事件報告書File.08「一過殺害」-1/2
事件報告書File.08「一過殺害」
夏休みの思い出
三年C組 近藤 浩二
今年は少し様子が違っていた。おばあちゃんがこの春に亡くなったので、お小遣いをくれる人はいなくなってしまった。
中学生だと、アルバイトも出来ないからね。
とりあえず海が見たかった。人間、十四年も生きてると、色々と嫌なことがあるからね。ストレスは発散しないと大変な事になる。
今回はヒッチハイクだ。テレビで見たのを、見よう見まねだ。大きな道路に出て、親指を立てて待つ。行き先は運次第だ。止まったのは大きなトラックしかなかった。トラックはキライだけど、しょうがない。
でも、運転していたおじさんは、とっても親切だった。
お昼ご飯をご馳走になった。ファミレスでハンバーグとエビフライのランチセットだ。ドリンクバーで何度もおかわりをする。おじさんは、カレーライスの大盛りと、トンカツ定食を食べていた。カツカレーを二つ食べれば良いのにと思う。
途中に寄ったコンビニでは、ソフトクリームを買ってくれた。その時は何故か、フランクフルト・ソーセージも食べさせようとしていた。
僕は、お腹がいっぱいだからと断ったんだ。おじさんは携帯電話のカメラで写真を撮ろうとしたけど、絶対に撮らせなかった。
海が見えて来て、僕が喜ぶと、おじさんは僕の手や足を触ってきた。気持ちが悪くなったので、途中で降ろしてと頼んだ。
海岸沿いの、つぶれてしまった観光ホテルの廃墟。おじさんは、二階のトイレの個室に僕を押し込もうとした。
僕は抵抗する。必死になる。リュックに入っていたナイフを突きつけて、やっとの思いで逃げ出した。今回のナイフは大ぶりだ。日本刀の職人が丹精込めて作った、逸品だそうだ。
今年もらったお年玉で買った。お父さんとお母さんは呆れていた。お姉ちゃんは何も言わない。アノ女はいつもそうだ。ムカツクんだ。いつか殺す。
砂浜を散歩する。ここはいったいどこなのだろうか? 道路の青い看板に犬吠埼と書いてあった。なんだ、千葉県か! ここは九十九里浜なんだ。始めて来た。嬉しくなってしまった。
砂浜を歩いていたら女の子に出会った。
まだ、小学生みたいだから話してみる。小学生の女の子とは話しやすいな。
お盆も過ぎて、海水浴客はいなかった。沖に堤防があって、波も穏やかだからサーファーもいない。
二人きりで海を見て話す。
彼女の名前は、大久保 環ちゃん。九歳の小学四年生。髪の毛が少し茶色かかっているおかっぱの女の子。眼鏡をしていたけど、外した方が可愛いよと言ったら、慌てて外していた。僕が眼鏡をあずかる。
お父さんに叱られて、一人で電車に乗ってここまで来たそうだ。
でも、話を聞いて笑ってしまった。
家出といっても、二駅しか乗っていないジャン!
そこを指摘したら、口を尖らせて怒っていたな。そこが可愛いと思ったんだ。
トイレに行きたいというので、途方に暮れる。男みたいに、その辺でするワケにはいかないもんね。環ちゃんも立派なレディーだからね。
もと来た道を引き返して、ホテルの廃墟に出た。そこのトイレに環ちゃんを連れて行く。
彼女がオシッコしてる間、外で待つ。
そしたら、環ちゃんが僕を呼んできたんだ。
何かあったのかな。
心配して中をのぞくと、環ちゃんが裸でいた。
服を着るように言ったのに、僕の言うことを聞かなかった。
僕に裸の体を触って欲しいと言った彼女は、泣いていた。
彼女のお父さんは、本当のお父さんじゃないと告白された。僕に言われてもね、困るよ。お父さんに裸を触られるのがイヤで家出をしたんだって。
僕になら触らせてあげると言ったけど、僕はそんなつもりはなかった。
さっきの、あのおじさんの顔が浮かんできた。僕のことを、あのおじさんと一緒にしたんだ!
無性に腹が立った!
一緒にするな!
