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事件報告書File.11「激情犯罪」-2/2

   ◆◇◆


 ――午前十時五分。

 横浜市港北区 私立大倉山学園 視聴覚室。


 「市民の安全を守るべき警察官が、このような重大且つ凶悪な事件を起こしてしまい、大変に申し訳無く思っています」

 頭を下げる“有村ありむら 政義まさよし”警察庁長官だった。それに倣い、頭を下げる神奈川県警察本部長の“町田まちだ 大吾だいご”警視監。その横には警視庁刑事部・刑事部長の“園城寺おんじょうじ かがみ”警視長の姿が認められる。園城寺司管理官の兄。顔は似ていないが、頭の形はそっくりだ――須川渉巡査部長は思う。


 テレビの生中継。

 無数に焚かれているフラッシュが眩しい。

 大物がそろい踏みだ。思ったよりも大物のお出ましだ。警察庁長官――日本全国の警察官、二十八万余名のトップもトップなのだ。

 視聴覚室の前方スクリーン。プロジェクターから映し出される映像を見て、須川の感想だった。

 彼は横に座る有村陽子警部補の顔を見る。警察庁長官は彼女の父親なのだ。ただ、漫然とスクリーンを見つめていた。

「どうしました?」

 須川の視線に気が付いて、尋ねる有村だった。

「い、イエ……有村さんの言った通りになったと……」

 須川は顔を赤くして、視線を落とす。

「解散! 解散! 現職の刑事、西宮が犯人でしたと……これにて一件落着だ! 終わり! 終わり!」

 二人の後ろに座る戸部裕警部が、半分ヤケになって叫ぶ。

「私は、もう帰るぞ!」

 そう言った戸部警部は、半歩進んだ後に立ち止まった。

「おっと、古田のヤツに渡された報告書を忘れていた。ここに置いとくぞ」

 彼は、真新しい茶封筒を資料の地層の上に重ねる。ポンポンと叩いていた。

 戸部警部は教室を後にする。後ろ手で扉を閉めながら、頭の上で左手を振っていた。

 この場所も学園に返さなければならない。事件の解決を持って、学校の授業も再開される。


 数々の事件の概要と、西宮の自殺と、発見に至った経緯。それらが説明されて記者会見は終了した。

 教室前方のスクリーンが上がる。するとホワイトボードの群れが現れた。事件資料は貼られたままだ。片付け作業が始まるな――うんざりとした表情を浮かべる須川だった。

「そうでした。須川さんが言ってた……」

 有村はホワイトボードの一画――当時は――横田真理亜の顔写真の前に立っていた。その隣が横田家の集合写真だ。

「ハイ、偶然ですよね。『横浜市港北区一家殺害事件』の被害者横田すばると、一連の事件の重要参考人の渡辺昴の生年月日が一致する事象」

「どうでしょう……。事件の関係者の二人の誕生日が一致する。確率的には三百六十五分の一ですかね。0・27%ぐらいですか……」

 暗算をした有村警部補は、ドサリと椅子に座る。キャスター付きの教師用のいつもの椅子。いつもの様に逆向きに座る。

 ホワイトボードには渡辺昴の顔写真が貼られていた。学園のホームページからの引用画像だ。プリントアウトされて、横田家の家族写真の隣に並ぶ。

「誰とも似ていませんね……渡辺昴の両親は、半年前に事故で死んだ……両親の写真は無いのですか?」

 有村は聞く。

「エエ……。新聞記事を検索しました。名前だけは出てきたんです。父親は“渡辺わたなべ 俊彦としひこ”事故当時四十四歳。母親は真澄ますみ当時四十三歳。オーストラリアの海上を小型機で遊覧飛行中に墜落事故に巻き込まれました。夫婦とガイド、そしてパイロットの四名が亡くなっています。その旅行をコーディネートしたのが西原トラベル……」

 須川は、新聞記事をプリントアウトした紙を読み上げる。

「ふむ……」

 有村はそう言って、腕を組む。長考に入っていた。

「僕は、横田すばると渡辺昴の病院での取り違えや、双子ではないかとの仮説を考えたのですが、いずれも違いますよね。二人は似てませんし、渡辺昴は、ここの誰とも似ていない……あ、そうそう、有村さん。似ていると言えば……この子なんですけど……」

