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事件報告書File.02「肢体損壊」-2/2


「な、何を買ったの?」

 ホームセンターの袋を覗く。中身の工具類にオレは驚愕する。

「糸のこぎりに、その替え刃。ノミと木槌。あとは砥石……」

「な、な、何をするつもりだ?」

 オレの問いにニヤリと笑う。

「アノ女を解体するのよ。包丁くらいは台所にあるんでしょ?」

 意に介せずだった。本当にやりかねない。

「ま、待ってくれ! どうして、そこまでしなくちゃならないんだ!」

 声を荒げてしまった。彼女を止めなくては……少なくとも「死体損壊」の罪が課せられる。もっと自分の立場を悪くしてしまう。

「昴は捕まりたくは無いんでしょ……。死体が見つかれば……遅かれ早かれ捜査の目が向く」

 彼女はベランダで靴を脱ぎ、リビングを突っ切っていく。キッチンへと向かっていた。目的は分かる。オレは急いで追っていた。

「待つんだ!」

 後ろから彼女の両肩を掴む。酷く驚いていた感じだった。真理亜はくるりと向き直ってきた。

「キスをして!」

 オレの腕の中に飛び込んでくる。真剣に言った顔は、生徒会長その人だった。頭が痺れる。正常な判断が出来なくなってくる。

 強く抱きしめていた。口に吸い付いていた。オレのファーストキスは最悪の状況で行われた。

「これで共犯だよ……」

 真理亜は笑顔だった。眩しかった。


「解体する場所は、バスルームでいいわね。昴はアノ女の服を脱がせていて……死姦してもいいわよ。これは、浮気には数えないから……」

 オレは手に持っていたコンビニの袋を落とした。中からカッププリンが出てきてリビングを転がって行く。

「え?」

「冗談よ」

 顔は笑っていなかった。本気なのだろう。

「ヤメてくれ! 死んだ人間をこれ以上愚弄するのは、ヤメてくれ!」

 オレは頭がおかしくなりそうだった。いや、既におかしくなっているのだ。死体を触りたいと思っていた。真理亜が居なければ実行していたかもしれない。

「何を今更……」

 彼女は、オレが生徒会長を殺したと確信した口ぶりだ。その時、オレは頭に血が上ってしまっていた。全てのストレスが一気に爆発する。

「オマエが殺したんだろ! 動機はある! オマエはオレの事が好きだった。でも、付き合ったのは姉の方だった。そうだ! そうだ! 姉と口論になり、首を絞めて殺したんだ!」

「昴……落ち着いて……」

 彼女がオレの腕を掴もうとする。反射的に避けていた。

「おかしな事は幾らでもあるぞ! なんで、ここのマンションに入れたんだ? オートロックで鍵がなくちゃ入れない。昼間は管理人も居る! 監視カメラもある! どうやって、オマエたち姉妹は入ってきたんだ!」

 一気に叫んでしまっていた。息を継がずに言っていた。肩が激しく上下する。

「昴……」

 真理亜は哀しそうな表情になっていた。すっかり太陽が傾いている。赤い光がリビングに差し込む。彼女の顔が血の色に染まって見えた。

「このマンションは、母親の関連会社が管理しているの。姉はそのルートでオートロックの鍵を手に入れたのかも……」

 そうか、不動産会社も管理会社も母体が同じ会社だった。株式会社ウエスト・プレーリー……西の大平原……西・原。そうか、そうなのか。

「君はどうやって入ってきた?」

「制服の女子高校生は一番怪しまれ難い人種ね。困ったフリをすれば住人が助けてくれるわ」

 ニヤリと笑った。常習犯だ。他にも何か、やらかしている。

 彼女はブレザーのフリップポケットから姉のキーホルダーを取り出した。指で摘んで振っている。

「多分、ココの鍵じゃない?」

 オレに手渡して来た。シリンダー錠用のギザギザの形状には見覚えがある。もう一方はディンプルが付いている高度な鍵だ。このマンションの各家庭も玄関に使っている。

 オレは、お尻のポケットから鍵を取り出した。こちらも二本ある。そのうちの一本の鍵を重ね合わせると、形状が一致した。

「アノ女は援助交際していたの。このマンションの一室を使っていたみたいね。昴は体よく利用されていたの……」

 真理亜の爆弾発言だった。

「嘘……だろ……」

「私は注意したのよ……なのに、アノバカ女は……人の忠告も聞きもしないで……最後には死んじゃった。あぁ……そうか、援交の相手が昴に罪をなすりつけるために、この部屋に死体を運んだのかも」

