3、「小さい頃会ったことあるんだよ」は必須イベント
「カミーユ、これ摘んでいこう」
「綺麗ですね、よく似合います」
「花冠じゃなくて、お部屋に飾るの!」
子どもらしく花畑で遊ぶ私とそれに付き合うカミーユ。
どこに行くにも護衛であるカミーユを連れて歩かなくてはいけなくて、子どもに付き合わせて悪いなと思っていたが今はすっかり慣れてしまって遊び相手にしてしまっている。
だって、私の周りで一番年が近い相手はカミーユだ。これって情操教育上善くないと思うんだ、だから私はカミーユを友人だと思うことにしている。
「冠も貰ってください。お部屋の分も摘みましょう」
「じゃあ、私もカミーユに作る!」
私が半分嫌がらせで言ったのに、カミーユは嬉しそうだ。美形は花冠でも似合っちゃうよね。カミーユは騎士だけど、さらさらな金髪に涼しげな目、すっきり通った鼻筋と王子様然としている。はじめこそ緊張したけど、周りに美形が多いから慣れるのは早かった。
カミーユって友達いないのかな、美形すぎるのは近づきにくいのかも。私と遊んで楽しそうなんて……いや、嫌々なのが顔に出ないのかな。
私はじっとカミーユの顔をじっと見つめる。
「どうされました? 冠を作ってくれないのですか?」
どうやらカミーユは本当に花冠が欲しいらしい。それならと、私は小さな手で一生懸命花を編む。
とっても、とっても、平和な、私にとって理想の日々だった。
だった、ということはすなわち今は違うということだ。
それは、なんとなく屋敷の中が騒がしいある日のことだった。
「何かあるの?」
カミーユの袖を引っ張って聞けば、カミーユは私に目線を合わせるように屈んでくれる。
「お客様が来られるようです」
「ふ~ん」
私はカミーユの答えにさほど関心を向けなかった。お客さんはそれほど珍しいものではない。
「マリアンヌ」
お客さんは置いておいて、今日はどうやって過ごそうかと考えていたところで声がかけられる。
「マリアンヌ、今日も可愛いね……じゃなかった、今日はお客様がいらっしゃるんだ」
「知ってる~」
私の子どもらしい声に、声をかけてきた父はデレデレしている。
「もう、しっかりして。マリアンヌが可愛いのはいつものことでしょう」
母は冷静に父につっこんでいるようで、同じく親馬鹿だ。
「おっと、そうだな」
父がようやくしゃきっとするが、気を抜くと顔が崩れるから大変そうだ。なまじ顔が整っているから余計に目立つ。
「お客さんがなにかあるの?」
私がさっさと切り込めば、父が神妙に頷く。
「あぁ、お客様の中にマリアンヌと同じくらい年の方がいらっしゃるんだ」
わかっちゃった。わかっちゃったよ、私。
普通の子どもなら気にしないだろうけど、あいにく私は普通じゃない。子ども相手にこんなに敬意を払った喋り方、そんな相手は限られている。なんといっても我が家は大貴族なんだから。
「その子と遊べばいいの?」
本当は権力者なんかと関わるのはごめんだが、両親のためなら人肌脱ごう。でも、父は大きく手を振って否定してきた。
「いやいやいや、あんなくそが……マリアンヌの好きにすればいいよ。でも、男の子だから一緒に遊ぶには向いてないかもね」
「ふ~ん」
絶対今、くそがきって言おうとしたね。父よ、しっかりしてくれ。不用意な発言で一家は路頭に迷うんだから。
それでも私は余計なことは言わないよ。関わらなくていいなら、そうします。
「まぁ、そういうことだから。マリアンヌ、今日はしばらく遊べないけどママのこと忘れないでね」
忘れるわけないじゃん、という言葉を飲み込んで私は母に抱きつく。
ほらね、中々上手く異世界転生ライフはまわっていると思う。
紆余曲折なく、お姫様は幸せに暮らしましたが目標なんだから順調だ。
しかし、私はお姫様ライフには必須の単語がいくつかあることを忘れていた。
部屋の外が騒がしい。
私は摘んできた花をどうやって生けようか悩んで寄せていた眉をさらに寄せる。
「ねぇ、カミーユ――」
「黙らせて来ましょう」
「あっ――ちょ、ちょっと待って!」
カミーユが腰の剣に手をかけたので、私は必死に止める。
「この貧相な花の輪が飾ってある部屋は何だ?」
「なんですって――! ふざけるんじゃないわよ、どこの誰よ!」
カミーユを止めた冷静さなんて吹き飛ばし、私は部屋を飛び出した。
「あっ、マリアンヌ様」
後ろでカミーユが止めてくれていたが、頭に血が昇っていた私は扉の外にいた男の子を羽交い締めにした。こげ茶色の瞳を大きく見開いて、驚いているようだがそんなことでは許さない。
「何が貧相ですって! このっ、このっ」
「な、何だよ、おまえ」
幸いにして私の体は小さくて力は弱いから、羽交い締めにして揺らした男の子がどうこうなるということはなかった。
