②騎士エンドあるいは世の中には知らない方がいいこともあるという話
これはまた別の道の話
激情を秘めた、しかし分をわきまえていた騎士の話
起きだしてからこれからどうするか考えた私は、結局いつも通りに振る舞うことに決めた。
支度をして部屋を出れば、こちらもいつも通りカミーユが控えていた。
「おはよう、カミーユ」
「おはようございます、マリアンヌ様」
いつもの習慣が何事もなく行われて私はほっとする。十年間変わらない毎朝の挨拶は私に落ち着きを与えてくれる。
カミーユの様子はいつもと変わらない。そういえば、昨日の告白大会もみんなと違い護衛という立場を踏まえての発言だった。
カミーユはどういうつもりであの告白大会に参加したのかな?
好意と言っても一口に色々ある。ただ主として好意を持っていたのに神に告白を促されたため、仕方がなく護衛としての発言に留めたとも考えられる。
「それだったら、なんか……むっー」
なんとなく不満を感じてしまう私は自分勝手だとわかっているが、どうにも面白くない。朝から何事もなかったかのように迎えに来てくれるのも護衛以上の感情はないと言われているようで面白くない。
「マリアンヌ様?」
私の感情の変化に気付いたカミーユが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「皆様がお待ちです」
「……そう」
心配してくれた後の言葉がよくなかった。みんなに会うのは正直気が重い。それをカミーユに促されたのも腹立たしい。
私はわざとらしく大きなため息を一つついて、カミーユに促された皆の待つ場所へと移動した。
「おはよう、マリアンヌ」
「おはよう」
私が顔を出せば一斉に声がかけられる。期待に満ちた目と挨拶は私に緊張しかもたらさない。
「早速だが、決まったか?」
優雅に人間の城で寛ぐ神に些か違和感を覚えるが、今はそんななことどうでもいいことだ。
私はゆっくり周りを見渡す。誰もが熱っぽい視線を向けてくる。私は未だにこれが信じられない。
「どうして? ……どうして」
私は動かしていた目をある一ヶ所で止める。
そこにはいつもと変わらない。私を護衛するために立っているカミーユがいる。その姿は一歩引いているように見える。
「……一応、告白に参加したならドキドキとか期待とかしなさいよ」
誰にも聞こえないように悪態をついた私だが、視線までは配慮しなかった。
じっとカミーユを睨み付ける。どうしてかと聞かれれば明白な理由など何一つ持っていない。それでも私はカミーユから視線をはずせなかった。
じっー
そんな擬音が聞こえそうなくらい、私はカミーユを見つめる。
どのくらいそうしていただろう?
それでもみんな息を堪えてじっと成り行きを見守っていてくれた。
そして、ずいぶんと経った後にカミーユが突然大きく動いた。
「えっ、きゃっ――」
あまりに突然のことで、私は短い悲鳴を上げてしまう。いきなり抱え上げられたのだから仕方がないだろう。
「おい!」
「待て」
走り去る私たちを制止する声と後ろから追いかけてこようとする足音が聞こえたが、すぐに邪魔が入る。
「もう道は決まった。邪魔はさせない」
神が何を言ったのか、私たちなは聞こえなかったが、それ以上の追っ手はこなかった、事実はそれだけだ。
「ね、ねぇ、カミーユどうしたの?」
いきなりの暴走に私はまだ頭が追い付いていなかったが、とにかくどうしたのかと問う。
「マリアンヌ様が……マリアンヌ様がいけないのです!」
「へっ?」
すべての責任をなすりつけるような発言に私は首を傾げてしまう。
「自分自身でも驚いていますよ、こんな行動らしくないと……でも! あんなに見つめられて冷静でいろと? そんなの狂っている」
カミーユは見たことがないほど表情を崩している。それだけで、なぜか胸が締め付けられる思いがした。
カミーユは抱えていた私を降ろして向かい合う形をとる。
「昔から、ずっとお慕いしておりました。ずっと、ずっと、我慢していたのに……あのような場でどうして俺を見たのです?」
一歩引いた態度はなく、誰よりも熱っぽく私を見つめて尋ねるカミーユがそこにいた。
