③王子エンドあるいはツンデレ対決
これはまた別の道の話
素直になれない、好きな子に意地悪してしまうある意味定番なことをする王子の話
目が覚めたのはいいが、私の心はまったく決まっていなかった。
そのため、部屋を出てもどうしていいかわからず適当に廊下を彷徨う。
「はぁ、どうしようかな……」
めんどくさいという理由で髪を結っていないため、歩くたびに髪が揺れて少し邪魔だ。いつもなら侍女が丁寧に梳いてくれるのに、昨日はそのまま寝てしまったので絡まってしまっているのかもしれない。
「これじゃ、また引っ張られるかも」
いつも私の髪を引っ張り乱していく子どもな幼なじみを思い出す。
彼は私をはじめての友人と呼んでくれた。よく考えれば、私も同世代の友人はアロン王子がはじめてだろう。
そんなことを考えながらブラブラしていると、タイミングがいいのか悪いのか前方にアロン王子を発見してしまう。
「あっ!」
目が合ってしまったので無視することはできない。お互いになんとなく気まずい感じで、とりあえず朝の挨拶を交わす。
「おはよう……ございます」
「おはよう」
挨拶だけすればいいかと、私はもう一度礼をして去ろうとした。
「痛っ」
髪を思い切り引かれて、私は思わず叫び声を上げてしまう。
さっき考えていたことをされたわけだが、想像するのと本当に実行されるのとでは訳が違う。まったくもって微笑ましくない。
「おおげさだな」
「本当に痛いのよ!」
気まずい空気は消えたが、いつもの攻防がはじまる。だが、私はアロン王子がこうするときは何が言いたい、構って欲しいときに口では言えずこうしてくることを知っている。
今日は何を伝えたいのか?首を捻ったところで先に口を開かれた。
「好きにすればいい」
「えっ?」
ボソリと呟かれて私は目を瞬かせる。
「だから、マリアンヌの好きにすればいいんだよ! そんな泣きそうな顔してみんなのこと考えて歩き回る必要ない」
言うだけ言うとアロン王子はものすごい早さで走り去ってしまう。
「あれって、慰めてくれていたのかな?」
私の中でさっきまでの悲壮感が消えて、反対に笑いがこみあげてくる。
素直じゃない友人に助けられた私は、今度は迷うことなく神の元へと向えた。
「決められなかったと言うのだろう?」
さすがに神はなんでもお見通しである。
「いますぐ決めろって……それは私が選んだとは言えないわ。無理矢理って言うのよ」
「選ばない……それもまた道、でもマリアンヌはすでに道を歩いている」
「えっ? どういうこと?」
私の問いに返事はなかった。そして、その後は何事もなかったかのように事態は収拾し私たち一向は国に帰ることができた。
厄介なものたちから解放されてしばらく、私は平和な日々を送っていた。
一番物騒だったドラゴンと悪魔に関しては神が元の通りに戻してくれたため、私を煩わせることはもうない。
カミーユとレイラは私の平和の中に組み込まれているので特に語ることもなくいつも通りだし、吟遊詩人は何やら大切な用事があるとまた旅に出たので静かなものだ。
唯一、面倒と言えば隣国の王からせめて手紙だけでもと熱烈なラブレターが届くことくらいだ。はじめこそしつこい愛の言葉に気恥ずかしく頬を染めたが、毎日届くのを見るうちに紙の無駄だなと思うくらいで、それ以上どうとも思わなくなった。
「あぁ、平和ね」
私は午後のお茶を優雅に楽しむ。
「マリアンヌ様、お客様です」
「お通しして、アロン様でしょ?」
私はいつものように屋敷を訪ねてきたアロン王子を招き入れる。
彼は騒がしいが、友人との交流は平和の部類に入るだろう。
「どうぞ、お茶を飲みますか?」
「あ、あぁ」
いつもより歯切れの悪い答えが返ってきて、私は護衛のカミーユと顔を見合せてしまう。
普段なら「そんな安いお茶飲むか……だが、マリアンヌが淹れてどうしても飲んで欲しいというなら飲んでやる」くらいに言っていた。ちなみにこういうときの私の返事は「あら、安いお茶で申し訳ありません。こんなものは出せませんわ、私とカミーユで頂きます。それと、残念ながら我が家で一番高いお茶がこれなのでアロン様に出す飲み物はありませんの。でも、存分にお喋りしてくださいね」だ。
