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事件報告書File.08「一過殺害」-2/2

   ◆◇◆


 ――午後二時二十分。

 横浜市港北区 私立大倉山学園 視聴覚教室。


 有村警部補は、先ほどからホワイトボードに貼られた無数の用紙と写真に注目していた。他の教室から運び込まれたホワイトボードも活用する。コレで六台目だ。

 教室端のコピー機で、有村に指示された書類をコピーする須川だった。書類は二十年前に起こった「幼女誘拐殺害事件」に関する資料だ。男の須川巡査部長でさえも目を背けたくなるような写真や記述ばかりだった。

「オイよ! 二人を追わなくていいのか?」

 一人手持ちぶさたな戸部警部が、キャスター付きの椅子に逆向きに座っている有村に声を掛ける。彼女は時々、椅子ごと床を移動して違うボードの前に停まる。

「ええ、網は張ってありますから、やがて向こうの方から掛かるでしょう。向こうが動く間は、コッチが動いちゃダメなんです」

 警部補はそう言って、自分の思考に戻る。

 逃走している二人の高校生の重要参考人の確保。須川は、彼女の指示通りに各所に伝達した。本当にコレで大丈夫なのだろうか? 少し、不安になる。

「ご苦労様です!」

 警備の制服警官の声で、教室内に居た連中が一斉に入り口に注目する。ホワイトボードを見つめる一人の人物を除くが……。

 警視庁刑事部捜査一課・第一特殊犯捜査・特殊犯捜査第1係・特命捜査対策室・特命捜査第5係・管理官・園城寺司警視が入ってきた。胸に古そうな茶封筒を抱えていた。

「有村君。この事件で本当に良いのか」

 園城寺警視が彼女に封筒を差し出す。有村警部補は、彼には向かずに手に取った。

「須川さん! コピーお願いします!」

 それを聞いた園城寺管理官は、大層驚いていた。須川が封筒を見ると、「極秘」と朱印が押されている。完全部外秘の品である。

「いいんですか?」

 先にコピーの終わった資料を彼女に手渡し、新たに封筒を受け取る須川巡査部長。

「言ったでしょう。私の権限は神奈川県警察本部長や、警視総監より上にあるのです」

 警察庁特別広域捜査班の班長のみに許された特権だ。

「伝家の宝刀か……」

 園城寺が呟く。確かに、この時点の有村班長は恐い物知らずだ。錦の御旗を振る官軍だ。


 須川は茶封筒に記された事件名を見る。「東京板橋区警部一家殺害事件」事件の起こった日付は六年前の十月だった。

 別の「一家殺害」事件だ――彼は思う。

 須川は書類封筒の紐を解く。出てきた書類をコピー機に載せ、読み取らせる。

 かなりの厚さがある。コピー機が自動で一枚ずつ取り込むので、紙詰まりでも無い限りは須川の仕事は無い。

「須川さん! 来て下さい!」

 新たなホワイトボードが運び込まれていた。関東圏の白地図が貼ってあった。

 有村は赤の油性マジックを取り出して、地図に点を打つ。今度は青いマジックで小さく丸を付けていく。青のマジックの下には数字を記入していた。年月日だった。

「これを見て、何か気が付きませんか?」

 有村警部補は少し頭を傾けて聞いてくる。純真な幼女のような口調だった。

「そうですね……」

 須川は一歩引いて、白地図の全体を眺める。

「赤い点は、ほぼ一箇所に集中しています。青い丸は適当に散らばっている。コチラには法則性はありませんね。東京二十三区を中心としても、バラバラです」

 彼は素直な感想を述べた。

「そうです! 正解!」

 有村は、青いマジックで須川を指した。

「そしてこれが……」

 黒のマジックを取り出して、バツ印を付ける。東京二十三区内の北西部の辺りだ。

「赤い点は今回起こった事件の場所です。横浜市港北区のこの学校を中心として、川崎市中原区と、一番離れていても東京都大田区です。狭い範囲に集中しています」

「田園調布……」

 須川は呟く。

「そして青い丸は、十二年前から起こった一連の『連続幼女殺害事件』と『横浜市港北区一家殺害事件』の場所です。これで、敢えて空白の地区と云えばバツの付けられた場所。東京都板橋区なのです」

