8、異世界で恋=吊り橋効果
ただいま目の前では壮絶な争いが繰り広げられています。
「悪魔のくせに中々やるな」
「それはこっちのセリフだ、ドラゴン」
このまま友情をはぐくむのかとも思われる会話だが、お互いの攻撃は激化している。
「巻き込まれる前に逃げなきゃ……」
茫然と人外の戦いを見つめるカミーユとアロン王子の袖を引っ張り、私は下山の道を顎で示す。そうすれば、二人も我に返って頷き返してくれる。
「どこへいく?」
「……動物の勘って嫌よ」
少し動いただけなの、ドラゴンから待ったがかかる。背中に目でも付いているのかと疑いたくなる。
「つがいのことはよくわかるようになっている」
「それなら、俺様だって召喚主のことは何でもわかるぜ!」
変なところで張り合われても私は肩を落とすだけだ。
どうやら私は逃げられない運命らしい。でもそうすると、悪魔とドラゴンのどちらかに捕まってしまうことになる。
「あっー、面倒になってきた」
戦いに飽きたのは悪魔だった。とりあえず悪魔にはお帰り頂いて、ドラゴンはなんとか退治する方法がいいだろうか。
私がこれからのことを考えていると、身体がふわりと浮き上がる感覚に襲われる。
「欲しいものは、我慢せずにすぐ手に入れる」
脇の下に手を入れられて抱えられているため、悪魔の顔が近い。
褐色の肌に闇色の髪をなびかせる姿はさすが人外というような魔性の魅力がある。偉そうな態度もまた魅力なのかもしれない。まぁ、私は惚れないけどね。
「ちょっと、無事に地面に降ろして放しなさいよ」
今すぐ放せとは絶対に言わない。言葉通り空中で落とされてスカイダイビングなんてごめんだ。
「どうして俺様が言うことを聞かなきゃいけない?」
「私はあんたのものじゃないからよ」
「そうだな、だからこれから俺様のものにする」
「いーやー、お断りー!」
妖しげなコメントに私は身を捩る。
「暴れるな……さて、どこへ行こうか?」
「どこも行かないわ、戻りなさい! これは命令よ!」
小瓶から呼び出したものは従えることができるはず。私はありったけの気力と威厳を込めて命令する。
「ちっ……命令か。俺様を従えさせるのには相当の力が必要なのに……しかたがねぇな」
うん、すごく疲れた。身体中が重くて力が出ない。でもその代わりに悪魔に連れ去られるピンチからは逃れられそうだ。
「大丈夫ですか、マリアンヌ様。離れてください、今始末しますから」
「お前ばっかりいい格好するな! 僕だって」
「我を出し抜こうとは生意気な」
「へぇ、やる気? 戦っちゃいけないとは言われてないしね」
あぁ、段々と私の周りがおかしくなっていく……。
「もう……私のことなんて放っておいてよ。そして、世の中のヒロインを目指す女の子のところへ行って欲しい」
私が切実な願いを漏らすと、間髪入れずに反論が返ってくる。
「俺が護衛するのはマリアンヌ様だけです」
「どこぞの令嬢なんてうるさいだけだ」
「我の乙女はそなただけだ」
嫌われるより、好かれる方がいいに決まっているとか言うけど限度がある。
「ふーん。みんなこの美味しそうなのを好――」
「あっ――――」
口に出されて現実を直視することができない私は大声で止めに入る。
だけど、悪魔はそれを違うように解釈したらしい。
「そうだよね、所詮恋だの愛だのなんてまやかし。それよりももっといいこと教えてあげるよ」
とろけるような甘い声で悪魔は私に囁いてくる。
「ひゃっ……っん」
ぞわぞわっとしたものが背中を駆け巡る。
悪魔は満足そうに私の反応を見ているが、これはいいことなんかじゃない、まったくない。
「な、なんてことを……すぐこちらへ」
「それは僕の役目だ!」
「我とて自信はある」
みんなの言葉に私は涙が出そうだ。
助けてくれようとしているのに、隙あらばさらなるピンチを作り出そうとしているようにも感じる。
この前までのフラグがほのぼのしていたと思えるようになった。
あぁっ、胸がドキドキする。あれこれは恋?
