6、ドラコンを探しに
城に着いた私は、足の手当てをしてもらい汚れたドレスを取り替えてもらう。与えられた部屋広くは豪華なもので、落ち着かない。
「あの~、私の連れは?」
「大丈夫です。何も心配はありません」
「足りないものがあればすぐに用意させてもらいます」
揃いのお仕着せを着た侍女さんたちは私の仕度をてきぱきとこなすが、私の知りたいことは教えてくれない。
「お父様とお母様、レイラにカミーユ……みんな大丈夫かしら」
「心配には及ばない。公爵家の令嬢、侯爵家の者はつい先ほど城に着いた。盗賊はこちらから遣わした部隊とあちらの護衛が壊滅させた」
無断で当然のように部屋へ入ってきたのは、この国のトップである髭が可愛いワイルド系の王様。そのため、私は文句を言うことができない。
「まぁ、ゼラフィー王。女性の仕度中ですよ」
「着替え終わっていたからよかったものの……マリアンヌ様が驚いていますわ。嫌われても知りませんよ」
どうやら文句を言ってもよかったようだ。
「そ、そうだな悪かった」
王様は侍女たちの勢いに負けてすぐに謝る。見た目は肉食系なのに、中身は草食系? ロールキャベツ男子とは反対らしい。
「先ほどは助けていただきありがとうございます。連れも無事だったようで、できれば私もそちらへ――」
「礼には及ばない。未来の伴侶を助けるのは当然のこと。そして、すでに先方には求婚の書状を出した。この部屋を出ていく必要はない」
「はい?」
私はあまりに唐突な展開と強引さに何度も目を瞬かせる。
「私はあの時、ビビッと感じてしまったのだ、これは運命だと」
大きな動作で腕を天井に向かって突き上げる王に、侍女たちは手を叩いている。
「電波だ……電波系……」
私はまったく何も発信していないのに、王は何かを受信してしまったらしい。
「伴侶や求婚とかよくわからないのですが……とにかく一度家族のところへ――」
「結婚式で久しぶりに再会した方が感動もひとしおではないか?」
電波を受信した王の妄想は止まらない。
「……私の家族は何と言っているのですか?」
「大事に育てた娘を頼むと真っ赤になって今までの思い出を叫んでいたぞ」
それは十中八九怒っているのだろう。やばい、これって戦争が起こるフラグだろうか。だけど、私はよい子じゃないから自己犠牲で戦争回避はしないよ。
なんとかこのいらないフラグをへし折る方法を考えなくてはいけない。
「えっと……その、会ったばかりで急に結婚とは早すぎないですか?」
「時間など関係ない。感じてくれ、私のこの大きな愛を!」
体格がいい男の大声と大きな身振り手振りに、私は前世での熱血スポーツ解説者を思い出してしまう。
「……熱くなられると冷めるんだよね」
私は面倒な人種に会ってしまったと心底感じてため息をつく。レイラがこのルートを回避したのが恨めしい。
「ゼラフィー王様、マリアンヌ様は突然のことに戸惑っていらっしゃるのですわ」
「そう、マリッジブルーですわ」
結婚する予定なんてありませんから! 私は心の中で叫ぶ。さすがに、他国の王に突っ込むのは遠慮しているんだよ。
なんて大人な私、と自分で自分を褒めていたが、すべてを台無しにする報告が飛び込んでくる。
「王に報告いたします。隣国の方たちが、王に会わせろと暴れています」
私よりもっと大人な対応を求められている人たちは、どうやら本能のままに行動したらしい。
「国を跨いでの結婚……障害はつきものか。それくらい、共に乗り越えてみせよう!」
何で私まで。
言葉には出さないものの、私は握られた手を振りほどくというわかりやすい行動に出てしまった。
「ど、どうして……」
「ゼラフィー王様、マリアンヌ様はきっと恥ずかしがっていらっしゃるのですわ」
侍女がフォローを入れているが、王は激しく動揺している。揺さ振るなら今だろう。
「私は国に幾人もの求婚者がいるのです。そして、お父様はその者たちに無理難題を与えました。今、暴れているのはその難題をクリアした者でしょう。せっかく求婚のチャンスを得たのに、突然他国
の王と結婚など……ねぇ?」
カミーユを求婚者に仕立て上げてしまったが、きっと上手く乗ってくれるだろうと私は期待する。何せ私たちの付き合いは長い、あうんの呼吸もお手のもの……のはず。
「ふむ……つまり、そなたを手にするには普通の男では駄目だと言いたいのだな」
「そうです、そうです」
納得してくださいと私が力強く頷く。
「そうか、だが私とて引けない。何せ、隣の国に結婚の知らせを出してしまったからな」
なんて、せっかちなんだろう。なんて、行動的なんだろう。さっきの弱さはどうした?
