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事件報告書File.07「怪楽殺人」-2/2

   ◆◇◆


 ――前日、午後八時五十分。

 横浜市港北区 私立大倉山学園。


 オレと真理亜は、学校の生徒用の下駄箱前にいた。学校から逃げ出してずっと上履きのままだったのだ。ようやく自分達の靴に履き替える。オレは真理亜の父親の革靴に、真理亜は俺の母親の靴に……。

 何だ、自分達の存在は、ずっとボタンの掛け違いのままなのだ。

「昴、コレ!」

 真理亜が見せて来たのは、四つ折りにされた紙だった。彼女の下駄箱の中に入っていた。

 オレは開いて読む。

「ノートを預かっています。この場所に保管しています」

 副会長の長谷川幸介に届いた手紙と、同じような味気ないワープロの文字。そして、地図が印刷されていた。指定された場所は学校とオレの家との中間の地点に位置している。読み取るに、どこかの工場のようだ。


 ――学園の敷地外。


 地図を見ながら真理亜は歩く。そういえば方向音痴だった彼女。地図の読めない女の子なのだろうか?

 四つ角に差し掛かり、彼女は地図と道ばたに掲げられた案内図とを見比べている。長考に入っていた。手に持った地図の天地をクルクル回している。普通は北が上だと思うよ。

 その隙に、オレはクラスメイトの梨田樹里に貰った手紙を開く。真理亜に背中を向け、外灯の明かりで文面を確認する。

 彼女の手紙は手書きの可愛らしい文字が並んでいた。


「昼間、警察の人に色々と聞かれました。その時に思ったのは、西原真理亜を信用してはいけないという事。警察に自首して下さい。そして、西原さんから一刻も早く離れるのです。渡辺君がこの手紙を読んでくれていることを切に願います。 梨田樹里」


 オレは暫く考える。真理亜を信用するな……でも……。


「昴! アッチよ!」

 真理亜は指さして、そちらの方向に進む。



「ここは……」

 オレは鉄の匂いのするこの場所に慎重に入って行く。携帯電話の照明で前に進む。

「用心してよ……でも、変なヤツが現れたら、私が退治してやるから!」

 オレの後ろを進む真理亜は、右の正拳突きをやって見せた。

「真理亜は格闘技とかやってたの?」

 振り返って聞く。

「うん! 空手と合気道を習っていたわ。敵が来たらチョチョイノチョイよ!」

 ここは、廃工場のようである。錆びた工作機械が並んでいた。鉄錆びとオイルの匂いが強くなる。

 この工場の入り口ドアは開いたままだった。罠かも知れない――そう思った時。

「明かりのスイッチね」

 真理亜は、壁にあったスイッチボックスのレバーを倒す。

 工場の天井からぶら下がっていた白熱電球が点灯する。少しオレンジ色の強い光だった。コンクリートの床には油が流れて染みになっていた。オレは中央に歩み寄って入り口付近の彼女を見る。

「真理亜!」

 入り口ドアから、二人の人物が現れた。両方共に男だった。見覚えのない顔。アジア系の外国人に見える。

 二人は真理亜に襲いかかる。オレは瞬時に倒される男達の姿を想像していた。

 しかし、実際の状況は変わっていた。

 真理亜の前蹴りをかわした一人の男が、彼女の右足首を掴む。

「キャ!」

 小さな悲鳴を挙げた真理亜が床に叩き付けられた。

「ま……!」

 彼女の名前を叫ぼうとした時に、後頭部に衝撃を感じた。もう一人の男に殴られたのだ。

 殴られて気絶するのは始めてだった。頭に痛みは感じないな……そんなことを考えていたら意識を失った。



 気が付くと、激しい痛みを頭に感じた。勘弁してよ……そうだった! 目を開く。目玉を動かせるだけ動かして、周囲の状況を把握する。

 オレは体中を縛り上げられていた。手も足も動かせない。場所は廃工場のままだ。仰向けに床に寝かされている。白熱電球の照明さえも眩しく感じていた。

「真理亜……」

 聞いたこともないような、しわがれた男の声だった。オレの口から発せられていた事にやっと気がつく。

「昴! 気がついた! 良かった! 良かった!」

 オレは真理亜の声が聞こえた方向に体を向ける。芋虫の様に無様に体を移動させていた。

「ま、真理亜、君は無事なのか?」

 彼女の姿が見えない。慌てて首を起こす。

「昴……」

 椅子に座らされた彼女の姿が見えた。下着姿だった。白いブラジャーとパンツだけのあられもない姿だった。コチラ側に向けられている。

 後ろ手に両手を縛られているようだ。足首も拘束されている。

 椅子は木製の頑丈そうなタイプだった。女の子の力では動かせない。ビクともしないだろう。

 両脇には男が立っていた。先ほどオレ達を襲った連中だ。一見して堅気の連中では無い事が分かる。黒いタンクトップからのぞいている筋肉質の二の腕。そこには黒い入れ墨がしてあった。