叫んだ僕は、リュックから取り出したナイフで彼女のお腹を刺す。でも、その時の彼女の顔が忘れられないな。今までの女の子たちは恐怖に引きつった顔だったのに、彼女はとっても寂しそうな顔をしていた。
僕のことを、哀れむような目で見ていた。
そんな目で見るな!
動かなくなった環ちゃんは、開いた目でずっと僕を見ていた。
僕は手で、彼女の目を閉じさせてやる。
トイレは水が出るので、彼女の身体を洗ってあげる。掃除用のホースがあったから、それで洗う。それから、彼女に服を着せてあげた。
女の子が裸だと、はしたないからね。これで立派なレディーだ。
ホテルのフロントの場所に、大きな旅行バッグがあった。車輪がついてて、大きな荷物も運べるんだ。
環ちゃんを中に入れて、運ぶ。さっき二人で話した場所まで運んでいく。すっかり日が暮れていた。
環ちゃんをバッグの外に出す。
夕陽が海に沈むのを、二人で見ようと思ったけど、太陽が沈んだのは陸地の方だった。そうだった。あっちは太平洋だ。
彼女を一人置いて僕は帰る。
彼女が持っていた財布には、お金が一杯入っていたからね。海沿いの道を歩いていたらタクシーが通ったので、手をあげて止める。
初めて一人でタクシーに乗ったよ。
タクシーのトランクに、環ちゃんを運んだ旅行バッグを乗せる。タクシーの女性の運転手さんは手伝ってくれた。一番近い駅まで送ってもらう。
千円札を一枚出して、釣りはいらないよ! 格好良く言った。タクシーのおばさんは笑っていたな。お釣りは二十円だもの。
家までは電車で帰る。旅行バッグが邪魔だったので、網棚に乗せてそのままにする。
リュックサックを出してお菓子を食べた。環ちゃんの眼鏡が入っていたので電車の窓から捨てた。
今年の夏の、とってもいい思い出になった。
来年は高校生かあ。
どんな夏休みを過ごせるだろうか?
楽しみと不安とが、ない交ぜだ。
◆◇◆
――午前七時十分。
横浜市港北区 廃工場。
夜が明けたのか、工場の中がよく見える。見渡せる。高いところにある窓から、朝日が差し込んでいた。
オレは眠ってしまったらしい。いや、気を失っていたのか? 体中が痛かった。そして、今は何時なのかが全く分からない。
そうだ……真理亜だ。
横向きになっていたオレは、首を上げて彼女を捜す。
彼女の姿が見えない! 椅子には誰も座っていないのだ。木製の頑丈な椅子が、映画で見た処刑用の電気椅子に見えて来た。
「真理亜! 真理亜!」
慌てて、彼女の名前を呼ぶ。
「なに?」
直ぐ後ろから声がした。
「え?」
オレは、驚いて後ろを見る。首を無理して曲げて見る。真理亜は黒いダウンのベンチコートを着させられていた。
「待ってて、今はロープを解いてる途中だから」
真理亜の暖かい鼻息が、オレの手首辺りに掛かっている。彼女は歯で、オレの手首を拘束している縄を解こうとしているのだ。
五月とは云え、朝はまだまだ寒い。制服姿のオレは寒さに震える。コンクリートの上に直接寝かされているからな。
「真理亜、傷は大丈夫なのか?」
答えなかった。大丈夫なワケは無い。それは承知している。
「刑事と、あの男達はどこに行った?」
「知らない……」
短く言って、作業に戻る彼女だった。
「真理亜も縛られているのか?」
「うん」
時々、彼女の歯がオレの手首に触れる。必死に解こうとしているのが分かる。
「真理亜、もういいよ。オレが君の縄を解いてやる」
「いい……ほら……」
手首を締め付けていた縄のテンションが緩くなった。オレは手首を動かして、縄を解く。