そんなやりとりが常の私たちなのに、今日のアロン王子の様子はおかしすぎた。
「どうしたんです? なんか変よ」
「……あ、あのな」
「――手紙が届きました。確かに届けたというサインをお願いします」
隣国の王は返事がこないので、私にちゃんと届いていないのではと心配したらしく最近はサインを求められる。それにしても、せっかく口を開きかけてくれたタイミングとは悪すぎる。
「はいはい、サインね」
私はおざなりに返事をして適当にサインをすると手紙を受け取りアロン王子に向き合う。友人の異変なのだ、きちんと話を聞いてあげたい。
「何の手紙だ? サインって?」
話題が別のところへ行ってしまった。
「これ? 隣の国の王から」
私は適当に手紙をいつもの場所に投げ入れる。そこには、数日分の手紙が重ねられている。
「隣国の王……あいつとやりとりしているのか」
「しつこいから、仕方がなくね」
私は肩を竦めて見せたが、アロン王子はみるみる不機嫌になっていく。
「そうか、わかった。邪魔したな、返事でも書けばいい。じゃあな」
「はっ? なんで私が返事を――じゃなくて、用があって来たのでは?」
「もういい。お前なんて、パーティーに呼んでやらない」
拗ねたような叫びと共に、アロン王子は立ち去ってしまう。止める間もないくらいあっという間のことだった。
「……パーティーって?」
「王宮で、王子の婚約者を決めるパーティーがあるそうです」
カミーユが教えてくれた事実に私はなんとなく心がもやもやした。
「婚約者を決めるパーティーね……それで、私の目の前で不参加要求。生意気な……こうなったら是が非でも参加してやるわ」
私はどこか曇った心を隠すために、パーティー乱入計画を立てることにした。
「何が私なんかパーティーに呼ばないですって! 勝手に婚約者を選ぶ? 友人に相談もなしとか、ムカつく!」
「はいはい、ドレスの出来は完璧よ」
さすが公爵家御用達の仕立て屋は仕事が早い。急な注文にもきっちりと応えてくれた。
「後はどうしたらいい?」
「う~ん、髪型はあえてシンプルにかしら。王子、マリアンヌの髪を気に入っているでしょ」
気に入っているのかわからないが、よく弄ばれはする。
私はレイラと共にパーティーの準備をしている。これはすべてあの生意気王子をぎゃふんと言わせるためだ。
レイラに相談すれば、苦笑されたが快く引き受けてくれたので心強い。私は、完璧な装いを仕上げることができた。
ピンクブロンドの髪を半分結い上げて、残りをふわふわと背におろす。
ドレスは髪色に合わせてパステルカラーの淡いミントグリーンを選んだ。周囲は目立つために赤やピンクのドレスが多いため、私の控えめながら爽やかな色味は結構目立った。
「さすが王子の婚約者を選ぶだけあってみんな気合い入っているわね」
滅多に出ることのないパーティーに私は少しだけ圧倒される。
「はじめましてレディ。あまりお見かけいたしませんが、どちらの令嬢でいらっしゃいますか?」
「僕と一緒にダンスを」
「いえ、こちらでお話を」わらわらと集まってくる男たちに囲まれてしまい私は身動きができなくなる。
令嬢たちは皆王子狙いに忙しいため男たちは暇らしい。
「えっと……その、結構です」
パーティーで騒ぎを起こすわけにはいかないので、私は柔らかく断りをいれる。「おい、どけ」
「お、王子」
私が一向に減らない男たちに困っていると、一本の道ができる。
その道の先には、このパーティーの主役であるアロン王子がいる。
「あっ!」
「来い」
乱暴に手をとられると、私は半ば引きずられるように場所を移動する。
「どうして来た」
「……婚約者を勝手に決めるなんて生意気よ」
答えてから、私は改めてどうしてここに来たのか考えた、面倒事になるのだから放っておけばよかったのだ。
アロン王子は黙ったまま。私に告白したくせに……。でもあれは、友人として? そういえば好きとは言われてないし……って別にそんなこと言われたいわけじゃない!
