7、ピンチの後にチャンスあり? 恋のチャンスはいりません
「どうだと言われましても……大変お美しいですね。それではごきげんよう」
ほほほほっと笑って立ち去ろうとしたが、さすがにそれは無理があった。
「我を起こした乙女がなぜいなくなる?」
「だって、アロン王子」
「はっ? 僕のどこが乙女だ」
とりあえず王子に押し付けてみようかと思ったが無理があった。十年前は見た目だけなら天使のようだったのに、見事な細マッチョになってしまったので誤魔化すのは不可能だ。
「そうです! 乙女は俺です。マリアンヌ様ではありません」
私の前に立ちはだかってくれたカミーユの気持ちは嬉しいが、俺と言っている時点で色々間違えていると思う。カミーユはどこをどうみても、立派な騎士で男にしか見えない。
「……ごめん気持ちは嬉しいけど、諦める。ここに乙女は私しかいないよ」
カミーユの気持ちはありがたいが、なんだかいたたまれなくなって私は認める。といってもドラゴンの言う乙女とはよくわからない。
「人間はよくわからないことを言い出すのだな。我から見れば乙女は一人しかいないぞ」
人間が見てもそうですとは答えずに私はドラゴンに警戒しつつ尋ねる。
「あの~、乙女って……? 性別だけの話ですよね? これからの話の展開に大きく関わってくるのかではないですよね?」
縋る思いで答えを待つが、望む返事は得られなかった。
「我を起こすのは、ドラゴンと共に生きることを許される乙女だ」
「共に生きる?」
もう少し具体的にお願いしたい気持ちと、知りたくない気持ちが入り混じる。
「マリアンヌと勝手に共に生きられては困る。僕はドラゴンと一緒に生活するつもりはない!」
「我とて、お主と一緒に暮らす気などないわ」
よかった。ドラゴンまでキャラ一覧に登場するのかとハラハラしたわと胸を撫で下ろしたところで、アロン王子の言葉に引っかかる。
「アロン王子はドラゴンと一緒に生きる必要なんてどこまでもないじゃないですか? それとも今更乙女になりきろうと?」
「はっ、今更何を。マリアンヌがいるところに僕があるのだろう」
あっちを立てれば、こっちが立たず。
フラグを折っても、次から次へと乱立してくる。生えるならフラグではなく、たけのこにして欲しい。煮物が恋しくなってきた。
「勝手に乙女と話をするな。我はお主とは一緒にいないが、乙女とは一緒にいなくてはならない」
「いなくてはならないって、強制? どうしよう、またややこしいことに――」
「とれました、マリアンヌ様!」
この深刻な状況の中、歓喜の声を上げたのはカミーユ。手にはドラゴン青年の水色の髪(枝毛)が握られている。
「何しているの!」
「人型になられては鱗が取れないと悩んだのですが、もしやと思い髪をひと房頂いたのです。あっ、ちゃんと枝毛の部分と考慮しなしたよ。大事な髪ですから」
「髪の一、二本を気にする年ではない!」
怒る部分が違うドラゴンと、マイペースなカミーユに力が抜けてしまう。
「マリアンヌ、髪が鱗になるんだって。あんなの置いて二人で帰ろう」
珍しく納得できるアロン王子の意見に私は頷く。
「そうだね、カミーユも一人で大丈夫そうだし。ドラゴンもそのうちまた寝てくれるでしょ」
逃げるが勝ち
素敵な言葉を思い出して、私はそろりそろりと足を後退させる。
「どこへ行く?」
所詮人の力とは儚いものだ、美人に睨まれると迫力あって私は固まってしまう。
「えっと私、あなたの鱗が欲しくて来ただけで……一緒に暮らすっていうのはちょっと……人間とドラゴンの壁は厚いですよ」
「鱗? それくらいいくらでもやろう。面倒な人間には適当に鱗を落として与えれば良いと知っていたが、乙女も欲しがるとは……」
ドラゴンの鱗を持っているって隣国の王様、自慢気だったのに……この事実は伏せておいてあげよう。
「わっーうれしい、ありがとう。さようなら」
「待て」
無駄だとわかっていながら諦められない私は最後まで足掻いたよ。諦めない心が大事だよね。
