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異世界における10の規定事項  作者: まほろ
規定事項の後の10のエンディング
16/20

⑥ドラゴンエンドあるいはクエストされるより君臨します

朝、目覚めたはいいが考えはまとまらない。頭もすっきりしないため、私は気分転換に散歩へ出掛けることにした。

適当に歩いていると、廊下から中庭が見えた。


「えぇーい、もう一回!」


数人の騎士が倒れては立ちを繰り返している。


「朝から訓練か、お疲れ様です」


私は、特に興味もなく横目でそれを見ただけで通り過ぎようとした。


「まだやるのか? 我に勝てると思っている愚かな人間よ」


私は、偉そうな言葉を聞いてしまってこめかみを押さえる。今のは私が連れてきてしまったドラゴンだ。


「派手に暴れ等れたら、私が怒られるかも」


私は、慌てて廊下を駆けて中庭まで降りて行った。


「弱い」


「ぐおっ」


私が中庭に着いたとき、ドラゴンは騎士を残らずたたき伏せていた。水色の髪がさらさらとなびくが、ドラゴンは汗一つかいていない。気怠げな、美青年の華麗な動きに私は一瞬目を奪われてしまう。


「乙女」


ぼおっとしていたら、ドラゴンに気付かれてしまった。


「えっ、あっ」


私がどう反応しようか迷っていると、ドラゴンが勢いよく近寄ってくる。

しかも結構、近い距離なのにドラゴン化してきやがった。

ドスン、ドスン

尻尾が地面に叩きつけられて王宮が悲鳴を上げている。これは、みんな大迷惑だろう。まだ朝も早いのに。


「ちょっと、静かにしてよ!」


「ん? あぁ、姿が大きいと駄目か」


ドラゴンはすぐに人型に戻る。それはいいが、どうして私に近づく。


「乙女はどうして怒っている? さっきまで我を見ていただろう?」


「み、見てたけど……見てないわよ! 騎士さんたちがかわいそうと思っていたのよ、うぬぼれないで!」


「我を見ていない? 嘘だろう。なぜ、嘘をつく?」


至極当然という風に言われて、私は言葉を失ってしまう。ここまで堂々としていたら、あっぱれだ。


「……まぁ、人の時間は短いからな。我にはわからぬ様々なことがあるのだろう。我は急がぬゆえ、乙女の好きにしろ」


私が見ていたということを追求することを止めたドラゴンは、長い髪をかけあげて私に優しく微笑む。さっきまで暴れていた人物? と同じとはとても思えない。


「時間かかってもいいの……?」


私が戸惑った声を上げれば、ドラゴンは人にはない大きな器を見せてくれる。


「好きなだけ悩むがいい。その時が長ければ、長いほど……戦いは我と悪魔が相手くらいになるだろう」


黒い! 実は腹黒だったらしいドラゴンに私は一歩引いてしまう。私は悩み過ぎて、このままおばあちゃんになるつもりはない。


「年老いたら、乙女なんて呼べないわよ」


「? ドラゴンとつがいになれば、肉体は最も優れた年のものになる」


そんな便利機能知らなかった。世の女性たちが聞いたら、かなり羨ましがるだろうな。不死はともかく、不老は女性の永遠のテーマだと思う。


「不老は置いておいて……でも、どうするべきかわかった」


「そうか、それはよかった」


何百年と生きているだろうドラゴンにとって、私は子どもみたいなものなのだろう。軽く髪を梳きながら頭を撫でられる。

気持ちが良いのに、なぜかちょっとだけ私はむっとしてしまった。




私はこの後、いきなりのことで決められない。時間が必要だとみんなの前で正直に告白した。それに対して、反応は様々だった。

カミーユとレイラは優しく見守ってくれるという体だった。

アロン王子は「優柔不断な奴め……」そう言いつつ、友人として変わらず喧嘩をしかけてきてくれる。

ゼラフィー王は、私が本当にドラゴンを(倒してはいないけど)連れてきたため文句は言えない。吟遊詩人は「時間が経っても変わらぬ想いとは素敵だね」」と五十年後にまた会おうと意味のわからない約束をして去っていった。