「ピピ!」

 有村が言った後に、コピー機が仕事が終わったと主張する。

「あ、須川さん。コピーされた書類をこちらへ。原本は、園城寺管理官に速やかに返却をお願いします」

 須川は彼女の指示通り動き、まずは重要機密書類を園城寺に返す。管理官は封筒を抱えて有村の講義に聴き入っていた。戸部警部も注目している。田園調布署に一旦寄った、古田警部も加わっていた。

 講義を受ける須川に、椅子に逆向きに座る有村教官から、次々と質問が浴びせられる。

「須川さんは、日付を見て何か気が付きませんか?」

「そうですね。七月下旬から、八月中ですね。学校が夏休みの期間でしょうか……」

 それを聞いて有村が頷く。

「では何故、夏休みに集中しているのでしょうか?」

「うーん。犠牲になった少女達は、学校のない期間は自宅周辺で遊んでいますし、薄着だったりする。変質者の目につきやすくなる……でしょうか?」

 有村は首を傾ける。須川の返答に納得してないのだ。

「最初に犠牲になった鈴木梨花ちゃんは、夏休みの学校のプール帰りに行方不明になっています。二人目の小松美弥子ちゃんは、両親に内緒で親戚の家に行こうとしています。三人目の大久保環ちゃんは、家出を匂わせる手紙を残して自分で電車に乗っています。確かに、被害者も能動的に動いています。夏休みは女の子を開放的に変えますからね」

 そういうものか? 須川はそんな一面を一切感じさせない有村を見る。彼女の開放的な面などあるのだろうか?

 有村は椅子を回転させて白地図に向き直す。青いペンで、中心点の黒いバツ印からそれぞれ青い丸に線を引いた。彼女は、指に油性ペンのインクが付いたのか、ソッチの方を気にしていた。

「さて、この場合は逆に考えます。犯人が広範囲にわたって動けたのは、時間的な制約が無いからなのですね。曜日もバラバラですし、自由な時間がタップリとある……」

「じゃあ……」

 須川は唾を飲む。園城寺も戸部も古田も、彼女の言葉に聞き入っていた。

「犯人は学生……」

 戸部が低い声で言った。

「正解!」

 有村は青いペンで戸部を指さした。

「被害者の少女達も、所詮『女』なのです。同じ声を掛けられても、戸部さんのように歳が離れて恐い顔の人には付いてなんぞ行きません。反対に年齢が近くて……そう、須川さんのようにイケメンだと、心を許してしまうんです。それが『女』のサガなのです」

 有村は熱く語る。彼女に「イケメン」と言われて、顔を赤くする須川だった。

「ほう……」

 園城寺が感心した声を出す。須川の「イケメン」の件ではない。彼女が指摘した、幼女達を安心させて、連れ回すことが出来る犯人像。それは、捜査報告書の捜査本部の見解には無かった内容だ。

「で、肝心なのは九年前です。この時は『連続幼女殺害事件』は起きなかったと、当時の捜査本部は考えた。そうですよね、園城寺管理官」

 園城寺警視は答えずに、頷いただけだった。

「これが、九年前の西原……いえ、当時は横田真理亜でしたね。その写真です」

 A4サイズに、大きく拡大コピーされた顔写真だった。カラーコピーだ。ホワイトボードにマグネットで貼り付ける。

 可愛いな――正直な、須川の感想だった。

「犯人にも、選り好みがあるようです。目が大きくて、多少下ぶくれがちな――狸顔たぬきがお――ですか? 年齢よりも幼く見える、可愛らしい女の子。髪の毛もサラサラです」

 バン! とボードを叩く警部補。

「恐らくは、犯人は九年前に横田真理亜と行き当たった。彼女は抜群に頭が良いです! 現に彼女は、予備校が主催した『全国統一模擬試験』を西原麻由美に変装して受けた時、トップになっています。文字通り、高校三年生の春の時点で全国トップの成績なのです。だから、賢くて用心深い彼女を、犯人は連れ出すことが出来なかった。しかし、しかしです。犯人が『シリアルキラー』だとすれば、殺人の衝動を抑えられない! 押さえきれるワケない! 目的の少女の周囲に、家族が居ようが居まいがお構いなしに凶行に及んだのです!」

 熱く語る有村。

「しかし、彼女は西宮に強姦されていた。これをどう説明する?」

 冷たく園城寺が言い放つ。

「はい。西宮巡査部長は、十四年前には神奈川県警に移動しています。この時に尽力したのは、埼玉県警に所属していた時の直属の上司、“近藤こんどう 明夫あきお”警部です。近藤警部は、西宮が結婚した時に、仲人までしています」 

