起き上がることはなかった。その隣にいる直弥も、起き上がることはなかった。

 


  警察が来るまでずっと、俺はその場に座り込んでいた。また守れなかった。それだけ考えながら。


  直弥を守れなかったばかりか、また守られてしまった。それに今回は、母親という新たな犠牲も出して。


  なんのためにやり直したんだ。なんのための二回目だ……。これは、繰り返せば繰り返すほど犠牲が増えるって、そういうことなのか? そんな、そんな……。


「――そんなよくある話……っ、それじゃあ直弥は、絶対に……助からないってのかよ……っ」

 


  ふざけるな、ふざけるな――。



 なら俺は、……もしもう一度……やり直せるのなら――っ!





  ――翌日。

  目を覚ましてすぐリビングに降りた。



「あら圭、おはよう。今朝は早いわね」



「うん、おはよう……母さん」




  三度目の夏休みが、始まる。






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