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事件報告書File.09「連続妖女」-1/2

   事件報告書File.09「連続妖女」



   ◆◇◆


「真理亜ちゃんて云うのか。いい名前だね」

 僕は言った。

「そんなことないよ……」

 彼女は赤くなっていたな。名前に対して、元々コンプレックスを持っているのかも知れない。聖母の名前……。

 彼女の名前を知って、僕は益々好きになった。


 恋。

 禁断の恋。

 実ることが決して無い恋。

 彼女の為なら何でも出来る。彼女を守るためなら何でもする。

「真理亜」

 僕はもう一度同じ言葉を口にする。

「やめて……」

 彼女は、いっそう顔を赤くしていた。


   ◆◇◆



 ――午後一時五十分。

 渡辺昴の自宅マンション「ウエスト・プレーリー綱島」前。


「大丈夫なの?」

 滑り台の下。不安そうな顔で、上にいるオレに声を掛ける真理亜だった。

 オレと真理亜は、振り出しに戻っている。

 事件の最初の現場に戻っていた。推理小説やドラマでもよくあるだろ「犯人は必ず現場に戻る!」――って、オレたちは犯人じゃねえ!

 マンション全景が望める南側公園のジャングルジムの上に立つオレだった。

「警官とかは居ないな」

 そう言って、滑り台を滑り降りる。


「二時、丁度?」

「そう」

 オレ達は用心しながら道路を横切る。マンションの南側のベランダのある方へ取り付いた。

「ヤッパリ、シーツは無いな」

 オレの自宅、二○一号室のベランダから垂れ下げていたシーツをつなぎ合わせて作った、急ごしらえの脱出用ロープは無くなっていた。

「大人しく、正面へ回ろう」

 俺が言うと真理亜は無言で頷いた。


 二時ジャストなのだ。

 何度か経験がある。マンション入り口直ぐそばの管理人室。そこに居る管理人の佐藤のおじいちゃんは、二時丁度にトイレに入る。

 オレは四つん這いになり管理人室の窓の下まで這っていく。

 音が聞こえてきた。付けっぱなしになっているテレビからは、時代劇のオープニング曲が流れている。その曲がお気に召さないのか、決まってトイレの時間になっている。

 普通は番組開始の十分前からは、宣伝番組が流されているのだが、一時五十分から二時まではミニコーナーがあるらしい。その女性レポーターがじいさんの好みなので、コーナー終了後、直ちにトイレに入ってしまう。

 オレはゆっくりと管理人室の内部を覗く。佐藤のじいさんは、案の定不在だった。オレは、道路の向かいの電柱に隠れていた真理亜を手招きする。


 二人はオートロックの扉に取り付いた。

 ――って、鍵がない! オレのポケットの中身は、すっからかんになっていた。

「これ」

 真理亜が自分のブレザーの左ポケットから取り出したのは、麻由美が持っていたキーホルダーに付いた鍵だ。鈴の音がする。

 直ぐさま鍵穴に差し込んだ。

 急いでマンション内部に入り込んで、エレベーターのスイッチを押す。都合良くカゴは一階にあった。

 真理亜は、迷わずに最上階のボタンを押す。

「え? 何で?」

「用心した方がイイわ。十二階に登って、それから階段を降りる」

 その後の二人は、無言で階数表示を見つめる。他の利用客は下に降りるだけだから、かち合わない可能性が高い。

 ドアが開いた。

 オレも最上階に来たのは始めてだった。

「ホラ! 眺めが良い!」

 最上階の廊下を真っ直ぐに進んで、真理亜は左手で外の景色を指さした。

 風が強いのか、彼女の髪の毛がたなびいている。

「こっち!」

 二人して非常階段を下る。


「大丈夫そう」

 真理亜が見渡していたのは三階の廊下だった。

 西宮刑事が語っていた援助交際の舞台となっていた部屋。三○一号室に真理亜は麻由美の持っていた鍵を差し込んだ。

「開いた」

 二人してゆっくりと踏む込む。幸い、内部には誰も居なかった。だが、用心は怠らない。

「何か違うな……」

 オレのこの部屋を見ての感想だった。

 真下にはオレの家がある。家全体の広さはオレの家と同じなのだが、色々とレイアウトが違っていた。

 廊下の位置は同じだが、細かく間仕切りがされている。小部屋に別れているのか、ドアが6枚も有る。

「昴、私さ……。シャワーを浴びたいの……」

 真理亜が恥ずかしそうに切り出した。

「あ、ああ。コッチがバスルームじゃないのかな?」

 オレは自分の家の感覚で指さしていた。真理亜が入って行く。

 まあ、水回りとかの配管は、各家庭もそんなに違いは無いと思ったのだ。

 彼女は一刻も早く、自分の体の穢れを落としたいはずだ。知らない家でシャワーを浴びるなんて……でも、止めることは出来なかった。

「そうだった。ノート……」

 彼女がこの場所に来ると言ったのには、真理亜の奪われてしまったノートの存在がある。何でこんな場所に……? 確かに不可解だ。だが、真理亜は確信していた。どこから自信が湧いてくる?

