⑤隣国の王エンドあるいは後宮支配者に私はなる!
これはまた別の話
見た目と中身が一致しない男の奮闘と、それを健気? に支えた女性の話
起き出した私は、これまでの怒涛の日々を思い出す。
「これもすべて、ドラゴンなんか倒せって言い出した王のせいよね……でも、まぁ迷惑は私もかけているのよね」
昨日、ドラゴンや悪魔、あまつ神を名乗るものまで引き連れて王宮に帰還した私。
他人の国だから多少混乱してもいいだろうと意地悪に思っていたが、やはり謝った方がいいかもしれないと良心が動く。
「あれ? でも、一国の王の部屋にいきなり訪ねるのって失礼なのかな?」
アロン王子がいつも気安く現れるため、王家との距離を私は測りかねていた。
「マリアンヌ様でいらっしゃいますね? 主の元までご案内します」
私がどうしたものかと廊下をうろついていると、護衛の騎士があっという間にエスコートしてくれてしまう。
あまりにすんなりと受け入れられて、私がもし刺客だったらどうするのだろうと心配してしまった。
「来ると思っていた……朝、小鳥たちが語っていたからな」
相変わらずどこかから電波を受信している王に慣れてしまっている私は苦笑してしまう。
「おはようございます。突然、王宮を騒がせてしまった謝罪に来ました」
私が来訪の用事を告げると、ゼラフィー王は苦々しい顔をする。
「い、いや……本当はこちらがと思っていた」
本当、この人って見た目はワイルドなのに中身は気弱だよな……いや、騙されてはいけない。気弱な奴は、ドラゴンを倒せなんていう無茶は言わない。
私が何度か頷いて納得している間、ゼラフィー王はこちらをちらちら伺っている。
「怒っているだろう? まさか、マリアンヌが行くと思わなかったんだ。ドラゴンのことは唯一自慢できることだから、話したかっただけなんだ」
他に自信あることはないと、ゼラフィー王は王らしからぬ弱音を吐く。
「まぁ、そりぁ、怒ってましたけど……それ以上に色々なことがありすぎて、正直忘れてたのも本当ですし」
こんなにシュンとされると、怒りたくても怒れない。
「許してくれるか! あっ、だが……マリアンヌは助けに行くほどあの騎士を好いているのか……」
思い出したようにゼラフィー王がまだ落ち込みだす。
「う~ん、そういう解釈もあるのかぁ」
私はまったく考えていなかったことを想像されて感心する。
「カミーユは私にとって第二の親? みたいな感じだからなぁ」
ずっと一緒にいたから家族のようなもの、そして十の年齢差と過保護ぶりから兄を通り越してもはや親のような存在だ。
「そ、そうなのか! じゃあ、まだチャンスがあるな」
シュンとしていたと思ったら急にウキウキとしだす。この浮き沈みの激しい性格は王としては欠点なのだろうが、年相応らしくて私は好感が持てた。
だって、この人は私と年齢そう変わらないんだよ。元いた世界ならまだ学生だ。私としては十代の若者に国を背負わせること自体がしっくりこないんだよね。
「だからと言って流されないぞ!」
「んっ?」
私の決意を込めた声に首を傾げるゼラフィー王。
「あっ、こっちの話です。チャンスと言うか……私は何も考えられていないんです」
正直言って、誰かと良い仲になるなんてこれっぽっちも想像できない。どうすればいいのかなんて一つも考えちゃいないのだ。
「それなら、友達からでいいではないか?」
やんわりと断る常套句がゼラフィー王の口から出て私は吹き出してしまう。この人は言葉通りのこの文句を解釈しているらしい。
でも、それもいいかもしれない。友達と言って、みんなどんな反応をするか。
私はこの意外に可愛いところばかりな王の提案に乗ることにした。
「私は、まずはみんなと友達という関係からはじめたいな。すべてはそこからじゃない?」
私の宣言に、反応は様々だった。
「友達などと……俺は護衛のままで十分です。今まで通り仕えます」
カミーユに揺らぎは一切ない。
「……まぁ、元から友人だしな。みんなが同じなら、それでもいい」
アロン王子も概ね納得してくれる。
「まぁ、それが妥当な線よね」
レイラも私の決断に肯定の意を示してくれる。
「友人とは何だ?」
「仲の良いふりをして、足を引っ張りあうものだ。そんなことも知らないのか、ドラゴン?」
「何?」
ドラゴンと悪魔は一触即発。もしここで争いを起こされたら、修繕費って私に請求されるのかな? それは勘弁願いたい。
「二人は友人という概念をわかっていないようだな……教えるのは面倒だから、退場!」