 須川巡査部長は、ノートパソコンを開く。このパソコンは渡辺昴の私物だった。

「どうしました?」

 有村は珍しそうにパソコン画面に顔を近づける。

 須川は、二年三組のクラスの個別名簿の中で、一人の女生徒の名前をクリックする。少女の名前は確か……梨田樹里……。

「誰かに似ていませんかね? 可愛い子だから、どこかのグラビアアイドルかと思ったんですが、そんな記憶は僕には無い……」

 実は、アイドルオタクでもある須川。

「うーん……」

 有村警部補は、一度首を捻った後に――

「あ、近藤浩二の姉!」

 ――ポン! と、手を打った。

「姉?」

「『東京板橋区警部一家殺害事件』で殺された、近藤浩二の姉の“近藤こんどう ひとみ”ですよ!」

 須川の問いに、有村は資料の山を漁りだした。視聴覚室に無造作に並べられた資料の群れ。コピー後に茶封筒に入れられていた。必要な書類だけ、有村が引っ張り出してホワイトボードに貼り付けるのだ。有村の普段の推理手法なのだろう。

「えーと? これかしら? あら……」

 一つの茶封筒が落ちて、資料が床に散乱する。須川は慌てて拾い上げようとした。その中の白黒写真の人物に注目する。

 陰気な男が写っていた。度の強い眼鏡を掛けて表情が読み取れない。ボサボサの髪の毛は寝癖で片方に寄っていた。真っ白な顔だった。白黒のコピーだが、もっと生気を感じさせない陰影の少ない顔だ。しかし、薄笑いが顔に貼り付いている……不気味な男だった。

「誰だ?」

 須川はその資料を手に取る。

「あ……。ソイツは“はら ひかる”ですね。二十年前の『幼女誘拐殺害事件』の犯人です。本物のシリアルキラー」

 有村が珍しく「ソイツ」と言って吐き捨てた。彼女ですら唾棄する相手なのだ。

「原……光……」

 聞いたことのある名前だ――須川は思う。

 もう一度「ソイツ」の顔を見た。そう云われれば、そう云う顔をしている。猟奇殺人犯の顔。

 ――先入観だ。

 客観的で公平な判断を試みる須川。

 基本的な造形は、美男子とも云える。眼鏡に隠されて、目が見えないこの写真では最終的な判断は出来ないが。


「すみません。近藤浩二の姉でしたね。あ、ありました」

 有村は資料の山から、コピーされた写真を須川に手渡す。

「近藤……瞳……」

 こちらにはショートカットで快活そうな美少女が写っていた。確かに、渡辺昴のパソコンに表示されている少女にそっくりだ。

「こ、この子ですよ! 梨田樹里! そっくりですよね?」

「ふむ……」

「どうかしましたか?」

 須川の言葉に納得がいかないのか、腕組みをする警部補だった。

「梨田樹里?」

 始めて聞く名前だ。そんな顔をして首を捻る。

「渡辺昴と西原真理亜の同級生ですよ! あ、そうだった報告書です!」

 須川は、戸部警部が置いていった資料を思い出す。古田警部が纏めた、重要参考人の高校生二人の確保に至るまでの報告書だ。有村も初見である。

「?」

 有村は須川の作業を無言で見つめていた。

「二人は、渡辺昴の自宅に戻った所で捕縛されたんですね――犯人が現場に戻るって――本当だったんだ」

「重要参考人です」

 有村が訂正する。

「すみません。で、二人は――隣室に住んでいる同級生が訪問して、張り込んだ警察官に連絡し――捕まっているんですね。隣室の二○二号室に住んでいたのは、な、梨田樹里! こ、これって、有村さん!」

「ふむ……」

 有村は椅子を走らせて、報告書を読む須川の傍らまで来ていた。

「渡辺昴の証言では――最初に、西原麻由美の遺体を見つけたのが、自分の部屋だった――そして、西宮の訪問で逃走。その後、麻由美の遺体は消えて、多摩川河川敷で発見される」

 須川は箇条書きにされた、報告内容を読み上げる。

「でも、彼の住む二○一号室でも、売春組織のアジトの三○一号室でも、西原麻由美の血液反応は出ていないのですよね。殺害と遺体損壊の現場だけが、特定されていないのです」

 一連の事件の中で不可解な点。それが何処かと繋がろうとしている。そんな手応えを感じる須川だった。

「ふむ……ふむ……ふむ……」

 有村も同感なのだろう。何かの考えを、しきりに反芻はんすうしている。

 彼女の中で、消化仕切れていない数々の謎。

 そして、急に浮上した存在――梨田樹里。

 彼女は何なのだ? 何者なのだ?


