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事件報告書File.04「憐続殺人」-1/2

   事件報告書File.04「憐続殺人」



 二日目。

 ――午前八時十五分。

 東京都大田区田園調布。


「そうですか……分かりました」

 首に挟んだ携帯電話で会話を続けながら、腕に白い手袋をはめていく。

 警察庁特別広域捜査班の“有村ありむら 陽子ようこ”警部補は田園調布の豪邸の開け放たれた鉄門をくぐって行った。

「ご苦労様です!」

 玄関へと続く長いスロープ。そこに立つ制服警官達が一斉に敬礼をしてきた。

「係長、誰です?」

 警視庁捜査一課・第九強行犯捜査・殺人犯捜査第13係所属の“須川すがわ わたる”巡査部長は上司である“古田ふるた 宗治そうじ”警部に向き、声を掛けた。

「ああ、来なさったか……警部補さん」

 古田は総白髪の髪の毛を撫で上げてから、有村に歩み寄って言った。

「どうも、お久しぶりです」

 電話を胸ポケットに収めた長い髪の女性警部補は、頭を下げていた。須川巡査部長はその彼女の姿を観察する。黒のスーツ姿だった。スラックスをはいている。額から二つに分けられた長い黒髪。顔の方は少女の印象を湛えていた。警部補? 自分よりも年下と思われる彼女は、バリバリのキャリア官僚なのだろう。叩き上げの自分や古田とは全然違う。

「よろしくお願いします。警察庁特別広域捜査班・第一班・班長の有村陽子です」

 須川に向けて右手を差し出して来た。握手を交わす。思ったよりも強い力で握ってきた。

「こちらの須川君を貸し与えますよ。彼は優秀です。手足のようにこき使って下さい」

 彼女より階級が上の古田警部だったが、何度も頭を下げていた。有村……聞いた名前だと須川は思っていた。


「状況を説明して下さい」

 有村は背中越しに言った。須川は前を歩く彼女にピタリと付いていく。背の低い彼女だが、大股の早足で歩いていった。

「エエ――被害者は、この家に住む会社社長“西原にしはら 慎司しんじ”四十六歳と、その妻で同じく会社経営者の“西原にしはら 真名美まなみ”四十四歳の二名です」

 大仰な玄関に差し掛かる。大理石の玄関フロアに立ち止まる有村は、内部を丹念に観察していた。

「本日、午前七時に邸宅へと社用車で向かえに来た、西原慎司氏の秘書の“藤島ふじしま ゆたか”氏が発見しました。普段は慎司氏自身がハンドルを握って通勤しているのですが、昨日は午後三時に秘書に自宅に送らせて、翌朝に向かえに来るようにと指示があったのだそうです」

 有村陽子は、玄関内に駐めてある‘フェラーリ458’の車内を珍しそうにのぞいていた。「コレは、通勤に使っていませんよ」――須川は思わず言い出しそうになる。

「続けて下さい」

 警部補は、彼の方を見て言った。

「ハイ、通常は指定した時間に玄関前で待っているそうです。時間厳守がモットーの慎司氏が不在だったので、不審に思った秘書が合い鍵で玄関を開け邸内に入り、食堂厨房で二人の遺体を発見しました」

 メモを見ながら話す須川だった。

「西原慎司氏の秘書の藤島豊氏が、第一発見者で通報者なのですね」

 確認の意味で質問してくる。

「ハイ! 西原慎司氏の経営する『西原トラベル』の社長室に所属しています。藤島秘書の話では前日に西原社長の指示で、夫人の真名美さんを『株式会社ウエスト・プレーリー』の川崎市の本社まで向かえに行っています。その後、二人を自宅に送ったのですが……」

 『西原トラベル』は近年、低価格の海外ツアー旅行で急激にシェアを伸ばした旅行会社だ。本社は品川の高層ビル内にある。

「どうしました?」

 須川が口澱んでいるを見て、尋ねる。二人は一階の中央通路を抜けて中庭に出ていた。白い丸石が敷かれて、竹が植わっている。天井にまで達していた。

「イエ、藤島氏の話では、車中の二人は神妙な顔付きなままで会話も殆ど無かったそうです。普段は二人共にうるさいぐらいに話しかけるのですが、夫人も沈黙していて不審に思っていたそうです」