なんとも神らしい荒技で二人の異生物が王宮から消える。これができるなら、私をもっと早くにこの状況から救えたんじゃないかと思うが、神相手に文句は言えない。
「変わらない友情か……それもまたいいでしょう。なら、次に再会したときは情熱的な抱擁を交わしましょう」
よくわからない理論で吟遊詩人は広間に集まった人たちと握手を交わし、どこかへと旅立つ。最初から最後まで、何から何まで謎の人物である。
「友として、これからも仲良くしてくれ」
ゼラフィー王が堅く手を握って来て、私は苦笑いを浮かべる。それは、友人関係が嫌なわけではなく握力が強すぎて手が痛かったからだ。この時、私は彼のことを好きでも嫌いでもなかった。
こうして私はようやく国に帰ることができた。見送りの際に捨てられ子犬のような顔をしていたゼラフィー王が印象的だった。
「寂しいかい?」
「まさか、私は早く家に帰りたいわ」
父親の問いかけに、私はなんの迷いもなく答えていた。
それからは、穏やかな日々が過ぎていく。
ゼラフィー王から日を置かずに手紙や贈り物が届くのは、許容範囲だ。
ただ、面倒というなら返事をすぐにしないと、やれ病気だ怪我だと騒ぎ立てるため、最低二通に一通は返事を返さなくてはいけない。
「今日は返事の日だったかしら?」
私はいつも手紙があるものだから、てっきり今日もあるものだと思って使用人に聞いてしまう。
「お嬢様、本日は届いておりません」
「えっ……あっ、そうなの」
私は手紙が届いていないことに動揺している自分に驚いてしまう。
「もう、飽きたのかもね。あっ~、せいせいした」
口ではそう言ったものの、私は手紙が出せない理由が何かあるのではないかと心の中で疑っていた。
そして、その疑いは思わぬところから正しいと知ることになった。
「マリアンヌ……陛下からの勅命がくだった」
いつになく真剣な顔の父と、今にも泣き出しそうな母。
一体、何事かと私は身構えた。
まさか、陛下の気に障るようなことをして爵位返上とか?
そんなことが簡単にできるとは思わないが、それくらい両親の顔は真剣だった。
「マリアンヌ、結婚……いや、後宮行きが決まった」
「こ、後宮? 誰のですか?」
私は意外にも落ち着いていたね。どこの誰の後宮に入るのか、今後のことを考えて早く対策を練らなければならないと思う。
「マリアンヌ! 意に沿わない後宮入りなんて止めてやる! 友達なんだ、遠慮するな。父上は、隣国の資源を格安で手に入れるパイプが欲しいだけだ。そんなことくらいで、マリアンヌがあのいけすかないゼラフィー王の後宮に入る必要はない!」
父の言葉を遮って割り込んできたアロン王子の発言で、大体の事情はわかった。
「そっかぁ、だから手紙がこなくなったんだ……」
ゼラフィーはわかりやすい男だ。きっと、この展開に戸惑っているのだろう。決して、資源を傘に私を要求したわけではないだろうとなぜかすぐに感じた。
「マリアンヌ?」
父が、母が、アロン王子が心配そうに私を見てくる。
私の答えはもう決まっている。
「行きます。勅命は断れない……それに私だって貴族としての覚悟はありますよ」
嘘だ。覚悟なんてなかった。ひたすら、自由に生きたいと叫んでいた。
それでも、土壇場になって私は両親を助けたいと思ったし、それに……隣国へ行くのはなぜだかそんなに嫌ではなかった。
まぁ、それから嘆く両親の説得やら喚くアロン王子を説き伏せるので大変だったが、私は隣国の地へ足を踏み入れた。
迎え入れてくれた王は、別れ際に見せたような情けない顔をやはりしていて、なぜだか安心できた。
「これは、本意ではない……だが、喜んだのも事実だ」
苦々しく呟いた王に私は静かに頷いた。素直な王と、上手くやっていける。私はそう思っていた。
だが、一見すると強そうに見えるのに女性にはからきし弱いゼラフィー王の後宮は思った以上にひどかった。っていうか、後宮にこんなに人がいるなんて聞いていない。
「顔だけ可愛くても、ゼラフィー様は満足なさらないわ」
「金目当ての国の刺客ね」
あちこちから飛んでくる中傷に、私は傷付かないものの、よく罵りの言葉がこんなに出てくるなと感心してしまう。
「ゼラフィー様って、女好きだったんですね」
私は強烈な嫌みを夜に訪ねて来た王投げかける。
「ち、ちがう。あれは、いつの間にか増えていたんだ。私が相手をしていないのは、すぐわかるだろう? 彼女たちは私を見たままの性格だと思っている」
慌てて否定する姿が面白くて、私はすぐに納得しない振りをする。
「へぇ~」
「わかった! なら、私はこの事態をどうにかし、マリアンヌを正妃にするまで何もしない、」
