太陽の照らす道
「…いやあ、面白いおもしろい」
冷え切った空気を突然打ち破ったのはウルリヒの気の抜けた声と気の抜けた拍手だった。
口元には何故か笑みが浮かんでいる。
今の、何が、面白いのか。
エルヴィンは咄嗟にウルリヒに何か言おうとしたが振り向いたウルリヒの何か自信に満ちた笑顔に制止された。
「面白いお芝居です。なかなか臭いですね、学長さん」
「…何が言いたい」
「エルヴィンが本当は神聖であり、強大な魔力を持っている事は明白です。そうでしょう?」
何もかもわかっている、とでも言いたそうにウルリヒは嬉しそうに微笑んだ。
学長は片眉を上げた。
「どういう事だね?」
「血の証明でなくとも、エルヴィンの強大な魔力は隠しようがないって事ですよ」
「…まるで知っているかのような口ぶりだね」
「見ました。見ましたとも。わたしこの目でちゃんと見ました。エルヴィンの強大な魔力」
「まさか、魔術を?」
「残念ですけど違います。抗魔力ですよ」
おそらく、当人であるのにさっきから話の展開についていけない。
更に聞きなれない言葉にエルヴィンは首を傾げるしかなかった。
「…抗魔力だと…」
「たぶん、ご存知だと思いますけど、神子の一人がエルヴィンに攻撃を仕掛けたんです。その時エルヴィンは傷ひとつ付かずピンピンしてました」
確かにそういう事はあった。
実際には腕にかすり傷を負ったのだが。
よく意味がわからなかったが、学長の顔色の変わりようを見て重要なことであると理解できた。
「…なるほど…抗魔力…それは確かに…」
それは自分の潜在能力を示すものなのか。
エルヴィンは居ても立ってもいられなくなってついに口を開いた。
「なんだ抗魔力って」
「学校は教えてくれなかった?」
ウルリヒは何故かちょっと困ったように微笑んだ。
「知られて困るような事でもないと思うけど。抗魔力っていうのはその名の通り魔力に対する力。
その大きさは潜在魔力に比例するんだよ。というか魔力が抗魔力に変わるのかな?
君があの神子の攻撃で傷つかなかったのは神子の魔力より君の魔力の方が遙かに大きかったから、という事」
「そういうことだったのか!」
妙に納得してしまった。
それは魔術を使えなくとも魔力を持っていれば自然と発揮される。
「これでエルヴィンが魔術師で神聖であるっていう証明は簡単ですよね」
「…脅しかね」
「まさかまさか。わたしはちょっとエルヴィンを貸していただければそれでいいのです。もちろんユーリエさんには手を出さないでくださいね。証明した通り彼女は無実です」
ウルリヒが学長を丸め込もうとしている。
学長はしばらく黙っていたが、最後には威圧的に言った。
「ああ、よかろう。認めよう、君の言い分」
「わぁ、太っ腹ですねぇ!ではわたし達は失礼しますね」
さっさと軽やかに部屋を後にしようとしたウルリヒを学長は立ち上がって止めた。
「待て」
「まだ何かありますか?」
「君達はフォルトゥナートに向かうのだろ。もし、君達が本当に月を解放するというなら聖君に会わなければならないだろう」
「助言ですか?」
「いや、これは挑戦だ。聖君は現人神に等しき存在。そう簡単に出会えるものではない。しかしもし出会う事が出来たなら…その時はエルヴィン君を真の神聖と認めよう」
突然エルヴィンに視線を向けられ心臓が軽く跳ねる。
自分は今まで偽者だったために、今、本当に認められたいと漠然と感じた。
エルヴィンは学長の前まで進み出た。
「…わかりました。全部やってのけますよ」
「では、聖君と出会えたならこの石を渡すといい」
学長がエルヴィンに手渡したのは薄く青みがかった美しい石だった。
丸いのにキラキラと輝く不思議な石。
「…わかりました。必ず聖君に会います」
「それではわたし達は失礼します」
学長にひとつ礼をしてエルヴィン達は部屋を後にした。
「…さて、神聖君子…月を解放するという若者等、如何になされる…?」
後に残されたのは低く笑う学長のみであった。
学長の部屋を出てそのまままっすぐ神聖学園都市の出口へ向かった。
この道を歩くのはいつぶりだろうか。
出口が近づくにつれて胸が高鳴るのをエルヴィンは感じた。
「忘れ物はない?」
「ない」
「よーし、じゃあ旅の始まり、だね!」
出口には二人の門番が居たが何も言わなかった。
エルヴィンは胸の高鳴りを抑えながら一歩を踏み出す。
「俺はもう充分冒険した気分だけどな」
「それは世界が狭い。でもきっと今からは広い」
足を止めずにそのまままっすぐに広がる道へと歩を進める。
ウルリヒがその横を歌いながら嬉しそうに歩いた。
「…その歌…最初教室のとこで歌ってたのやっぱりあんただったのか…」
「そうだよ。いい歌でしょ」
「いい歌かどうかはなぁ…」
ただ妙に耳に残る曲だと思った。
歌詞は無いのか意味の無いハミングや言葉を繰り返す。
「あ!」
ウルリヒは突然思いついたように立ち止まった。
「もう一度よろしくしておこう!」
「なんでだよ」
