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歴史もの

牡丹

作者: しのぶ

玄宗皇帝と楊貴妃は、宮廷付きの庭園をそぞろ歩きしていた。

空は明るく澄みわたり、小川のせせらぎ、小鳥のさえずり、色とりどりの花々。

特に目につくのは牡丹の花で、牡丹を愛する楊貴妃のために、皇帝が植えさせたものだった。


楊貴妃は皇帝の前を歩いていたが、「あ、これ」と、特に美しく咲いている花を摘み取って、かんざしのように髪に挿した。そして皇帝を顧みて、言う。


「どうです、陛下。似合いますか?」


「ああ、似合うとも。しかし、そなたはどうして、そんなに牡丹が好きなのかね」


「どうして、と言われても困ってしまいますわね。だってきれいですもの。明るくて、華やかで、楽しい気持ちにさせてくれますもの」


皇帝は笑って言った。


「そなたは、ずいぶん単純なのだな。たまにはもっと、深みのあることでも言ってみたらどうかね」


「あら、どうせ私は単純ですわ」


と、拗ねてみせる楊貴妃。

しかし、それから少し笑って、言った。


「でも、そうですわね。私は、自分がそんな単純さを楽しめることを、とてもありがたいことだと思っていますわ。だって、単純さを楽しめないということは、何かに妨げられて、そうできないということですもの。

だから私は、自分が今よりひねくれ者になって、この単純さを楽しめなくなってしまう前に、この世を去ってしまいたい、とさえ思いますわ」


「おやおや、そんなことを言い出すようでは、そなたもすでにひねくれ始めているようだな」


そう言って、ふと空を見上げると、空には黒雲が広がり、低くたれ込め始めていた。


「どうやら雨になりそうだな。そろそろ戻るか」


そう言って傍らを見ると、さっきまでそこにいた楊貴妃が、いなくなっていた。


皇帝は突然胸騒ぎを覚えた。なにか、前にもこんなことがあったような気がした。


「貴妃よ、どこだ?」


皇帝は辺りを探し回ったが、彼女はどこにも見つからない。

再び空を見上げると、黒雲は今や空いっぱいに広がり、地を覆い尽くさんばかりに迫ってくる。皇帝は圧しつぶされそうに思って、たまらず叫んだ。


「貴妃よ、どこなのだ!?」




そこで目が覚めた。


年老いた皇帝は、暗い宮廷の中でベッドに横たわり、涙を流していた。


辺りは静まりかえっている。早朝なのか、真夜中なのか、最近は眠りが浅く、たびたび夜中に目覚めるせいで、定かではない。

傍らを見ると、花瓶に活けられた、牡丹の花が目に入った。


皇帝は、暗闇に手を差しのべて言った。


「おお、貴妃よ。私は今や、夢の中でそなたに会うためだけに眠り、昼の光を憎んで、夜の闇を愛する者になってしまったよ。


起きて目が覚めていると、常に己の過ちが悔やまれ、そなたのいないのが悔やまれるせいで、それを忘れていられる時ばかりを、求めるようになってしまったよ。


笑ってくれよ、こんな私を。私こそ、誰よりも浅はかであったのだ。


ああ、次にそなたに相見えるのはいつのことであろうか。こんな私を憐れんで、せめて夢の中でなりと、姿を見せてくれよ」


そう言うと、皇帝は再び、浅い眠りの中に落ちていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 玄宗皇帝と楊貴妃の物語を、このように書くと、いと美しいですね。これは多分、楊貴妃が亡くなった後を物語ったものだと思いますが、これをきっかけに長恨歌に目を落としたりするのが、また楽しみなんです…
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