9、ラスボスを倒せばボーナスあり
「マリアンヌ、君に愛の歌を捧げよう」
「マリアンヌ様を気やすく呼ぶな!」
「恋人同士のやりとりに敬称なんて無粋というもの」
吟遊詩人と恋人になったつもりはないが、他にもつっこむべきことが多すぎてどうでもよくなる。
「まぁ、邪魔者が一人増えたところで俺様はたいしたことないけどな」
私の命令を聞くしかない悪魔は吟遊詩人を攻撃することはできない。だが、それ以外は自由で私の耳元に唇を寄せて無駄な色気を振りまきまくってくれている。これも止めろと命令したいが残念ながら力不足だ。
「これは、悪魔にすら愛された娘が紆余曲折ありながら吟遊詩人と真実の愛を見つけるまでの話です」
いつの間にか始まった弾き語りを無視して、私は天を仰ぐ。
「あぁ~可憐なる薄紅色のバラの花。誰もが手折りたくて仕方がない。けれどその清廉な身に触れられるのは、たった一人真実の愛を告げる者~」
恥ずかしい歌が耳に流れ込んできて、私は頭を抱える。これがこの場だけでなく、街などで披露されたら私はショックで寝込む自信がある。
「愛よりも良いものがある」
「我らドラゴンの愛は人より深い」
「僕だって負けない!」
「マリアンヌ様を守るだけです」
歌に対抗したいのか、みんなが一斉にまた主張を始める。
「美しくない……言葉はもっと丁寧に紡ぐべきですよ」
手元の楽器を掻き鳴らし、吟遊詩人は髪をかきあげる。繊細そうな細く白い指と中性的な顔立ちから黙っていれば女性にも見えそうだ。それなのに、ここに集まった異常な存在たちに堂々と物を言う。
「怖いもの知らず……」
私だったら速攻で逃げ出すのにと呟くが、吟遊詩人の歌は終わることがない。私は、仕方がないので無理に割って入る。このまま勝手に愉快な仲間たちになられても困る。
「ねぇ、あなたはどうしてここに来たの?」
暗に用事があるならさっさと去れという意味で告げたのだが、注目されたのは違う部分だった。
「あなた……それもいいけれど、テオと呼んでくれた方があなたの声がもっと甘く聞こえる」
「テオは話を聞かない人種ね……私の質問に何も答えないなんて」
「そう! その小さな愛らしい口で名を紡いでくれる。それこそ至上の喜びだ」
自分の喋りたいことだけ喋るテオと意思の疎通を図るのは難しいようだ。それにしても、いつまでも続く美辞麗句には呆れてしまう。
「おっと、ここに来た理由でしたね」
どうやら、少しは話を聞いているようだ。私は呆れた顔を戻して頷く。
「マリアンヌに会うための運命だよ!」
こいつは頭に花を咲かせているのだろう。そうじゃなければ許せない。
「むっ……中々言うな。でも僕は幼友達という強みがある」
「堅いだけよりは楽しめるかもしれないな。まぁ、俺様には適わないけどな」
「乙女は運命、即ち我らこそ運命に導かれた」
「……堅いとは俺のことか……。……俺は最も長くマリアンヌ様といる。運命なんかよりも強固な絆がある」
「みんな譲れないようだね」
吟遊詩人テオのおかげで、みんなが運命なんかを語り出し、頭に花を咲かせてしまった。
こんな運命、私が可哀想なだけだ! 絶対にこれが運命なんて認めない。
「これが運命なら神も仏もないよ……」
思わず出た呟きは愚痴に近い。だってそもそも仏という概念がこの世界にはない。そして、こちらの世界で唯一の神と崇められている神は私にとって馴染み深いものではないからだ。
一応、幼い頃には神殿へ行ったり神について学んだりしたが私は前世の記憶がある分この世界の神に馴染めなかった。
まぁ、だからといって困ったことはなかった。それは、信心深い人はもちろん多いが、それを強制するような文化でなかったからだ。というわけで、私は神を信じていない。
「だって神がいるなら、なんとかしてくれるよね? この状況だよ!」
私は周囲わ見渡して肩を落とす。これをどう収めるべきか、正直見当もつかない。
「助けを求めるか? 異世界の魂を持つ者よ」
「はっ?」