「……そんなわけな――――い!」
叫んだ私に注目が集まるが、誰も自分の主張を曲げる気はないらしい。
「悪魔が与える快楽に勝てると思っているのか?」
「マリアンヌ様、その危険な輩を命に懸けても始末します」
「悪魔なんかに人の悦びがわかるのか? 僕は王子だ、すべてを与えられる」
「乙女が欲するなら、我が国の一つ二つ手に入れよう」
みんながそれぞれ勝手なことを言うのは変わらない。
「これはこれは、何かお取り込み中のようですね」
ピリピリした雰囲気を呑気な声が壊してくる。
「誰だ、お前は?」
「今、忙しいのだ。どこかへ行っていろ」
誰とも言わず乱入者に冷たい声がかけられる。
「私はさすらいの吟遊詩人、あなたたちの邪魔をするつもりはありませんのでどうぞ続けてください」
空気を読まない感じで、自称吟遊詩人はみんなから冷たい視線を向けられる。
「あれ、どうしたのです? 先ほどの続きをどうぞ。それにしても、悪魔にドラゴン、騎士なんてすごいな」
「王子を忘れるな!」
「なんと! 王子ですか」
大げさに驚いてみせる吟遊詩人にペースを奪われて、言い争いな一時中断となる。
「興が削がれた」
悪魔がやる気をなくしてくれた。これは思わぬ収穫だ。
「そうでしょ、そうでしょ。さぁ、帰ろう」
「ですが、マリアンヌ様。王との約束は?」
「あっ……」
色々とインパクトの強いものが出現してきていて、隣国の王のことをすっかり忘れていた。
「そういえば、この国の王が結婚式の準備をすると言っているようですよ」
「げっ」
吟遊詩人から与えられた情報に私は顔をひきつらせる。
ドラゴンの鱗は目の前にあるし、頼めば貰えるかもしれない。だが、その代償を想像するととても頼むことはできない。
「それにしても、これだけの者たちを魅了するのがこの少女とは……確かに愛らしいが……」
私が悩んでいるというのに、吟遊詩人は観察するようにじっと見つめてくる。
だが、幸いなことにおかしなフラグは立っていない。
「マリアンヌ様に失礼な口をきくな」
カミーユが睨んでも、吟遊詩人は動じない。
「美しいものは見慣れているものですから、失礼」
涼しい顔で言ってのける吟遊詩人に私は少し感動する。ようやくまともな人に出会った気がする。
「なぁ、俺様は興が削がれたと言ったが引くとは言っていないぜ。それなのにいつまでも勝手に話して……」
「我も同じだ」
悪魔とドラゴンが結託したかのように吟遊詩人を睨み付けている。完全に機嫌を損ねてしまったらしい。
「まずはこれからやるか」
「それから悪魔を退治してやろう」
殺気を感じた私は叫ぶ。ようやく見つけたまともな人を私のせいで殺すわけにはいかない。
「やめなさ――い!」
ようやく回復しかけていたのに、また力を使いすぎて膝から崩れてしまう。カミーユが支えてくれたから、痛い目には合わなかったので感謝だ。
「また命令かよ……ちっ」
「乙女の望みなら叶えると言ったからな」
攻撃を止めた二人? に安心した私は吟遊詩人を振り返る。
「大丈夫ですから、早くここから逃げてください!」
私の必死の気遣いなのに、吟遊詩人はその場から動かない。
「早く!」
「……駄目です。動けません」
腰でも抜かしたのかと私は思わず舌打ちする。
「なんとか、這ってでも逃げてください」
「無理です、そのような格好悪い真似できません」
「格好なんて気にしている場合じゃ――」
「あなたに惚れました。惚れた女性の前でそんなことはできません」
吟遊詩人は私の前に跪いて手を握ってくる。
「えっ――――、美しいものなんて見慣れているって言ったじゃない」
「そうですが……危ないところを助けられて恋に落ちました」
やっぱり状況は一つも好転していない。それなのに厄介なものだけは増えていく。
「俺様の前で何を堂々とやっている」
「我の乙女だ」
「マリアンヌ様!」
「僕だっている」
「この感動を歌に」
一人増えた言い争いの間に美しい旋律が流れる。
私はこれがエンドロールであればいいのにと願ったが、現実はまだ続いていく。