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事件報告書File.02「肢体損壊」-1/2

   事件報告書File.02「肢体損壊」



 一日目。

 ――午後四時二十七分。


「あの……これは……その」

 オレは取り乱していた。まだ五月の初旬なのに頭から大量に汗を流している。それはそうだろう、自分の部屋の中で……つい二日前に彼女になったばかりの西原麻由美が、ベッドの上で死んでいるのだ。

 同時に既視感を覚えていた。何だったっけ? そうだった、中学二年生の時に母親に見つかったエッチな本。言い逃れの出来ない証拠を突きつけられて、頭の中が真っ白になってしまった中坊のオレがいた。不謹慎だが、その時のことを思い出していた。


「死んでるの?」

 妹の真理亜が真顔になって聞いてくる。全く持って落ち着き払った態度だと思った。不思議なほどだ。

「うん……」

 オレはそれだけを言った。声が酷くかすれている。

「ネクタイが首に二重に巻かれているわ。重なった部分が前に見えるから、背後から締められたのね。二重に巻かれてるのって強い怨恨が考えられるのよ……。でもね、激しく抵抗した跡が無いから恐らく顔見知りの犯行。それに手に持った部分が短いから、力の強い男の人が犯人だわ――」

 冷静に自分の姉の遺体を検分している。彼女はオレの顔を見た。

「――昴が殺したの?」

 低い声だった。

「やってない……」

 オレは後ずさりながら首を振る。終わりだ! 破滅だ! 状況から考えても全ての人間がオレを犯人だと断定するだろう。


「お姉ちゃんをレイプしたの?」

 質問する時の真理亜の口端が、上がっていた気がする。下着を脱がされて剥き出しとなっている麻由美の下腹部をオレは見る。良くできたマネキン人形の様な……決して欲情は出来ない。ただの物体なのだ。

「やってない……」

 同じ言葉しか発せなくなっていた。言い訳さえも思いつかない。頭が回転しない、白いもやの中に居る感覚だった。


「脱がされたのはパンツだけだし、精液とかは認められないわ。局部は濡れた跡さえもない……失禁していてもおかしくないのに……拭き取られたのかしら?」

 姉の剥き出しの下腹部を右人差し指の腹でなでていた。そして、真理亜は首を捻る。

「オレは、やってない……」

 それしか言えない。

「わかってる。でも、この状況は昴にははなはだ不利だわ。私が証言者になってあげてもいいけど、警察も検察も裁判所も心証的には全部クロだよね……」

 そう言って、オレに笑いかけた。この有様を楽しんでいるようにも感じる。ピンチになると燃えるタイプだ……頼もしい。


「ど、どうしたら……」

 もう、頼れるのは彼女しかなかった。オレはすがるような目で彼女を見る。

「そうねぇ……」

 俯いた真理亜は、アゴに右手を当てて深く思案していた。

 彼女は黙ったまま、麻由美の首に巻かれたネクタイを外していた。それから姉の着ている茶色のブレザーを剥ぎ取ろうとしている。死後硬直が始まっているのか苦戦していたが、どうにか脱がしてしまった。麻由美の腕がベッドの外にダラリと垂れている。

「な、何してるの? 現状を保持しないと……」

 オレは推理小説を読んで得た知識を彼女に話す。しかし、完全に無視だった。真理亜は自分の着ていたクリーム色のカーディガンを脱ぎだした。青いリボンも外す。

「取り敢えずは、昴のアリバイ作りよね。帰宅した時には、お姉ちゃんはまだ生きていた――そんな風に装うのよ……」

 真理亜は、後ろで編み込んでいる髪の毛を解いた。首を振ると、長い黒髪が腰の高さにまでなる。姉の麻由美と同じ長さだった。

 白いシャツの首元に、姉の赤いネクタイを締め込む。絞殺時に酷く皺が寄っていたのだろうが、何とか整えて見栄えを良くしていた。その上から茶色いブレザーを羽織る。そして眼鏡を外し、この部屋の机の上に置いた。

 オレの顔は、さぞかし驚いていた事だろう。そりゃそうだ。目の前に居るのは紛れもない西原麻由美その人なのだ。

 ヤッパリ妹だったと納得する。しかし、細かく見ると違いが際立っていた。姉の死に顔と比べる。真理亜の眉は整えられていないし、肌も荒れ気味だった。ホクロの位置も違う。

「メイク道具とか、あるかしら?」

 オレは無言で真理亜を両親の部屋へと案内した。ダブルベッドの隣に母親が使っていたドレッサーがそのままあるのだ。アンティークな黒檀製。大きな鏡に掛けられた黒い布を外す。

 椅子を引き真理亜が座る。真剣な表情だったが、鏡越しに視線が合うとオレに微笑んでくれた。

 カミソリを使って眉の形を整えている。

 母が使っていた化粧道具が鏡の前に並んでいた。四角いガラス容器から、肌色の液体を手に受ける。おでこや鼻筋、頬に数滴乗せた。後で知ったが、これはリキッドファンデーションなのだそうだ。

