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 鳶の月31日 天候「曇り」


 雨が降りそう。土地が土地だから仕方ないし、暑いの苦手だから涼しいのは嬉しいけど、こうもジメジメが続くと気が滅入る。もう雨季も過ぎたんだし、たまには晴れないだろうか…。

 なんか、じーちゃんが話があるらしい。もう皆揃ってるから準備しなさいって。なんだろう。何でもないことならいいな……無理か。

 …うーん、またあの堅苦しい演技しなきゃ駄目なのかぁ。カムイみたいにすればいいんだけど、そういうキャラじゃないんだよな元々…。どうかボロが出ませんように……って誰に祈ってるんだ我輩は。

 また人の町に遊びに行きたいなぁ…。あぁでも、そんなことすればジンとレヴィが煩いんだよなぁ… 。特にレヴィ怖い……。



 いい加減行かないと本当に怒られそうだ。あの鎧は肩が凝る。









 仄かな火の明かりのみが頼りの、石造りの部屋。広く、荘厳な造りが、どこかの城の謁見の間を思わせる。それにしては暗い。


 そこに居並ぶ配下は、皆異様な姿をしていた。

 巨人、ゴブリン、サハギン、獣人など、大小さまざまな異形たちが静かに跪き、王座を恭しく見上げている。


 王座に座っているはずの王は、これまた異質。

 フルフェイスの鎧にマント、その全てが闇に溶けるような漆黒。一見シルエットは人のそれであるが、露出する手には強い獣毛と石の刃のような爪が生えそろい、爬虫類を思わせる太く長い尾は絨毯の上をの たくっている。