 ――その時だった!


「バン!」

 視聴覚室のドアが勢いよく開く。

「あ、古田さんどうしました?」

 警視庁捜査一課・第九強行犯捜査・殺人犯捜査第13係・係長の“古田ふるた 宗治そうじ”警部が血相を変えて飛び込んで来た。

 椅子に座る有村は呑気に尋ねる。

「いや! 事件は終わってない!」

 こんなに慌てている古田の姿は始めてだ――須川は思っていた。

「『ウエスト・プレーリー綱島』! 二○二号室! 殺された! 西宮の女房だ!」

 件の梨田樹里の自宅だ。

 女房?

 須川は首を捻る。

「古田さん、落ち着いて下さい。落ち着いて、ゆっくりと状況を説明して下さい」

 有村はゆるりと立ち上がっていた。

「やられた! 真犯人は西宮じゃない! その娘、梨田樹里だ!」

「え?」

 有村は驚いた顔を古田に向けた。本当に、予測もしてない名前だったからだ。

「西宮は結婚していた。今は離婚して、ヤツは一人暮らしだった。その辺の事情は戸部が詳しい。アイツも呼び戻した。もうじきここに戻る。西宮の離婚した妻の名前が、“梨田なしだ 茉莉まり”。その娘が梨田樹里! あの高校生達と同級生だ!」

「その梨田樹里がどうしたんですか? どうして真犯人なのですか?」

 有村は納得いかない――そんな顔だ。

「梨田樹里は母親を殺して、その生首を隣の二○一号室のドアの前に置いた。そして犯行声明文が書かれた紙を、母親の口に挟んでいたんだ」

「犯行声明文?」

 事件の結末の到達地点は、大きくカーブを描いて曲がる。途端に「劇場犯罪」に変わる。誰もが納得する結論では満足しない人物。

「そうだ。秘匿されるべき内容なのだが、同じ文面が主要なマスコミに送られた。メールでな……。今頃、霞ヶ関の警察庁の本庁に、マスコミの取材が殺到しているだろう。何しろ、ついさっき発表した内容とはまるっきり違うからな」

 そう言って、古田は教室の時計を見る。


 ――午前十時五十分。


「梨田樹里が犯行声明文で全てを告白したのですよね。それは?」

 見たい! 有村の目が輝いていた。

「直ぐさま、回収されたよ。そして、梨田樹里は手配されたが……色々と難しい状況だ。彼女は十六歳。写真も名前も公表出来ない。そこはマスコミも同様だがな」

「内容を知りたいですよね! ね!」

 子供のような好奇心旺盛な顔。有村は須川に向ける。

「メール……。もしや!」

 須川は、教卓の上で開いていた渡辺昴のノートパソコンを見た。

 急いで画面に取り付く。パスワードを入力して復帰させる。メールソフトを起動する。

 旧式のパソコンなので立ち上がるまで時間が掛かっていた。

「彼女が、彼にメールを送りますか?」

 彼とは渡辺昴のこと。有村はそう言って画面を興味深そうにのぞき込む。

「あ、そうでした有村さん。何でこのパソコンのパスワードが、彼の生年月日だと分かったんですか?」

 須川はずっと気になっていた点を、彼女に尋ねる。

 有村は須川の替わりに、パソコンのタッチパッドに触れていた。メールの確認をしている。

「あ、部屋のカレンダーのその日付に『誕生日』と書かれたシールが貼ってありましたよ」

 そう言って、新着のメールを確認する。

「でも、それがパスワードだとは……」

「パソコンに付箋で貼り付けてありました。彼はあまりパソコンを利用してなかったのでしょう。PASS=誕生日と書いてありました。最初は弾かれたのですが、西暦も一緒に入力したら……」

