⑦悪魔エンドあるいは必要に迫られて最強の魔術師の道
私が起きて最初に思ったのは、連れてきてしまった奴らが問題を起こしていないかだった。
「なんか、嫌な予感がする……」
私は、当たって欲しくない勘が気になって廊下へ出る。
「きゃっ~」
いきなりの悲鳴に私は、頭を抱える。そして、誰の仕業か確認するため走り出した。
「おっと、とびきり美味しそうなのがきちまったか」
悪魔は、私を見て妖しげに口の端を上げる。
「人に迷惑をかけないで。その人を離しなさい」
私は、悪魔に腕の中にいる侍女の解放を命じる。
「勝手にこいつが俺様に魅了されてるだけだ。勘違いしないでもらおうか」
「そうよ~」
侍女はとろけるような目で悪魔を見つめている。
「きゃっ、悪魔様よ」「麗しいわ~」と一晩で何があったのか、侍女たちは悪魔に魅せられてしまっている。さっきの悲鳴は、恐怖ではなく黄色い声だったようだ。
「はぁ……とにかく、一旦離れなさい。いくら彼女の意思と言われても、あんたに騙されている可能性もあるわ」
「あらん、私は、大丈夫だからおかまいなくどこかへ行ってよろしいですわ~」
明らかに私を邪魔そうに見る侍女に私は戸惑ってしまう。これは、本人の意思なのか。悪魔の魅了なのか……。
「お前ごときが、偉そうなことを言うな! マリアンヌはお前より、よほど美味しそうだ」
「ちょ、それはどういう意味よ」
「そのままの意味だ。マリアンヌは美味しそう。だから、俺様はここにいる」
悪魔は侍女を突き放して私のすぐ横、吐息がかかるような近さまで迫ってきていた。
「止めなさい! そして、人を無駄に誘惑しない!」
私は泣き崩れている侍女を見ながら悪魔に命じる。倦怠感が湧き上がってきて、私は命令が通じたことを悟った。
「また、俺様に命令か? 魔術師の才能があるのか? だから美味しそうなのか……」
悪魔がぶつぶつと何かを呟いているが、私は疲れから何も聞き取れない。
「とりあえず、今は引く」
気まぐれな悪魔はようやく姿を消す。私は力尽きて、廊下に座り込んでしまった。
「あれ? 大丈夫?」
私が倒れ込んでいると、小柄な男が助け起こしてくれる。レイラに惚れた魔術師だ。
「何してるの? レイラは?」
「レイラはいないわ。私は悪魔との戦いに疲れたの」
「へぇ、悪魔との戦いかぁ。興味あるなぁ」
「なら、代わって欲しいわ」
私は辞退したいとため息をつけば、魔術師はからから笑う。
「うーん、それは置いておいてレイラとのことの協力の件忘れてないよね?」
ドラゴンやら悪魔に神と、インパクトが強すぎて忘れていた。
「悪魔はどうでもいいから、頼むよ」
「どうでもいいからって……興味あるんでしょ? 助けてよ」
「えっ~」
可愛い顔した極悪非道な奴がいる。私はそれでも頼み続ける。悪魔に対抗するには魔力を使いこなさなくてはいけない。
「私が悪魔にやられちゃったら、レイラとのこともどうにもできなくなっちゃうわよ」
「それは困るね。じゃあ、ちゃんと君も僕に協力してね」
天使の笑みに、私は断りの言葉を持たなかった」
「というわけで、私はこの国に留学して魔術師になります!」
「俺様のことを思ってか」
「違う!」
茶化してくる悪魔を封じるために、また多くの魔力を使ってしまった。一刻も早く魔術師にならなくては、身体がもたない。
高らかに宣言すると、ざわめきが起こる。数あるイケメン玉の輿ルートを蹴った私が不思議なんだろう。
「マリアンヌ様、それでは護衛は?」
「友人である僕から離れるつもりか!」
カミーユとアロン王子は不満いっぱいだ。
「旦那様、許したのですか?」
カミーユは父にも詰め寄っている。だが、こちらに抜かりはない。
「娘は才能ある、可愛い魔女っ娘! 立派に修行するんだよ」
私は反対しそうな両親から懐柔していた。これでカミーユたちは反論できない。
「歓迎するぞ」
王に異論はもちろんない。
「ここは挑戦者が多くて面倒だ。何かあったら呼べ」
ドラゴンは騎士たちの挑戦に飽き飽きして山に帰った。
「マリー、マリー、魔法使いマリー」
吟遊詩人は怪しげな歌を歌いながら、城を去った。
残るはレイラ。私はここで上手くやらなくてはいけない。