 二人は、ニヤニヤ笑いながら真理亜を見ている。彼らのよこしまな考えを推察して胸が悪くなる。

 どうにかしなければ……真理亜を助けなければ……。

 正義のヒーローならば、ここで華麗に縄から抜け出して、敵をバッタバッタと倒していく! 

 ……そんな事は夢物語なのだろう。どうせ二人共殺されるのなら、せめて痛くないようにしてくれと願う。

 オレはあきらめの境地で、目を瞑る。

 さて、ここらで自分の人生を振り返ろうかと思う。どこから振り返ろうか? 鮮明に覚えているのは、幼稚園の年少組。四歳ぐらいの時に、う○ち漏らした事かな……。一緒に遊んでいた女の子は一斉に離れていく。ああ、それがトラウマになっていたのだ。それ以降は女の子が苦手になる。それが原因で、高校二年の今の今まで彼女が出来なかったのか……納得してしまった。

 今際いまわきわに、自分の隠しておきたい傷口に塩を塗りたくってしまっていた。たっぷりと、すり込んでしまっていた。

 ところで、「真理亜」はオレの人生の中で「彼女」にカウントして良い物やら。悩ましいところだ。


 目を開く。


 状況は、一切変わっていない。一ミリも変わっていない。いや、時間が経過した分、悪化の一途を辿っているのは確かだな。

 せめて、真理亜の受ける暴力の何パーセントかを、オレの方に引き受けておくか……。

「オイ! チャ○ナ野郎! 聞いてるのか! イ○ポ野郎! ニホンゴ解りますか? ワン○ータン!!」

 寝転んだまま叫ぶ。精一杯の虚勢を張っていた。

 オレは思いつく限りの罵倒の言葉を述べようとしたが、少ししか思い浮かばなかった。これがオレの浅はかさだ。浅知恵だ。

 しかし、男の一人がオレに近づいて来た。勢い付けて、足を振り上げていた。腹部を思い切り蹴り飛ばされる。

「ぐふぅ!」

 液体がオレの胃の腑からせり上がって来た。苦酸っぱい味だった。昨晩、菅野のお婆ちゃんの家でご馳走になった食事は、消化済みらしい。

 ところで、今は何時なんだ? 時間を知りたい。

「昴!」

 彼女が叫ぶと、オレにもう一回蹴りが加えられる。

「やめろ! やめろ! 蹴るんなら、代わりに私を蹴ろ!」

 いや、それじゃ意味が無いから……オレが、彼女に対して出来るせめてもの行為。ヤバ、また意識が遠くなる。


「涙ぐましい二人の愛だねえー。純愛だねえー」

 パチパチと手を叩きながら現れた男。聞き覚えのある声だった。オレの背中の方向、工場の入り口から声が聞こえた。

「お前は!」

 真理亜が、驚いた顔で相手の顔を見つめていた。

「か、神奈川県警の西宮刑事か!」

 オレは寝転んだまま叫んだ。

「ハイ、ちょっくらゴメンよ……」

 西宮和也巡査部長はそう言って、オレの体を跨いでから真理亜の目の前に立った。


「警察が何で! 全部、お前が殺したのか! お前が、真犯人なのか!」

 真理亜が叫んだ。

「うーん……」

 西宮は、ボサボサの頭を掻く。暫く頭を洗っていない……否、風呂にも入っていないのだろう。頭に貼り付いた脂ぎった髪の毛は、天然パーマなのか軽くカールしていた。

「何故黙る!」

 好戦的すぎる真理亜の態度だと思った。

「いやぁー、俺は殺しはやらない主義なんだ。でもね、妹さんは仕方無く殺そうと思ったんだが、逃げられた。で、渡辺さん……。君と遭遇した。君の家の上の階、三○一号室は何の部屋だと思うかい?」