一番面倒なのは、悪魔だ。


「時間? そんなこと考えずに、もっと衝動的に楽しく生きればいいだろ」


「乙女の言い分を無視するな。それとも、そんなわずかな時間も待てない……悪魔とはよほど自信がないのだな」


「なんだと、やはりドラゴンとは戦わなくては――」


「止めなさい!」


一触即発な雰囲気に、私はすかさず命令した。だって、ここは王宮で一番豪華な場所だよ。そこで暴れられたら、私は破産どころじゃあない。


「みんな納得しているんだから、強制退場!」


せっかく上手くまとまりかけているのにと私は悪魔にありったけの力を持って小瓶に戻るように念じた。


「なんだよ、ドラゴンを滅ぼせばいいのに俺様かよ……」


悪魔の最後の言葉が、私の心を揺らしたのは誰も知らない。




とりあえず、私は国に帰れることになった。そして、今は帰りの馬車の中にいる。

そして、その馬車に並列して最強の護衛がいる……ドラゴンだ。


「怖すぎるよね……」


明らかに異彩を放っている私の馬車は何事もなく家に辿りついた。

どうして、ドラゴンが私を守っているのかというと一言で言えば私の未熟さゆえだった。悪魔がたびたび小瓶から脱走してくるのだ。


「また来たか……」


「ドラゴンに会いに来たわけじゃないけどな」


二人の戦いは日々続き、私も悪魔を退けるのに多少なりとも力を奮う。

ドラゴン姿で戦うのは目立つので人型で戦っているドラゴンに背を預ける。真剣な顔をしたドラゴンの横顔に私は何度かドキッとしたのは秘密だ。


「悪魔がいなくなったらドラゴンはどうするのかな……?」


「んっ? どうした、乙女?」


ある日、戦いが終わったとき私は思わず呟いていた。


「ううん、なんでもない!」


聞き返されても答えることなどできないため、私は慌てて誤魔化す。


「たまには、気分転換でもするか」


「えっ? わっ!」


私は気付いたときにはドラゴンの背に乗って空を散歩していた。


「凄い……」


「気持ちがいいだろう」


「うん! 悪魔が言うよくわからない快感なんかよりずっと」


私は軽やかに感じる風と、見渡す限りの空の青に気分を高揚させて叫ぶ。


「そうだろう……ちっ、こんなときに無粋な奴らが」


「えっ?」


「我にしっかり掴まっていろ」


私はよくわからず、ドラゴンの首に腕をしっかり巻きつける。そうすれば、ドラゴンは右に左に大きく動く。


「う、わわわ」


揺れ動く中、私は飛んでくる矢を見た。


「 大丈夫だ、森へ降りる」


ドラゴンはすべての矢をかわして、近くの森へと着陸した。


「これだから人は面倒だ」


地に着いた瞬間ドラゴンの呟いた言葉に私の胸が痛くなる。


「……ごめんね、起しちゃって。また眠る方法ってないの?」


私がドラゴンを目覚めさせなければ、こんなことにはならなかった。


「眠って欲しいのか?」


強い眼光で見つめられて、私は答えに詰まる。いなくなって欲しい、欲しくない……。

でも、私は静かに頷いた。だって、人は面倒なんだ。

それから、私たちは再びドラゴンを眠らせる方法を探しまわった。そして……




「見つけましたよ。マリアンヌがドラゴンの住処で子守唄を歌えばいいのです」


五十年後に会おうと言った吟遊詩人がひょっこり顔を出して、教えてくれたのが五日前。

今、私とドラゴンは山奥にいる。

吟遊詩人に鍛えられた子守唄で、ドラゴンはうとうとしはじめる。


「我は乙女に起こされて嫌ではなかった」


「…………もっと、早く言ってよ」


大きな寝息で私の呟きはかき消された。


「おっ、こんな山奥に美人がいるぞ」


私が感傷に浸っているというのに、下卑た笑い声が聞こえる。


「こんにちは、そしてさようなら」


「なんだ、そんな寂しいこと言わずに。せっかくこんなところで出会えたのも何かの縁だろう」


私は護衛を誰も連れてこなかったことを後悔した。でも、ドラゴンとの別れを誰にも見せたくなかったのだ。過ぎたことを後悔してもどうしようもない。私は走り出した。


「おいっ、逃げるな」


「嫌です!」


助けて、助けて……心の中で何度も叫びながら、私は逃げる。


「乙女に手を出すな」


突然、私の前に大きな影ができる。


「ど、どうして……」


眠りについたはずのドラゴンが私を追いまわしていた奴らを蹴散らした。


「声が聞こえた。起こすなら、もう眠らせるな」


「でも、私呼んでな――」


「心が繋がっていれば、もう立派なつがいだ。我の名を呼べ」


「えっと……その、名前知らない」


なんと、今更なことを私は今頃になって気が付いた。


「むっ……そうだったな。我が名はグリオンだ」


「グリオン……わかった」


こうして、ドラゴンことグリオンと私は幸せに暮らしましたとさ。

こう締めくくれればいいのだが、異種族婚はそう上手くはいかない。




侯爵家がドラゴンを飼っている。王位を脅かす算段だ。

こんな噂が流れてしまった。責任を感じた私とグリオンは国を去ると告げたが、王たちはドラゴンを差しだせと命じてきた。

アロン王子が庇ってくれたり、隣国の王が間に入ってくれたりと手を尽くしたが駄目。

答えを出せない私たちに王は待ち切れず、騎士や傭兵、冒険者を送りこんでくる。


「ごめんね、グリオン。ごめんなさい、お父様、お母様」


私は欲深い人間をグリオンに詫び、国での地位を追われることとなった両親に頭を下げた。


「マリアンヌ、私たちは子どもの幸せをおきざりにしてまで国に仕えるつもりはないよ」


「そうよ。謝らないで……それに王なんかよりよっぽどドラゴンちゃんの方が強くて高潔なのに、まったく偉そうに」


両親は優しい。それが余計私にはつらい。どうにかしたい……どうにか。


「あっ! ドラゴンは立派な存在よね?」


「我は立派か?」


「そう、だって多くのものを守れるじゃない!」


「マリアンヌが守れというなら、何でも守る」


「じゃあ、平和な居場所を作りましょう!」


私は結構無理なお願いをしてしまったのだが、ドラゴンと私、それに両親や様々な人の手を借りてそれは実現した。




まだ誰のものでもなかった、高い・高い山奥の地。

ちょっと不便だけれど、分け隔てなく人を受け入れ、買い物が必要な際は王自らが運んでくれる。

大きな風が巻き起こり、私は上空を見上げる。そこには、立派な王……そして愛しい人じゃなかったドラゴンの姿が見える。


「おかえりー!」


私の声に、グリオンは鱗を水色の長い髪の毛に変えて文字通り私の胸に飛び込んでくる。




世界で一番平和な国の話――

ドラゴンが支配する国。ドラゴンがと選ばれし乙女が仲よく暮らすこの国は伝説上のものとする学者も多い。

だが、大きな風が吹いて急に街に見知らぬ買い物客が増えたらそれはその伝説の国の住人かもしれないと疑って欲しい。

そして、空を見上げてみよう。運がよければ壮大なドラゴンの飛翔が見られるかもしれない。


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