両手が自由になると後は楽だった。自分で体と足首に巻かれた縄を引き剥がす。
ようやく、立ち上がれるようになった。
「真理亜、君の縄を解くよ」
真理亜を抱き上げて、立たせてやる。
オレは彼女が着させられているベンチコートを脱がそうとした。袖の部分には手が入っていない。縛られた上に着せられているのだ。
「イヤ!」
真理亜からの激しい拒絶だった。
「ど、どうして……」
オレは右手を差し伸べる。その手を避ける彼女だった。
「昴には見られたくない!」
そこでやっと、彼女の身に何が起こったのか理解をする。
「オレは、耐える。耐えてみせる。もう、無理しなくていいよ……真理亜」
彼女の肩をポンと優しく叩く。
「うん……ありがと……」
真理亜はそう言って涙を流した。
オレは、コートの前のファスナーをゆっくりと降ろす。真理亜は裸だった。彼女の大きな胸が見えた。
所々に痣や擦り傷が見える。
「うう……」
途中までファスナーを降ろしたところで、オレは耐えきれなくなり涙を流す。でも、彼女との約束を破るわけにはいかない。覚悟を決めて一気に開ける。
下腹部の横一文字の傷跡。その下……。
どうしても目が行ってしまった。彼女の股間から、血液の筋が太ももを伝い足元まで繋がっていた。決して経血ではないだろう。今はすっかりと乾いている。
「後ろ、向いて……」
オレは、それだけを言う。
「うん」
真理亜は軽く頷いて背中を向けた。コートを脱がす。
細くて小さな背中だった。か細い肩だった。
後ろ手に縛られていた彼女の手首のロープを解く。彼女の右手の傷跡には包帯が巻いてあった。西宮刑事の仕業だろうか? 応急処置がされている。
足首のロープも解いて、彼女を束縛から解放する。
オレは後ろから、彼女の裸の肩を抱きしめていた。
「警察に行こう。いや病院が先だな……治療しないと……」
彼女の受けた痛み、暴力を思うと、再び涙が出てくる。
オレは脱がしたコートを拾い上げ、彼女の肩に掛ける。
「昴……下着とか制服とか、その辺に転がってるから拾って……」
彼女が左手で指さした方を探す。制服はすぐ見つかったが、下着は破られて――ただの布きれになっていた。
その場所には、コンクリートの床の上の土埃に、乱れた跡がある。
血痕もあった。胸が悪くなった。
彼女の制服の汚れを叩く。
「着させてあげようか……」
白いシャツを渡す。袖に腕を通すのを手伝ってやった。右手はやはり痛そうだった。
ボタンを留めてやる。大きく迫り出した胸の部分は苦労した。
「ありがと……」
そう言って、彼女は左手で下腹部を押さえた。
「ごめんね……昴。私、必死に抵抗したけど、アノ男達にレ○プされちゃった……」
ハッキリと言い切った。彼女の身の上に起こった事実を、明るい笑顔で語る。こちらが居たたまれない。
「真理亜が謝ることじゃ無いよ……」
オレは無力だった。何も出来なかった。彼女が酷い目にあわされている時に、意識を失っていたのだった。
悔恨の思いだけが、心の中を支配する。
「昴の為の純潔を守れなかった……」
純潔って……。オレの為って……。
彼女はスカートをはいていた。
オレは制服のブレザーを着せてやる。肩にコートを掛けてやる。
「病院に行こう……まずは真理亜の体の傷を癒すことが先決だ……」
胸ポケットに入れていた携帯電話を取り出そうとした。
「無い……」
まあそうだわな。ボディチェックされていて携帯電話も、財布も抜かれていた。リュックも見当たらない。あいた! 通帳に印鑑と、家の権利書も入ってるんだぞ!
