事件報告書File.09「連続妖女」-2/2
◆◇◆
――午後三時四十分。
横浜市港北区 私立大倉山学園 視聴覚教室。
「二人を確保です!」
警視庁捜査一課・第九強行犯捜査・殺人犯捜査第13係・係長・古田宗治警部からの電話連絡を受けた、警察庁特別広域捜査班・第一班に現在所属の須川渉巡査部長が叫んでいた。
須川は、警察庁特別広域捜査班・第一班・班長の有村陽子警部補の顔を見る。興奮して、鼻の穴が開いていた。「ドヤ顔」ってヤツだな――彼は思う。
彼女の見立て通りに、重要参考人として手配していた西原真理亜と渡辺昴を包囲して捕縛することが出来た。
「あとは、西宮和也巡査部長を確保すれば解決ですね!」
現在は行方不明中の神奈川県警本部・生活安全部・生活保安課・主任の西宮を押さえれば、この事件は万事解決だ。須川は笑顔で有村に言う。
「それは、どうでしょう……」
有村警部補はそう言って、再び視聴覚室のホワイトボードに掲げられた事件の資料に集中していた。しかし、資料の殆どは、今回の事件とは無関係の物ばかりだ。
「どういう意味ですか? それと、今回の事件は過去の事件と関わりがあるんですか?」
今は、園城寺管理官も戸部警部も不在だ。他の捜査員も席を外している。
広い教室に有村と二人きり……込み入った話も聞けると思った須川だった。
「須川さんは、人を殺したいと思った事がありますか?」
振り返った有村は、子供のような純真な顔付きで聞いてくる。
突然の質問だった。
「え? は? あ、ありませんよ……」
挙動不審な人間のように答える須川だった。自分だって、猛烈な怒りの感情が湧くこともある。だが、明確な殺意を抱いたことなど過去にはなかった。
「ですよね……。今回の事件は殺し過ぎです。銃で殺された二人を除いても、五人が殺されている。世間でも大大大事件です。無能な捜査責任者は、斬首ものですよ」
自分の首を切る真似をする有村だった。この事件の捜査の最高責任者は、目の前に居る彼女自身なのだが……。
有村は続ける。
「人殺しにも種類があります。趣味で殺しを楽しむ人間は、数年に一人の割合で発生するんです。仕方の無いことと割り切って考えています。うーん、確率的にはもっと少ないかな? 十年に一度の割合ぐらいかな? そんな人間が、同時期に何人も居たら堪らない」
統計学的確率を、途端に自分で修正していた。
「連続殺人犯――『連続幼女殺害事件』と『横浜市港北区一家殺害事件』の犯人が同一で、犯人の名前も……近藤浩二……ですか。その彼が西宮と顔見知りと聞きましたが、今回の事件とどう絡んでくるんですか?」
須川が有村にずっと聞きたかった事柄だ。今回の事件は、二十年前の『幼女誘拐殺害犯』に人生を狂わされた一人の刑事が犯人なのだ。
――動機はある。
本日午後、西宮巡査部長の横浜市の自宅に戸部警部が出向いた。その警部から連絡があった。西宮は神奈川県警本部で売春の取締をしながら、その情報を横浜市内を拠点とする犯罪組織に流していたのだ。
証拠はいくらでも出てきた。そして、売春組織に所属していた死んだ西原麻由美。西宮は彼女の両親を脅迫していた。金銭の受け渡しを拒まれて、二人も殺した。
そして、逃げ出した姉の真理亜とその男友達に罪をなすりつける為、資産家と学校の人間を殺した。
思えば単純な構図だ――そう感じた須川ではある。
西宮も、被害者の一人なのだ。
今は、高飛びしている頃合いだろうか? 外国だろうか?
