2、命とは狙われるもの
そういうわけで、私は異世界に転生しました。どうして前世死んだのかは覚えていない。でも、それは精神衛生上良いんじゃないかなと思う。誰だって、自分の死の瞬間なんて知りたくないものだ。
赤ちゃんからのやり直しは私がこの世界を受け入れるためのよい時間になったので、あまり長くは感じなかった。
「マリアンヌ様~! どこにいらっしゃるのですか~?」
「ここにいるよー!」
マリアンヌと呼び掛けられてもすぐに反応できるようになった私を見たら、赤ちゃんの時間がいかに有意義だったかがわかるだろう。
「一人で外に出てはいけませんと申していますのに」
侍女が走り寄ってきて、私の無事を確かめる。ちょっと大げさだが、これには色々と訳がある。
「マリアンヌ様は狙われやすいのですから、庭先だろうと一人は危険なんですよ」
「……ごめんなさい」
そう、私には狙われやすいといういらないスキル? が備わっている。
私は迷惑をかけたことを反省し、眉を下げてショボンと謝る。
「あぁぁぁ、もう。どうしてこんなに可愛らしいのかしら。人さらいに変質者が狙うのも無理はないです! 加えて、王の重用する侯爵様の一人娘……誘拐される理由は満載です」
侍女の言い様は大げさなようで実に正しいものでもある。両親に似ていないかもという心配は必要なかった。
客観的に見れば、私は美少女だ。自分でこう言うのは自意識過剰のナルシストぽいが、転生している私はマリアンヌは私であって私ではない感覚なので許して欲しい。
ちなみに私の容姿は、両親の遺伝子をちょうどいい具合に合わせ持ったらしい。父親の銀髪をベースに母の赤毛が薄く受け継がれ、ピンクプラチナといういかにも異世界の美少女といった髪。
大きく、くりくりっとした目にくるりとカールしたまつげ。薔薇色の頬に、形のよい鼻。唇はふっくらとしていて、まさに完成された美少女だ。
「まぁ、美人になれるなら誰でもなりたいだろうし嬉しいけどさ……」
女の子なら誰でも可愛くなりたいと思うだろうし、なれるというなら美人になることを望むだろう。だから、はじめは私も喜んだ。
だけど、世の中には限度というものがある。
「マリアンヌ様、お父上がお呼びです。こちらへおいでください」
「旦那様がこんな時間にお帰りに?」
ふいにかけられた使用人の言葉に侍女は首を傾げる。私も、これはおかしいと思ったので使用人には近づかない。
「どうしました、マリアンヌ様? 早くこちらへ」
「あなた、本当に旦那様の遣い? いくら家族馬鹿な旦那様でも、こんなに早くお帰りになるかしら?」
父は使用人にも呆れられるくらい家族思いだが、仕事はおろそかにしない。
「た、たまたま……早く帰られたのです。ほらっ、早くマリアンヌ様」
「きゃっーーマリアンヌ様に触らないで!」
使用人の男は侍女を突飛ばして私の腕を掴む。
ここまでくれば、よくある展開だ。いくら注意しても、私の容姿は不届き者や変態を呼び込むのだ。そこまでの美少女っぷりは正直いらない。
もう一度言う、世の中には限度というものがある。
「マリアンヌ様!」
あまりに慣れてしまったため、ピンチにも意識を飛ばしてしまった私の名前が呼ばれる。
かと思えば、あっという間に私の腕を掴んでいた男が吹っ飛ぶ。
「ぐぁっー、痛い、痛いー」
殴られた顔を押さえてのたうち回っている男にさらに追い打ちがかけられる。
「使用人の中にも不埒な者がいるとは嘆かわしい」
容赦なく剣の柄が身体にめり込まされて、男は気を失う。
「大丈夫ですか?」
「うん。ありがとう、カミーユ」
華麗に男を倒したのは、カミーユという私より十こ年上の騎士見習いだ。ちなみに、私は六歳になったばかりだ。
私の父、あの銀髪の美青年は王の信頼あつい侯爵であると同時に騎士団とも密接に関わりがあるらしい。そのため、毎年二~三人ほどの騎士見習いを屋敷で面倒を見る。その中の一人が、カミーユだ。
「無事でよかった。そちらの侍女も?」
「大丈夫です。マリアンヌ様を助けていただきありがとうございます」
侍女はうっすら頬を赤く染めて礼を言う。カミーユは騎士見習いの中でも飛び抜けて優秀、多くの少女たちを虜にしているから侍女の反応は不思議じゃない。
二人の年齢もちょうどいいし、これっていい展開なんじゃない?