私は衝撃で口をパクパクと動かし、声にならない抗議を紡ぐ。
「それに、無理難題とはどういうものだ? 私は世界最強と名高いドラゴンと戦い、鱗を持ち帰ったことがあるぞ」
腕の筋肉を見せつけられても私は別に筋肉フェチじゃないからときめかない。
反応が悪い私に苛立ったのか、王が再び口を開く。
「その難題をクリアしたという者も私と同じくドラゴンの鱗を手に入れてきたら、すぐに結婚は止めて、その者と争ってもよい」
それはつまりカミーユにドラゴンを倒しに行けということか。私に仕えたばかりに面倒な目にあっているカミーユにこれ以上貧乏くじは引かせられない。
「やっ、その、何か別の方法で――」
「そうと決まれば早速伝えてこよう。そなたはここで大人しくしていなさい」
「ちょ、ちょっと!」
私のことなんて無視して、王はさっさと部屋を出ていってしまう。私は追いかけようと扉を押すが、向こう側から鍵がかけられていて開けられない。これは監禁だよ。
扉を壊すなんて技術のない私は、離れた場所で起こっているだろう騒動がなるべく穏便に済むように願うくらいしかできなかった。
そして半日後、私はどうしてこうなったのか頭を抱える。
「なぜ、アロン王子がここに?」
「お前が勝手に結婚するなどと言うからだ。貴族の結婚には色々あるのに、生意気だぞ。僕の目を盗んでまったく……」
ドラゴン討伐隊が城を出発するから激励を許すという、なんとも上から目線の許可の下、私はみんなとの再会を果たした。
父と母には泣きながら抱きつかれ何度も頬にキスを受けたが、私はすんなり受け入れた。さすがに他国で一人と不安だった私は両親の抱擁を望んでいたようだ。レイラも無事を喜んでくれたが、何やら新しい取り巻きを手に入れたらしい。そこらへんは、後からじっくり愚痴り合いたい。
そして、ドラゴン討伐に行くカミーユに謝ろうとした私はアロン王子を見つけ、先ほどのセリフに繋がる。
「マリアンヌ様、安心してください。俺がドラゴンなどあっという間に見つけて来ます」
「見つけても、鱗を持ち帰らなければ認めん」
なんの権限があるのか、王が偉そうに条件を述べる。
「大丈夫です、マリアンヌ様。かならず無事に戻ってきます」
「僕に不可能はない!」
あんまり言うと帰還できないフラグになりそうで怖いため、私はあえてこの場では何も言わずに黙って送りだした。
カミーユたちを送り出した後、レイラと私の両親は国を巻き込んだ騒動を収めるのに大忙しになる。
そのため、こちらとしては好都合にレイラと二人になることができた。
まぁ、正確には二人ではない。それは、レイラも色々と引っ掛けてきたからだ。
「ねぇ、レイラ~。僕の魔法すごかったでしょ?」
「う、うん、そうね」
あまり目にしないものだし、一般には普及していないので説明していなかったがこの世界にはファンタジーらしく魔法がある。
それを、私たちとほとんど変わらない体格の小柄な少年が華麗に行使し、レイラたちを助けたらしい。
レイラは純粋そうな瞳と幼い容姿に押されて、いつもの調子が出ないようだ。これはもしかして、大穴のショタルートに入るのかもしれない。
私がやるべきことを忘れて、親友の進むルートについて見守っていると、またややこしいことが起きた。
「レイラ様、あのような盗賊くらい……自分だって、自分だって倒せました」
「倒せるか、倒せないかじゃなくて、大切なのは結果だよ! ねぇ~?」
可愛い顔してばっさりと切り掛かる少年魔法使いの性格はなんとなく理解できた。
「かくなる上は、この命をもって……」
レイラの護衛はかなり面倒な性格らしい。ナイフを喉元に当てて、今までいかにレイラが好きだったかを語っている。