長く考えていた有村は、椅子の向きを変えて腰掛ける。足を組んだ。そして話し出す。
「西宮は……十一年前の小松美弥子ちゃんの事件で、上司の近藤警部の息子『近藤浩二』に当たりを付けています。そして彼は、九年前の『横浜市港北区一家殺害事件』で犯行現場に居合わせた。その時、当時九歳の長女に性的暴行を加えます……」
真理亜の事だ。
「あの有村さん。その時、西原真理亜は犯人を目撃しなかったのですか?」
須川は尋ねていた。この事件の唯一の生き残りの彼女。九歳の少女だが、証言能力はあるはずだ。
「当時の彼女の証言は、重要機密として秘匿されています。何しろ真理亜は、死んだことにされていたのですからね。しかし、園城寺管理官の計らいで大抵の機密書類は見せて貰うことが可能でした。あ、須川さん……特別広域捜査班に所属時に、触れた機密情報を口外した場合は、首だけではすみませんよ」
有村は再び斬首の格好をし、両手を前に突き出して手錠を掛けられる格好をした。
「それは知っています……」
須川も戸部警部に脅されていた。懲戒免職の上、執行猶予もなく禁固刑を食らうと。
「真理亜は、自宅玄関で母親――実際には養母に当たりますが――横田沙織さんが『近藤浩二』に殺された時には、居合わせていなかった。恐らくは、リビングでテレビを見ていたのでしょう。犯行後の現場検証時にも、テレビが点いたままだったそうです。異変を感じて玄関に続く廊下に飛び出した真理亜は、床の血で足を滑らせた。後ろ向きに転んでしまい、気を失った。ですから、犯行時の『近藤浩二』の顔は見ていない。沙織さんは胸を刺された後に、首を掻き切られていました。その時に、大量に流れ出した血液が、廊下全体と玄関まで流れ落ちていたと聞きます」
沈痛な表情をした有村警部補は、教卓に置いてあったペットボトルの残りの水を一気に飲み干す。
「そんなに血が出ていたら、犯人の足跡や指紋が出てもおかしくないでしょう」
須川は、当然の疑問を有村にぶつける。
「現場の血痕は、全て綺麗に拭き取られていました。『近藤浩二』は潔癖症なのでしょうね。他の事件でも、遺体と一緒に殺害現場の血や痕跡を丹念に洗って隠しています。ですから、殺害の現場が長らく特定出来ていなかった。そしてこの時は、手袋を着用し横田家にあった雑巾とバケツとを使って廊下と玄関とを磨き上げている。その後長男を絞殺し、帰宅した横田星彦さんを玄関で滅多刺しにしています。ただし、男性の遺体には興味が無いようですね、そのまま放置しています。最後に、気絶した横田真理亜を刺殺しようとした時、西宮刑事に踏み込まれた」
有村はそう言って、空になったペットボトルを捻って潰し、新しいボトルのキャップを開けて一口飲む。そして、続ける。
「さて西宮ですが、彼は『近藤浩二』を――恐らくは――脅して事件現場に同行しています。八年前には“見上 朱里”ちゃんを殺させた後に、右手小指を切断してます。そして死後に、西宮は朱里ちゃんを陵辱している。避妊具を使ったのでしょう、被害者の体内からは何も発見されなかった。そして、近くの川で遺体を丹念に洗っている。その為、犯人達の指紋もDNA情報も出なかった」
有村は、椅子に深く座り直す。
「小指……ですか……」
西宮が切り取ったのだ……それをどうしたのかは、聞けないでいる須川だった。
「二十年前の『幼女誘拐殺害事件』の犠牲者の一人は、右手小指を切断され……その切断の場面も、それ以降の陵辱行為もビデオに収められていました。七年前の“上阪 留実”ちゃんが、多摩川の河川敷で殺されて遺棄された事件。この時は、少し様相が変わってきます。全裸で洗われて、死後に陵辱を受けていましたが、小指は切断されていなかったのです。この時は、西宮巡査部長は勤務中でした。ですが、単独行動中なので目撃者もなく、アリバイが立証できなかったのです。本人は他の場所に居たと証言していましたが、それを証明する術はない。この時も、『近藤浩二』に殺させたのは間違いないでしょう。勤務中の西宮には強姦する時間はあっても、指を切る暇はなかった」