 西宮刑事はオレの方に歩み寄って、しゃがんで話しかけて来た。

「まさか……援助交際の……?」

 西宮はニヤリと下品な笑いを浮かべた。

「そ、そ、そ。西原麻由美生徒会長様は、とってもとっても人気者でね。俺もたんまり稼がせて貰ったよ」

「稼ぐ?」

 オレは思わず声に出していた。

「うんうん。ま、横浜界隈の売春組織は、俺が仕切ってるのよ。そんで、警察の取締最高責任者も俺。自分で自分を逮捕するワケにはいかないだろ。組織の方も、俺を丁重にもてなしてくれていてだな。その時に、稼ぎ頭のあの子が辞めたいと突然に言ってきたんだ。理由を聞いて笑っちゃったよ。好きな男の子が出来たんだって……そいつに告白されたんだって……」

 オレは頭に一気に血が昇った。西原麻由美もオレの事を好きになってくれていたのだ。それなのに、それなのに……殺された! 怒りの感情が湧く。

「なのに、あの子は……サーカスの芸人なの? 三階のベランダから二階の家のベランダに器用に逃げ込むんだもなぁー」

 そう言って、西宮はもう一度頭を掻く。酷く面倒くさく語っている姿に、猛烈に怒りの感情が向く。麻由美は上の階から、オレの家の中に逃げ込んだのだ。だから、彼女のカバンと靴が無かったのか。

「お前が殺したのか!」

 オレは激高し、叫んでいた。オレの家の中に助けを求めて逃げ込んで、殺されてしまった。悔やまれる。オレがもう少し早く帰って来ていれば。悔やんでも悔やみきれない。

「いや、だから殺していないと言ってるでしょ。君はアホの子ですか!」

 西宮は、オレの髪の毛を右手でムンズと掴み、コンクリートの床に何度も叩き付けてきた。だが、不思議と痛みは無かった。怒りの感情の方が勝っている。

「やめて!」

 真理亜が叫んだときだった。西宮は立ち上がり、彼女の方に向いた。

「ホントそっくりさんですね。妹さんの代わりでも務めて貰おうかと思ったら、次々と事件でしょ。そろそろ俺も、やばくなるんですよ。だから、君には俺の目くらましになって貰うよ」

 そう言った、西宮が取り出したのは副会長の長谷川幸介が持っていたナイフだった。ケースから取り出して刃こぼれしてないか、丁寧に眺めていた。真理亜が奪ったナイフを彼が強奪したのだ。

「手が痛かったでしょ……コイツらは加減を知らないのでね」

 西宮は、二人の不良外国人をそれぞれ見た。そして、ナイフを使い彼女の手首を拘束している縄を切る。

 両手を体の前に回して手首を見る真理亜。きつく縛られて、血の巡りが悪くなっていたのか、両手首から先は青く変色していた。

ワン!」

 西宮が叫ぶ。男の一人が頷いて、工場の端の方へ歩いて行く。彼の名前を呼んだのだろう。

 男が抱えてきたのは鉄製の台だった。重そうなソレを軽々と運んできた。

 真理亜の目の前に置く。

「なに?」

 真理亜が、西宮の顔を見上げる。

「いやね。彼らは、俺の忠実なる番犬でね。実に優秀で、実に残酷だ。組織の邪魔になった人間は、簡単に始末してくれて助かっている。オイ! ヤン! 女の体を押さえてろ!」

