5、アクシデントは出会いのために
あれから私たちはたくさんの話をした。
「マリアンヌも日本人?」
「レイラも? 日本人の転生率って高いのかな?」
外見だけなら、まったく日本人には見えない私たちだが二人とも前世は日本人であることが判明した。
「どうしてこうなったのかしら?」
「本当……村娘、もしくは町娘でよかったのに」
「でも、きっとまだマシな方よ。最強の王女設定は免れたんだから」
きゃはは、うふふという女の子同士の会話とはちょっと違うが同じ思いを共有できる友人とはいいものだ。
「マリア……ンヌ様……、後どのくらい待てば?」
「カミーユ様、暇潰しならわたしがいくらでも」
そういえば、カミーユがレイラの友人に狙われていたことをすっかり忘れていた。
「あっー、マリアンヌが美少女意地悪キャラじゃないならあの護衛ってあなたの逆ハー要員ね」
「げっ、それはないわ」
私は慌てて否定するが、レイラは妙に悟った顔で逃れられない宿命なのよと力なく笑う。
「とりあえず、友人は見込みがないからって諦めさせるわ。このままじゃ、あっちが意地悪キャラだもの」
立ち上がったレイラが手を叩くと、すぐ目の前に男が現れる。
「ひゃっ」
突然のことに驚いた私にレイラはクスリと笑う。
「私もはじめは驚いたわ。でも、慣れるものよね……」
遠い目をしたレイラを見つめる男はやたら美形だ。レイラも私と同じような道を辿っていることがわかる。
「レイラ様、どうされましたか?」
銀ではなく白い髪、頬にうっすら走る傷痕、すらりと高い背、これは日本でいうところのお庭番に違いない。
「あぁ、私の友人が廊下にいるのだけどね、なんとか角が立たないように帰ってもらいたいの」
「承知しました」
あっという間に姿を消した男に、私は感心してしまう。
「すごいね」
「いつ、どこで監視されているかわからなくて嫌よ」レイラが顔を顰めて、私は納得する。呼んですぐ来るとか見られているとしか考えられない。
「マリアンヌ様、ご無事で」
「ん? レイラと私は親友だもの無事に決まっているわ。それよりカミーユは大丈夫? 疲れているわよ」
「な、なんとか……親友になれたのならよかったですね。やはりハンカチがよかったですか?」
カミーユの言葉に、私は包んでおいたプレゼントを思い出す。
「レイラ、これよかったら使って。つまらないものですが」
「あら、懐かしい。こちらこそなんのお構いもできず」
私とレイラは顔を見合せてクスクス笑い合う。
こうして私はとっても話の合う、無二の親友に出会った。
「公爵令嬢と喧嘩したって!」
「はぁ……どうして、そんな話になっているのかしら。どこで聞いたのですか、アロン様?」
いつものごとく現れたアロン王子の間違えに、私は大きくため息をつく。
「城で、公爵家の息子が騒いでいた」
「……そっかぁ、シスコンルートがあるんだ」
「はぁ? なんだって? 城ではお前が我が儘美少女にされているぞ! まぁ、僕がなんとかしてあげなくもないが……」
アロンがもごもごと何か言っているのを聞き流して、私はどうしてレイラの兄に嫌われたか考えてみる。
「考えなくてもわかるか……毎日のように私とレイラが手紙をやりとりして、こっそり秘密の会合をしているからね」
私とレイラは異世界に転生した者同士、協力して平和な生活を手に入れる約束をした。
女の子にはお姫様願望があるんだから、この状況を楽しめばいいのにと思う人もいるだろうがそれは大きな間違いだ。
朝起きて、今日から家族が増えますとハイスペックな兄が増えてあなたは平静に受け入れられるか?
学校で、なんちゃら国の王子が留学してきました。隣の席だから教科書見せてあげるね、てへっ☆ なんて真似できるのか?
答えはきっとノー!
日常に美形はいらない。もう一度、私たちのスローガンを言わせて欲しい。
ノー・モア・美形だ!
