女神
今晩もスーパーの紙袋を下げて住宅街にあるアパートの一室のドアを開いた。
俺の名前は中浜光次郎、24歳の無職だ。無職と言っても働く気がないわけではない。毎週ハロワにも通っているし何度か面接も受けた。だが採用の通知は来ない。
そもそも最初から無職だった訳ではない。たった2年間だが会社に務めていた経験もある。
だがサラリーマンに向いてない性格だったためか自分から辞めてしまった。
そろそろ貯めていた貯金もなくなる。
このままでは家賃を払えず実家に帰るしかなくなる。
アルバイトでも探すか?
そんなことを考えながらいつものように床についたのであった。
ふむ、今日はよく眠れそうだ。段々と意識が遠のいていくのを感じた。
その日夢を見た。
その夢には純白の布を纏ったよう服装をした、美しい女性が現れた。
長い銀色の髪がなびく姿はとてもきらびやかで、その顔は優しく微笑んでいた。
まるで女神様みたいだ……
俺はそう思った。
「その通り、私は女神です」
女性はそう答えた。
声には出してない。
心を読まれたのか?まぁ女神だもんな。
「まず始めに言っておきますがこれは夢ではありません」
そう言われて頬をつねろうと顔の方まで持ってきた左手を下ろした。
「そうか、それでその女神さまが俺になんのようだ?」
「あなたは今、異世界に召喚されようとしています」
「あーそう言う事ね」
普段からネット小説などを読んでいるのでこういう展開には特に驚くことは無かった。
「ずいぶんとあっさり納得されるのですね」
「まあな、ある意味慣れてるようなもんだから。で、その世界ってのはどんな所?」
「話が早くて助かります。では簡潔に説明させてもらうとあなたがいた世界の中世ヨーロッパに似たRPGゲーム風世界です」
ゲーム風なのは助かるなあ。変にリアルなところだとモンスターだけでなく病気や飢えと闘いながらやっていかないといけないハードなパターンあるし。
「それは面白そうだな。で、なんで俺が選ばれたの?」
「召喚主の手違いというやつですね」
「手違いで呼ばれるのかよ!」
「そうです。でもそのまま召喚されるのは可哀想なので少し手助けしようと思ってあなたの前に現れたのです」
「手助けってどんな?」
「まぁ率直に言ってスキルや武器を与えましょうという訳です」
「選ばしてくれるのか?」
「はい。ですがその世界に存在しないものは与えられませんよ」
自分で選ばしてくれるとはかなり良心的だな。
「そうか、では早速……」
と思ったがひとつ聞いておきたいことがあった。
「俺はその武器やスキルで邪悪な魔王を倒して世界を救えばいいのか?」
「いいえ、その必要はありません。もう魔王は倒されて世界は平和になりましたから」
「は?もう倒された?!」
「ええ、その世界の勇者に」
なんだよそれ、つまり一番の楽しみを既に奪われた後って訳なのか。
一気にテンションがガタ落ちだ。
「じゃあ召喚主は何を召喚しようとしてるんだよ」
てっきり邪悪な魔王を打ち倒す勇者を召喚しようとして間違ったのかと思ってた。
「精霊を呼び出して知恵を借りたがっているようですね」
「知恵?」
「それ以上は分かりません。私は召喚を司る女神ですから全能というわけではないのです」
「そうなのかよ!」
「とりあえず言葉が通じないといけないので言語スキルを与えましょう。
安心してくださいこれはサービスです。
このスキルがあれば大体の人と会話が成立するはずです。」
「大体って何だよ」
「中には言葉は通じても会話の成立しない人がいるという訳です」
そんな人とはあまり関り合いになりたくないなと思った。
「次が本題です。武器ですか? スキルですか? なんでも欲しいものを言いなさい。この中から1つ授けましょう」
目の前に突如ゲームのウインドウのようなものが表れそこに文字がズラーっと並んだ。
結構たくさんあるな……探すのだけでもしんどそうだ。
「でももう魔王は倒された後なんだろ?」
「安心してください。人を襲う邪悪なモンスターはまだ存在していますからそれらを倒す冒険者という職業も存在しています。それにモンスターを倒すだけが異世界の醍醐味では無いでしょう」
「……まぁそうだな」
商人になって大金持ちを目指したり。内政チートで国を大きくしたりいろいろあるといえばあるな。
だが残念なことは俺に商業の知識も政治の知識も殆ど無いって事だ。
そもそも何の知恵を借りる目的で召喚されるのか分からないし、状況次第では全くの無駄になってしまうかもしれない。
俺はしばらく考えた末こう結論を出した。
「答えは保留にさせてくれないか?」
「保留?」
「異世界に召喚された後、しばらく生活してみてから決めたいんだけど」
ここは一旦保留ということにして後からスキルをいただくという事は出来ないだろうか?
俺はそう考えた。
「私はこれまでに何度かあなたの世界からあちらの世界に勇者を送り込みました。しかし、そんな事を言われたのはあなたが初めてです。」
自分以外にも既に送られた人間が居たのに少し驚いたが、まあそれもよくある話なので勝手に納得した。
「やっぱダメ?」
「いいえ、分かりました特別に認めましょう。」
「ありがとう女神様」
この女神物分りはいいようだ。
「では変わりにこのアイテムを授けましょう」
突如女神の両の手ひらの間が光り輝き、四角い物体が表れた。それは一本の紐で結ばれた、黒い箱のようである
「何だこの箱?」
「これは女神の玉手箱、これを空けるともう一度私に合うことが来ます。欲しいスキルか武器が決まったら開けてください。その時にあなたの欲しいものを授けましょう」
玉手箱とはいきなり和風なアイテムだな。西洋風の女神様から頂くものとしては似つかわしくない。
「開けるだけでいいのか?」
「そうです」
もう一度女神さまに会えるのか。そう考えるとこのアイテム自体がかなりのチートである。送り込んでしまったら後は知らんぷりなパターンもあるし。
「そしてこれもサービスです」
宙に浮いていた女神がふわりと俺に抱きついてくるかのように降りてきた。
そしていきなり俺の首筋に口づけをしたのだ。
「な、なにすんだよ!」
突然の事にドキリとする。
「あなたに幸運が訪れるようにおまじないをかけました」
そう言って女神は微笑む。
幸運?送られた異世界でのラックステータス大幅アップとかそんな感じか?
だが女神さまから口づけをしてもらって別の意味で得した気分になった。
「では再び眠りにつきなさい。次にあなたが目覚めた時
最初に見るものは見慣れた天井ではなく、新しい世界でしょう」
女神のその言葉を最後に俺はまた深い眠りについた。