 もう一人の男が、真理亜の左手を彼女の背中に回して押さえつける。

ワン……」

 西宮は、ナイフを渡しながら彼の耳元で何かを囁いた。

 ワンと呼ばれた男は、満面の笑みで真理亜の鼻先にナイフを突きつける。

「なにするの……」

 怯えた真理亜が体を引くが、後ろの男に阻まれる。

「ハァー」

 ワンは緩やかに息を吐いて、真理亜の右手首を左手で掴み、台の上に叩き付ける。

「痛い!」

 真理亜が言っているにも関わらず、固く握りしめた手を何度も鉄の台に叩き付けていた。

「やめて!」

 真理亜が涙声を出した時だった。台上で真理亜の右手のひらが広がる。

「あ!」

 オレが叫んだときだった。

「――いぎゃあ!!」

 真理亜が絶叫する。

 その後から、ゴトリと嫌な音がした。

「――すぅすぅすぅ」

 彼女は、絶叫した分を取り戻すように、激しく息を吸い込んでいた。

 真理亜は歯を食いしばって痛みに耐えていた。大きな目からは涙が流れ出ている。

「はいはい。良く我慢出来ました」

 西宮は少しも顔色も変えずに、内ポケットから取り出した白い手袋をはめていく。

 そして、台の上に乗っていた――彼女の――「小指」をつまみ上げる。

「うう……」

 男達が真理亜の両手を自由にする。彼女は小さく丸まって、左手で傷口を押さえていた。彼女の指の間から、ボタボタと血が床にこぼれ落ちる。


 オレは何も言えなかった。「彼女」が傷つけられてしまった。

 真理亜は、体を一層縮めて小声で泣き出していた。

 オレも一緒に泣いていた。悔しかったんだ。悔しいんだ。



   ◆◇◆


 夏休みの思い出 


 二年A組 近藤 浩二


 今回の旅行は、おばあちゃんに貰ったお小遣いで電車に乗る。新宿から特急に乗って本厚木で降りた。赤い電車がとっても格好良くて、一人旅の最初から興奮をする。

 その時に、駅前のバス停に居た女の子に声を掛けられた。彼女は親戚の家に向かうのに、乗るバスが分からなくて迷っていたのだ。

 僕に聞かれてもね。

 始めて来た場所だから、知らないと言って断ろうと思っていた。

 でも、髪の毛がサラサラの可愛い女の子だったし、困っている姿が可哀相だったので、知っているフリをして二人でバスに乗った。

 湖行きのバスだった。適当に乗ったけど成功だったと思う。

 リュックの中の、お母さんに買ってもらったお菓子を差し出すと、喜んで食べてくれた。僕も嬉しくなってきた。

 彼女の事が知りたくなって、話をする。

 “小松こまつ 美弥子みやこ”ちゃんは七歳の小学三年生。小さいのにおじさんおばさんの家まで、一人で出かけたと聞いた。すごい偉いと思った。

 それを褒めてあげると凄く照れていて、とっても可愛かったよ。

 小さい体を気にしていた。早生まれは苦労するよね。僕もそうだったからと言ったら、彼女も納得していた。

 バスは進む。山の奥の方へ進む。

 すると急に心配になってきたのか、美弥子ちゃんは僕に尋ねてくる。

 僕が二人で湖を見に行こうと言うと、美弥子ちゃんは嫌がってバスから降りようとした。


 急に、美弥子ちゃんが嫌いになった。


 せっかく僕が、バス代を出してあげると言ったのに。

泣き出しそうになる彼女を、必死になだめる僕だった。だけど、面倒くさくなった。どうでもよくなった。

 美弥子ちゃんは、山道の途中のバス停で降りてしまった。

 僕は、バスの窓から彼女を見る。一人寂しそうにしていた。僕は可哀相だと思った。

 バスは湖に着く。とっても良い景色だった。美弥子ちゃんに見せたいと思った。

 歩く。今度は歩く。山道を歩いて行く。

 美弥子ちゃんは、降りたバス停の場所にいた。そのままの場所にいた。帰りのバスが来るのを待っていたんだ。

 僕は嬉しくなり声を掛けた。

 でも、無視された。

 無性に腹が立った。せっかく湖を見せようと思ったのに。それだけなのに。

 僕は彼女の手を引いて、山の中に入る。嫌がって泣くのもお構いなしだ。

 山の上に登れば、湖が見えるからね。

 どうしても泣き止まない彼女がイヤになった。僕はリュックサックにしまっていたナイフを取り出して美弥子ちゃんに見せる。

 今日持ってきたナイフは、おじいちゃんの手伝いをして貰ったお金で買ったピカピカの新品だ。映画の中で○○○が使っていたのと同じだ。

 彼女は逃げ出した。必死になって逃げ出した。

 僕は追いかける。美弥子ちゃんを追いかける。

 こんなに楽しい鬼ごっこは始めてだった。彼女は途中で靴が脱げて、転んでしまう。

 楽しい鬼ごっこは終わってしまった。

 僕はナイフを美弥子ちゃんに突き立てる。胸を何度も刺す。口から吐き出した血が泡になって僕の服にかかってしまった。胸を刺すのはダメだな。反省をする。

 僕の服もナイフも血で汚れてしまった。

 小さな川で洗う。綺麗な水だったので美弥子ちゃんの体も洗ってあげる。

 小さな彼女の身体を肩に担ぐ。中学二年生になってから、身長が急激に伸びた僕。

 やっぱり美弥子ちゃんを湖に連れて行ってあげよう。

 船の繋がれている桟橋の上に彼女を寝かせる。美弥子ちゃんはニッコリと笑っているように見えた。


 僕は満足した。

 彼女の恐怖に歪む顔が忘れられない。

 早く家に帰ろう。

 彼女を刺した感触を思い出して○○○をするんだ。



不定期更新です。更新時間は19時を予定。

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