私はどうしてかという明白な答えなど持ち合わせていなかった。ただ、どうしてもあの時カミーユに腹が立ち同時に逃がさないと監視するかのように見つめ続けなければいられなかった。
つまり、そういうことなのだ。
十年間、ずっと一緒にいた騎士は私にとってただの護衛ではなかったのだ。
ようやく、私は結論にたどり着き、そして認めた。
カミーユは私が考えている間、急かすことなく待ってくれている。でもそれを見て、私がカミーユを遠く感じることはもうない。
若干思うことはある――例えば、ずっとお慕いしていたっていつから? 私とカミーユの年の差は十ある。もしや、ロリコン? とかね。
でも、まぁ深く考えるのは止めておく。今は十五歳と二十五歳でなんとか問題なさそうだし。私はもう、カミーユとの道を選んだのだから。
「カミーユと同じ……だからだと思うよ」
私はどうしてという問いにようやく答えを出す。
大きく見開かれたカミーユの瞳。カミーユの珍しい驚いた顔を私が堪能することはなかった。
「今更撤回はできませんよ」
あっという間に引き寄せられてしまって私の視界はカミーユの服の色しかない。「うん、ロリコンでもなんでも来いだよ。カミーユなら大丈夫!」
「ロリコンとは……まぁ、甘んじて受けましょう。でも、すべてはマリアンヌ様ゆえなのですよ」
「あっ、また私のせいにした!」
私たちは二人で顔を見合せて笑い合う。
そう、ロリコンなんてなんてことはなかった……
「マリアンヌ様、危ないですよ」
「これくらい大丈夫よ。でもありがとう」
人から見れば私たちは以前と変わらない、主と護衛の姿だろう。
でも、私たちの中では通じ合うものが確かにあり距離感はぐっと近くなった。
そう、ぐっと。
「マリアンヌ様、着替えなど危険です! 俺がここに控えていますから」
「……無理だよ。侍女を呼ぶから」
はじめは、ちょっと過保護だ。それくらいに思っていた。それが、目覚めた時に目の前にいる、風呂場に現れる、そんなことが続くと気が休まらない。
「これって、護衛という名な公認ストーカーよ!」
「自分の恋人でしょ。それに世の令嬢たちはあんたをそれはそれは羨ましそうに見ているわよ」
カミーユの行動が行き過ぎていないかとレイラに相談したが、惚気と判断されてあっさりと切り捨てられた。
「羨ましがられるけどさ……」
「何が不満? 優しくて強くて両親受けもいいんでしょ? そういう人材がいたんだからいいじゃない……私なんてさ、はぁ――」
レイラはまだバイオレンスな仲間たちに囲まれているらしい。
「そっかぁ、私が贅沢なだけか」
ちょっと行き過ぎた行為も、まぁ愛情ゆえと言われればギリギリ許容範囲内だ。あくまでギリギリだけどね。
「でも、そうね。落ち着いて欲しいなら結婚もいいんじゃない?」
「結婚!?」
「マリアンヌのとこに婿入りすれば忙しくて落ち着くわよ」
レイラの提案に私は頭の中で想像を膨らませる。
婿になり忙しいカミーユ→ちょうどいい距離感→私は寂しいくらい→ラブラブ
「うん、それいいかも!」
この決断は私が恋愛脳になっていたせいで、もっと熟考すべきだったと後悔することになる。
私は早速、逆プロポーズを成功させるべく両親にこの話を持ちかける。
お父様は少し寂しそうにしながらも、カミーユは最も信用できる男だと認めてくれた。
かくしてカミーユは婿になることを認められる。
逆プロポーズにカミーユは狂喜乱舞した。そこまで喜んでもらえると、私も幸せだなと感じられた。
ただ一つ、結婚を前にカミーユが呟いた一言が私は気になっている。
「俺が護衛できなくなるのは不安だ……あぁ、一ヶ所に留め置けばいいか」
私は花嫁衣装やら準備が忙しくて、その言葉の意味を深く考えず流してしまった。
そして結婚――
私は今日もベッドの上であの日のカミーユの言葉を思い出す。
「足腰が痛い……また、ここから動けない」
それに対して、夫となったカミーユは深い笑みを浮かべる。
「今日も護衛は必要なさそうですね」
晴れやかな表情の夫が恨めしい。
「それでも、許してるんだから……これでいいのかな」
ちょっと腹黒くてストーカー、おまけにロリコンな旦那だが二人の間には確かに愛が存在する。
「でも、たまには外に出られるようにさせて――!」
私の願いが叶うのは、カミーユの仕事がお休みのときだけだった。