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事件報告書File.10「殺人 忌」-1/2

   事件報告書File.10「殺人 忌」



   ◆◇◆


 中等部一年の教室。

 僕は始めて彼女を見た。


 西原麻由美の妹。その噂だけが一人歩きしていた。

 美人の麻由美。

 つい先日、テレビの豪邸訪問では田園調布の自宅にテレビカメラを招いていた。その前で、自信ありげに自慢げに語る中等部二年生の麻由美。

 新入生の僕達の話題の中心だった。

 その麻由美の妹。


 一人一人が自己紹介を始める。

 彼女の番になった。派手な美人の姉とは違う印象。

 長い髪の毛を後ろで三つ編みにして、度のきつい眼鏡を掛けている。

「に、西原……ま、ま、真理亜です……み、皆さん……よ、よ、よろしく」

 オドオドと口籠もる彼女を見て、クラスメイトの顔には失望の表情が見て取れた。

 起立していた彼女の自己紹介が終わる。

 教室内には溜息にも似た、長い沈黙が訪れる。


 一人僕が拍手をする。教室に起こる散発的な拍手。

 彼女は顔を赤くして席に座った。でも、その時の彼女の表情を見逃さない。

 笑っていた。確かに笑っていた。勝利を確信した笑顔。

 彼女には、僕達凡人に対する関心は無いのかも知れない。

 彼女は僕達を拒絶したのだ。


 休み時間。

 彼女はノートを取り出して、何かを記入していた。それも赤のボールペンで。

 隣の席の僕は気になったので、のぞこうとした。

 気が付いたのか、慌てて手で隠す彼女。

 僕は彼女に語りかける。


「真理亜ちゃんて云うのか。いい名前だね」



   ◆◇◆


 ――午後五時。

 東京都葛飾区小菅 東京拘置所 特別面会所。


「アハハ」

 警察庁特別広域捜査班・第一班・班長有村陽子警部補の質問を受けて、突然に笑い出した近藤浩二無期懲役囚だった。

「凄い! 凄い!」

 手錠を嵌められたまま手を叩いていた。そして、足を踏み鳴らす。

「凄いよ! お姉さん! 警察の人間では、アイツ以来二人目です! お目出とう! お目出とう! キャハハ」

 無邪気に喜んでいた。子供の様だ――彼女は思う。実際、近藤浩二の顔は少年の様に見える。六年前、家族を殺したときには十八歳だった。少年法の適用外だが、犯行当時は未成年だったため、実名報道されていない。

 今は二十四歳の年齢、自分より年上の相手。青白く痩せてはいるが、整った顔付きであった。美形と言えよう。うっすらと無精髭が生えているが、子供を感じさせる印象だった。

「アイツとは、西宮和也巡査部長でしょうか?」

 相手の目を見て言った。

 しばし見つめ合う。有村は再び目を逸らしていた。

「で、何処まで知ってるの?」

 特殊樹脂製の仕切り板に顔を近づけて来た。彼女の目を必死に覗こうとしている。

「あなたが『連続幼女殺害事件』と『横浜市港北区一家殺害事件』の犯人であることです。そして、その事件に西宮巡査部長が関わっている。『連続幼女殺害事件』の後半の事件は、彼の主導で犯行が行われていますね?」

 彼の目が恐かった。仕方無く額を見て話す。

「そだよ……」

 興味が無い。そんな感じで近藤浩二は話してきた。

「で、何が聞きたいの?」

 彼は右耳に右手の小指を突っ込んで、耳垢を掃除していた。急激に彼女への関心は失われてしまっていた。

「あの……」

 有村は最近に起こった一連の殺人事件を、掻い摘んで説明する。面会に許された時間は極めて短い。自分の腕時計――父親から大学の卒業祝いに貰った男物の時計――それに目をやる。

 この時ばかりは興味深そうに話を聞く近藤だった。

「へぇ……へへへ。あの子、生きてたんだ」

 小さく笑う彼の言葉を聞き逃さない。

「横田真理亜……いえ、西原真理亜は生きています。でもあの時に西宮に強姦されて、彼女は子宮を全摘出せざるを得ない重傷を負っています」

 近藤の右眉が上がった。未だに目を見られない。額の中央を見つめる。

「やっぱりアイツは最低の男だね。小さな可愛い女の子だったのに……。可哀相、真理亜ちゃん可哀相……」

 後半は、やや演技じみた口調だった。本心からの言葉では無いだろう。彼女を殺し損ねていた。それを惜しむ言葉だ。

「私がここに出向いたのには理由があります。アナタにお聞きしたい事があるのです。この事件の犯人はいったい誰なのか……。西宮巡査部長が深く関わっていることは理解しています。この犯人は殺しすぎる。でも、遺体を隠そうとはしない……反対に、大々的に晒そうともしない。麻由美の首を学校の校門に飾っても、おかしくはないのです」

