1、第一異世界人は美形
目を覚ましたら、そこは異世界でした。
見たこともない豪華な部屋に高い天井、我が家ではないとすぐわかる。そして私はさらなる衝撃を与えられる。
「あぁ、可愛いマリアンヌ。パパだよ~」
さらさらの銀髪美青年が私を覗き込んでくる。
「うぎゃ~(マリアンヌって誰?) みぎゃ~(パパっ何!)」
突っ込みどころは満載なのに、私の声は泣き声にしかならない。
「もう。泣かせたら駄目じゃない」
「だってマリアンヌを近くで見たいから……」
「いいから代わって。ほらっ、マリアンヌ。ママですよ~」
今度は燃えるような赤髪の美女が私を抱き上げる。
「むぎゃ~(こんな美女がママなわけない!) うわぁん(どうして抱っこ?)」
「ほらっ、俺が悪いわけじゃない」
「本当ね。でも元気で何よりだわ、私たちの赤ちゃん」
「びえっーーーん(赤ちゃん!)」
混乱した私はそこでようやく自分の変化に気が付いた。
手足は短くぷくぷくで、動かすといっても上下にバタバタしかできない。そしてさっきから声もでない。
それは、私が赤ちゃんになってしまっていたからだ!私は現実を受け入れられなくて、そのまま気を失うように眠りにつく。
赤ちゃんは眠るのが仕事、美形な両親は何も不審がらなかった。
「びえーん(ここどこ?)」
私は目覚めると突然知らない場所にいて叫んでしまう。
「お嬢様、お腹が空きましたか?」
恰幅の良い女性が微笑みながら近づいてくるが、私はこんな人を知らない。
「いいわ、私がやるわ」
「奥様。では、これを」
赤髪の美女が私を抱き上げて、ようやく私は状況を思い出した。
「あら、泣き止んだわ」
「抱っこして欲しかったのですね」
私が考え込んで静かなのを見て、女性二人は喜んでいる。
「あぶ~(どうもお騒がせしました)」
お詫びの気持ちを込めて私は泣き声以外を出してみる。そうすると、二人は顔を見合わせてからはしゃぎだす。
「笑ったわ!」
「笑いました、奥様!」
きゃっきゃっと手を叩いて喜び合う姿を見て、私は一仕事終えた気分になる。そうすれば、急に眠気が襲ってくる。
「今、笑ったと聞こえたぞ!」
とろとろと微睡もうとしていたところに乱入者。
銀髪の麗しい青年に、私の体は奪われて力いっぱい頬ずりされる。
「パパにも笑って見せてくれ~」
物分かりのいい優しい子なら、このくらいの願いは簡単に叶えてあげるのだろうけど私は違う。
「うぎゃ~(私は眠いの!)」
こうして私は転生したことを認めた。そしてその上で、赤ちゃんらしく好きに振る舞うことにする。だって眠気には抗うのは難しい。
「うるさくて、ごめんね。おやすみなさい」
「ごめんよ、マリアンヌ」
美男美女が両親なのにはまだ慣れないが、赤ちゃんの頭は柔らかいからきっと順応できる。
私はそう気楽に考えて目を閉じた。
それから私はすくすくと成長した。
「あっーだぁー(お腹空いたよ!)」
「あぶー(汗かいちゃっ、気持ち悪い!)」
「うぎゃー(ご飯まだー!)」
中々上手に赤ちゃんができていると思う。
こうしているうちに、私はこの世界について知る。
まず、出会う人はどう見ても日本人ではない。髪や瞳の色はバラエティーに富んでいる。
そして言葉と文字、はじめは意識していなかったがこれまたどうやら日本語ではない。どうして私が理解できるのかはわからないが、一から覚えるのは大変なので深く追求しない。
さらに生活様式も洋風。ふかふかな絨毯に、どう見ても展示品にした見えない豪華な家具に私は当初戸惑った、だって傷つけたら困る。でも慣れとは怖いもので、今では意匠の凝らされた細工が美しいカウチソファーに寝かされるとサービスで笑顔を見せてしまう。
そんなこんなで私はこの異世界についても受け入れた。
私が最も苦労したのは両親だった。
いきなり知らない人(しかも美男美女)にパパだよ、ママだよと言われてはいそうですかとはならない。前世の記憶があるから当たり前だ。
メタボを気にして、しみに悩む両親が懐かしい。
「ただいま、可愛いマリアンヌ」
いい加減、麗しい顔を近くで見ることには慣れてしまった。
「だっ、だっー(ごめんなさい、可愛いマリアンヌじゃなくて)」
両親が向けてくる愛情に私は申し訳なくて、いつも謝っていた。
「うーん、どうしてうちのお姫様は困った顔をするのかな?」
「あなたがいつも構いすぎるからじゃない。出会った頃のウザイくらいのアプローチを思い出すわ」
美女はいい笑顔でさらりとひどいことを言う。
「ウザイ……そうか、愛情がまだ足りなかったんだね!」
「あばば、ばぶー(どうしてそうなるの?)」
私のつっこみなんて気にせず、美青年は頬擦りしてくる。
「もう、嫌われても知らないわよ」
「大丈夫だよ。君が嫌わずに愛してくれたように、マリアンヌもこれで愛に目覚めてくれるさ! 何せ、君が産んでくれたのだから」「まったく……しょうがない人ね」
目の前で繰り広げられるよくわからない夫婦愛を放置して、私は一人胸のつかえがとれたように納得していた。
「だぁ、だぁ(私、この人から生まれたんだ)」
前世の記憶があっても、私はこちらで新しく生まれたんだと急に納得できた。
「ばぶ、ばぶ(美男美女じゃなくて、この人たちは……)パーパ、マーマ」
ようやくすべてを受け入れることができた私は、嬉しくてきゃっきゃっと手を叩く。すると、両親は顔を見合わせて飛んでくる。
「パパって呼んだ!」
「ママと言ってくれたわ!」
「ほらっ、愛が通じたんだ」
パパの言い分はあながち間違いではない。
私は感謝を込めて、もう一度呼びかける。
「パーパ、マーマ、だぁー(これからよろしく!)」
「賢い子だ!」
「さすが私たちの子ね」
こうして私は異世界に転生し、マリアンヌとなり、両親がとても美形であるということを受け入れた。
それにしても、異世界といえば美形というのは本当らしい。
私の目下の悩みは、私が平凡な日本人顔に成長して仲睦まじい両親が本当に自分たちの子どもかと疑わないかということだ。
まぁ、それもあと2~3年しなければわからないだろう。
とりあえず今は赤ちゃんライフを楽しもうと思う。