6章 炎の龍と水の決戦 6-18
その光景はまるでスローモーションのように感じられた。対象が大きすぎるゆえに現実感をともなわず、まるで悪い夢か何かを見ているようだ。
「氷河の溶けた水が、あれほどまでに……」
予想していたとはいえ、テロンは呆然とその光景を見つめた。
大河ラテーナの鉄砲水になるだけでは足らず、膨れあがった地下水が自ら北壁を突き破って流れ出してきたのだ。いや、流れるなんて緩やかなものではない――まるで噴火か爆発するような勢いだ。
ウルルルルゥ!!
さきほどから古代龍のものではない、甲高い啼き声が響き渡っている。東と西から流れる大河ラテーナが合流する場所に、通常では考えられないほどに長大な胴体をもつ蛇のような外観の魔獣がいた。
海の魔獣の例に洩れず、『海蛇王』は夜でも眼が利く。最高峰ザルバーン周辺の大陸氷河が消失したときの水が先駆けとして大河ラテーナの水位を上げたときを狙い、流れを遡ってきたのである。海の生き物であるウルにとって淡水は苦手であるはずなのに、自らの判断で駆けつけてくれたのだ――かけがえのない友人たちのために。
魔の海域の最上位種――海の怪物と古代龍の眼が合う。相手の力量を悟ったのであろう、ウルは全身を緊張させて古代龍と対峙した。
テロンは我に返り、ルシカを腕に抱いたまま、燃え盛る大森林アルベルトの木々の間を駆け走った。
周囲は赤、赤、赤――。古代龍は自らの体躯すべてを魔法陣と化し、荒ぶる炎の龍と変わり果てている。大森林アルベルトは、いまや南東部分のほとんどが焼失の危機にあった。
北壁を破壊して地表に溢れ出てきた水は、大地を猛進してどす黒く濁りきっていた。奔流は大森林を呑み込みながら『大陸中央都市』ミディアルへ向かっている。すでに森の高さを越える波となっているので、テロンにも押し寄せる水の壁は見えていた。まさに悪夢のような光景だ。
ウルルルゥゥゥルルルッ!!
ウルは幾重にも重なり尾を引くような凄まじい啼き声を轟かせて古代龍を牽制し、相手の巨大な体躯を回り込むように素早く大地を移動した。
倒れこむように長大な体躯を大地に横たえ、ミディアルへと向かう濁流を阻む。水の奔流は揺るぎのない壁となったウルの胴体に突き当たったことで、その方向を変えた。大河ラテーナへと流れ込んでいく。
まだラテーナには余力がある――そのまま海へと流れていくはずだ。だが、すべての水が順調に大河に流れていってくれるわけではない。地形の低くなっている場所に溜まったまま、大量に残った水が渦を巻いている。
テロンは破壊を免れていた遺跡のひとつを見つけ、階を駆け上って一番見晴らしの良い場所に立った。
「ありがとう。ここからは任せて!」
テロンの腕のなかで凛とした声が響く。ルシカが双眸を開いたのだ。テロンは頷き、足場が確かであることを確認して、ルシカを降ろした。
夜明けの太陽の色の瞳には白い魔導の星々が宿り、美しく煌めいている。ルシカは細やかな腕先を揺るぎない動きで虚空へと滑らせ、舞を踊るようにしなやかな体を回し、腕を上へと差し伸ばした。然るべき動きによって、この世の魔導の理を紡ぎ出したのだ。
ルシカは『真言語』を高らかに叫んだ。
「――大地を潤おし命を育む水よ。かたちを成し、我らに標なき道を!」
腕先から生じた青の光が輝きながら空中を駆け奔り、立体魔法陣を組み上げていった。眩いほどに輝いた魔法陣の中央で、ルシカは魔導の力を自らの内より解放していた。
大地に渦を巻いていた水がその流れを止めた。次の瞬間、ぐん、と勢いをつけて空中へと浮かび上がる。どす黒く濁っていた水の色は変わっていた。泥や岩砂は大地に落ち、まるで青の光を内包して水そのものが輝くように透き通っている。ゆらゆらと、こぽこぽと、波紋や泡のごとくさまざまに変化する光の輪を数多描きながら、空中に凝った水の架け橋は緩やかなアーチとなって大地と大河とを繋いだのだ。