 正直な告白だった。部下の須川の前では強がってはいるが、有村自身も一寸先も見えない霧の中に捕らわれている。無理矢理と渡ると、足元には崖がある。その下には三途の川が流れている――そんな恐怖を感じるのだ。嫌な勘が働く。自分の悪い予感は必ず当たる。少なくとも部下の刑事達の命を守らなければならない。最高責任者の努めだ。

「そうだね……」

 近藤の言葉に少しだけ感情がこもって来た。

「強いて言うなら、犯人は僕に似てる。興味がある事にしか興味が無いんだ。僕は女の子を刺したときに、その子がどんな顔をするのか……それしか興味が無い。それって、セッ○スの時に相手の顔を見たい衝動と一緒だね。もっとも、僕は童貞だけどね……。ね、お姉さんは処女なの? そうじゃなかったらさ、セッ○スするときには相手に自分顔を見て欲しいの?」

 有村は顔を赤くしたまま何も言えないでいた。これではプライベートの重要機密を告白したのも同じだった。

「アハハ、メンゴメンゴ。乙女には聞いちゃいけない質問だったかな。あ、そうそう。西宮は言ってたよ。自分は殺しはやらない主義なんだ――って、そんな風にうそぶいていたよ。拳銃で撃ったのは、本当に西宮なんだよね?」

「はい、殺された二人の外国人の体から発見された弾丸の施条痕が、登録されている西宮の銃と一致しています」

 有村は東京拘置所に移動中に聞いた内容を近藤に話していた。

「ふーん。ま、相手の心臓に一発で命中させているんでしょ。それも二人、これはプロの犯行だね」

「プロ?」

 有村は顔を上げて近藤の額の真ん中を見た。それが限界だ。でも、額の中央が開いて三番目の目が出てくる。そんな妖怪じみた恐怖心を覚えていた。

「西宮の拳銃の腕は知らないけど、アイツは人を殺せるほど胆は座っていないでしょ。アイツは狩りをする肉食獣じゃ無い。精々、死肉を漁るハイエナだよ。いや、ハイエナにも失礼だな。ゾンビだよゾンビ……。リビングデッド。生ける屍だよ」

 映画で見た、人を襲うゾンビの真似をする近藤だった。手錠を嵌められているので、動かす両手が滑稽な動作に見える。


 図らずも、西宮に対する同一の見解だった。


「コンコン」

 特別面会室のドアがノックされる。もう時間だ。

「さ、最後に一つだけ……犯人に関するヒントがあれば何か……」

 有村は早口で語りかけた。堅牢なドアが開くまでは時間が掛かる。それまでは話が聞けそうだ。

「うーん。ヤッパリ、この事件で最大の利益を受ける人物が犯人じゃない? 人を殺すことで満足する『殺人 鬼』が居れば、ソイツが犯人。莫大な金銭的利益を享受する人間が居たなら、ソイツが犯人」

「有村警部補。時間です」

 刑務官が一斉に入ってきた。有村は席を立つ。

 近藤浩二も四人の刑務官に囲まれていた。

「あ、お姉さん!」

 引き立てられる近藤が有村を向いて叫んだ。

「何でしょう!」

 大声を出す彼女だった。両隣の二人の刑務官が、退席を急かす。

近原光二ちかはらこうじって知って……」


 その時――

 むこう側のドアが閉まる。声が聞こえなくなった。人間では無い人間が居る岸辺。賽の河原の上には、石が一つ積み上がっていた。


「あ、有村さん!」

 こちら側。

 現世側のドアの向こうから、部下の須川渉巡査部長が呼んでいた。有村は考えに支配される。近原光二ちかはらこうじとは――誰だ!