あー、もう。どうして私がこんなにイライラするのよ!
一人で私がプリプリしていると、アロン王子がぼそりと呟く。
「綺麗だな……」
「な、なによいまさら。私をパーティーに呼ばないって言ったくせに」
「あれは、マリアンヌが隣国の王と仲良くしていたからだろ!」
「仲良くしてないわよ、返事なんかしてないし」
私の答えにアロン王子は目を見開いて驚いている。
「なら……求婚を受けないのか?」
「当たり前」
勘違いが解けたところで一旦沈黙が流れる。それを壊したのは、私でもアロン王子でもなかった。
「アロン様~。今日の私どうです? いつもみたいに褒めてください~」
甘ったるい声で乱入してきた令嬢に私は口を開いたままポカンとしてしまう。
だって口を開けば悪態をつくあの王子が褒めるんだよ! 私のこと綺麗って言ったのだって驚きだったのに。
「ふーん、褒めるんだ……」
「あら、あなたは褒められないの? アロン様はとっても優しい言葉をかけてくださるわ」
「へぇ~」
私はなぜか心が冷えていく気がした。パーティーに来たことも馬鹿らしくなった。
「リリアナ嬢、僕は褒めたわけでは」
「ふふっ、褒めたのではなく本当のことを言ってくださっていたと言いたいのですね」
二人のやりとりを私がこれ以上見る必要はない。ドレスを軽く持ち上げて、私は礼をする。
「お邪魔みたいなので失礼しますわ」
「勝手に来て、勝手に帰るなんて許さない!」
強い口調でアロン王子が私の腕を引く。隣にいた令嬢が信じられないものを見るような表情をしている。
「これがアロン様の本当の姿ですよ。マリアンヌ様以外との女性へは接し方がわからず私の振る舞いを真似してやり過ごしていたのです」
どこから現われたのか、アロン王子の護衛であるロードが何やら説明をはじめる。
「ア、アロン様は優しくて紳士で……」
「それは、興味のない方へのあしらいの対応です。アロン様は幼い頃からマリアンヌ様にしか興味がなくて――」
「ロード!」
ロードさんの言うことをまとめると、アロン王子は私にしか本心を見せないらしい。
「それって……」
「なんだ、はっきり言えよ」
赤い顔をしたアロン王子は素直じゃない。
「私のこと、友人として以上に好きとか?」
「馬鹿じゃないのか、今更! ずっと言ってきただろう」
おかしな取り巻きの一員だとは思っていたが、彼は本気だったと言う。
「マリアンヌ、お前がどうしても僕のことが好きだって言うなら選んでやってもいいぞ」
この状況で上から物を言えるのはさすがかもしれない。
私はどう答えるか迷う。
勝手なことを言うなと怒るのは簡単。でも、人の振り見て我が振り直せ……私は素直になってみることにした。
「うん、じゃあ選んで」
「な、なななな……本当か?」
「う~ん、どうだろう」
「なんだそれは! 今、言っただろ」
「アロン王子がどうしても私が好きだって言うなら、もう一回言ってもいいよ」
面喰った顔をした相手に私は吹き出してしまう。
どうやら、私たちが素直になれるまでにはまだ時間がかかるようだ。
「この国には、とっても美しい王妃様がいました。
でも、王様は褒めることはありませんでした」
「えっ~、どうして?」
母親に子どもは不思議そうに首を傾げる。
「それはね……」
「マリアンヌが綺麗なことくらい、昔からずっと知っている。今更どうして言う必要がある? みんなもわかっている、当たり前のことを褒める意味なんてないだろう。それより大切なのは、僕がマリアンヌを……す、す好きってことだ!」
ようやく素直になったアロン王子の言葉にマリアンヌは深く笑い、ようやく二人は手を重ねたという。