「止めなさい。美しい花たちが困っていますよ。そして、レイラ様、あなたはいつも美しい。その花を私がもっと大輪に育てたい」
「ロードさん?」
突然現れたアロン王子の護衛に私は指を差してしまう。
「こんにちは、レディ。王子も立派になったでしょう?」
「護衛なら止めなさい! ドラゴンとかありえないでしょう」
「それで、レイラ様。この邪魔な若造を追い出しましょうか?」
「へぇ、僕に手を出すつもり、おっさん?」
私の話は聞いてくれない。レイラも護衛を宥めるのに忙しく、こちらにまで手は回らないようだ。
あっー、やらなきゃいけないことはたくさんあるのに……そっか、全部利用しちゃえばいいんだ。
はたと思い浮かんだ名案に私は口の端を上げる。
「ねぇ、レイラの親友の後押しって欲しくない?」
ターゲットはおそらくお腹の中が真っ黒そうな魔法使い。ロードは喋ると修飾語ばかりで疲れるので候補から外した。
「へぇ~、おもしろい提案だね」
少年魔法使いが乗ってくる。
「私を、ドラゴン討伐隊に合流させて欲しいの。そうしてくれたら、レイラの攻略の仕方とか状況を教えてあげる」
「ふ~ん、攻略……自分でなんとかするのも楽しいよね~」
「そんなこと言っている間に、他人に盗られるのよ。ほら、早く、早く」
「ドラゴンに会いたいの? レイラの友達だし……面白いし、まぁいっか。じゃあ、いってらっしゃい」
急かしたのは私だけど、こんなにすぐだとは思わなかった。
「えt!? マリアンヌ、どうしたの? ちょっと、どこに」
レイラが驚いているのはわかるが、私の身体はすでに魔法で覆われている。
「ごめーん、ちょっと行ってくる。自分のルートを人に決められるのはごめんだから」
他人任せでなんていられない。私はカミーユたちの元へと飛び立った。
「さぁ、ドラゴンなんて危険なもの探さないで逃げるわよ!」
突然現れた私に驚いているカミーユとアロン王子の疑問は無視して、私はさっさと逃げようと提案する。
「マリアンヌ、僕と一緒にいたいから――」
「王子は黙っていてください。お望みなら、どこまでも一緒に」
「あの電波な王様に従って危険な目に合う必要なんてないわ。でも……なんか、あなたたちも勘違いしているみたいだけど……」
それでも逃げることには変わりないと私は、ここがどこでどのように逃げればよいか考える。
「……ここ、どこ?」
「ドラゴンがいるという火山だ」
「どうして、そんなところまで来ているの――――!」
優秀すぎる二人に私は頭を抱える。こんなことなら、助けになんてこなきゃよかった。危険すぎる、こんなスポットからは一刻も早く立ち去らなければ。
「ギャーオス、グギャー」
「……カミーユ、アロン王子が変な声で鳴いているわ」
「マリアンヌ様……あれは、ドラゴンです」
冷静に真実を教えられてもありがたくない。どうしてカミーユはこんなに落ち着いているのか、腹が立ってくる。
「もう嫌! さっさと逃げればよかったのに。あー、もう嫌、嫌、いやー!」
「うるさいぞ、娘――我の眠りを邪魔するとは……だが、我を起こせるのは伝説の乙女だけ。娘、お前がそうか?」
違います。
残念ながら、私は驚愕で声が出なかった。大きな青い鱗に包まれたドラゴンは、鋭い牙と爪をちらつかせながら尋ねてくる。
これはバッドエンドなのかもしれない。
私は、短い生涯を覚悟した。
「どうした? 黙ってしまって……あぁ、この姿が恐ろしいか? 忘れていたな、人の乙女との逢瀬には人型でなくてはいけないのだった」
言うが早いか、ドラゴンは青い煙に包まれる。
「これでどうだ?」
自信満々に現れたのは、水色の髪を腰まで伸ばした中性的な顔立ちの超絶美青年だった。
もしかして、これバットエンドじゃない?けどそれが幸運とは言い切れない私は、ただ茫然とドラゴンの青年を見つめた。