それは神の起こした奇跡であるかのような――この上もなく美しい光景であった。
規模こそ違うが、それはテロンやクルーガーたちが何度も眼にしてきた魔法だった。ルシカがふたりの誕生日に決まって披露してくれた『水の造形』と称された技芸。ルシカが一番得意としている魔導の技――それは本来『水』に属する魔導の最高位魔法であり、専門の魔導士のみが行使できる大いなる力であった。
魔法の制限から解放されている『万色』の魔導士であるがゆえに、ルシカが実現可能としている奇跡の技の数々のひとつ――。
「『水制御』か……!」
テロンは息をすることも忘れてその光景に見入った。そして、その魔導を行使し続けている妻のルシカに畏敬の眼差しを向けた。
魔導特有の透けるような青の光に照らされた、すべらかな肌。やわらかな金の髪は、放出される魔力によってあるはずのない風に揺れている。青に染め上げられた光景のなかで唯一のあざやかな色彩は、あたたかな夜明けの太陽の瞳だ。ルシカはその腕を差し招くように、支え導くようにゆっくりと動かしている。
空中に架けられた水の橋から、まるで霧雨のように細かな水滴が地上に降り注いだ。荒ぶる炎が宥められ小さくなっていき、どす黒い煙は鎮められ静かに掻き消されてゆく。さらに水は通廊となり、本来水のなかを移動する『海蛇王』にとって確固たる足場となった。
シーサーペントと古代龍が戦闘を開始した。青の輝きに支えられた海の生き物と、炎さながらに輝く体表を持った始原の存在――両者は凄まじい唸り声をあげて互いの距離を一気に詰めた。
ウルは長大な胴体をぐんと持ち上げて牙を剥きだし、巨大な頭部をゆらゆらと動かした。相手の隙を誘おうと試みる。
古代龍は顎の損傷のためか、尾を持ち上げてウルを牽制している。確かに片方の顎骨が半ば露出している状態で炎を吐けば、効果が減ぜられるどころか自らの眼球を焼きかねない――テロンがルシカを救うために穿った傷は、古代龍の戦闘力を削ぐ結果にうまく繋がったようだ。
傷が不利を生じていることに古代龍も気づいたのであろう。前脚がヒクリと動く。『治癒』の魔導の技を行使しようとしているのかもしれない――。
「ウル!」
テロンは思わず友人に注意を促そうと声をあげかけた。だが、ウルはきちんと気づいていたようだ。魔導士であるルシカとともに戦ってきた経験から学んだのだろう。
ウルは古代龍に素早く頭突きを食らわせた。しなるような胴をバネとして頑丈な頭部をぶつけたのだ。凄まじい衝突音とともに双方の巨躯がぐらりと傾き、絡み合うように両者ともが倒れた。
どうん、と大地が揺れる。地表をひたひたと覆っていた水が飛沫をあげて空中高く飛び散り、下敷きになった木々がバキバキと凄まじい音を立てる。彼らより小さな生き物が手出しができる状態ではなさそうだ――テロンがそう思ったとき、光が幾筋も古代龍に向かって飛んだ。
『魔導弓』から放たれた矢であった。兵士たちは国王の指示に従ってミディアルまで引いているはずなので、リーファやマウ、リンダたちによるものだろう。矢は正確そのものの狙いで、ウルに当たることなく古代龍に突き刺さった。真空によって生じた魔法の刃が龍の表皮を切り裂いてゆく。
シーサーペントはその隙を逃がさなかった。ウルは首を伸ばし、長い胴体を水の流れる大地に滑らせるようにして相手の後方へ回り込んだ。二本の鋭い牙を古代龍の背にズブリと埋める――テロンが痛手を負わせていた背中の傷をしっかりと見定めて。
浅いとはいえなかった背骨の傷に重なった、さらなる痛みに仰け反るようにして古代龍が激しく身悶えた。右の前脚が麻痺したようにだらりと下がる。
――小癪なぁあああああッ!!