どこかから聞こえてきた声に、私はキョロキョロするけれど周りには相変わらずな男たちしかいない。
「助けを求めるか?」
再び声が聞こえて、私は幻聴ではないと確信する。そして、怪しさは満点だが藁にも縋る気持ちで頷いてしまった。
「ならば、招待しよう! 神の国へ」
「きゃっ――――」
さっき悪魔に抱えられて飛んだのと比べものにならないくらいの勢いで私は天高く飛び立った。
地上ではみんなが私の方を見て騒いでいるが、誰一人追ってくることはかなわなかった。
「ようこそ、神の国へ」
私の前にはギリシャ彫刻のような彫の深い顔に鍛え上げられた筋肉を布で申し訳程度に隠した男がいた。ちなみに髪型もギリシャ彫刻のようなくるくるパーマだ。
「あなたが私をここに?」
「そうだ。神の力を持ってして助けてやってもよいぞ」
私は神を信じていないと言ったが、悪魔がいるのだから何もつっこむ気はない。
「助けてくれるなら早く助けてください。そしてなぜ私は神の国に呼ばれたのですか?」
「神を見ても動じない……中々よい器をしている。さすが異世界の魂を持っているだけある。とても美しい」
うっとりとした目で見つめられて私はたじろぐ。神だと言う男の目はそれだけ妖しかった。
「助けてくれなくてもいいです。私を地上に戻して!」
「そんな! せっかく異世界の魂を持つ者を招待できたのに。まだここに……いや、いつまででも――」
「ここでも――! もう嫌」
私はありったけの力で叫んだ。
「どうして嫌がる? どうして異世界の魂を持つ者は神殿にこない? こんなに私が望んでいるのに!」
神様は異世界人が好みらしい……が、そんなことは私の知ったことではない。
「そりゃ、いきなり元あった自分の常識を塗り替えろっていうのは無理な話でしょう。そんなに神殿に来て欲しいなら記憶を消さなきゃ」
「記憶を消してしまえば、この世界の魂に変わってしまう。それでは、せっかく美しい魂と交換した意味がなくなる!」
「交換?」
何やら聞き捨てならない言葉を聞いてしまった。だが、神はまったくうろたえずむしろ自慢気に詳細を語ってくれる。
「異世界の神と交流して、魂を交換する。神と言えどそれぞれ好みがあるからな。異世界の魂は美しく、それは世界に実体化してもまた同じ。あちらの世界では平凡だった魂が光輝くのだ!」
「私の平凡を返せ――!」
勝手におもちゃみたいに魂を交換するのは許せないし、何より私から平凡を奪った罪は重い。
「嬉しくないのか?」
「嬉しいわけない! 周りはどんどんおかしくなるし……私は人並みの幸せで十分なのに」
感情が高ぶって涙声になりながらも、私は一生懸命反論する。
「そうか……そうなのか」
すっかりと元気をなくしてしまった神が身体を小さくしている。そんな姿を見ると責めにくい。
「ま、まぁ過ぎたことは仕方がないし……とりあえず私の周りのおかしな状態を収めてよ」
「わかった。責任をとる。行こう」
神は私の手を取ると、さっきと同じ勢いで地上へと降りて行った。
「私はこの世界の神……そして今はこの娘、マリアンヌを庇護するものでもある。争いは認めない、だが皆が引けないのもわかる。だから、それぞれの主張を聞く場を設けよう。ちなみに私も主張する」
「なんで神まで主張するのよ! 助けてくれると見せかけて私をさらなる困難に突き落とすつもりね!」
突然現れた神と名乗る男と私に、誰もが驚いている。
「私は異世界の魂を愛してやまないと説明しただろう?」
「そ、それなら私じゃなくてもいいよ! レイラもいるわ!」
「レイラ?」
私は自分の平穏のために友人を売った。だって不公平じゃん、同じ境遇なのに私が神の生け贄なんて!
「そう、私と同じ転生者よ」
ちなみに異世界とか転生とかいう単語が飛びかっているが、誰一人聞いちゃいないので助かる。みんな、そうやってもう少し呆然としていてね。
「ほぉ、では会ってみよう。では、行くぞ」
私たちは神の力でドラゴンを倒せとせっついた国の王宮まで一瞬でたどり着いた。