何やら王は勝手に盛り上がってしまっている。というか、私がこの話題を出さなきゃ何かするつもりだったのだろうか? そりゃ、後宮で過ごす夜だからあれだろうけど、私は正直そこまでは深く考えていなかった。
つまり、猶予は私もウェルカムということだ。
「頑張って、マリアンヌだけを迎えてみせるからな」
ヘタレな王が見せてくれたやる気に、私は不覚ながら、ほんの少しだけ、そう少しだけだけどキュンとした。
「さすが、王ですわ」
「本当、今のでマリアンヌ様はメロメロです」
「……」
私を我に返させたのは、いつかも会ったことのある大袈裟な侍女たちだった。そういえば、ここには控えの侍女がいたんだと今更思い出す。
「そ、そうか! よしっ、頑張るぞ」
私が呆れたの対して、王はやる気を出している。
「王はこのくらい言わないと自信を持っていただけないのです」
私の呆れに気がついた侍女が、こっそり耳打ちしてくる。これは、どうやら王のためのパフォーマンスらしい。
ドラゴンと戦える実力があるのに、内面はナイーブすぎるのだ。そんな、自信の持てない王はさっそく何をする気か部屋を慌ただしく出て行った。
「……豚もおだてりゃ木に登るってやつね」
ひどいことを言っている自覚はあるが、ちょうどいい言葉がこれしか思いつかなかった。でも、侍女たちは私の言葉を聞いてきゃっきゃっと喜ぶ。
「やっぱり、王にはにんじんを上手く鼻の前に釣らせて走らせる方がいいですわ」
「マリアンヌ様は素質があると思ってましたの! だから、王を上手く操ってくださいね」
「は、はぁ……」
押されるがままに、私は侍女たちの指導の元、ゼラフィー王を時に励まし、時に着飾って焦らしてみたりした。
そんな私の努力をあざ笑うかのように、後宮の女たちの嫌がらせはエスカレートしていく。ゼラフィーが私を正妃にと動いているのを知ってしまったようだ。
「あら、ごめんなさい」
足を引っ掛けられることなど日常茶飯事。最近、ひどかったのは私の部屋の前を泥だらけにされたこと……いや、大量の虫を解き放ったことか、それとも……。
上げだしたらキリがないが、私はこれについにぷっちん切れた。
「待ってられるか――――!」
一応、大人しくしとやかに待っているつもりだったよ。でも、我慢の限界ってものがある。
怒りに捕らわれた私は、勢いのままに持っている知識と使えるコネのすべてを使って後宮を掌握した。
ちなみに詳しい方法は、省いておく。世の中、知らない方が平和なことが多いからね。
そんな時に、ゼラフィー王が力を付けて久しぶりに後宮へお目見えした。
「マリアンヌ、久しぶりだ。大変なおめ思いをさせたな」
「いいえ、なんとかやっていますよ」私は謙虚に笑いながら、後宮の女性たちが次々に貢いでくるお菓子やらお茶やらを口にする。あれ? 王が首を傾げている。
「お一ついかがです?」
「あっ、あぁ」
なんだ、お菓子が欲しかっただけかと思ったがそうではないらしい。
「い、いや、そうじゃない! なんだか、後宮の雰囲気が変わったような……」
「あら、嫌でした? 私好みの住みやすい環境にしたのですけど」
「嫌ではない! むしろ……尊敬する」
さすがにやり過ぎたかと思ったが、ゼラフィー王は私を崇拝するかのように熱っぽく見つめてくる。
「マリアンヌ、私の正妃になってくれ。そして、ずっと支えてくれ」
改めてのプロポーズは、王がどれだけ頑張ったかを物語っている。
本当は文句の一つも言おうと思っていたが、ゼラフィー王の今にも泣き出しそうな瞳を見ると何も言えなくなる。
私は、この目に弱いらしい。どうにも、守ってあげなくてはと思うのだ。
国のための結婚だ、けど私だって幸せになりたい。その努力はもちろん自分でもできるだけする。だが、相手もそれだけ、真剣になってくれる人でなければダメだ。
その点、ゼラフィー王は多少おかしな言動はあるものの大丈夫だ。きっと、幸せになれる。
「よろしくお願いします」
私は、頭を下げる。後宮の私の取り巻きである女たちも大きく湧いて物語は大団円を迎えるのだった。
とある国の王と王妃、野性味溢れる王が無理を言って可憐な姫を隣国から手に入れた。
王は無理をした代わりにどんなものからも王妃を守ったと言う……。
こんな物語が城下で流行る。
真実を知る者はごく一部。
王と妃しか入れない後宮では、主の王を差し置いて今日も皆が王妃を甲斐甲斐しく世話をする。
王はそれに文句を言わない。
なにせ、率先して世話をし満足そうにしているのが王なのだから。