「王子がわざわざ手を出さなくても、護衛である俺がなんとかします」
「ふん、一介の騎士ごとき何ができる」
私が考え込んでいる隙に、アロンとカミーユが絡みはじめる。
正直、火の粉がかからない城での出来事よりもよほど面倒だ。
「はいはい、止めて。私は何て言われても気にしないから、二人も黙っていて」「どうして? 僕にかかればこんな噂!」
「ふっ、信頼がないのですよ」
結局終わらない言い合いに、私はうんざりしながらレイラの手紙に目を通す。
マリアンヌへ
今日も面倒ごとが起こっていないことを祈るわ。
私は日々うるさくなる周りにイライラしているけど、それなりに元気よ。
でもね、強制イベントが起きそうなの。しかも、それはマリアンヌにも関わるわ。
イベント名は、隣国のダンスパーティー。
公爵家令嬢として必須イベントみたいなんだけど、好感度が最も高い人と一緒に出席みたいなの。それって間違いなくマリアンヌよ。ということで、これからイベントが発生すると思うけど二人でなんとか乗り切りましょう。
レイラより
「……巻き込まれた」
「どうしたのですか?」
カミーユがいち早く私の異変に気付いてくれる。
「逃げるわよ、それしかないわ」
「えっ、マリアンヌ様? 逃げずとも、認めさせて――」
「何、僕の目の前で駆け落ちをするつもりか」
またしても騒がしくなった二人を放って、私は本気で逃亡方法について考える。
「マリアンヌ~、素敵なお誘いが来ているわよ」
逃げ道はもうなかった。ダンスパーティーに乗り気な両親を説得する力は私にはない。
「はぁ~」
「何よ、巻き込んで悪かったわよ」
「いいけどさ……諦めたけど、ため息くらいつきたいよ」
現在私はレイラと一緒に馬車の中。
父と母は別の馬車で先を行き、護衛として同行しているカミーユは馬に乗って私たちの馬車と並走している。
「でもこれって、どっちのイベントになるのかしら?」
「えっ、そりゃレイラでしょ! 隣国の王でも王子でも手に入れなさいよ」
「げっ、いらないわよ。マリアンヌ、代わりにどう? すでに王子のカードを一枚持っているんだし、もう一枚ロイヤルな人が増えてもいいでしょう?」
「絶対にお断り!」
普通の貴族令嬢ならもろ手を上げて歓迎しそうなものを私たちは押し付け合う。
「それより、この道中は大丈夫なの? 襲われるとかもよくあるお決まりよ」
「……あーあ、口に出しちゃった。知らない振りしてたらやりすごせるかと思ってたのに」
私は思わず口を手で押さえるが、もう遅い。
ガクン
馬車が傾いて、大きく揺れる。
「きゃっ」
「どうして……こうなるのよ――ぎゃー!」
叫びながら馬車の外を見れば、馬が暴走して道を外れたらしい。そして外れた先は、崖だった。
「生きてる……」
「そりゃ、簡単には死なないでしょう。でも、これで巻き込んだ、巻き込まれたはチャラね」
「うん。うっかり喋ることもできないよ」
私がしょんぼりと肩を落としていると、馬の蹄の音がする。
「ご無事ですか!」
カミーユが血相を変えて走ってくる。私の護衛は避けられないハプニングが多くて申し訳なくなる。
「うん、大丈――ぶ、じゃな――い。たーすーけーてー」
「マリアンヌ!」
「マリアンヌ様」
まさかしっかり施錠してあった馬車の扉が開くなんて思っていなかった。だから、足下が揺れてふらついただけでこんな危険な目に合うなんて想像もできない。私は今、崖から落ちている。
「うげっ、ぐえっ」
べちょっと潰れるように落ちた先は見たことがない花や草がうっそうと生え広がっていて助かった。
簡単には死なないというレイラの言葉は嘘ではないらしい。
上を見上げれば崖の高さはそう高くはない。これなら、カミーユがすぐに助けてくれるだろう。
「マリアンヌ様ー! 今すぐ迎えに――うわっ、この……お前たちは誰だ」
あっちでもイベントが発生してしまったらしい。さしずめ盗賊奇襲というところだろう。
「あっちのイベントが終わるの待ってるか……」
のほほんと私はその場に座り込んだまま、助けを待った。
ガサッ、ガサガサ
なんだか嫌な音が聞こえる。でも、絶対口にしない。だから、大丈夫……大丈夫。
ガサッ、ガサガサ
「駄目だ、怖い! 逃げるわよ、普通――痛っ」
勢いよく立ち上がったところで、私は足を捻挫していることに気がつく。
こういうときは動かさず、二十四時間冷却? ってそんな場合じゃない!
「誰かいるのか?」
幸い、物音をさせていたのは虎とかライオンとか物騒な奴らではなかった。だが、私としては新たな人物に出会うというのも極めて不本意なことなのだ。
「誰だ?」
「誰もいません!」
「いるではないか」
ばっちり目が合った状態で、私は存在を否定する。だが、残念ながらそれは認められなかった。
「王、急にいなくなったので驚いたではありませんか。んっ? いかがされました?」
私はこの会話をキイテイナイ、キイテイナイヨ。王なんて知らないさ、Oh!
「怪我人だ。おそらく我が国の客人だろう」
私の現実逃避などさくっと無視される。
「だ、大丈夫です。戻れます、客ちゃいます」
怪しい言葉を使いながら、私は後退する。レイラの言った通り、ロイヤルな新キャラとお知り合いにはなるのは避けなくてはいけない。
そんな私の必死の思いを王はわかってくれない。
「そんなに怯えなくてよい。大丈夫だ」
威厳あるような話し方だけど、隣国の王は私より二~三、年が上なだけ。見た目が若くて侮られないように生やした髭が威厳というより可愛らしく見えてしまう。
余計なことを考えている間に、王が間を詰めてきてしまう。
「城に戻ろう」
「ギャ――――抱っこは止めて――――!」
私は大事に保護され、文字通り持ちかえられました。
こんなことなら、みんなと一緒に盗賊イベントの方がよかったかも。こうなったら、レイラも誰か引っかけてくればいいんだ。私が投げやりな考えを頭に思い浮かべている間に、お城は近付いてきていた。