 警部補は新着の一通のメールを開く。

「当たり!」

 笑顔を浮かべていた。



   ◆◇◆


 僕の告白


 二年三組 梨田樹里


 僕が僕の存在に疑問を持ったのは、小学六年生の卒業の時期だった。

 中学へと進学するタイミング。

 父と母が離婚して、僕の名字は西宮から梨田に変わる。

 その事に不満は無かった。

 母と父との関係は、僕の記憶がある頃から冷え切っていた。

 母から聞かされる愚痴。

 そして、本当の父親の存在。

 父と母は二人共に警察官だった。

 二人は見合いをして、結婚をした。その仲人が、父と母の上司である人間が、立派であるはずの人間が、僕の本当の父親だった。

 父と母は、一度として男女の行為に及んだことが無かったと、ある日酔った母が告白した。

 その事を、仲人でもある上司の自宅に相談に訪れて、その男に母親はレイプされたのだ。

 だけど、初めての女の喜びを知って、不倫関係にのめり込む母。

 そして、妊娠する。

 その子供が、僕だ。

 父、戸籍上の父親の西宮和也は、その事実を知っても母には何も言わなかった。

 母は懺悔する。

 小学六年生の僕に。

 西宮和也は見てはいけないモノを見て、大人の女に欲情できない体になったと。生きている人間に欲情できなくなったと。


 そして、事件の存在を知る。

 母親がひた隠しにしていた事件の内容。

 恩人である仲人の死。


 有名私立学園の中等部へと進むことが決まった僕。

 その春休みに、僕は事件について調べていた。

 警察官である家族を殺した『近藤浩二』という存在を突き止める。

 その時殺された警察官が、僕の本当の父親だった。

 姉の写真も見た。僕にそっくりだった。

 血の繋がりを確信する。

 一家殺しの殺人犯『近藤浩二』は、僕の義理の兄だった。

 調べた。調べ尽くした。

 父親と母親、そして姉を殺した『近藤浩二』は警察に自首をした。

 切り取った姉の生首を持って、カバンに入れて、警察署を訪れたのだ。

 僕は興奮する。

 彼は、実の姉が憎くて憎くて仕方なかったのだ。

 僕には、彼の気持ちが手に取るように分かる。

 僕なら差し詰め、被害者面しているアノ女の首を切り取りたい。

 こんな醜い世界に、僕を生み出したアノ女。

 いつか、いつか。


 僕は、狂ったように『近藤浩二』を貪り尽くした。今の僕が、存在する理由。

 そして『連続幼女殺害事件』に行き当たる。

 すぐに犯人が『近藤浩二』だと分かる。最初の事件から、ほぼ一年毎に行われる幼女殺害事件。警察が幾ら追っても捕まらない犯人。

 学校の夏休みに必ず起こる事件。

 犯人は学生なのだ。

 犯人の考え方が手に取るように判る。

 事件の起こっていない、中心地点に犯人は潜んでいる。本当は、度胸もなく臆病な人間。力も弱くて、小さな女の子にしか、暴力というはけ口しか、見い出せなかった哀れな少年。

 僕はその事実を、警察官である「元父親」に突きつける。

 ソイツはたいそう驚いていた。

 そして、引き合わせてくれた

 『近藤浩二』に。


 東京拘置所。

 とても陰気な場所。兄と妹は始めて対面する。

 事件の真相を追及した。

 アイツは笑っていた。

 ただ、一年間だけ事件が起きてなかった。

 それを尋ねると、『近藤浩二』は意味ありげに笑っていた。

 それだけだった。

 面会時間が終わりに近づく時、アイツに原稿を託された。

「本にして欲しい」

 原稿のタイトルを見た。

『人生に必要なのは問題解決能力と営業力!』

 ペンネームは、

 「近原 光二」とあった。


 僕は夢中になって読み漁る。

 彼は、『近藤浩二』は、自分に降りかかった問題を、さも他人事のように、客観的に眺めて解決をする。

 獲物に選んだ女の子たちに、自分が危険ではない人間であるとアピールをする。


 僕は試したいと思った。

 僕には、好きな人間などいなかった。

 僕を、好きになってくれる人間などいなかった。


 欲していたんだ。

 全てを打ち明けて、真実の話が出来る


 友達を


 そして、私立大倉山学園。


 中等部一年の教室。

 僕は始めて彼女を見た。


不定期更新です。更新時間は19時を予定。

File.12で完結します。

その後は、登場人物一覧などを投稿します。

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