古代龍が怒りを爆発させた。その身に綴られている『真言語』から灼熱の炎の塊が撃ち出される。今度はウルが苦痛の啼き声を発した。そのなめらかな表皮が燃え上がる。
ルシカがすぐに『水制御』で友人に水をかけて火傷を癒した。
彼女は水を制御する魔法を維持するため、魔導の技を行使し続けている。そのため、ずっと魔力を使い続け、展開された魔法陣を保っているのだ。魔法の中断と魔導の力の暴走を懼れ、いまの彼女には誰も触れることができない状態だ。
――魔獣のクセに、ちっぽけな人間ごときに組しようというのか? ふざけるなッ!!
古代龍は憤然と思念を放ち、シーサーペントにのしかかった。だが、ウルはするりと身をかわし、ルシカの維持する水の架け橋のなかに飛び込んだ。そのまま天へと登り、古代龍の頭上へ逆落としに突っ込む。
古代龍は不意を突かれ、大地にズシャリと叩きつけられた。地表を覆う溜まり水に押しつけられ、その身に纏っている炎が凄まじい蒸気を生じる。だが、古代龍のほうが重量があり、力がある。シーサーペントがその身を締めつけようとするが、あまりの高温に思いとどまる。
「――無理するなウル、任せろ!」
素早く駆け寄った魔竜プニールの背から、クルーガーが跳んだ。手に構えている魔法剣が青白く光り輝いている。氷の属性魔法が付与されているのだ。
「てやぁああああぁぁぁッ!!」
唇から迸った気合いの掛け声とともに剣の魔法効果が解放され、凍てつく刃となって古代龍の胸に突き当たった。青白い光が爆発し、古代龍の巨躯が衝撃で揺れる。衝撃が突き当たった箇所の周囲が一瞬で凍りつき、ベキベキと鱗を爆ぜ割って内部の肋骨まで砕いて陥没させた。藍色の血が噴出し、華のごとく咲き開く――。
魔術と剣士の気迫が融合した類稀なる剣技――凍てつく八寒地獄の名を持つ、クルーガーが最も得意とする技『紅蓮衝剣』であった。
さしもの始原の龍も、一瞬瞳のいろを失って首を仰け反らせかけた。だがすぐに頭を起こし、凄まじい憤怒の形相を魔剣士に向ける。クルーガーが舌打ちし、魔法剣を眼前に構えて防御の体勢を取る。
だが、灼熱の炎はクルーガーに当たらなかった。奮然と突っ込んできた魔竜が彼のいた空間を横切ったのだ。舌打ちしたのは古代龍のほうだ。クルーガーはプニールの背に掴まって攻撃を回避したのである。
その魔竜を追うように首を向けた古代龍に、シーサーペントが噛みついた。古代龍は意識を目の前の魔獣に戻し、動く左腕を素早く動かした。再び空中に赤く輝く魔法陣が描き出される。
ウルルルルルル――!!
ウルの苦悶の叫びが響き渡った。至近距離から灼熱の炎を浴びたのだ。ルシカが彼に水を注ぎかけたが、すぐには動けそうにもない火傷を胴に負ってしまった。
――とどめだ!!!
古代龍は尾を振り上げた。地面に半ば埋もれたウルの頭部を狙って。
ルシカが『水制御』の魔法陣を展開させたまま、もうひとつの魔導の技を行使しようと片腕を振り上げる。
「ルシカ!?」
無茶だ――テロンは思った。だが、彼女が友人の生命を救う為に躊躇をすることは絶対にないのだ。ルシカはひとつの魔法陣を維持しつつ、同時にもうひとつの魔法陣を描き出した。テロンも意識を集中させ、自分のなかの魔力を体術の『気』に変えて、自身のなかで技を練り上げる。
テロンとルシカは同時に自分たちの技を放った。テロンは『氷結螺旋旋風』を、ルシカは『空間凍結』を――結果それぞれの力がひとつに重ね合わされた。融合された技は空間を切り裂いて翔け、古代龍の体躯を包み込んだ。
ルシカの放った『空間凍結』が大気の水分を瞬時に凍結させ、テロンの放った『氷結螺旋旋風』が大気を渦巻かせた。まるで竜巻のように激しく渦巻く強大な力が、この空間にたっぷりとあった水を氷の剣や槍や矢と変えて……古代龍の表皮を、骨を削ってゆく。
龍は凄まじい悲鳴をあげた。体を埋め尽くしていた『真言語』が破壊され、そのひとつひとつが空間を捻じ切ってゆく。一字一句が魔法陣といわれている、途方もない力を秘めた魔文字なのだ。それが破壊された衝撃は、怖ろしいものであった。古代龍の全身が襤褸布のように引き裂かれ、藍色の血が飛び散って水の溜まった大地を染める。高温の血潮はそこかしこでジュウジュウと音を立てた。
――ぐあぁぉぉおおぉぉッ!!!!