私がまた意識を飛ばしていると、カミーユが私の顔を覗き込んできて心配する。
「具合が悪そうです。部屋へ戻りましょう」
「えっ、大丈夫ーー」
否定の言葉など聞く耳をもたず、カミーユは私の体を軽々と持ち上げ移動をはじめる。
取り残されそうになった侍女は我に返ると慌てて後を追ってくる。
「マリアンヌ様を返しなさい!」
二人とも職務に真面目すぎる……。
私はがっくりと肩を落とす。ここは主人を守ってくれたと感謝する健気な侍女と、勇敢な騎士の目が合いお互いに一目惚れするのがお決まりのロマンスシーンだと思うのに。
それなのに、世界は変なところでお決まり規定事項を盛り込んでくる。私のことは放っておいてくれないものかと、しみじみ思う。
「マリー! 僕らの愛しのマリアンヌ」
廊下をけたたましく走ってくるのは、今度こそ間違いなく父親だ。
「使用人に襲われたって!」
「おかえりなさい。カミーユが助けてくれたよ」
私の言葉なんて碌に聞かずに父はがっちり抱きついてくる。ちなみにさっき、母にも同じことをされた。
「よくやった、カミーユ!」
「当然のことをしたまでです」
褒められたカミーユは平然と述べている。はぁ、これで溺愛イベント終了かと安心すると眠たくなってくる。幼児の体は疲れやすいのだ。
「もう、マリアンヌを守るためには部屋から出さない方がいいな」
まさかの監禁宣言に、重くなっていた私の瞼がぱっちりと開かれる。
「やだ、やだ、やだやーだ!」
眠たいこともあって私の抗議は子どもっぽい駄々っ子のようだ。
「これは、マリアンヌのためだよ」
「いーやーだー! やだー! お部屋さみしい」
「パパやママが来るから」
「やっ」
ふいっと顔を背けた私に、父はあからさまに傷ついた顔をする。
「パパじゃ嫌……パパは嫌われ……」
「し、しっかりしてくださいロラン様」
カミーユがふらつく父を支える。ちなみに今さらだが私の両親はロランとレイティーという名だ。
「マリアンヌに、やっって言われた……言われた」
父の姿は哀れだが、私にだって言い分はある。
「マリアンヌ様、お父上は心配しているのです。現に今日も危険だったでしょう?」
役に立たない父に代わってカミーユが私を諫める。
「カミーユが助けてくれたから大丈夫じゃない」
口を尖らせてぶーたれる私はさぞ生意気な子どもだろうが、健やかな成長のためには譲れないのだ。
「マリアンヌ、カミーユだっていつでも助けられるわけじゃーー」
「助けてくれないの?」
必殺上目遣いでうるうる目攻撃!
「助けます」
いたいけない子どもに助けを求められれば真面目なカミーユは絶対に断れない。私の予想は見事に的中した。
「……ここでパパを頼ってくれない……カミーユがいいのか……仕方ない、いや……カミーユ、覚悟!」
「パーパ! はその、忙しいと思ったからね。お仕事、終わったらパパと遊ぶ」
不吉な呟きを耳にした私は慌てて付け足す。私ってば大人だな。
「そうか! カミーユはパパの代役だな。うん、中々良い目をしているぞマリアンヌ」
「ははっ、ははは」
変わり身の早さに私は幼児とは思えない乾いた笑いを漏らしてしまうが、幸い誰にも聞き咎められなかった。
「よし、カミーユ。君をマリアンヌの護衛としよう。だからといって、騎士団の訓練も怠らないように」
「承知いたしました」
こうして私は護衛騎士を手に入れた。
えっ? さらに危険なフラグが立ったって? そ、そんなことはないよ。カミーユは優秀だから。
「マリアンヌ様、あまり離れないでください」
「は~い」
私の周りはみんな大概甘いか変態かのどちらかだ。カミーユは度が過ぎてないからいい方だ。彼にはオーバーワークを強いているが、私が平和に暮らすための第一歩だから諦めてもらいたい。
私はなるべく穏便に生きたい。私は美少女に生まれ変わったが、根っこの部分は平凡少女が染みついて残っている。そんな私は平凡な幸せを望んでいるのだ。キラキラした世界は、遠くで見ているくらいがちょうどいい。
そのために、異世界でよく起こる既定事項とやらを打ち壊してやると密かに画策している。