 近藤警部の名前を聞いて、園城寺管理官の顔色が変わった。

 近藤警部――彼が、どう関わってくるのだろうか? 須川は有村の声に耳を傾ける。

「そして、西宮巡査部長は『連続幼女殺害事件』の二番目の事件。小松こまつ 美弥子みやこちゃん殺害事件の捜査に参加しています。当時は、厚木警察署への応援に駆り出され、美弥子ちゃんの足取りを追うために、聞き込み捜査を担当しています。その時に、西宮は真犯人に当たりを付けた……これは、あくまでも私の仮説です」

「仮説なのか……」

 園城寺が小声で言った。

 有村は長い髪の毛を掻き上げて、かぶりを振る。

「ええ、ですから証拠を集めている最中です。場合によっては、犯人に直接問いただしたいと思っている!」

「は、犯人ですか? 何の?」

 須川は少し間抜けな声を出す。

「だから、先ほどから言っている『連続幼女殺害事件』と『横浜市港北区一家殺害事件』の犯人ですよ」

 少し苛つきながら、有村が言った。皆は彼女に注目する。

「に、西宮は?」

 両方の事件の現場で、DNA情報が検出された西宮和也巡査部長は、どう関わってくるのだろうか? それが分からず須川は声に出してしまっていた。

「西宮は……そうですね。某小説風に言えば、彼方の岸を覗いてしまって、彼方の岸へと渡ってしまった人物。彼岸に留まった彼は、我々とは違ってしまった人間。彼は、『真犯人』とはなり得ない人間。精々、亡くなった人を食らう亡者……餓鬼道の少財餓鬼に成り下がった……元人間」

 有村の言葉を聞き、須川は自らの膝を叩く。

「西宮は、二十年前の『幼女誘拐殺害事件』での被害者少女達のビデオテープを見てしまっていた!」

 そう興奮して言った、須川の方を向く一同。

 有村は構わず続ける。

「私の仮説では、西宮と『真犯人』……ここで言う『真犯人』とは『連続幼女殺害事件』での殺害実行犯の事です。二人は顔見知りなのですよ」

「顔見知り?」

 有村の言葉に、強く反応する園城寺管理官であった。

「ええ、顔見知りです。『真犯人』は西宮の元上司、近藤明夫警部の息子“近藤こんどう 浩二こうじ”です!」

 有村は椅子から立ち上がり言った。勢い付けて立ち上がったため。キャスター付きの椅子は教室の端の方まで行って、倒れてしまっていた。



   ◆◇◆


 夏休みの思い出 


 一年四組 近藤 浩二


 さて、どこから語ろうか。高校に無事進学した僕は、人生最初の苦難に当たってしまった。

 中学では勉強もせずに、試験では学年トップだった僕。当然、周囲の期待は高まる。両親と親戚。特に刑事の父親は、高校卒業から叩き上げて警部にまでなった苦労人だった。

 ○大法学部に進み、国家公務員1種試験に合格してキャリア官僚となり、警察庁のエリートコースを進む。父親の夢は僕の大きな負担になってしまった。

 神奈川県の有名私立高校への進学は、○大法学部へ最短距離の道筋。そんな夢物語を聞かされて、板橋から横浜へ長い道のりを電車で通う僕だった。

 苦痛でしかない。成績も思うようには伸びなくて、両親・教師・進学塾の講師から毎日のように責められる僕。

 最後まで僕の味方だった祖父は、祖母の後を追う様に、昨年の冬に亡くなった。

 放任主義で育てられた姉は、この春から女子大に通っていて我が世の春を謳歌している。所詮はFランクの人間なのに。

 僕は違う。僕は違うと思っていた。選ばれた人間だと最後まで信じていた。


 父も母も立派な人物だと思っている。でも、小学校四年の時に目撃した父の行為は、何としても許せない。

 それ以降は、大人の女性が穢らわしく感じられて、今でも同年代の女性は苦手なのだ。だから、こんな風な人間が形成されたのだろう。


 夏休みの補習。

 昼過ぎの時間帯。いつもの様に駅に降りた僕は、学校へと向かう道を歩いていた。

 その時、天使を見た。仲良く手を繋いで歩いてる小学生の男女。

 その女の子の方を、一目見て恋をした。彼女と近づきたい。仲良くなりたい。いったい、どうすれば良いのだろうか?