「マリアンヌ様を止めるな。このような危険な場所に住まわせることなどできない」
カミーユが騎士らしく剣を構えている。あまり頼りにならない王子も一応構えているので、助けてくれる気はあるようだ。
「我から乙女を奪うと? ドラゴンは目覚めさせた乙女とつがいになる。それ以外には滅多に起きぬ」
「つがい! そんな動物的な言い方をマリアンヌ様にするな」
「そうだ、花嫁と呼べ」
この男たちは私を助ける気が本当にあるのかと疑いたくなるようなどうでもいい反論。
「……参考までに聞きたいのですが、滅多に起きないっていうのは起きることもあるということですよね?」
「そうだ、乙女」
打開策が少しだけ見えてくる。
「それは、どういう場合ですか?」
「簡単に言えば挑戦者。ドラゴンが本気で負けを認めれば、使役も可能。人の世に伝わる生きるドラゴンの伝説はそのあたりの話だな。基本的にドラゴンはつがいと山奥で二人きり仲良く過ごすものだ」
山奥に二人きり……スローライフは悪くないが、相手がドラゴンというだけで恐ろしいイベントがたくさん起こりそうだ。
例えば、討伐隊しかり人間の青年が迷い込み反発……そして友情、裏切り、最後は感動的なフィナーレ――おっといけない、これはすべて妄想だ。決して現実にはならない、というかさせない。
「なら、私は乙女ではなくてドラゴンに挑戦します!」
おそらく私は、ドラゴンに挑戦した初の女性だろう。
「な、何を言っているのです」
「何もできないくせに止めろ」
慌てて止めに入られるが私の意志は固い。それに簡単にやられないことはもう証明されている。
「乙女が我に挑戦? 危ないではないか」
「やってみなきゃわからないじゃないですか。こう見えて、私は強いんですよ。私より強い人? ドラゴンじゃないと認められないわ」
本当は平凡な運動神経しか持っていないが、私は大見えを切る。これでやる気になってくれればいい。
「正気か? 剣を持ってもフラフラしているのに」
「止めてください」
「うるさいな~、私にだって考えはあるのよ」
一応無謀とも言えるこの作戦にも考えはある。みすみす死ぬつもりはない。
「……なら、すぐに力の差を思い知らせてやろう。共に過ごすのはその後だ」
言うが早いか水色の髪が風になびき、硬質な艶のある鱗へと変貌する。私たちの何十倍とある体から発せられる呼吸は突風のように強い。
「逃げましょう」
「こっちだ」
カミーユたちに手を引かれるが、私はドレスの胸元に手を突っ込む。大切な物はここに隠すのがお決まりだよね。
「いでよ、何か強い奴~」
結構なげやりだが、私は小瓶の蓋を開ける。父から貰ったこれは、精霊なんかを召喚できるレアアイテムらしい。この世界のお決まりにはうんざりだが、こういう都合の良いアイテムは大歓迎だ。
「俺様を呼んだのは誰だ?」
「…………あれです」
私の本能は告げる、これには関わるなと。
「お前が俺を呼んだのか? ドラゴンが? 気に入らん」
私が命令する前に小瓶から出てきた偉そうな人? 精霊? はドラゴンに立ち向かって行く。主人と言われたのに攻撃しようとするとは恐ろしい。このまま傍観を貫こう。できれば二人とも消耗してくれるのが望ましい。
「我が悪魔を呼びだす? ありえんな。お前は乙女の代理として我と戦うのだろう?」
「乙女? 何だ、そのおいしそうな者はどこにいる?」
おいしくない、おいしくない……。激しく首を振ってみるが、全員の視線が私に集まっている。
「ほおっ……よく見れば小瓶を持っているのはお前、確かにおいしそうだ」
「待て! 乙女は我のものだ」
「へぇ、じゃあ戦って決めるか? 強い者がすべてを手に入れる。そうだろう?」
「我と戦おうとは愚かな」
「俺様はそんじょそこらの悪魔とは違うぜ」
当初の通りドラゴンと小瓶で召喚したものの戦いにはなった。
「ははっ、はは……予定通り、予定通り」
私は強がって掠れた笑い声を上げる。
ただ予定と違うのは精霊ではなく悪魔が現れ、私を狙っているということ、それだけだ。