   ◆◇◆


 ――午後七時十分。

 横浜市港北区 横浜港北中央病院。


「昴ったら、アノ女にまんまと騙されるんだもの……」

 病院の個室。ベッドで起き上がっている真理亜が言った。

 外はすっかりと暗くなっていた。病室の窓ガラスに真理亜の白いパジャマ姿が浮かび上がっていた。

 真理亜の言う、この場合のアノ女とは「梨田樹里」の事だ。

 訪問者は彼女だった。

 梨田樹里の声を聞いて、あの時のオレは混乱した。うっかりと自分の家のドアも開けていた。

 そして警官達に包囲され、二人は捕まった。

「でも、そのお陰でノートが手元に戻って来た♪」

 真理亜は愛おしそうに、水色の表紙を撫でている。その右手には、厳重に包帯が巻かれていた。

「なぁ、真理亜。傷口をいたわらないと……」

 ベッドの横の椅子に座るオレは、心配そうに腰を浮かせていた。


 病院では、真理亜の右手小指をつなぐ手術が行われた。

 オレ達は捕まって直ぐに、この場所に送られた。同時に、田園調布警察署に冷蔵保存されていた真理亜の小指がただちに送られる。そして、この病院には切断された体の部位などを繋ぐエキスパートの形成外科医が居たのだ。

 全てが、上手くいった。

 全てが、上手くいきすぎる。


「大切なノート。神様の言葉……」

 真理亜はノートに頬ずりまで始めた。

 神様の言葉――には、毎度の事ながら引いてしまう。中身を見たいと思ったが、決して彼女は見せてくれなかった。

 さぞかし気持ち悪いんだろう。

「でも……」

 何で、梨田樹里が持ってたんだ? 真理亜には聞けなかった。

「でも……なに?」

 彼女はオレの方を向いていた。満面の笑みだった。ノートは真理亜のパズルの最後の一片なのだ。これが嵌って完成に至る。

 壮大なジグソーパズルの表面に描かれているのは何だろうか? 彼女の屈託のない笑顔と共に、覗くのが躊躇ためらわれる。恐ろしいのだ。

 再び芽生える疑念。

 梨田樹里は学校に警察が来る前に、真理亜の机からノートを抜き取ったと言っていた。ノートの重要性を良く知っている。良く理解している。

 そして、ノートの行方を巡って、オレ達は誘拐されて――真理亜は指まで切断された。


 そう――誘拐事件だ。


 真理亜の父親が社長を務めていた会社に脅迫状が届いた――と、古田と云う警部さんに聞いた。オレ達を拉致した連中は、誘拐犯なのだ。

 その誘拐犯が、何故ノートのことを知っている?

 西宮和也刑事が全ての事件の犯人なのか? 

 彼の――人殺しはしない主義――この言葉は嘘では無さそうだ。自らの手は他人の血で汚さない。自分勝手な満足感。

 多分、西宮は誰かを操っている。操る糸にオレと真理亜が掛かってしまった。

 やっと、解放された。

 だが、真理亜の治療が終われば警察の尋問が待っている。

 オレは病室の入り口に立つ四人の制服警察官を見る。オレと真理亜は、この部屋に幽閉されているのだ。

 表向きは保護……その実は、事件の最有力容疑者なのだ、オレ達は。


「なあ真理亜。何で、そのノートを梨田さんが持ってたんだ?」

 オレが話を振ると、彼女は口を尖らせる。

「全く、アノ女の前だとデレデレしちゃってさ……」

 真理亜が言う。梨田樹里の名前が出る度に、そんな態度なのだ。オレ達の心はすれ違っている。ノートを取り戻した今、彼女の関心は事件の解決の方向には向いていない。

 オレの目を再び覗いてきた。

 そして、オレに執着する理由は何なんだ?


 ――その時だった。


「真理亜ちゃん!」

 病室の入り口で一人の男性が四人の制服警官達に止められていた。叫んでいた。

「藤島さん!」

 真理亜はそちらを向き、笑顔で答えていた。左手で手招きをする。

「こちらの人物は、お通しして大丈夫だ」

 古田警部が隣に立っていた。オレ達の病院に真っ先に訪れた刑事さん。古田刑事に言われ、藤島と呼ばれた男がベッドの真理亜の元に歩み寄った。

「無事で良かったよ、真理亜ちゃん。心配したんだよ……」

 藤島はそう言い、二人は抱きしめ合う。

 オレは驚いて、真理亜と藤島とか云う男との抱擁を見つめる。

 突如湧き上がる――黒い感情。

 二人の親愛さに、嫉妬しているオレが居る。

 何だ? コイツは何者なんだ?