 指の腹と手のひらを使って、顔にまんべんなく広げていく。

 荒れていた真理亜の肌が、見る見ると艶やかに光ってくる。仕上げに、固形のファンデーションをパフを使い塗り広げていた。

 オレは彼女の後ろに立って作業を見つめる。鏡越しに何度も視線があった。今度も、微笑んでくれた……可愛いと思っていた。麻由美よりも少し面長だが、誰が見ても生徒会長その人だ。美人だった。

「似ている……」

 オレの言葉を聞いてにこやかになる。彼女は唇に薄く口紅を塗っていた。普段は血行の悪い印象だったが、途端に生き生きと輝いていた。表情が明るく見える。

 右目の下にホクロを加えていた。眉を描いていたペンをそのまま使う。手慣れた作業だと思った。


「さて、準備に取りかかりますか……」

 真理亜は立ち上がる。そして、着ているブレザーのポケットを漁っていた。胸のポケットから生徒手帳を、内ポケットから二つ折りのピンクの携帯電話を取りだしている。

 両脇のフラップポケットからはキーホルダーに付けられた二本の鍵。そして、可愛らしい小銭入れを取り出して、それらをドレッサーの上に並べていた。

「……」

 彼女は黙り込んでいた。

「どうしたの?」

「いつもの長財布が無いわ。学生カバンの中かしら?」

 オレの質問に答える。そういえば彼女の財布を見かけたことがあった。食堂で食券を買うときに取り出していた。ピンク色のレザー製で、有名なブランドメーカーの財布だ。

「カバンは見なかった……」

 オレの家の中には麻由美の持ち物は無かった。それは確実だ。

「そう――」

 真理亜は、姉の携帯電話を開いていた。

「――ロックが掛かっているわ」

 そう言って、何度か四桁の暗証番号を入力していた。しかし、全てがはじかれる。

「コッチでのアリバイ工作は無理みたいね。昴君、私は外に出てお姉ちゃんが生きているように見せかけるから。このマンションは管理人が居るのよね?」

「そうだ、五時までだから時間がない」

 両親の部屋の時計を見る。デジタル時計が「16:45」を示していた。


 二人で玄関まで行く。真理亜は玄関で立ち止まったままでいる。

「どうしたの?」

 オレが尋ねると、彼女はボソリと言った。

「靴が無いわ……」

「え?」

 言葉の意味が分からないでいた。真理亜の靴はそこにあるのに……。

「お姉ちゃんの履いていた靴が見当たらないの……茶色いローファー。私の靴の色は黒だから、監視カメラに映ると工作がばれるでしょ」

 真理亜は玄関で綺麗に揃えられている小さな黒の革靴を指さした。

「そうだ、母さんの靴が……」

 オレは玄関横の縦長の収納扉を開く。父と母の靴が並んでいた。長らく使われていないので、少しカビ臭い。

「コレなら大丈夫ね……」

 真理亜は母の靴の中から使えそうな靴を選び出していた。ローファーとはいかないが、踵の低い茶色の革靴だった。直ぐさま履く。

「サイズもバッチリね」

 右足のつま先を、床でトントンとする。元気よく出て行こうとした。

「チョ、チョット待ってくれよ。オレはどうしたら?」

 振り返って、自分の部屋の方向を見る。麻由美の死体はそのままだった。

「私が帰ったら窓から入れるように、ロープか紐を用意しておいて……」

 幸い、ここは二階だった。シーツやカーテンをつなぎ合わせればロープ代わりになるはずだ。長さは必要無い。

「……あとは、お姉ちゃんの死体をバラバラにしていてくれると助かるわ」

 彼女はそう言って、オレに笑いかけた。

「え……」

 言葉が出なかった。

「嘘よ……」

 そう言った真理亜はドアを開けて出ていった。「嘘よ……」その時の彼女は真剣な表情だった。


 一人取り残される。

「ハァ……」

 大きなため息を吐いて、玄関口に腰掛けた。しかし、思い直して立ち上がり、玄関ドアの鍵を掛ける。バーロックもする。再び腰掛けて頭を抱える。

「オレはどうすれば……」

 真理亜の言葉を思い出していた。麻由美のカバンと靴が無かったのだ。彼女は何処か他の場所で殺されて、オレの部屋に運び込まれた? 誰が? 何故? どうやって?

 このマンションには、オートロックの入り口の内外、エレベーターの内部、階段・非常階段の各階に監視カメラが設置してある。

 誰かが死体を運び込んだのなら、カメラに写り込んでいるはずだ。

 いずれは捜査機関が、それで真犯人を追い込んでくれる。じゃあ、真理亜の行為は? イタズラに捜査を混乱させるだけだ!

 そこに思い至り、再び頭を抱える。

「やはり警察に連絡しよう……」

 オレは、自分の携帯電話を取り出した。


 ――その時。


 呼び鈴が鳴る。一回だけだ……玄関ドアの呼び鈴が押されたのだ。真理亜が戻って来たのかと思った。念のために、のぞき穴から外を見る。息を殺していた。

「ドンドン!」

 ドアが激しく叩かれた。オレは飛び退いていた。スコープから見えた人物には心当たりが無い。もう一度のぞく。四十歳ぐらいだろうか? 中年の男性だった。誰だ? 何の用件だ?