 オレはノートを探す事にした。


「何だこりゃ……」

 最初に入った部屋で、オレは当惑する。

 小さなベッドルームだった。セミダブルのベッドの横に床置きのハンガーラックがある。そこには色々な服……コスプレ衣装が並んでいた。少しすえた匂いがした。この部屋で行われていた行為は……。

麻由美の関わっていた組織から、内容を理解する。

 色々と部屋を見たが、彼女のノートは見つからない。まあ、そうだよね。

「ここはトイレかな?」

 オレは真理亜が入ったバスルームの隣のドアを開く。長細い部屋だった。暗い室内だった。

「何の部屋だ……?」

 室内を中央まで歩き、右側の壁を見た。一面にカーテンがある。左側の壁にはスイッチボックス。その時までは、部屋の明かりのスイッチだと思っていた。何の考えも無く押していた。

「え?」

 思わず声が出た。スイッチを押すとカーテンが自動で動く。その下に合ったのは鏡? いや……透明なガラスだった。隣室が見える。隣室はバスルーム。

 マジックミラーなのだ。

 思い出したのは、真理亜と泊まった横浜駅近くのラブホテルだった。あの時は、慌ててカーテンを閉じたが……。今回のオレは見入っていた。ガラスの向こうでシャワーを浴びる全裸の真理亜の姿があった。

 右手の手首から先には、ビニール袋が被せてある。小指の傷を濡らさない配慮だ。


 バスルームは一目で特殊だと理解する。やたらと広い。バスタブは透明な樹脂製だった。

 オレは慌てて、開いているドアを閉じていた。細長い部屋はより暗くなり、バスルームの真理亜の裸体がハッキリと見えて来る。

 真理亜の全身を舐め回すように見た。本物の女性の、一糸纏わぬ全裸姿を拝んだのは、子供の頃温泉の女風呂に母親と入ったとき以来だろうか……。

 シャワーを終えた彼女は、頭に巻いたタオルを取り、大きめの風呂イスに座る。鏡に近づいた為か、裸がより大きく見える。

 シャンプーで長い髪の毛を洗い出した。洗面器にお湯を張り、髪の毛を浸ける。そして、ゆっくりと丹念に左手一本で、もみ洗いを始めた。

 不思議とイヤらしい気持ちにはならなかった。彼女の穢された体が、清められていく。

 その為の儀式だ。厳かな印象。

 その時、シャンプーを洗い流す真理亜と目が合った気がした。


 三○一号室の一部屋。

 椅子に座り、部屋に備え付けのドライヤーで髪の毛を乾かす真理亜。

 この部屋は、至って淫靡さは感じない。テーブルと椅子が置いてある。女の子達の控え室なのかも知れない。

 真理亜は、元々着ていた服をもう一度着込む。この家にはコスプレ衣装など奇抜な服と共に、何処かの有名校の女子制服もたくさん置いてあった。

「着替えれば良かったのに……」

 オレの忠告にも関わらず、その件に関しては真理亜は無視を貫いていた。

「他人が着た服は、イヤなの」

 左手で、ドライヤーのスイッチを切る。

 真理亜がこちらを向いた。

「昴……私が体洗っている間、ずっと裸を見てたでしょう」

 冷たい目が向けられる。

「え? あの……」

 何も言えないでいた。バレていた。

「アレはマジックミラーじゃなくて、ただのガラスだったよ……」

 オレの顔が赤くなった。見ていた場面を見られていた。居たたまれない。

「ま、昴なら別に構わないんだけど……」

 そう言って恥ずかしげに横を向いた。構わないんだ。

「それよりもノートは無かったのよね。それに、アノ女の鞄も靴も無かった」

 オレは真理亜が麻由美のことを「アノ女」と呼んだときに、顔を見た。相変わらず肉親に対する愛情を感じなかった。そこまで憎む理由は何があるんだ?