「昴。彼は“藤島ふじしま ゆたか”さん。父の会社の社長室所属で、父の秘書をしてい――た方……」

 二人はオレの方を向き、真理亜が彼の紹介をした。真理亜にとって、父親の死は重要では無いらしい。

「『株式会社西原トラベル』社長室・室長の藤島です。君が昴くんか……」

 オレの顔を興味深そうに見ていた。値踏みしていた。

「ね、藤島さん。会社の方はどうなの?」

 身内に向ける柔らかい視線の真理亜だった。オレは見過ごさない。こんな彼女は見たことが無かった。心を許せる数少ない人物なのだろう。


「会社の方は順調だよ。今はマスコミ対応に呼ばれるのが、煩わしいぐらいだ。ところで真理亜ちゃん聞いてくれよ。そちらの刑事さんは、ずっと僕の事を疑っているんだ。容疑者の一人なんだって――」

 藤島は古田警部の方を向いた。

「――酷い話だろう。社長や奥様、麻由美ちゃんを殺して、君を誘拐したのが僕の仕業とでも言いたげなんだ……」

 チラチラと古田警部を見ていた。腹立たしい思いをしたんだろう。

「いや……こちらも仕事ですので……」

 警部は頭を掻いていた。まだ、年齢も若いだろうに、全て白髪だった。

 関係者全員を疑う。まぁ、警察としては当然の行いだ。


「藤島さんには、『西原トラベル』の前身の『Y・I・S』の時代から、大変にお世話になっているんです」

 真理亜は彼に頭を下げていた。

「いや、お世話になったのは僕の方だよ。君の養父母だった横田ご夫妻に良くして貰ってね。専門学校を出たての、海のものとも山のものともつかぬ僕を採用してくれた。そして、西原社長と奥様にも頭が上がらないよ。再就職先でも重要なポストに取り立ててくれた」

 『Y・I・S』? 聞かない名前だな。

 その時、真理亜を見る古田警部の鋭い視線に気が付く。刑事の勘が何やら働くらしい。

「会社が順調なのは、何よりです」

 真理亜は言い切った。彼女の思考は、そう――

 経営者の考え方だ――思った時。

「もうすぐ真理亜ちゃんは『西原トラベル』と『ウエスト・プレーリー』の筆頭株主になるからね。高校を卒業したら取締の役員に、大学を卒業したら二つの会社の社長に就任して貰う予定だ」

 藤島は、オレと古田警部を見て言った。

「え、それはどういうことです?」

 早速、古田警部は食いついた。

「真理亜ちゃんは、ご両親と妹さんの資産を引き継がれます。預貯金や生命保険金に株券、大田区の土地建物に各所の別荘地。そして、両方の会社の有価証券と不動産を相続なされるのです。僕は、真理亜ちゃんが社長に就任するまでは、後見人として裏方に徹したいと考えている」

 藤島は真理亜の前にひざまづかん勢いだった。忠実なるしもべだ。

 そうだ! そうだ!

 真理亜の両親と麻由美が死んだ場合。一番の利益を得るのは、他ならない――


 彼女だ!


 オレは真理亜を見る。しかし、子供のような屈託のない笑顔を浮かべていた。オレを不思議そうに見ている。さぞかし、オレの表情が険しかったのだろう。


 犯人は西宮刑事だと思っていたが――見解を改める。

 動機は、

 ――彼女にもあるのだった。


 彼女への疑念が再燃する。真理亜と藤島秘書が共謀していたとすれば……二人の元には莫大な資産が転がり込む。動機としても十分だ。

 その辺は警察も徹底的に洗ったのだろう。オレは古田警部を見た。何とももどかしい――そんな思いで真理亜と藤島を見つめていた。

「藤島さんには警察も感謝しているのです。会社に届けられた真理亜さんの小指を、的確に処置なされた。切断面が乾燥しないように、生理食塩水に浸したガーゼを当てて――ビニール袋で密閉し――細胞が死滅しないように大量の氷で冷やしていた。的確すぎる処置に、この病院の執刀医も舌を巻いていました」

 含みのある古田警部の言葉。

 でも、一連の事件に藤島氏のアリバイはあるのだろう。

 後は、真理亜とオレのアリバイ確認だ。

 もしかするとオレは、彼女たちの計画の片棒を担がされたのかも知れない。



明日19時に、続きを更新します。

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