 しかし、それだけならば彼―あるいは彼女―も眼下の異形達と変わらない。


 こめかみから生え、天に向かって湾曲している巨大な紅角――それこそ、ダークロードがこの魑魅魍魎達を束ねる長、「魔王」である証だった。



 「じーちゃ……んんっ……ラージャ、話とは何だ」


 ダークロードが、王座に繋がる階段に立つ四人の内、最も彼に近い小柄な老人に声を掛けた。


 「はい、陛下。実は、どうしてもお耳に入れとかねばならぬ情報が手に入り

ましてな…」


 蜥蜴に似た顔を持つその老人ラージャは、しわがれた声でそれに答える。

 老人の言葉にその隣に控えていた三人達が身を固くした所から、その報告がち ょっと所の話ではないのだろうというのがイヤでも判った。

 ラージャは咳払いを少しすると、年の割りによく響く声で王に告げた。




 「勇者が、現れました」





 勇者。

 その言葉に、異形達は騒然とざわめきだす。


 「静まれ!!!」


 そのざわめきを、剣を持った大男の声が一閃し、一瞬にして鎮めた。

 静かになると男は己が主に向き直り、頭を下げる。


 「御前で声を荒げたこと、お許しください陛下」


 「良い。頭を上げろ、カイム。……ラージャ、今の話の詳細を」


 「は」


 ラージャは答えると、懐から一つの球体を取り出す。 持ち主が視た映像を記憶する魔力を込めた水晶だ。


 「我が使い魔が、南東の僻地より記録してきたものです」


 水晶から光が放たれ、暗い空間に映像が映し出された。

 映像の中には、何の変哲もない1人の少女。小柄な身体に、硬い皮のメイルと、鉄製の剣という一般的な装備だが、どれも使い込まれた感がある。

 目の前に立ちはだかる魔物を剣を構えて見据えるその瞳には、負けん気の強そうな光が宿っていた。


 「あら、女の子なの?」


 ローブを被った女が、少し驚いたように呟く。他の魔物達も、ぽかんとその映像を見ていた。ラージャの隣で両腕を組んでいた赤狼が、ふぅむ、と唸る。


 「珍しいな……今まで人間共に勇者などと呼 ばれていた輩は、男ばかりだったろう」


 少女は無骨な剣を手に、一刀の元に次々と襲い来る敵を切り捨てていく。その太刀筋からは、彼女がそれなりの場数を踏んだことを感じさせた。

 記録したのは、戦っていた魔物なのだろう。途中から視界が空高く舞い上がり、戦線から離脱して映像は終わった。


 「今年で16歳になるとのこと。サンの国の辺境に住んでたそうですが、先月、勇者の印が発現。南の王から魔王討伐の命を下されたようです」


 映像を静かに見ていたカイムが鼻を鳴らす。少し馬鹿にした感じだ。


 「勇者の印が出たとは言え、こんな小娘にか…?人間共も、いよいよ気が狂ったか」


 「今時点では、なんとも言えぬな。……?陛下、如何 なさいましたか?」


 当の主が、先ほどまで映像が浮かんでいた空間を、配下達に負けず劣らず惚けた様に見つめているのが気になり、ラージャが魔王に声を掛ける。

 その声にハッとし、彼は咳払いをして居住まいを正す。


 「ぅ…い、いや……何でもない」


 「それなら宜しいのですが……。この城のある北の地までは、早馬で夜通し走っても半年。この者が鍛えながら、しかも徒歩でここに向かうとなると、まだ相当な時間がございます。対策は、今すぐ考えなくてもさして問題は無いでしょう…」


 「あぁ…」


 魔王が立ち上がるのを見て、大人しく話を聞いていた魔物達が顔を上げ、指示を待つ。

 彼らの王が、口を開いた。


 「 ラージャの言う通り、勇者が出たからと言って、特別なことはせずとも良い。不必要に騒げば、却って奴らの士気を高める危険性もある。

 報告は特別変わった動きが無い限り、何時も通り定期報告で十分だ。それ以外のことはその都度大将軍の四人から指示を仰げ」




 「では、解散しろ」








 謁見の間を出た魔王の後ろを、大将軍達がゾロゾロと付いていく。


 「……ぁあ~終わった。緊張した……」


 自身の執務室に着くやいなや、魔王は鎧を雑に脱ぎ捨て、銀の髪を掻き回しながら机に突っ伏した。その様子は、先ほどまで毅然として いた魔王とは結びつかないものだった。声も別人のように柔らかくなっている。

 人が良さそうな蒼氷の垂れ目。日焼けを知らないような白い肌に端整な顔立ちは、20歳前後だろうか。こめかみの角や手、尾を見なければ、誰も彼を先程の最強最悪の魔族の長、魔王だとは思わないだろう。


 「ジン~、どうしても我輩はあの調子でなきゃ駄目なのか?流石に疲れるんだけど…」


 その一人称が素晴らしく似合っていない口調と言葉に、横に居た狼男――ジンが顔を歪める。


 「ばっきゃろう!我等が偉大なる魔王様が普段はこんなだなんてバレたら、下の奴らががっかりするんだよ!!反乱起こさせる気か!?」


 「そうですわ、陛下。本当は常にあれよりもっっと威厳たっ ぷりでいて欲しいくらいです」


 ジンと先程までフードを被っていたレヴィア、二人の側近の言葉に、ダークロードは泣きそうな顔で「ぅげええぇ…」と呻く。相当嫌そうだ。


 「大体、あぁいったキャラは、我輩よりカイムの方がずっと似合うんだよなぁ。我輩なんか、19年これやってきたけど今だに不自然に見えないかどうかいつも不安で…」


 「いえ……実に様になっておりました。問題はございません」


 窓際で直立不動に立っていたカイムが、小さな低い声でポツリと呟く。その言葉ににっこりと優しく微笑み、「ありがとね~カイム」と声を掛けるダークロードに、恭しく頭を下げた。