 中庭の先、制服警官が一人立っていた。二人に敬礼し内部に入れる。殺害現場の厨房へと続く大きな食堂を進む有村だった。

 鑑識班が作業を続けていた。死体はそのままだ。

「広い家ですね。家族は他には居ないのでしょうか?」

 有村警部補は、厨房から食堂を眺めていた。そして、食器棚に視線を移動する。高級そうなコーヒーカップを手袋で掴んでいた。

「エエ、娘が二人居ます。『長女』の西原真理亜は、横浜市港北区にある私立大倉山学園の二年生で十八歳。『次女』の麻由美は同じ学園の三年生で……アレ、おかしいですね。メモする時に姉と妹を取り違えたのかな? 二人とも十八歳だし……」

 須川はメモを、もう一度見返していた。

「二人は双子でしょう。病気などで一方が休学すれば、一年の差が付くこともあります。あるいは高校受験失敗とか……」

 表情を変えずに有村警部補は言った。

「そうですね。もう一度確認します」

 有村は厨房の棚を丹念に眺めていた。

「ここに、コーヒーカップが有ったはずです。来客者の形跡はありますか?」

 背の低い彼女は、背伸びをして棚の上をのぞこうとしていた。後ろから抱え上げたい衝動に駆られる須川だった。

「イエ、他の捜査員が邸内を捜索中です」

「そう……で、二人の娘さんの行方はどうなったのでしょうか?」

 腰を落とし、夫婦の死体を丹念に見る警部補だった。

「家の中には誰も居ません。それは確認されています。現在は、二人の行方を全力で追っているところです」

「それで、私が呼ばれたか……」

 須川の言葉を聞いて、納得する表情の有村警部補だった。

「どういうことですか?」

 しゃがんでいる彼女を見下ろして訪ねた。

「アナタは、『警察庁特別広域捜査班』が派遣される条件を知っていますか?」

 同じくしゃがむ須川は、彼女と同じ目線の高さになる。

「エエ、複数の都道府県にまたがる重要事件や、三名以上が殺害された時には無条件に……」

「そう、他にも誘拐事件や立てこもり事件。銀行強盗やハイジャックでも所轄の警察署の応援として派遣されます」

 『応援』の言葉を聞いて、須川巡査部長は鼻白む――何が応援だ――指揮権を強奪して強権的な捜査を行う。上司の古田係長から耳にタコができるほど聞かされた。

 日本版『FBI』――そんな目的で作られた組織。現状は、現場に混乱しかもたらしていないと聞かされていた。創設されて十年……成果は微々たる結果のみしか残していない。

「今のところ殺されたのは二人ですが……私が呼ばれたのは、実は神奈川県警からなのです」

 始めて聞く話だ。須川は思う。

「すみません。電話です」

 有村警部補は、断ってから携帯電話に出る。立ち上がった。

「そうですか……了解しました。警視庁田園調布警察署内に『特別広域捜査班』の本部を立ち上げます」

 宣言し、電話を切る。

「どうしました?」

 ゆっくりと須川は立ち上がった。

「川崎市中原区の多摩川河川敷で、次女の西原麻由美の死体が出ました。バラバラに損壊されています。今から全ての指揮権は、私に集中させます。須川渉巡査部長は、私の補佐としてお願いします」

 柔らかい表情の有村の顔付きが変わった。須川は思わず見とれてしまっていた。凜としている。

「了解しました。……って、これから僕は何をすれば……」

 急遽、上司となった有村に尋ねる。

「そうですね。これから多摩川の現場に向かいます」

 二人して、豪邸を出る。玄関前に立つ警部に頭を下げる有村だった。

「この場所は、古田警部に任せます。私は須川さんと多摩川へ向かいますので、進展があれば直ぐに連絡下さい。最優先は長女の西原真理亜の行方です。多分、彼女も危ない!」

「伝家の宝刀が抜かれたか……」

「伝家の宝刀?」

 須川は古田の言葉を聞き呟いてから、有村と一緒にパトカーに乗り込んでいた。



   ◆◇◆


 二日目。

 ――午前八時四十五分

 神奈川県横浜市港北区。

 私立大倉山学園。


「西原会長?」

 クラスメイトの真理亜を見ての感想だった。

 早朝の横浜駅のラブホテルを出たオレ達二人は、駅前のハンバーガーショップで朝食を取ってから学校へと向かった。

 隣の席のオレは、恥ずかしそうに顔を赤くしている真理亜を見ていた。

「どうしよう。眼鏡を昴の家に置き忘れたわ」

 そうだった。真理亜は姉の麻由美に変装したのだった。長い髪の毛を編み込んではいるが、眼鏡をしていない彼女。その姿は、麻由美にしか見えない。それに普段は着用しない茶色のブレザー姿が拍車を掛ける。赤いネクタイは外していたが、青いリボンもオレの家に置いたままだった。