「電話?」
真理亜も左手で、自分の……いや麻由美のブレザーをまさぐる。彼女も無いようだ。
「外に出てみよう」
オレはそう言って、工場のドアを示す。
「うん」
彼女は、今回は大人しくしてくれそうだ。
「大丈夫そうだ」
ドアを少しだけ開けて、外を伺う。昨夜は分からなかったが、住宅街のど真ん中に工場が建っている。家々はどれも新しいから、工場のあった周囲に、家の方が後からやって来た形なのだ。
その後は、騒音やら匂いやらで工場の方が立ち行かなくなったのだな。そんなことを推察する。
「おトイレ行ってくる……」
真理亜が指さした先。工場とは独立した場所に、公衆トイレのような小さな建物がある。入り口のドアには青と赤のおなじみのピクトグラムがあった。酷く汚れてはいるが……。
彼女がトイレでしたいことは、小用以外の事だと理解出来る。
水は出るのだろうか? 電気は点灯していた。
西宮刑事が、アジトにしていたぐらいだから大丈夫だろう。
「昴!」
真理亜が呼んでいた。汚いのは我慢して貰うしかない。それか、近くの民家で借りようか。
「どうした?」
無言で指さした先。
トイレは、入り口付近に男子用の小便器があった。その奧に個室がある。個室ドアにはトイレを示す男女のマークがあった。男女兼用だ。
「ほら……」
真理亜がドアを押さえていた手を離す。ひとりでに開いてきた。
和式用の便器の上。
西宮刑事の手下の、不良外国人の二人が折り重なるように仰向けに倒れていた。
「死んでる……」
二人共、胸に小さな丸い穴が開いている。拳銃で撃たれたのだ。
「ざまみろ……」
そう言った真理亜の顔は、笑っているように見えた。
◆◇◆
――午後一時五十分。
横浜市港北区 廃工場。
既に、大がかりな規制線が敷かれていた。大勢の野次馬が周囲を取り囲んでいる。
マスコミも数社が駆け付けて、大騒ぎになっていた。
ここ最近、二三日の内に立て続けに起こっている殺人事件の数々。
一向に解決に導けない警察へと、怒りが向いている。
「す、すみません!」
須川渉巡査部長は人垣をかき分け、上司の警察庁特別広域捜査班・第一班班長・有村陽子警部補の通れる道を確保しようとする。しかし、無理だった。
その後ろを、神奈川県警・中原警察署・捜査一課長の戸部裕が続く。強面の顔で、群衆を威圧する。あっという間に道が出来た。
「すみません。通ります」
有村が進む。工場の敷地入り口を固めていた四人の制服警官が、規制線の黄色いテープを上げた。有村だけがくぐれるようにする。須川と戸部も続く。
「ココですか」
須川は、遺体の運び出されてしまった工場従業員用のトイレの中を見る。
有村の判断を仰ごうと思ったが、彼女は工場の建物内に入ろうとしている。
「有限会社 木島製作所」ドアの横に看板が出ていた。須川も有村の後に続く。
「西原真理亜と渡辺昴がこの場所に監禁されていたのですね」
有村は、後から入ってきた戸部警部に確認をする。
「ああ、二人の壊された携帯電話が見つかっている。破られた下着は真理亜の物だろ。指を切断した時の血痕も見つかった。だが、二人の身柄は確保できていない」
戸部はそう言い、髪の毛のない頭を掻く。
「全く、この子達は……。動き回っている先で事件が起こる。これで七人目。誰かの監視下にあると考えるべき……。危うすぎる……。網を張るか……」
有村は、工場の中央部分に置かれた、椅子の下の血の跡をしゃがみ込んで見ていた。
思いついた事を、ブツブツと脈略無く呟いている。
「須川さん!」
呼ばれたので、ドア付近に立っていた彼は彼女の元に向かう。
「学校に戻ります! この場所には何も無い……」
急に立ち上がる。
「外国人二人は、拳銃で撃たれている。心臓を一発ずつ貫かれていた。少なくとも、素人の仕業ではないな。高校生には無理な話だろ。近所の住人が、二発の銃声らしき音を聞いたのが、朝の六時半頃だ」
戸部は、須川に近づき言った。
誘拐犯に拉致されていた二人は逃げ出した。殺された外国人が、誘拐と脅迫の犯人なのだろうか――須川は思案する。
「西宮巡査部長の行方は、分からないのですよね?」
有村は戸部に確認をする。
「ああ、古田から連絡があった。『西原トラベル』本社に居たのは午前十時までは確認されている。休憩すると出て行ったきり、戻って来なかったそうだ」
戸部は無意識にタバコを口にくわえていた。
「現場検証中ですよ」
注意したのは須川の方だった。
「くわえているだけだよ……」
戸部はフィルター部分を強く噛む。
「銃声が聞こえたのは朝六時半頃……。撃ったのは西宮。脅迫状が届いたのが七時……。投函したのは昨夜。品川に現れたのが八時半。時間は合う……」
再び、自分の思考に没頭する有村陽子警部補だった。
明日19時に、続きを更新します。