あめいろホロスコープ
一ヶ月ぶりの休日に部屋の掃除をしていると、タンスの隅から小さな夢が飛び出してきた。久しぶりに見た夢の形は想像以上におぞましく、光を反射する夢の表面に私は吐きそうになった。咄嗟に手に持っていた箒で小さな夢を叩き潰す。圧力に押し潰された夢は無様に中身を撒き散らしピクリとも動かなくなった。私は潰れた夢から目を背ける。夢が一個出てきたら同じところに三十個はあると思え。そんな格言を思いだし、明日業者に頼んでしつこい夢を全部駆除してもらおうと誓った。
お昼過ぎに今度はクローゼットの中を整理していると、ハンガーにかけられっぱなしの希望を発見した。だがボロボロになった希望では、もう外に出て歩けそうにもない。こんな見窄らしい希望を他人に見られたら、恥ずかしくて赤面どころじゃすまされないだろう。私は使わなくなった希望たちを乱暴に丸めてゴミ袋に入れて、リサイクルショップに売ってくることにした。
着替えを済ませ靴箱を開けると、上の方から昔使っていた自信が落ちてきた。懐かしい。子供の頃はこの自信とともに、街中を走り回ったものだった。シンプルながらたいそう丈夫な作りで、この自信なら誰よりも速く、世界の果てまで走り続けられるんじゃないかと思っていた。いつの間にか小さくなっていた自信は、当然ながら大人になった私のサイズに合わなくなった。今私が使っている自信は、すぐ濡れる脆さが欠点だが私の身の丈にあったちょうどいい小ささだ。私はついでに落ちてきた昔の自信も売ってくることにした。
扉を開けると、薄暗い雲から現実が降っていた。折角の休みだというのに、全くついていない。私は現実に体を濡らさないように言い訳をかざして、リサイクルショップへと歩みを進めた。ここのところ、休みの日に合わせるように現実がやってくる。使い古した言い訳ももう骨組みがイカレてきてて、そろそろ限界が近い。私は誰にも気づかれないままため息をついた。
やっぱり引き返そうかな。道を半分まできた交差点で、私は立ち止まった。だけど休みのうちに小さな夢を残らず駆除しておかなければ。使い古した希望や自信は売っぱらって、言い訳も新調しなくちゃ次の現実に耐えれない。迷いながら顔を上げると、現実が一層激しくなってきた。慌てて近くのバス停のトタン屋根に逃げ込む。
「大丈夫ですか?」
バス停で同じく宿をとっていた少女が、私の姿を見て目を丸くした。彼女もまたズブ濡れだった。私は黙って会釈だけして、少女の邪魔にならないよう離れて立った。ふと手に持っていた荷物を覗き込むと、ボロボロだった希望が目に入った。これなんかは案外体を拭くのにも使えるかもしれない。
「あの…これ使いますか?」
私は思いきって少女に持ってきた古い希望を差し出した。一枚の薄っぺらい希望は、ところどころ破けてはいたが、カラッカラに渇いていた。流石に昔使っていた他人の希望など気持ち悪いだろうか。少女は一瞬驚いたように目を丸くしたが、やがてニッコリと笑った。私は心からホッとした。
「ありがとう…あの、これお礼です」
やがて目当てのバスが到着し、乗り込む前に少女は私に暖かな優しさを差し出してくれた。備え付けの自販機で買ってくれたワンコインの優しさだ。捨てようとしたかつての希望も、少しは名も知らぬ彼女の役には立てたのだろうか。思いにふける暇もないままバスのドアが締まり、エンジン音を立てて煙を吐き出す。少女が出発した方向をずっと見送っていると、いつの間にか雲の切れ間から光が差し込んでいた。私はそっともらった優しさを飲み込んだ。久しぶりに体に染み渡った優しさは私の胸を焼けるように焦がし、その熱で思わず私は涙を流していた。