有村はそう言って、しばし黙る。
「あ、重要な事を言い忘れていましたね。『近藤浩二』が通っていた高校は、私立大倉山学園です。『横浜市港北区一家殺害事件』で犠牲になった横田さん家族は、学園の近くの菅野絹子さん宅の隣に住んでいます」
「じゃあ!」
須川は目の前の机に手を付いて、有村に迫る。
「そう、多摩川河川敷も『近藤浩二』の行動範囲にある。学園の野球グラウンドが、多摩川の河川敷にあるのです。クラス対抗のソフトボール大会が、その場所で開催されて『近藤浩二』も参加しています。六年前に“鷹森 早苗”ちゃんが殺された場所。横浜市の海浜公園は『近藤浩二』が校外学習で訪れています」
腕を組み、目をつむる有村だった。考えを整理しているらしい。
「ふむ。高校生になった『近藤浩二』の犯行範囲は途端に狭くなった。そして、今回の一連の事件。犯人の行動範囲は小さく纏まっています」
そう言って立ち上がった有村警部補は、教室の隅にあるキャビネットの上でコーヒーを作り始めた。
「須川さんもどうです?」
卓上ケトルのスイッチを入れる。入っていた水が少ないのか直ぐに沸騰を始める。
彼女は自分のマグカップにスティック状のインスタントコーヒーを入れ、砂糖を四本加えた。甘いだろうな――須川はそう思った。有村の脳細胞が糖分を欲するのだ。
「イエ、僕はいいです……」
お湯が沸き、彼女はマグカップに注ぐ。その後に、ポーションミルクを三個ほど投入していた。コーヒーの香りが漂う。
「ふぅ……アチッ……でも、美味しい」
一口飲み、有村は再び話し出す。
「『近藤浩二』は、六年前の事件を最後に、一連の犯行を終えています。六年前、彼は十八歳でした。大学受験に失敗して浪人中……八月に幼女殺害事件を起こした同じ年の十月です。彼は両親と姉を殺害し、その後に警察署に自首しました。出頭ではなく自首です。そこが、肝心なのです。彼は緊急逮捕されて、裁判を受けて無期懲役になっています。本来は死刑もあったのですが、受験を苦にして悩んでいた……そして、自首が加味されて情状の処置でした」
彼女はマグカップに息を吹きかけ二口目を飲む。最初の一口目はさぞかし熱かったのだろう。
「じゃあ、園城寺管理官が持ってきた事件の資料……」
須川は、美味しそうにコーヒーを飲む有村を見つめていた。
「『東京板橋区警部一家殺害事件』の犯人が『近藤浩二』なのです。彼が逮捕されたので『連続幼女』事件は起こらなくなったに過ぎない。その為、警察の捜査の網は彼には掛からなかった。彼は『連続幼女殺害事件』で六名、『横浜市港北区一家殺害事件』で三名、そして、自分の家族を三名……計十二名を殺しています。日本の犯罪史上に残る連続殺人犯――『シリアルキラー』――なのです」
有村は再びコーヒーを飲む。
「さて、会いに出かけますか……」
飲みかけのマグカップを置いて、立ち上がる有村陽子だった。
「え? 誰に? 重要参考人の二人の高校生ですか? 彼らは今は、病院ですよ」
須川も立ち上がり尋ねる。
「いえ、『東拘』に向かいます。無期懲役の囚人に会うんです」
彼女は自分の荷物をまとめ始めた。
「え? 東京拘置所ですか? 無期懲役ならば『府刑』じゃないんですか?」
「府刑」とは府中刑務所の略である。無期とは刑の期間が決まっていないだけ、有期刑は基本、通常の刑務所に送られるのだ。
「小菅です。死刑執行確定者と同じ場所に収監されている『近藤浩二』に面会するんです」
部屋を出て行く有村に続く、須川だった。
◆◇◆
夏休みの思い出
つづき
一年四組 近藤 浩二
僕は、姉弟二人と一緒に学校までの道程を歩く。弟のすばる君と手を繋ぐ。彼の方の心を掴む事は出来た。しかし姉の真理亜は、依然警戒心を解こうとはしない。用心深い子だ。頭も良いし、勘も鋭い。
僕の心の中を読んでいるのかもしれない。
そんな彼女の顔が、恐怖に引きつる所を見たい。泣き叫ぶ姿を見てみたい。
心の中の黒い欲望が、熱を持って持ち上がってきた。
止められない! 誰にも止められない!