古代龍の眼が、テロンとルシカに向いた。まるでスローモーションのように、古代龍が尾を振り上げる光景がテロンの眼に映る。先が細く鋭く、まるで先を尖らせた鋼の破城槌のようだ。それが自分たちに――いや、真っ直ぐにルシカに向けられ、空中を切り裂いて迫ってくる!
ルシカがオレンジ色の瞳をいっぱいに見開く。その虹彩には魔導の白い輝きが宿っている。すなわち、魔導の技を行使している最中なのだ――ルシカは完全に無防備だった。テロンはルシカの前に飛び出した。
自分の名を呼ぶ声が聞こえた気がした。
だがテロンの意識にあったのは、たったひとつのことだった。絶対に護らなくてはならない。その先端で彼女を貫かせはしない――たとえ自分の身がどうなろうと、この後ろにだけは絶対に抜けさせない……!!
テロンは腕を突き出し、古代龍の尾を掴むように受け止めて渾身の力を籠めた。だが『聖光気』を纏った腕であろうとも、体であろうとも……それは止められるような勢いではなかった、そのはずであった。
先端が切っ先となってテロンの胸に迫る。心臓の上だ。その向きを逸らせることなど考えられなかった。ただ、止めることだけを考えていたのだ。
切っ先が衣服に突き刺さる。たとえ鎧を着込んでいても結果は変わらないであろう。テロンは自分の死を覚悟した。
だが、尾の先端はそこで止まった。胸を抉る、まさにその直前であった。
「――テロン!!」
ルシカの声が聞こえ、時間の流れが戻ってきた。テロンは瞳をあげて眼前の光景を見た。
古代龍の体躯に魔法剣が突き刺さり、牙が埋められ、鉤爪で切り裂かれ、魔術と幾本もの矢が突き刺さっていた。テロンが握りこんでいた尾の先端が震え、支える力を失ったようにずるりと落ちていく。
「テ……ロン」
声に振り向くと、心底安堵したような表情のルシカが力尽きたように地面へと頽れるところだった。
「ルシカ!」
テロンは急いで腕を差し伸ばし、愛する女性を抱きとめた。顔にかかっていたやわらかな髪を手でそっと除けると、彼を見上げるルシカと眼が合った。澄んだオレンジ色の瞳は涙で潤み、テロン自身の顔が揺れ映っている。
「ルシ――」
口を開きかけるテロンより先に、ルシカが大声をあげて泣き出した。首にしがみつき、きつく体を彼に押しつけるようにして、激しく泣きじゃくる。久しぶりに見る彼女の様子に、膝をついたままのテロンは呆気に取られて継ぐ言葉を失った。
怒っているのだか安堵しているのだか、おそらく彼女自身にもわかっていないのかもしれない――それほどまでに心配をかけてしまったようだ、とようやく思い至る。さっきまで無我夢中で、他に何も考えられなかったのだ。
ルシカは何度も彼の名前を呼んでいた。そういえば、海に落ちて記憶を失ったときにもこんなことがあったな……とテロンは思い出していた。
「まァッたく、無茶をするところまでルシカとよく似てしまったか。夫婦だなァ」
ため息とともに吐き出された安堵の滲む言葉に顔をあげると、そこに双子の兄が立っていた。マイナやリーファ、ティアヌ、マウ、リンダやシャール……ついでにメルゾーンの姿も、遺跡の階の下にあった。どの顔にもほっとした表情が現れている。
その向こうには、倒れこんだように横たわったままのウルの姿もある。頑丈で知られる魔の海域の魔獣なのだ。生命に別状はなさそうだ――仲間たちの無事を知り、テロンはようやく心から安堵した。