「アロン様!」
数人の護衛らしき人物が私を引き離したところで、私は我に返る。
こりゃ絶対権力者だよ。甘やかされた坊主だよ(私も人のこと言えないけど)
「マリアンヌ様……ここは謝ってください」
私の身柄を引き取ってくれたカミーユが小声で囁いてくる。でも必要性あるかな? 大体、護衛もあまりやる気がないように見える。
「マリアンヌ様」
「……いきなり、ごめんなさい」
カミーユは主が罰せられたらと必死なんだろう。だから私は渋々と謝る。
「どうせ、王――おっとアロン様が何かしたのでしょう」
「僕は貧相な花を貧相と正直に言っただけだ!」
「それは、それは……アロン様の感性が貧相なのですね。とても美しいですよ、これはあなたが作ったのですか、お嬢さん?」
「えっ……はい」
護衛の中でも一番偉そうな人物が率先して主を貶めている状況に私は戸惑いを隠せない。
にしても、なんて紳士な人だろう。私がこれまで出会った人の中で最もナイスミドルだ。長い髪をかけ上げる姿はセクシーで、これってチョイ悪オヤジってやつかな。
「それは素晴らしい。だからこのように花たちは可憐なのでしょう」
「……子どもにまで」
「隊長の癖だよ」
護衛の人たちは呆れている。
「おい、ロード! どうしてこれが可憐なんだ」
まだ納得がいかない男の子――ちなみにアロンって呼ばれてた――は私の作った花輪を引っ張る。
「とても可愛いらしいじゃないですか。この花輪をどんな乙女が作ったか想像し……そして新たな出会い!」
うん、紳士だけどおかしな人だとわかった。
「別にこんな女に会いたくない」
「むっ、私だって会いたく――んぐっ」
私の反論はカミーユの剣だこのできた大きな手で塞がれる。
「同じような年頃のお嬢さんがいると聞いて、楽しみにしていたじゃないですか?」
「そ、そんなことない!」
ぶちっ
否定するだけなら許そう。だけど、物に当たらないで欲しい。私は寛容ではないんだから。
「ふふっ、ふふふ……人の家で他人の所有物を破損……覚悟!」
私はカミーユの腕から逃れて失礼な奴に飛び掛かる。相手は偉い人? はいわかっていますよ。ついでに言えばもう正体も掴んでいる。
彼はこの国の王子、アロン様だ。
でも、そんなこと私には関係ない。大体、本当の子どもならそんなことわからないはずだ。だから、私は子どもらしく喧嘩をする。
護衛があんな感じだから、私は邪魔されることなく教育的指導を施すことができた。ちなみに、ひよっこ王子は私より弱かった。まぁ、しょうがないよね女の子の方が成長は早いし。
「うぐぐ、お前……僕にこんなことしていいと思っているのか!」
「思っているわよ!」
ふんぞり返って答えた私に大人たちは笑っている。
「くそ……くそ、父上に言いつけて――」
「アロン様、そんな格好悪いことするのですか? お父上もさぞがっかりするでしょうね」
「……だって、こいつが」
「どうして彼女が怒っているのか考えてください。――そうしないと、お部屋のくまさんを燃やします」
小声で言ったけど、私は聞いてしまった。
この場合、紳士怖いと思うべきなのかくまさんのくだりを微笑ましく思うべきなのか迷う。
「く、くまなんて…………あれはお前にとって大事なものなのか?」
私はその問いに頷く。多分王子のくまよりは大事なものではないけど、ここは頷いた方が丸く収まる。
「そうか……ごめん」
「あやまってくれたから、いいよ」
あんまり素直に謝られたので、私は勢いであっさりと許してしまう。
「寛大な心を持ったレディでよかったですね、アロン様」
話はすべて上手くまとまろうとしている。これでやっと静かになるだろう。
「でも、僕ばかり痛い思いをさせられて不公平だ」
「はぁ? いった――――い」
私の叫びは一瞬で、すぐにカミーユが助けてくれる。それでも、髪をひっぱられた痛みはまだ残っている。
「アロン様! なんてことを」
「僕だって仕返しだ」
逃げるように走り去る王子を護衛たちが追いかける。
「大変、失礼いたしました。よく言って聞かせますので」
紳士なロードもまた追いかけるために、私たちの前からいなくなる。
「大丈夫ですか?」
カミーユが私の顔を覗き込んでくる。私は震える手を押さえつけるのに必死で返事もできない。
「ふふっ、ふふふ……」
「マリアンヌ様? どこか痛みますか?」
「言って聞かせる? そんなんで許せるわけないじゃない! 私が成敗してやるわ。みんなができない代わりにね」
そう、こうして私の戦いははじまった。
願いとは裏腹に王子ルートに足を突っ込んでいるって? いいえ、それはありません。私は一撃ぎゃふんと言わせられれば撤退するつもりですから。