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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
2.出会いと別れと再会と
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カーディナル 2

すぐにカーディナルを連れて家に戻った。

花屋の女性は一人増えていることに驚いているようだった。

適当に説明しておいて治療に入ることとなった。

何故だかカーディナルは花屋の女性を部屋から出した。


「…さーて、治療を開始しましょうか」


カーディナルが少女に近づいたときだった。

初めて少女がぴくりと動いた。


「…おじさんだれ?」

「おじさんはただのしがない司祭だよ。今から君に病気を治す魔法をかけるからじっとしておいで」


そういうとカーディナルは小さな少女にぐいっと顔を近づけた。

少女は何も反応せずただまぶたを上下させた。


「うーん…君は目が見えていないのかな」

「…うん」

「君はそれをお姉さんには話していないのだね」

「…むかしは少しは見えたの。けど、ちょっとまえからもう何も見えなくなったの…」


だからエルヴィンたちが初めにここを訪れた時になんの反応も示さなかったのか。

しかしこのカーディナルはなぜそんなことがわかったのだ。

エルヴィンが驚いた顔をしているとカーディナルはにこりと笑った。


「君みたいな子をたくさん見たことがあったからもしかすればと思ってね。お姉さんの事はここにあまりにも綺麗な花が飾ってあったものだから」


確かに見えないのに少し変かもしれない。

見えなくても飾ることはあるだろうが、においがするような花でもない。

最初は間抜けだと思ったがあなどれないとエルヴィンは思った。


「今から術をかけると君の目は少しは回復するかもしれない。ただ完璧に治すことはできない…それでもおじさんを許してくれるかな?」

「…うん」


少女は頷いた。

それからカーディナルは何か口で唱えながら指で空に何かを描くような動作をした。

治癒術をかける時の術式だ。

しばらくすると少女の身体はあわい光を帯び出した。


「…はい。おしまい。今の僕に出来るのはここまで。ゆっくり、目を開けてごらん」

「…」


少女はまぶたをゆっくりと動かした。

そのあと何度か瞬きをする。


「…あ、見える。光が。身体もなんだか調子がいい」

「そう…それは良かった」


これが治癒術なのか。

エルヴィンは間近でこの術を見るのは初めてであった。


「わたしの病気、なおせないの?」

「残念だけど完治させるのには時間がかかるね。だけどその時間を分けてくれる人が今は少ないんだ。だから君のところまで来るのは難しいかもしれない。僕のいう事、わかるかな?」

「…うん」


子供に対して随分と厳しい言い草ではないだろうか。

たとえその声音がとても優しいとしても。


「でもおじさんは出来るだけがんばってみるから君は諦めずにその時まで生きているのだよ」

「うん、がんばるね」


少女はやっと笑顔を見せた。

結局少女には生きる希望が宿り、結果的には良かったのか。

自分はほとんど何も出来なかったことがなんとなく悔しかった。


「…かならず」


ウルリヒが何か呟いた。


「必ずわたしは月を解放すると誓う」


エルヴィンも初めてそうしたい、と心から思った。


女性には出来たことだけを報告した。

あまり何も出来なかったのだが、それでも女性は何度も何度もお礼の言葉を述べた。

エルヴィンはなんとなく居たたまれなくて、早々と家を出てしまった。

カーディナルはしばらく捕まっていたようだが、紋章を返さないとならなかったので待っていた。


「いやはや参った。物凄くお礼されちゃいました」

「お疲れさん。おい、ウル。さっきの返してやれよ」

「うん」


ウルリヒは懐から紋章を取り出してカーディナルに手渡した。

カーディナルの顔が突然崩れるように腑抜けた。


「いや~どうなることかと思いましたぁ。不良さんに捕まるなんて僕もツイてないなあとか」

「誰が不良だよ」


まったくつかめない男である。

大事なものをうっかり落としてしまう間抜けかと思えば頭の回転は遅くは無い。


「…ところで結局カーディナルって何なの?」

「ああ…カーディナルっていうのは教団の最高指導者、聖君の補佐係みたいなもんだよ。聖君の名代で色んな事するんだって」

「へー、すごいんですね」


カーディナルは照れたように情けないような笑みを浮かべた。


「で?そのカーディナル様がなんでこんなとこにいるんだよ。お共もつれないでさ」

「今回は密命で…あ」


それをバラしてどうする。

矢張りこいつは間が抜けているようである。


「まぁいいか。実は僕みたいな特使が各国や街をめぐって情勢を見ているのですよ。あとは教会にも寄ったりして抜き打ち審査とかしてますね…でもまあ、今回はもっと別の目的があるのだけど」

「別の目的?」

「…それは内緒にさせておいてください」


うそ臭い笑みを浮かべてはいるが、これ以上は何も聞き出せないような威圧感を感じた。


「…ところでカーディナルさん」


ウルリヒが突然一歩進み出た。


「はい?」

「えらいのなら…えーと…聖君のところに連れて行ってもらえませんか?」

「…え?」


今度こそ確実に、素でカーディナルの顔が引きつった。

エルヴィンも軽く。


「わたし達は月を解放したいのです。それには聖君と会わなければならないって聞きました」

「…月を解放?」


なぜ言った、とエルヴィンは思った。

バカにされるか信じられないか、いずれも良いことはない。


「ははは…壮大だね」

「信じてないですね。本当です。わたしがそう預言しました」

「…え?君は預言者?だったらさっきのはなんだったんですか!」

「わたしは治癒術が出来なくて…あの、説明が面倒なんですけど」


随分ぶっちゃけたものだとエルヴィンは顔をしかめた。


「君が解放するの?」

「いえ、解放するのはこちらの彼」


目線がいっきにエルヴィンの方に向く。

余計なことをするんじゃない。


「…まぁ彼も魔術は使えないんですけど、なんとあのヴェンデルベルトの系譜です」


調子の良いことをいう。

エルヴィンは無性に恥ずかしくなった。


「…ヴェンデルベルトの系譜…それはすごい…しかし君はエルヴィン…神子のエルヴィン君かい?」

「…知っているのですか?」

「まぁ系譜だけでもすごいけど、君は結構有名ですよ」


魔術が使えない魔術師なんてエルヴィンくらいなものだろう。

カーディナルは何故か納得したように頷いた。


「んー…ちょっと面白いかもなぁ」

「え?」

「いや、君達を聖君に会わせられるかはわからないけど、僕に付いて来てもいいよ。少々回り道をしますが必ずフォルトゥナートへ向かうつもりですから。そこで聖君との面会を打診してみましょう」

「言ってみるもんですね!」


ウルリヒは調子良く笑った。

なんだか調子が良い。

調子が良すぎるのですはないかとエルヴィンは思った。


このまま行くのは少し怖いような気がする…が、今は進むしかない。

早く月を解放するために。


「カーディナルって名前じゃないですよね。なんて名前なんですか?」

「僕はアヒムと言います。そっちがエルヴィン君で…君はなんというのかな?」

「わたしはウルリヒ。よろしくお願いします」


こうして旅の仲間に一人の僧侶が加わった。

そもそもこの僧侶を信用していいのか…エルヴィンの不安は増すばかりであった。

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