「レイラはこのまま国に帰るの? 私、心配だな。あの国のおかしな人たちをレイラが一人で捌くなんて……二人でだったらなんとかなりそうなのに」
さり気なくレイラの不安を煽れば、レイラの顔色が悪くなる。ごめん、でもこれは私の平穏――ひいては世界のためにもなるの。
「わ、私も留学する!!」
レイラの出した答えに私と魔術師は目配せして笑った。
「学問もまた、人を輝かせる。いいだろう、これで決まりだ」
神が問答無用でまとめたため、私が選んだ道は切り開かれた。
そして、早速私は魔力の使い方を練習し始める。滑り出しはまぁまぁ。ちなみにレイラに纏わりつく純粋そうで腹黒い魔術師はかなり優秀で、味方につけてよかった。
だが、すべては順調――ではない。
「マリアンヌ、今日も可愛くてうまそうだ」
「あっそ! って敵がこう毎日顔を出さないでよ」
私の努力をあざ笑うかのように、悪魔が毎日茶化しにくるのだ。
「ちょっと味見させてくれ」
「はっ? ふざけない――んっ……やっ」
私の返事なんてお構いなしに、悪魔が耳を舐めてきた。
「美味しい……魔力が詰まっていやがる」
「な、何するのよ!」
私は、耳を押さえて赤くなった顔を隠しながら後ずさる。
「何って、まずは軽く味見だ。こんなんで、それならこれからの「ピッー」とか「ピッー」とかって邪魔するな」
「卑猥な言葉は言わせないわ!」
私と悪魔は睨み合いを続ける。悪魔が変なことを言う前に修正音を出すという無駄な魔力の使い方を覚えてしまつまった。
でも、そんなこんなの中で私は着実に力を付けていった。
そんな私はまだ悪魔を倒せていない。時折、気紛れに私の成長を褒めてくるという余裕さえ見せてくる。
「すごいな、俺様のためにこんなに美味しそうになってくれるなんて」
「あんたを、倒すためよ!」
私はすかさず訂正するが、やっぱり悪魔は聞いちゃいない。
「偉い、偉い」
「なっ……」
頭を撫でられて、私は不覚にも照れてしまう。魔術師はレイラ一筋だから私にはスパルタなのだ。だから、つい褒められて嬉しくなってしまった。
「だから、早く俺様に食べられ――」
「消えなさーい!」
私はありったけの力を使って悪魔を退ける。今日はかなり上手くいった方だが、私の力不足のせいで悪魔はきっと消えていない。
「あっー、危なかった。悪魔の甘言なんかに騙されないわよ」
私は魔術に、誘惑にと日々頑張り続けている。
留学宣言してからもうひと月は過ぎた。私はホームシックにかかる暇もないほど忙しくしていた。
そして、巻き込んだレイラはというと思ったより早く腹黒い魔術師と恋に落ちた。
異国で不安な心に可愛い顔で警戒心を持たれないように近づく、あとはゆっくり頼りになるところを見せ付けるだけ。実に鮮やかな手腕だったため、私は感心してしまった。
この魔術師、実は私たちより年上で高給取り。レイラには優しいので、私も文句は言わない。協力したようなところもあるため、安心した。
ちなみに、レイラの取り巻きは魔術師が丁重に追い出したらしい。方法は……恐ろしくて聞けない。そういうわけで、いつも一緒だったレイラがいなくなってしまった。
毎日、お喋りに花を咲かせる時間はとっていたのでちょっと、いやかなり寂しい。
「マリアンヌ、いいか?」
「なんですか? ゼラフィー王」
王に呼ばれて振り向いたが、私の視界を悪魔が遮った。
「引っ込んでろ。マリアンヌ、行くぞ」
腕を力いっぱい引かれて私は思わず悲鳴を上げる。
「ちっ、動くなよ」
ふわっと私は悪魔に抱えられて空へと舞い上がった。
「うわわ、わわ。あっ……レイラ」
何が悲しくて親友のラブシーンを目撃しなくてはいけないのか。しかも、ちょっと落ち込んでいたときに。
「俺様は、お前がいいぞ」
弱っているタイミングでこんなことを言うのは反則だ。だからって、私は騙されない。
「どうせ、嘘でしょ」
「どうしてそう思う? というか本当か嘘か大切か? 俺様が今マリアンヌ、お前を包んでやれる」
本当か、嘘か大切に決まっている……でも、今ここにいるのは……ううん。
「だ、騙されないわよ」
「ははっ、強情だな。俺様の魅了を跳ね返すとは」
「ほらっ、やっぱり遊び……」
私はどこか残念に思っている心に蓋をして、悪魔の顔を押しやる。