テロンは兄クルーガーに片眉を上げて微笑してみせ、それからまだ嗚咽しているルシカの背を抱きしめてから何度も撫で擦り、その肩を優しく掴んで起こした。
「すまなかった、心配をかけて。夢中だったんだ」
ルシカがしゃくりあげながらも赤くなった眼をこすり、頷いたので、テロンは彼女のやわらかな唇にそっと口づけをしてから、ふたりで立ち上がった。
――我……は死する、訳には、ゆか……ぬ。……よ、おまえを生き……らせる為に。
いまにも途切れそうな思念が、消えそうになりながらも空間に響き渡った。テロンは思わず妻を自分の背後にかばうようにまわした。
倒れ伏していた巨大な体躯が、ずるりと起き上がったところであった。仲間たちが警戒して各々の武器を構える。だが、テロンにはわかっていた。もはや古代龍からは生気も殺気もほとんど感じられず、逝きかけている瀕死の状態にあることが。
ルシカもクルーガーもそのことを理解しているのか、ただ静かな視線を向けていた。
古代龍は左右に一枚ずつを残す翅で這うように空中を飛び、よろよろとフェンリル山脈の奥に戻っていく。立ちはだかる峰のひとつひとつに巨大な体躯をぶつけつつ――その様子を見て、テロンは空が明るくなっており、いつの間にか長かった夜が明けつつあることを知った。
ルシカがテロンに寄り添うようにして、哀しみを含んだような声でつぶやいた。
「追い討ちをかける必要はないわ。古代龍の魔力も体力も、すでに生命を維持できる限界を遙かに下回っている……」
「ルシカさんも……危ないところじゃないですか……」
クルーガーの隣まで歩いてきたマイナが涙混じりにそう言った。
「そうね、平気……ではないけれど」
そう言ってルシカはちょっと笑った。そして真面目な顔になって言葉の先を続けた。けれど、言いにくそうに口ごもりつつであった。
「あたしたちは……先にザルバーンに行かなくちゃならない。すべてに決着をつけ、悲しみの連鎖を未来へ繋げないためにも……でも、そこで何があるのか、どうすれば良いのかは行ってみないと説明できなくて……」
「――行けばわかるのだな」
テロンはそれ以上訊かず、ただルシカの言葉に頷いた。彼女にもそれ以上説明ができないのだろう。互いに良く理解し、信頼し合っているゆえに、そういうことは伝わってくるのだ――夫婦なのだから。
「いまならおじいちゃんの気持ちがわかるわ」
そうつぶやくルシカの震える手を、テロンは自分の手で包み込んだ。兄クルーガーが口を開く。
「しかしルシカ。先回りするとしたら、あの塔の場所に『転移』で飛ぶことになるんだろう。だがおまえの魔力はもう限界だ。無理をして、もしおまえに何かあったら――」
兄の懸念にテロンは思わずルシカを見た。ルシカはテロンの手をきゅっと握り、彼を安心させるようににっこり微笑んだ。彼女は仲間たちに向けていった。
「心配しないで。そのとおり、あたしは限界だけど。でも――」
ルシカは言葉とともに腕を差し伸ばした。その腕先の示す数歩先の虚空に、突然光が生じた。小さな輝きはすぐに大きな光になる。あふれる朝日に負けないほどの眩い、さまざまな光を集めて重なり合わせたかのような生命そのものの白き輝きが、ゆっくりと静かに脈打つ光となって。
「ルシカ。これはまさか」
テロンは呆然とつぶやき、やわらかく微笑む妻の顔を見つめた。ルシカがゆっくりと頷く。彼は妻の肩を抱いて、仲間たちとともに光に向き直った――。