「えー? 夏休みなのに学校があるんだ!」
すばる君がそう言った。補習だけどね。
学園に到着した。
「じゃあね! すばる君! 真理亜ちゃん!」
校門をくぐる僕は、姉弟に手を振った。
「お兄ちゃんバイバイ!」
弟君はイイ子だな、手を振り返してくれる。姉の方は、僕を無視していた。
横を向き、動かない弟の背中を押している。
二人は自宅に戻って行った。僕は門柱の影に隠れて二人の行方を追う。登校する他の生徒に訝しげな目で見られているが、構ってはいられない。
二人は角を曲がる。
僕は尾行していた。
電柱の影。僕は自分の右手を見る。弟君がズボンのポケットに入れていたキーホルダー。それを抜き取っていた。姉弟の家の鍵だろう。ネームホルダーも付いていた。ご丁寧に名前と住所が記入してある。
僕は嬉しくなって、鍵を僕の学生鞄に押し込んだ。ヒューと口笛を吹く。
「バカね! もう……」
彼女達の家の前、姉が弟を叱っていた。鍵を無くしたことを責めているのだ。ゴメンネ弟君、君は悪くないんだ。
姉は自分の鍵を出し、玄関の扉を開ける。
二人は入って行った。
僕は扉に取り付き耳を当て、家の中の様子を伺う。
鍵が掛けられて、チェーンをセットする音が聞こえた。何て用心深いんだ。
でも、中から声が聞こえる。
「おかーさん! お肉買ってきたよ! おかーさん!」
すばる君の声。
「お母さんは今は、お父さんの仕事を手伝いに行ってるのよ。冷蔵庫に入れておきなさい」
真理亜ちゃんの声。
今は両親は不在なのだ。チャンス!
僕は、玄関横の郵便受けの名前を見る。
横田 星彦
沙織
真理亜
すばる
そうあった。四人家族だが、来客者の線も考えられる。おじいちゃん、おばあちゃんとかね。
僕はゆっくりと家の周囲を観察する。
この辺は、畑しかなかった。その中に、ポツンと並んで立つ二軒の家。
隣の大きな平屋建ての家は、この辺りの地主か何かなのだろう。大げさな玄関が威圧している。その上に成金趣味な表札が掲げられていた。
「菅野……かんの……?」
家の裏手に回る。二階建てのこぢんまりとした家だったが、細長い庭があった。そこに大きな木が生えている。何の木だ? 桜? 銀杏? 良くは知らない。知らないことは何も知らない僕。
大きな窓がある。レースのカーテンが閉めてあったので、中は見えない。この中に、あの子がいるのだ。
会いたい。会いたい。
幸い、犬などは居ない。来客者も居なそうだった。
時間はタップリとある。僕は、鞄の中の鍵を取り出して見る。キーホルダーに取り付けられた小さな鈴が、コロリと可愛い音を立てた。
玄関からの侵入はチェーンがあるから無理だな。
開いている窓は……。
一周回って、玄関に戻っていた。鍵が掛かっているか不明だが、二階の窓も全て閉まっていた。
どうやって入る?
鍵を拾ったって言って、弟君に入れて貰おう。
だが――
用心深い姉が開けさせるのか?