 これこそが、人生最初の難問なのだ。


 この時、とある本に書いてあった文章を思い出す。


 一つ! 人は、リスクを恐れていてはダメなのです。進んでリスクを取り、起こった問題を解決していきましょう。自分一人で解決に導けない場合には、上司・同僚・友人・家族の協力を仰ぐのです。こうして作られる人脈と対人交渉術が、将来のアナタの生活にも役立つのです。

 これが『問題解決能力』なのです。問題を事前に回避しているばかりでは、仕事を始めとする人生のスキルは上昇しません! 


 今年の春に、知り合いの刑事から貰った本に書かれていた文章。父親が埼玉県警に勤めていたときの部下だった。名前は確か、西宮和也とか言っていた。

 いけ好かないそいつの話だと、十一年前に起こった事件の犯人が書いた本だそうだ。

 殺人犯の本なんて嫌だったけど、呼んでみて引き込まれる。内容は自己啓発に関する記述だった。

 でも所々で、論理破綻を起こしている。頭の良い狂人。高学歴のサイコパスの書いた本だとの印象を持った。


 『問題解決能力』で、僕の初恋を成就したいと思った。


 これも、同じく本にあった文言。


 二つ! 人は、自分の利点・長所を他者に広くアピールしなければなりません。その為にも営業する力を身につけましょう。企業の営業担当だけが必要な能力ではありません。恋愛にも応用できるのです。好きな人に自分と付き合えばどんな良いことが有るのかを『営業力』を持ってして訴えなければなりません。


 『問題解決能力』と『営業力』は一見かけ離れているように思えます。しかし、表裏一体の存在なのです。自分の魅力を『営業力』を持って多数の人間に訴えた場合、問題が発生する場合があります。これらを自分の持つ『問題解決能力』で解消していくのです。

 『営業力』で、僕の魅力をアピールして彼女と仲良くなるのだ。


 駅を降りてすぐの商店街の肉屋。男の子の方は、女の子をお姉ちゃんと呼んでいた。姉弟なのだろうが、二人は似ていない感じだったが。

 僕は、その女の子に声を掛ける。

「君たち! お父さん、お母さんのお遣いなの? 偉いね」

「うん。ボクたちは、お母さんに頼まれて夕飯のカレーのお肉を買いに来たの!」

 弟の方が答えた。

 しかし、姉には無視される。弟に早く家に帰るようにと急かしていた。僕を見る目が警戒心に満ちている。彼女の心を開かせないとね。

「コロッケでも食べる? おごってあげるよ!」

 僕が言うと、

「何で、見ず知らずの他人のあなたに、おごって貰わなければならないのですか?」

 厳しくしっかりとした口調で、僕に言ってきた。

 これまでの、どの女の子よりも手強いなと感じた。

「え! コロッケ食べていいの!」

 弟の方が、拍手をして喜んでいた。

 僕は、肉屋のおばちゃんから揚げたてのコロッケを三個買う。高校生の身では痛い出費だけれども、彼女に対する投資だと自分に納得をさせる。

「お姉ちゃん! 美味しいよ!」

 とってもイイ笑顔を姉に向けていた。

「い、頂きます」

 先に弟の方が、半分食べてしまったので、断る理由が見つからないのだろう。彼女は僕に断ってから、小さくコロッケに噛みつく。歯形が残っていた。可愛いと思った。


「僕の名前は、近藤浩二って言うんだ。私立大倉山学園の一年生だよ」

「制服を見れば分かります」

 彼女は、そう言って横を向いた。まあ近所では有名校だからね。でも、彼女がこの近くに住んでいる証明になった。

「君の名前は?」

 僕は飛びっ切りの笑顔で尋ねた。第一印象はこれでバッチリのはずだ。そのためか、学校では女子には人気が有る。でも、仲良くなって二人きりで話すと、みんな離れて行ってしまう。やっぱり女の子は小学六年生までだよね。

「ボク! すばる! 太○小学校の三年生!」

 弟の方が答えていた。違うんだ、お姉ちゃんの名前が知りたいんだ。

「ダメでしょ!」

 姉は小声で弟を叱っていた。その時、彼女と目が合った。

「君の名前は?」

 彼女の目を真正面から見つめる。もう一度尋ねる。

 彼女は恥ずかしそうにして、一旦目を下げた。

「よ、横田真理亜です……」

 小声でそう言った。


不定期更新です。更新時間は19時を予定。

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