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世界平和は突然に

世界が平和になり始めたのはつい3ヶ月前のことであった。


言い始めたのは誰だったのだろうか。どこからともなく持ち出された世界統合機関「Earth」実現構想は、その中に含まれているいくつもの大きな矛盾をも顧みず、半ば狂気のように賛同を集めていった。

その動き出す速さといったら恐ろしかった。今までの民族紛争はなんだったのか。これまでの宗教対立はどこへいったのか。世界は唯一つの「神」を信じ、言葉を英語に統一することに決められた。勢いだけで昂ぶる狂気の中で、どこかの思想家が「そんなのは無理だ。結局中途半端にこれまでの文化が崩れて終わるだけだ」と意を決して唱えた。

しかし、そんな心配は無用だった。世界中の名立たる資産家が我も我もと自分たちの資産をそのための教会や学校の建設に注ぎ込んでいったのだ。

一体今までの人類は何をしていたのだろうか?そんな疑問を口にすることは暗黙の了解のうちに禁忌とされた。


やがてこの歴史的革命を肯定するかのように「神」が現れた。最初はどんな気狂いが現れたんだと、世界中の皆が揃いも揃って彼女に嘲笑を浴びせたが、すぐにその汚い笑いは青白く変わることとなった。

彼女は悪を定義し、それを裁いてみせた。裁くといっても、銃やらナイフやらで自警団のように勝手な正義を行使したわけではない。それは科学主義を滅ぼすような仕方で、文字通り天からの光によって彼女が罪人と呼んだその人間を焼き焦がしてみせたのだ。

世界は震撼し、そしてすぐに神の誕生を喜んだ。テレビのどのチャンネルを見ても、世界中で行われている生誕祭の様子が映っていた。


「神」の称号を得た彼女は、正確には自分が神になったのではなく、自分に神が宿ったのだと述べた。彼女の黒い肌を笑い、それを疑う者はどこにもいなかった。いや、いたのかもしれないがそれは悪人とされたのだろう。やがて彼女はその数ヶ月後、世界中の人々、いや生き物に「能力」を与えることになるのだ。

それは単純に考えるならば神聖なる神の恩恵であった。しかしその裏では、これまで人間が育んできた人間性の一部である「懐疑」というものがボロ切れになって捨てられていた。彼女がEarthへの正式な協力を表明したことで、時代の流れはEarthへと委ねられたといっても過言ではなかった。


政治は?経済は?一体どうなったんだ?そんな疑いは絶滅した。全てがご都合主義の結果論で解決されていった。全てが仕組まれたように動いている、そんなことはニュースを見ていないホームレスですら知っていた。しかしその論理的な説明は「神様が導いてくれた」ただそれだけで十分だったのだ。


世界は平和になった。今まであった争いは全て雑に、くしゃくしゃと丸められてゴミ箱に捨てられてしまった。しかし誰もそんなことに虚無感を感じなかった。世界中の人々は、たった3ヶ月で人間性と呼ばれる何かを次々と抜き取られていった。



ここまでの独白を済ませて、山田太郎は少し悲しくなった。

英語で溢れかえる街、信仰心が顔に張り付いた友人、その違和感への疑いは神の教えに諭されようとも捨てることはできなかった。捨てたくなかったのだ。

菜の花香る黄色い花畑の真ん中、大きな名前も知らない木の下で太郎は夕焼け空を眺めた。

そこだけは何も変わっていなかった。

そのまま眠りについて起きたのは日が落ちきってからであった。先ほどまで赤かった空は、黒く染まって星を散りばめていた。

輝く星の中に、一つだけ異様に大きく輝く星があった。太郎にはそれが、徐々にこちら側へ近づいてきているように思われた。

太郎が気がついた時、それはトラックのヘッドライトの様に見えるまでになっていた。このままだと直撃して死んでしまいそうだ、しかし死んでしまうこと自体を太郎は厭わなかった。

太郎のその投げやりな願いは叶わなかった。代わりに大きな人工物、それこそUFOと呼ぶに相応しい漬物石程度の物体が目の前に浮いていた。脳裏に声が響いた。

「汝の願いを三つに分けて聞こう」

太郎は俗にテレパシーと呼ばれるその語り方に驚くことはなく、間髪入れずに用意していたかのような願いを漬物石に投げ返した。

「世界の真理を知りたい」

「世界の運命をずらす力が欲しい」

漬物石に顔はない。ただ彼の願いが決まっているのを知っていたかのように無言で聞いた。

そして太郎は一呼吸置いて最後の願いを言い放った。

「こんな綺麗じゃない、もっと漠然とした、争いもあって人間の汚い部分がいろいろなところに見えるけれど、滅びるべきところまでは人類が滅びない、そんな世界平和が欲しい」

漬物石は無言のまま光り始めた。そして太郎と重なって消えた。

そのまま太郎は眠りにつき、そこで朝目を覚ました。


結論から言えば、昨日の出来事が夢だったと思うぐらいに、世界はそのまま何も変わってはいなかった。

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