 真理亜はオレの顔をじっくりと見た。

「玄関の鍵が開いていた」

「逆に考えれば? 直ぐ上の階なら、ベランダ越しに忍び込める。内部から玄関の鍵を開けたのかも……」

 そうだ! オレの部屋の窓が開いていた。鍵は……覚えていない。


 ――その時。


「ピンポーン♪」

 再び呼び鈴が押される。二人して玄関の方向を見た。

「誰か来た!」

 真理亜が嬉しそうな顔をする。この状況を楽しんでいるのは確定だ。

 足音を殺して玄関に向かう彼女。オレはゆっくりと後につづく。

 彼女は、のぞき穴から外を覗いていた。暫く固まっていた。ドアから離れてアゴに手を当てる。

「渡辺さん! 女子高校生が逃げ込んで来ませんでしたか?」

 ドアの外から大きな声が響く。アノ中年男性の声だ。再び訪れたのだ。

 オレは真理亜の手を引いて、リビングまで連れてくる。

「どうする?」

「うーん……」

 判断を仰ぐ相手は彼女しかいない。決定権を委ねてしまっている状態だ。

「無視しましょ」

 短く言い切って、再びオレの部屋に向かい歩き始めた。軽快な足取りだった。ヤッパリ楽しんでいやがる。

「大丈夫なのか?」

 呼び鈴は鳴り続けている。完全に室内に人がいると確信した行動だ。オレは心配になってくる。基本は小心者だからね。

「服を、全部脱がせて」

 肝が据わっているのか、呼び鈴の音にも動じない真理亜だった。服を脱がす目的は何なんだ? ヤハリ解体するのか? 本気なのか?

「いや……待って。か、仮にバラバラにして、その後はどうするつもりだ?」

 廊下に立ち止まり、オレは疑問点を尋ねる。

「切り刻んで、下水管に流しましょうか?」

 冷たい表情で、すぐ前のトイレを見ていた。そんな事件があったことを思い出す。本気なのだろう。

「どうして、そこまで……」

 何故、身内の姉に対して冷たくなれるのか。オレには彼女の気持ちが理解出来ない。

「死体が見つかれば事件になる。死体さえ出なければ、あくまでも行方不明なのよ。単なる失踪なのよ。警察も派手には動けない」

 自分の考えを肯定するように、自分で頷きながら言っていた。自分に言い聞かせる様に……そうだ、本の内容にあった。自己催眠。オレは勇気を出して尋ねる。

「君はアノ本を読んだのか?」

「アノ本?」

 首を傾げている。そうだ、そうだ。オレは自分の部屋に踏み込んだ。床に落ちている自己啓発本『人生に必要なのは問題解決能力と営業力!』を拾い上げて見せつける。

「なに?」

 真理亜には見覚えは無いらしい。オレと一緒に部屋に入っていた。

「近原光二って名前に聞き覚えは?」

「ダレ?」

 関心は無いらしい。それよりも、姉の死体を食い入るように見つめていた。どうやって解体するか、その段取りを考えているようだ。

 てっきり、本を置いたのは真理亜だと思った。本の内容は、一見すると何でもないような事が書かれているが、よく読んでいくと矛盾点が多くあることに気が付く。

 頭の良い狂人が書いた本。それが、この本に対してオレの出した結論だった。

 頭の良い狂人――それが目の前にいる。授業中は教師の話も聞かずに自分の作業に没頭しているが、事情を知らない教師が授業の内容を質問してもスラスラと答えることが出来る。

「なあさ、ヤッパリ止めようよ」

 オレは右手で、彼女の左肩を掴んでいた。しかし、真理亜は言葉を無視して勝手に喋り出す。

「何で、死体をバラバラにすると思う?」

 焦点の合ってない目でオレを見つめて来た。正直、怖かった。

「運びやすくするため……」

 オドオドしながらオレは答えた。バラバラにした姉を運び出そうとする妹の姿を想像してしまった。

「正解! 死体損壊事件の犯人に女性が多いのはコレが原因ね。遺棄する場所に運ぶために仕方無くバラバラにするの……」

 彼女は興奮してきたのか顔を赤くして、鼻の穴を大きくしている。

「渡辺さん! 渡辺さん!」

 玄関では男が怒鳴り続けている。目の前には死体。異常だ、異常すぎる状況だ。

「異常だ……」

 オレはボソリと言葉を吐き出す。一番異常なのは、目の前に立つ真理亜なのだ。

「そう、異常な……『非日常』な状況から『日常』を取り戻すために、死体をバラバラにするのよ。考えても見て、死体が転がっている状態の中で、自身の心の安寧は保てると思う? それが出来ないから、自分の部屋と云う『日常』空間から『非日常』な物体を排除しなくちゃならないの……」

 彼女は自分の行動を正当化する文言を並べていた。オレはその言葉達に飲み込まれそうになる。

「排除……。でもその先は?」

 オレは漠然とした疑問を口にする。自分の部屋から排除が出来ても事態は好転しない。「方法は幾らでも有るの。手っ取り早くは埋めること」

 真理亜は部屋のカーテンを開けて外を見る。すっかり暗くなっていた。先には、外灯に照らされた公園が見える。

「埋める?」

 オレは公園の砂場を見つめる。休日の昼間には幼児とその母親達で賑わっているのを思い出す。

「ヤダ、猫じゃないんだから……」

 真理亜は場違いにも笑い出す。そして、話を続ける。

「でも、私たちには手段が無い。よく山に埋めるとかの話があるけれど、交通手段からして無いし……運転免許も、車もない。仮に山にまで持って行けても、今度は道具がない。人一人を埋めるための穴を掘るにはスコップ一本では無理なのよ。山なんて、子供が一人で掘り進めるほど柔らかくは無い。少なくともツルハシで固い土を砕いて、埋まっている石を取り除かなくちゃならない。除いた土砂を運搬する器具も必要ね。重機が必要な場合もある」