 マグカップを片手に部屋に戻ってきたラージャがそれを見、コロコ ロと笑う。


 「若様は転生されてからまだ19年ですからな…。威厳はこれからいくらでも着いていくのだし、無理をするまでもありますまい」


 「じーちゃんも、ありがと~…」


 「ラージャのじいさん、そりゃこいつに甘過ぎだろ……。こいつ、先代様と魂は同じはずなのに、その10分の1も威厳が感じられねぇし」


 「あくまでも魂の半分が同じだけじゃ。半分は別人なのだから、あまり無理はさせるものでないよ」


 「……でも、人間でもこれくらいになりゃもっとしっかりするだろ。半分の魂って…どんだけダメな奴だったんだ」


 「……まぁ…気長に待たれぃ」


 ―――マグカップのココアを冷ましながら飲む自分に向けられる視線が なんか痛生暖かい。

 そんなことを考えながらチビチビとココア(他人からすれば、歯茎がガタガタしそうなくらい甘く作られてる)を飲んでいたダークロードは、ふとラージャに顔を向けた。


 「そーいやじーちゃん。さっきの水晶の記録、まだ消してないよね」


 「ん?あぁ、これから消す所でしたが」


 「あー消さないで。我輩に下さい」


 「良いですが…」


 主の、子供みたいに広げられた手のひらに、ラージャは水晶を置く。


 「どうぞ」


 「うん、ありがとう」


 「陛下、どうするおつもりで?」


 レヴィアが問うと、途端、ダークロードはピタッと固まる。


 「…………い、一応宿敵になるんだし、ちょっと観察 と研究でもしよ~かな~って…」


 「それならよろしいのですが、なんでどもるのですか?」


 「な、何でもない、何でもないよ!カイム、今日の執務ってあと何かある!?」


 慌てふためくダークロード。明らかに挙動不審である。

 レヴィアが目を細めるのを見て、誤魔化すようにカイムの方を向いた。


 「いえ、今日やるはずの書類は昨日の内に終わったので、本日は何も……」


 「そ、そっか…じゃぁ我輩はこれからちょっと自室に篭るので、今日は誰も入らないように!!」


 そう叫ぶと彼は、これ以上詮索されたくないと言わんばかりに足早に執務室を去った。(カイム以外の)四天王達は、それを見て首を傾げる。


 「なんなんだ?あいつ」


 「若様が転生してから初めて勇者なんぞというものが出たからのう。緊張してるんじゃろうて……」











 「……あ、危なかった…」


 一つの部屋に入ったダークロード。その部屋は先程の執務室よりも小さく、壁際に机と大きな本棚、中央に大きなベッドが置かれている。どうやらそこが、彼の寝室のようだ。

 ラフな部屋着に着替えた彼は、そのまま柔らかなベッドに仰向けに倒れた。


 「…怪しまれたよなぁ、皆に……」


 どーしよ、などと呟きつつ、ラージャから受け取った水晶を目の前に掲げ、魔力を込める。すると水晶の中に、先程の映像が映し 出された。ただし、今度は外に向けて光を発することは無い。

 青みがかった黒く艶やかな短髪に、気の強そうな円い黒瞳。細い腕に無骨な剣を持ち、キッとこちら(正確には、この映像を撮っていた魔物)を見据える少女の姿。


 「…………可愛いなぁ」


 ポツリと一言、悪の権化にあるまじき発言。しかも、言葉には愛しげな響きが篭り、その顔は優しく緩められている。



 彼女を見た瞬間に、彼は不思議な感覚を味わっていた。

 頬の辺りが温かくなるような感覚。一瞬跳ね、刻むリズムの早くなった心臓。

 最初は何かの病気か、はたまた敵に出会った高揚感かとも思ったが、それならばこの愛しさや切なさその他諸々の感情は何なのか。


 本当は、この感情が何なのかくらい、ダークロードは理解していた。前世での記憶にもある。

 ただ、それは歴代の魔王の記憶には無いため、戸惑っていた。よもや、魔王に生まれ変わっても、こんな感情を持つとは、思っていなかった。


 「一目惚れ……ねぇ」


 魔王でもそんなことあるんだなぁ…とため息を漏らすその顔は、なんとも幸せそうで。






 「おい」


 突然、背後からドスの聞いた剣呑な声。ビクッ!と身を硬くし振り向くと、そこには側近であるジンの姿。入り口に佇み、腕を組んで仁王立ちする姿は、さながら鬼神の如く―――。


 「じ、じじ 、ジン……いいいつからそそこに?」


 「貴様が…その水晶の中に移されているだろう女を見て、『かわいいなぁ~』とかほざいてた所からだ……」


 水晶を胸に抱えてベッドの上で固まる己が主に向かって、ズシンと一歩踏みこむ。

 目は刃のように鋭く細められ、毛むくじゃらでゴツゴツとした全身からは殺気が立ち込めている。明らかに怒っている様子に、ダークロードは白い顔を更に白くする。



 「折角……折角やっとちゃんと魔王らしくしてくれると思っていたのに……宿敵にうつつ抜かすたぁどういうこったこのダメ魔王があああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」


 「ぅ……っぎゃあああああああ ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」



 城内に、狼男の怒号と魔王の悲鳴が響き渡った。



 ダークロードがこの日、人生で指折りの恐怖体験をしたのは、言うまでも無い事である。

 殴る蹴るの暴行の末、地面に打ち落とされた所で、彼の意識は途絶えたのだった。

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