その時だった。
「よう!」
馴れ馴れしいソイツは、後ろから抱きついて来て僕の肩に手を回した。タバコ臭い息が不快だった。
「なんなんですか!」
僕は、ソイツの手を振り払う。
「久しぶりなのに、つれないなぁ~」
ソイツは、フケだらけの頭を掻きむしっていた。無精髭も生やしていた。全くもって不潔な人間だと思うよ。死ぬといいよ。
「ねぇ~近藤浩二くんは、こんな所で何してるのよ。お父さんにチクッちゃうよ」
再び抱きついて来たので、体を捻ってかわす。
「学校で補習があるんです!」
僕は口を尖らせながら、そう言った。
「補習を受ける人間が、ここに居ていいの?」
当然の質問だった。
「僕の勝手でしょ!」
横を向いた時だった。
「『連続幼女』……犯人はこうやって、ターゲットを定めるんだな……」
ボソリと言った。
僕は振り返り、ソイツの顔を睨みつける。
ソイツは笑っていた。下品に片方の口の端を引きつり、上げている。
悪魔の微笑みだ。
最下級の悪魔。
僕はソイツに取り憑かれてしまった。
最悪だ……最悪だ……。
「この鞄の中に……お、あったあった」
ソイツは僕の鞄を奪い取り、中から取りだしたのは――ケースに収められた――ナイフだった。
僕の宝物。
「へぇー大きいねぇ、切れ味も抜群そうだ」
ソイツはナイフの刃を見てそう言った。僕は褒められて嬉しくなった。
「コイツは僕が作ったんだ。凄いでしょ。研いだのも僕だよ」
「刺すのにも適している」
ソイツは、意味ありげな笑い顔を変えなかった。
「何だよ……何が言いたいんだ?」
僕の質問には答えなかった。
「近藤さんに、お願いがあるんだ。この家の人間を全員殺して欲しいと――とある方から頼まれてね。ヤバイ筋から、俺の方に話が回ってきちゃた。でも、俺は殺しはやらない主義なんだ。人殺しをしたら、地獄に落ちちゃうでしょ。だから、途方に暮れていたんだ……頼める人物を探していた」
ソイツは、僕の顔を舐め回すように見てきた。
「だから、何の事なんだ?」
「近藤さんに、横田家の一家四人全員を殺して欲しいんだ。別に何とも無いでしょ、既に三人も殺している『シリアルキラー』さん!」
そう言ってソイツは俺の肩を叩いてきた。
知ってる!
コイツは僕の秘密を知っている!
「女の子を殺した後に、俺に見せてくれないかな……。試しておきたいことがあるんだ。可愛い子だろ。この子なら出来そうな気がするんだ。色々とね……」
ソイツの顔は、吐き気を催すほどだった。
ソイツの名前は、西宮和也。
最低の男だ。
◆◇◆
――午後四時五十分。
東京都葛飾区小菅 東京拘置所 特別面会所。
男が入ってきた。灰色の作業服を着ている。
サンダルを引きずるように歩き、面倒くさそうに有村警部補の前の椅子に座った。
「何だよ、面会時間は過ぎてるだろ……」
男は、手錠で両手を繋がれたままの手で頭を掻く。正面に座る有村の目を決して見ようとはしなかった。
「刑務官の方は、ご退席願います。極秘の会話なので、録音も撮影もストップして下さい。警察庁特別広域捜査班・第一班・班長の権限を行使します」
正面の相手を見据えたまま彼女は言った。八人も居た法務事務官は何れも退室した。開かれたドアからは、彼女の部下の須川渉巡査部長が心配そうに見つめている。堅牢で重厚なドアが閉められた。その外にも扉と鉄格子がある。凄い警備だ。
今この場所には、男と彼女しか居ない。もっとも、二人の間には二十センチもの特殊樹脂が挟み込まれている。会話用に小さな穴がたくさん開けられていた。
須川は扉の外で待っている。一定の時間を経過したら、入って来る手筈になっている。面会時間は三十分。真っ暗な深海にダイブする。正に、地獄の深淵を覗く心境だ。これならば、人食い虎と一緒の檻のほうがまだ安心出来る――有村は思っていた。
「へぇー若いね。お姉さんは幾つなの?」
初めて目を合わせて来た。綺麗な目だ。そして綺麗な顔立ちだ。有村は魅入られそうになったと感じ、目線を落とす。
「二十三歳です」
「階級は?」
「警部補です」
「国家公務員第1種試験に合格したんだ?」
「はい」
「○大法学部卒?」
「ええ」
「頭良さそうだよね。卒業時は主席?」
「……あの、私から質問させて下さい」
最初から相手の思うままのペースだ。有村は自分を奮い立たせる。
「何?」
「あなたが、『連続幼女』殺害事件の犯人なのですね?」
有村の言葉に、近藤浩二は不思議だ――そんな表情で相手を見つめていた。
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