 真理亜は部屋を歩き回りながら、蘊蓄うんちくを垂れていた。

「死体を穴に入れて、土を被せるのにも方法があるのよ。この作業がいい加減だと、雨で土砂が流れ出してしまって直ぐに発見される。野犬なんかの動物に掘り返されたりもする。完璧を期すならば、重機を使って横穴を掘り進み……」

 真理亜は自分の言葉に酔ってきたのか、更に饒舌になる。

「こ、声が大きいよ」

 オレは、玄関の方向を見ながら彼女をなだめすかす。中年の男はまだ玄関の前にいるのだ。気配を感じる。

「だから、高校生には無理な話。埋めるのは無し。この辺で、犯人の心が折れてしまうのよ。自分の『日常』から死体を排除できれば、それで満足してしまう。よくあるのが、山の斜面に死体の入ったスーツケースを放置する。それで、発見されて即終了。直ぐに捕まってしまうのよ」

 真理亜は、両手を前に出して手錠を掛けられる格好をする。

「渡辺さん! 渡辺さん!」

 再び声が聞こえてきた。

「もう、うるさいわね!」

 彼女はキレてしまっていた。玄関に向けて大股で歩き出す。何をしでかすか分からない。ドアを開けて怒鳴りつけそうな勢いだ。

「ま、待って……お、オレが出る」

 覚悟を決めた。取り敢えず相手をしてから追い返そう。彼女をなだめて玄関の鍵を開ける。ロックバーは掛けたままだ。

「渡辺さん! 居るじゃないですかぁ~」

 男はドアを開けて来た。僅かな隙間に顔を差し込んでくる。餌の在処を嗅ぎつけた、犬のようだった。

「何の用件ですか?」

 オレは低い声で尋ねる。

「だから、女子高校生が逃げてこなかったかと……」

 男は隙間から家の中を覗いてきた。オレが合図すると真理亜はリビングの奥の方に隠れる。

「そんな人は居ません!」

 ピシャリと言い切った。そうしながら自然な動作で、真理亜が履いてきた黒い靴を玄関の収納棚に隠す。

「そ、そんなこと言ってぇ」

 男は不気味な笑みを浮かべていた。ドアをガンガンと押し開けようとする。ロックバーが大きな音を立てる。正直、恐ろしい。腰が引ける。

「あ、アナタは一体何なんですか?」

 ドアを閉めようと押し返す。

「け、警察だよ! アハハ、こんな怪しいおじさんは信用出来ないよねぇ~」

 馴れ馴れしい口調に変わっていた。

「警察?」

「そう、県警の刑事だよ……」

 男は右手を差し入れてきた。手には革製の定期入れサイズの物体が握られている。二つ折りのそれは、縦に開かれる。写真入りの身分証明書だった。表示を詳しく見る。

 巡査部長 西宮にしのみや 和也かずやとあった。写真に入れられたホログラムが光る。

 その下には、金色の警察エンブレムがあった。神奈川県警察と入っている。

 始めて見るが、恐らくは本物なのだろう。

「け、刑事さんが何の用なんですか?」

 怯まずに尋ねる。でも、声は震えていた。

「だから兄ちゃんさ、制服を着た女子高校生がな……そうそう、あんなカッコの。お! オマエ!」

 西宮巡査部長の指さした先には、真理亜が居た。な、何で出てくる!

「昴! 逃げるよ!」

 彼女は玄関まで走ってきて、ドアに体当たりする。刑事は押し戻されていた。無理矢理と鍵を掛ける。

「逃げる?」

 言葉の意味が分からないでいた。

「警察が来た! ヤバイ! 見つかる!」

 そう言って俺の手を引っ張って、姉の死体がある部屋へと連れてきた。

「逃げるって、どこへ?」

 オレの質問は無視だ。

「必要な物はコレに詰めて」

 彼女が差し出したのは、オレが学生カバン代わりに使っているリュックサックだった。「詰めるって……」

 そう言いながら、オレは目に付く物を色々とリュックに放り込む。

 自分の財布や携帯は制服に入れたままだった。両親の寝室に入って、通帳と印鑑を取り出していた。マンションの権利書も入れていた。これがオレの全財産だ。

 リビングに転がっていたコンビニ袋も入れていた。パンにお菓子にプリン……それぞれ二つずつあった。透明な小さなスプーンも入っている。

「行くよ!」

 彼女はベランダから垂らしたロープにぶら下がり、地面に飛び降りる。オレはリュックを背負って続こうとしたが、自分の靴が無い事に気が付く。玄関に向かうか?

「ドンドン! 渡辺さん! 西原麻由美がいるんでしょ!」

 男はドアを叩きながら叫び続けている。

「早く!」

 下から真理亜の声がした。オレはベランダに置いてあるサンダルを履いて、ロープに取り付く。そして、真っ暗な真下に飛び降りた。



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