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衝突した願い

Earthが発足してからおよそ一年が経った。


2033年1月16日。「世界平和の日」そう名付けられたこの日を、世界が満場一致で休日と認めたが、残念なことにその日は日曜日であった。

山田太郎はこの日も例に漏れず、大学の図書館で専門書を片っ端から読み散らかしている。


漬物石からもらった一番目の力は本物だった。ただ正確に言えば「世界の真理を知った」というわけではなく「漬物石が知っている範囲の真理を知った」という約束違いはあった。ただそれでも、人類にとっては十分だった。

ただし欠点もあった。真理を理解したわけではなかったのだ。太郎にはそれの科学的事実が正しいかどうかはわかっても、それが「なぜ」正しいのかまではわからなかった。だからこうして太郎は日夜勉学に励んでいる。おかげで友達には嘘だと笑われたが、大学の図書館の本はほとんど読みきってしまった。


二番目の願いも叶った。運命を変えたいと願えば変えられる。ただ、変わったという確証は一番目の力を経由して確かめている。確かめるというのは、運命が変わる前後の状況がなんとなくわかるのである。ただし、運命が変わる起点は自分にある。目の前の子どもがトラックに轢かれそうになる運命があった時、その子を助けるのは太郎しかいないのだ。


漬物石曰く、この世界は確率でできているそうだ。時たま、漬物石は太郎に知識の補足を行ってくれる。その肝心の漬物石は、太郎の頭の中でもう一人の太郎を演じている。

「今日ぐらいは遊びに出かけてもよかったのでは?」

「特別な日に特別なことをしなければならない決まりはないんだよ」

およそ一年前は「汝」などの古くさい言葉を使っていた漬物石も、今ではラフになっている。

「しかしまあ勤勉なことだ。その知識を悪用してみようなんてことは思いつかないのかい」

「気が向いたら」

「つれないねえ」

そう受け答えしながらも右手のシャーペンは恐ろしい動きをしている。別に勉学だけではない。太郎の運動神経も最適化されているため、運動能力も超人並である。しかし体が持たないため、日夜トレーニングは欠かさない。

「人類最強でも目指すのかねえ」

漬物石はいかにも溜息がついてきそうな声でそう言った。


帰り道、平和を祝すパレードの跡が街のあちこちに残っていた。色とりどりの紙吹雪を、老若男女問わず皆笑顔で片付けている。

「お兄さんも手伝ってくれないかい?」

背中の曲がったお婆さんがそう言って塵取りと箒を差し出してきた。

「いいですよ。私も暇ですし」

お婆さんはその答えを聞いて笑顔になった。周りの人々の手が止まり、太郎がどう答えるかに耳を傾けていた。最初はそれを怖いと思っていた太郎も、この一年で対応の仕方が処世術として身についていた。紙吹雪が片付いた頃にはすでに辺りは暗くなっていた。


この一年は激動の一年だった。私が漬物石に願ったのは2032年4月の出来事である。それから1ヶ月後の5月に「神」は世界に能力を配った。実を言うと、そのほとんどがマジック程度のものであった。手から火を出す、少し浮遊ができる、他人の気持ちが漠然と捉えられる。その程度である。

しかしごく稀に実用性を持つものがあり、例えば長距離のテレポート、高出力のサイコキネシスなどであった。Earthはその人々を信仰心が特に高い者として祭り上げ、Earth本部に招集した。そして「神」は信仰心が高ければ能力が綺麗に開花することもあるというぼやかした表明をしたため、能力が低いことへの差別も起こらず「神」の存在はより一層高くなり、Earthが徐々に力を集めていることを誰も指摘することはなかった。


ここまで思い返して、ふと太郎は最後の願いのことを思い出した。

「漠然とした平和」その成就について考えるときだけ、漬物石は黙りを貫いた。

最後の願い、それだけがまだ叶っていなかった。

帰り道にある橋の上から、太郎は川の水面を眺めた。一番叶ってほしい願いが叶わないことを少し寂しく思った。


どしん。

突然、橋が強く揺れた。その揺れの強さに太郎はしばらく動けなかった。

太郎が振り向くと、橋の中心が大きくめり込み、その中心に白い長髪の女性が立っていた。

振り向いた彼女の瞳は赤く、こちらを強く睨みつけていた。そして何かを叫んだ。

これはロシア語だ。英語を聞き慣れた太郎の耳にその発音は新しかったが、能力のおかげで何を意味した言葉であるかはわかった。

彼女は確かにこう言った。

「見つけた」

揺れで安定しなかった街灯が息を吹き返し、太郎は彼女の全貌を見た。

右手にはAK-47、紛争の象徴とも言える銃が強く握られ、背中には大きな翼が生えている。着ている服はボロ切れ同然で見るに堪えない。

彼女は照準を太郎に向け、か細い声で時代遅れとなった言葉を言い放った。

「お前がいるから、世界が滅亡しないんだ」

意味がわからないという感覚が、久しぶりに太郎を襲った。普通では窮地に見えるこの状況も、太郎の能力をもってすれば容易に切り抜けられる。しかしその時の太郎は目の前の謎、このわけのわからぬ言いがかりを解き明かしたくてたまらなかった。そうして太郎が口を開く前に、頭の中の漬物石が口を開いた。

「種明かしの時間だな」

「どういうこと?」

目の前の女は太郎に弁明を求めていた。彼女としても太郎に沈黙をさせたまま殺すわけにはいかないようであった。

漬物石は勿体ぶって脳裏に声を響かせた。

「お嬢ちゃんの願いと、お前さんの願いは相殺しあっているんだよ」

「なんだって?それじゃあ……」

漬物石は嘲笑を混ぜた声で言った。

「誰も願いを叶えたのがお前さんだけって言っていないだろうに」

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