 それでも、何事も無かったかのように授業は始まっていく。姉の麻由美は当然、学校には来ていないが、その事で妹の真理亜が尋ねられることは無かった。


 二時限目と三時限目の間の休み時間。いつもの様に真理亜は教室から出て行った。

「西原さんて、双子なの?」

 この隙を狙ってクラスメイトの梨田樹里が話しかけてきた。良かった。彼女に見放されていたと思ったよ。

「いや、そんなことは無いでしょ……」

 オレは真理亜の机を見る。確かに、そっくりすぎる容貌だった。双子……その考えには辿りつかなかったな。身長も体重も同じくらいだ。髪の毛の長さも、胸の大きさも……ゲフンゲフン。

 しかし、学年の違いはどう説明する。

「で、どうかしたの?」

 平静を装って、樹里に尋ね返す。

「ううん。何だか西原さんの様子が違っていたから気になって、それだけ……」

 そう言って樹里は自分の席に戻ってしまう。そろそろ真理亜が戻る頃合いだ。彼女にはあの件がトラウマになっているのだろう。

 その時だった。

「二年三組の西原真理亜、応接室にお客様です。大至急来るように」

 女性教師の放送だった。何だ? もしかして?

「昴! 行くわよ!」

 息せき切った真理亜が、教室に飛び込んで来た。

 教室のクラスメイトがオレの方を向く。緊急の訪問者は多分、警察だ。

「行くって?」

 オレは、真理亜に手を引っ張られて廊下を進む。彼女の右手にはオレのリュックサックが握られていた。机の横にぶら下げていたのを勝手に奪い取っている。再びの逃亡が始まるのだな。



「待って!」

 二階の教室から一階に降りる階段。立ち止まり一階フロアの様子をうかがう真理亜だった。

 隣の職員棟一階には、職員室と校長室、そして応接室がある。そちらの方向を真剣に見つめていた。

 オレものぞく。廊下には刑事や警察官の姿は認められない。恐らく応接室の中なのだろうか。

「コッチ!」

 真理亜が手を引いて連れて行くのは、応接室とは真反対の方向だった。玄関も素通りしていく。体育館との連絡通路に出た。

 上履きのまま外に出て、体育館の裏を進む。この先にはフェンスを隔てて、テニスコートがあるだけだ。

「西原のお嬢さんですか?」

 真理亜がフェンスとの境界にある扉のノブに手を触れた時、背後から男に声を掛けられた。

 オレと彼女は二人して振り返る。

「!」

 絶句した。相手の中年男には見覚えがあった。神奈川県警の西宮和也とか云う刑事だ。

「どこに向かわれるんですか? 校内放送は聞いたでしょ……」

 下品な笑顔を顔に貼り付けて、こちらにゆっくり歩いてくる。今は、西宮一人しか居ない。普通、警察は二人一組での行動の筈だ。彼の独自の判断だろう。

「こちらは、渡辺昴君ですか……」

 オレの顔をマジマジと見つめてきた。

「何か?」

 冷たく言い放つ真理亜だった。

「‘妹’の麻由美さんの遺体が、発見されました」

 オレは真理亜の顔を見る。彼女の左眉が少し上がった。それにしても‘妹’とは何なんだ?

「それが、何か?」

 真理亜の反応はそれだけだった。

「それが……って、実の妹さんが殺されたんですよ。それよりも、ご両親の件はご存じですかな? 朝方、警視庁から問い合わせがあったんですよ」

 真理亜は黙ったまま何も答えない。刑事の視線がオレに向いた。心の奥底まで見抜かれる鋭い視線だった。肉食獣が獲物を狙う目。真理亜の攻略を諦めて、オレの方に牙を剥く。

「君は知ってるよね……知ってるよね。三人が殺された。大人しく捕まれば、おじさん悪い様にはしないよ……」

 視線に捕らわれたままだった。西宮がオレに迫って来る。待て、待ってくれ、オレはやってない。断じて!

「昴!」

 オレの目の前を、真理亜の右足が横切った。細くて長い足だった。上履きの、つま先部分の青い色が西宮の側頭部にヒットする。

「え?」

 西宮刑事の発した声だった。オレも同じ声を出す。

「ドサリ」

 糸の切れたマリオネットのように、その場に崩れ落ちる中年刑事だった。

「行くよ! 昴!」

 真理亜は、横回し蹴り一閃で刑事をノックアウトしたのだ。オレの手を引いてテニスコートに入っていく。

「いいのか?」

 テニスコートのフェンスに穴が開いている。オレ達二人はそこをくぐって学校の外に出た。



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