「渡辺さん! 渡辺さん!」

 二度ウチの名字を呼んで、再びドアを叩いてくる。家人の在宅を確信した行動だ。

 ドアのレバーをガチャガチャやっている。

 ちなみに玄関の外には表札は出していない。一階の集合ポストに表示があるだけ……。

 誰が住人なのか、知っての行動だ。

 オレは玄関で自分の肩を抱えて震えていた。歯の根が合わないほど驚愕していた。麻由美の死体を発見した時にも感じなかった恐怖心だ。見つかる! 見つかってしまう! 今度こそ破滅だ!

「クソッ! 居ないのか!」

 ドン! と、ドアの下の方で大きな音がした。恐らく蹴り上げたのだ。捨て台詞を残して男は去って行く。

「ふぅ……」

 オレは安堵の息を吐いていた。思い出したかのように、ずっと手に持っていた携帯電話の画面を見る。メールの着信があった、真理亜からだった……携帯のメールアドレスを教えた覚えは無いが……メールの文面を見る。


 「 昴君へ


 管理人さんに挨拶をしてからマンションを出ました。帰りの仕度をしている最中だったので印象に残っていると思います。ちゃんと監視カメラに顔が映るように角度も注意しました。

 その後、コンビニで買い物をしました。この時もバッチリとカメラに映り込んでいます。床にハンカチを落としておいたからこちらも完璧です。


 二階に登るときには、50センチ置きに結び目を作ったロープを垂らしておいて下さいね。(>_<)


 到着したら、再びメールします。

 P.S.携帯はマナーモードでね。


 真理亜 」


 とにかくオレは、リビングでのロープ作りに夢中になる。何か体を動かしていないと……麻由美の死に顔が頭に浮かんで来てしまう。口を横に一文字にした苦悶の表情。青白い顔だったが、美しさは変わっていなかった。そして下腹部の状況……頭の中に次々と映像が浮かんでいく……これが、フラッシュバックなのか?

 両親の寝室に置いてあった使ってないシーツを何枚も取り出して結んでいく。色違いの大きな布をより合わせて、彼女の指示通り結び目を作っていった。恐らく、登るときに手で掴んだり足を乗せたりするのだろう。

 5メートルほどになっただろうか、長さは十分だと思う。片方をベランダの手すりに結びつける。リビングの外側がベランダだ。そのまま隣を見る。オレの部屋の長窓が少し開いていた。ベランダからは麻由美の死体が丸見えだった。

 そして、反対側の外を見る。

 ウチのマンションの窓側……南の方角は道路を挟んで大きな公園が拡がっている。眺めの良いマンションのうたい文句そのものの景色が拡がっていた。外部からは目撃される可能性は低いが、慌てて自分の部屋の中にベランダ側から踏み込みカーテンを閉めた。

 オレの部屋の窓の鍵が開いていた事実に気が付く。通常は掛けたままにしている。部屋の掃除をするときに開ける程度。誰が開けた? 麻由美なのか? 

 再び彼女の死に顔を見た。見開いたままの目をそっと閉じてやる。既に冷たくなっていた。


 その時……。

 彼女の下腹部を見る。見るつもりはなかった。視界にはどうしても入ってしまう。唾を飲み込む音が響く。真っ白な足が覗いていた。めくれたスカートを元に戻してやるつもりだった。

「触りたい……」

 声を出していることに気が付かなかった。

「ブブブ」

 オレの制服の内ポケットに入れた携帯電話のバイブが唸る。

 メールだった。真理亜からだ。


 「 窓の下 」


 内容はそれだけだった。オレは再びベランダに出て、真下を見た。

「す・ば・る」

 真上を向いた真理亜は、声を出さずに口だけを動かしていた。笑顔で手を振っている。

 オレはロープを垂らした。彼女はその先に白いビニール袋を二つ結びつける。上に上げろと合図してきた。

 引き上げると、一つは近くのコンビニの袋だった。もう一つは、ホームセンターの……中身を確認しようとすると……。

「昴!」

 小声で真理亜が呼びかけて来た。再びロープを垂らす。

「引き上げて!」

 彼女は、最初から登る気は無かったのだ。

「えぇ!」

 そう言いながらもオレはロープを引き上げる。周囲は夕景になっているが、制服姿の女子高校生がロープをよじ登り侵入する姿は異常だ。

 幸い、公園には人はいないし、道路にも車や通行人は無かった。今がチャンスだ!

 彼女の立つ場所は、生け垣があり目隠しになっている。ウチの下の一階部分は共用スペースで部屋ではない。

 リビングとオレの部屋の間にある柱を背中にして、一気に引き上げた。

 体中の筋肉が軋む。

「よいしょ」

 真理亜が二階ベランダの手すりに取り付いた。彼女の手を掴んで引っ張り上げて、中に引きずり込む。

「ハァハァ……」

 オレは肩で息をしながらベランダに座り込んでいた。

「ジャーン! 到着!」

 彼女はポーズを取りながらベランダに立つ。笑顔だった。

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