「こんな場所は早く出ましょう。昴の家に入ってみましょう」

 真理亜が立ち上がった。

「いや、今度こそヤバイだろう。警察が待ち構えている」

 梨田樹里の手紙の内容を思い出す。警察はオレ達を追っている。オレの自宅の中で待ち構えていても不思議でない。

 マンションの周囲には警官の姿を確認出来なかった。一人も居なかった……何となく違和感。

「多分ね……」

 真理亜は呟いた。彼女はノートの奪還に心の中が支配されている。捕まることや、自分の体は二の次だ。


 ――ニ○一号室。


「ホラ、大丈夫じゃない!」

 オレは自宅に帰り着く。何日ブリだろうか?

 懐かしげにオレの部屋の中を歩く真理亜。

「昴のパンツ履きたい。ボクサーパンツだよね」

「え? さっきは他人の着た服は嫌だって……」

「昴は他人じゃないから」

 そう言って、部屋のあちこちを探していた。

「パンツはこれだよ」

 ベッドの下の衣装ケースから、ボクサーパンツを取り出して彼女に手渡した。

 一応、買ってから一度も履いていないヤツを選んだ。

「昴の匂いがする」

 真理亜はオレのパンツの匂いを嗅いでいた。

「するか! やめろ!」

 真理亜は、匂いを嗅いだパンツをオレの目の前で履き始めた。スカートの下はノーパンですからね。

 つーか、オレの目を凝視したまま履いている。

 何か……彼女の裸を見たときよりも、いやらしく思えて来た。若干の興奮を覚える。

「えへへ、装着完了!」

 パンツを履いた彼女は、ご丁寧にスカートまでめくってオレに見せて来た。

 女の子が男物のパンツ着用した姿は、何かエロいです。

 で、真理亜はボソボソと語り始める。

「色々と無くなっている。靴棚に入れた私の靴。ベッドの上の私の制服。ベッドの下のアノ女のパンツ……。昴の私物も無くなってるはずよ」

「え?」

 オレは自分の部屋をぐるりと見渡した。

 元々何も無い部屋だからな……。

「あ!」

 机を指さす。

「ノートパソコンが無い!」

 オレの部屋の中では一番高価な品物かな。……っと思い出し、机の引き出しを開ける。祖父に貰った古い腕時計はそのままあった。

「警察が押収したのよ……。ね、何かヤバイ内容が含まれているのかも……」

 オレは自分の胸に手を当てる。ヤバ、エッチな画像と動画をHDDに保存していたぞ。18禁どころじゃない! 無修正のご禁制の品だ。

「ああ……」

 頭を抱えるオレ。

「うーん……」

 そんなオレを無視して、少し考え込む真理亜だった。

「……潮時かな」

 真理亜は立ち上がり、オレに色々と指図をする。


 あ、そうそう。オレのリュックサックと財布は無事に見つかってました。ご報告までに。リュックは廃工場を出て直ぐの草むらに遺棄されていた。中身はそのままだった。真理亜の机のなかにあったお菓子も一緒に入っていた。

 その時は、真理亜の顔も気色ばんでいた。「ノート! ノート!」と叫んでいたが、リュックの中には無かったな。

 そんで、オレの財布。銀行のキャッシュカードと各種ポイントカードは無事だったが……少しの現金……小銭が抜かれていた。高校生の財布から120円盗むヤツはどうなのよ!

 で、家の中に置いてある現金を持ち出す。そんで、冷蔵庫にあった僅かばかりの食料――魚肉ソーセージ――もリュックに詰めた。

 炊飯器の中のご飯は……炊いて何日目だ? 開けて見る気力もなかった。そっとコンセントを抜いておく。


 ――その時。


「ピンポーン♪」

 部屋の呼び鈴が鳴った。あの時、麻由美が死んでいた場面を思い出す。彼女の顔が……思い浮かぶ。青白い顔……可哀相な子。

 オレ達は、事件の概要を朧気ながらしか掴んでいない。

 拾った新聞。

 社会面にはデカデカと真理亜の両親と麻由美の死が取り上げられていた。報道で目を疑ったのは、麻由美の遺体が見つかったのが、多摩川の河川敷であったと云うこと。

 しかも、バラバラにされて……。なんて酷いことなのだろうか……。


 でも一度は、それを実行しようとした人間が目の前に居る。

「なに? どうする? 出る? 出ないの?」

 真理亜が首を傾げて聞いてきた。

 訪問者は警察なのだろう。新聞にも載っていた。オレ達は事件の重要参考人として追われているのだ。

 覚悟を決めた。

「出るよ」

 オレはインターホンの受話器を取る。

「あの……渡辺君?」

 玄関先への訪問者は、意外な――意外すぎる――相手だった。


明日19時に、続きを更新します。

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