「バティン様~! まだそんな小娘のところにいるのですか~」
夜の空にふわふわと浮いている小さなこうもりが私たちに話しかけている。
「バティン様はとてもお強くていらっしゃるのに、どうしてすぐにこの娘を食べてしまわないのですか? 食べごろですよ。本気になれば、命令など無視できるでしょう?」
どうやらこうもりは悪魔の使い魔らしい。そして、悪魔はバティンという名で私など歯牙にもかけない強さらしい。
「……なんで、なんで、ここに留まっていたのよ! さっさと餌にしないで遊んでいたの?」
私は悪魔と対等とまではいかなくても、それなりに認め合って戦っていると思っていた。けれど、それはまったくの間違いだった。悪魔はいたぶって遊んでいるつもりだったのだろうか。
「なんでなんて……そんなこと、関係あるか? 俺様はここにいた。それだけだ。だが、もういい飽きた」
「えっ?」
「行くぞ」
「あっ、待ってくださ~い」
悪魔は私を地上に下ろすと、さっさと飛んで行ってしまう。私はそれを追うことはできない。悪魔を召喚することも、私の力量ではもうできない。
こうして、私は悪魔と決別することができた。
「あーあ、国に帰ろうかな」
「あら、帰ったら大変よ」
今度は私がレイラに一人で国に戻った場合の困難さを説かれてしまう。
「でも暇だし」
「悪魔がいなくなってから、ずっとその調子ね。魔術師らしくなったんじゃない?」
「そっかな――「マリアンヌ!」」
私とレイラしかいないはずの部屋、そこから甲高い少年の声が聞こえる。この声を私はどこかで聞いたことがある気がする。
「……あっ、使い魔!」
「そうだ! バティン様の側近だぞ。それより、お前バティン様に食われろ!」
「はっ?」
いきなり来て、はいそうですかと答えられるわけがないことを使い魔は言いだす。
「バティン様はピンチだ。天使が悪魔狩りをしている。バティン様は人間界に留まっているから力が足りないんだ。召喚者、しかもお前みたいな美味しそうな奴を食べればきっと――時間がもったいな
い。行くぞ」
「えっ、ちょっと」
悪魔とは勝手な奴ばかりだ。私は有無を言わせずどこかへ連れ去られてしまう。
そこには、見たこともないくらいボロボロな悪魔が天使と対峙していた。
「バティン様はお前が悪魔を使役できないのに呼びだした罪に問われないように、一人でふらふら囮になったんだぞ」
「嘘!」
「嘘じゃない」
使い魔は小さな羽根で私を叩いてくる。
嘘か本当か……それは、確かに大切ではないかもしれない。私の身体は勝手に動いていた。
「ちょっと待って! その悪魔は私の使役するものよ!」
「あなた様は、この悪魔を御せる力はありません。よって、始末します」
天使は事務的に答えるだけ。なので、私は実力行使に出る。
「できるわ」
私はありったけの力を込めて悪魔、いやバティンに命令する。
「私に従いなさい! バティン!」
「なんでだよ!」
この後に及んで、悪魔はまだ抵抗するらしい。
「理由なんている? 私があんたを助けてやれるの」
「……ははっ。悪魔が魅了されちゃあ、従うしかないな……」
悪魔と私の契約、天使の攻撃、使い魔の叫び、すべてが混ざり合ってその日空の上で大きな爆発が起こった。
「マリアンヌー、今日も最高に美味しそうだぞ」
「はいはい、それって褒め言葉じゃないわ」
「じゃあ、とってもピーしたいくらい――」
「私にこの魔術を使わせないで!」
騒がしい旅人二人、仲よく道を歩いている。いや、会話の内容を聞く限り仲が良いと言っていいのかは謎だ。
だが、男は女にぴったりと寄り添いガードしているし、女はそれを邪険にはしているが嫌がってはいない。
最強の魔術師と彼女が使役する地上で最も強い悪魔。
彼らは魔術師の憧れで、夢見がちなお嬢さんたちの憧れでもあったという。
二人は色々な意味でパートナーだったとされている。
残っている記録によれば、使い魔は主である魔術師をとても大切にしていて、依頼人を放っておいて主人を優先し守ってよく怒られていたという。
「食わせてもらっている身としては、大切にしないとね~。バティン様?」
使い魔は二人の後ろを飛びながら魔術師に夢中な悪魔に呟いた。