「だってエルヴィンはまだわたしの名前をマトモに呼んでくれたことないでしょう」
「そうだっけ?」
「…一回くらいは言ってたかもだけど」
適当だな。
人の名前を呼ぶ事に慣れていなかったのでなんとなく呼ばなかったのかもしれない。
ちょっと考え直してからウルリヒに向き直った。
「…そうだな。じゃあ、よろしくウルリヒ」
「ああ、よろしく。大いなる魔術師エルヴィン」
「なんだよそれ…」
ウルリヒがあまりに嬉しそうに言うので必要以上に照れてしまった。
しばらく絶対ウルリヒの事を預言者とは呼ばないと心に決めた。
そのまま暫く歩いていると、ウルリヒが呟いた。
「…で、フォルトゥナートって何処にあるの?」
「まぁ…期待はしてなかったけどお前本当に土地勘ないな…」
よく学園都市までたどり着けたな、と思ってから本当の預言の脅威はここにあるのではないかとエルヴィンは思った。
その考えを振り切ってエルヴィンは頭の中で地図を思い出した。
「ここから先に港町があるから、そこから船に乗って行けたはずだ」
学園都市からフォルトゥナートへは行き来する者が多いために交通の便は良い。
しかしウルリヒは顔をしかめた。
「船かー。わたしここに来るときアレに乗ったけど、苦手なんだよね…」
「何でだ?」
「なんかこう凄く気持ち悪くなって吐き気がして体調がすこぶる悪くなるんだよ…波がゆらゆらして…」
「…船酔いだろ、それは」
「船酔い?」
先ほどは随分と頼もしく見えたウルリヒであったが、一歩外に出るとまるで頼りない。
田舎者というのは本当なのだろうが、いざとなったら頼りにしたいと思っていたので旅の先行きが少し不安になった。
己がしっかりしなければ、と心に言い聞かせた。
「そういえば、ウルリヒは神聖なんだろ?誰の系譜なんだ?」
「系譜…?」
「…お前知識に偏りがありすぎだろ」
さっきは自分も知らない知識も披露してみせたのに、とエルヴィンは思った。
街までは歩いてまだあるし、色々説明がてら話すのもいいだろう。
「えーと、神聖っていうのは神聖族の異能を引き継いだ者の事だろ。そこのところは理解してるよな」
「それはまぁね」
「それで神聖族の異能っていうのは遺伝子で引き継がれるわけだから、血の証明をすれば最後の神聖族の中で誰のものを引き継いでいるのかわかるんだよ。まぁ、つまりご先祖様って事だな。それで大体の系統がわかるんだけど…」
「ふんふん。エルヴィンはどうなの?」
「俺はヴェンデルベルトだけど…」
「ヴェンデルベルト!それ、わたしでも知ってるよ。一番有名な神聖族の魔術師じゃないか。偉大な力をもっていたとかいう」
自信満々にどうだ、とでも言いたげなウルリヒ。
間違ってはいないが。
「アバウトだなぁ…そもそも神聖族が何故滅んだかというと力を悪用しようとする一派と保守派の一族内戦争が起こったからなんだな。
その戦争は保守派の勝利で終わったわけなんだけれども、犠牲者の数は半端無くて一族の者はほとんど死に絶えた。そこで普通の人間と交わる道を選んだわけだ。
そしてその戦争で保守派を勝利に導いたと言われているのが最強の力を持っていたらしいヴェンデルベルトだ。
そして戦争で生き残ったやつ等が最後の神聖族と呼ばれていて教団を作ったんだ。
二度と悪用しないようにと教えを残した。
それで一族の系譜を絶やさないために血の証で系譜を辿れるようにしたっていう話だ」
ウルリヒはしばし黙って聞いていたが、エルヴィンの説明が終わると深く頷いた。
「うん、なるほど。そうなのかぁ…じゃあエルヴィンは教団の始祖の子孫ってわけだ」
「あぁ…でもまぁ、大昔の話だから子孫っつってもたくさんいるだろうしなぁ…」
「君は血だけではなく力も受け継いでるんだ。ホラ、なんだか運命的じゃないかな」
ウルリヒは嬉しそうに微笑んでからまた頷いた。
嬉しくなくはないが、何にでも良い方向に考えられるのが羨ましいと思った。
「はぁー…その自信どこからくるかなー。いいよなぁ、何でも良い方向に考えられて」
「ふふ、まぁね」
ウルリヒは少し空の方に目線を向けながら歩く。
エルヴィンはその後ろをのんびりと歩いた。
「わたしは出来るだけ綺麗なモノばかりを信じて生きたいんだ」
随分と夢見がちなことを言うのだな、とエルヴィンは思った。
確かに夢みたいな話ばかりしているがなんとなく現実主義のような気がしていた。
「そんなこと可能かな…」
「はは…ついつい人っていうのは汚いことばっかり目がいっちゃうからそのくらいで丁度いいかなって思ってるんだよ」
「なんだそれ…」
それでもなんとなく、彼の言いたい事がわかるような気がした。
「…あんたはそういう勉強とかってしなかったのか?」
「学校とかは行ってないけど…長老が村の子にそういう話してくれてね~」
「長老か如何にも何でも知ってそうな響きだな…」
「うん、ボケボケしてたけどね」
それってどういう形容詞なんだと思いつつも想像しているうちについ流してしまった。
その後も他愛も無い話や田舎の話、外の世界の話をしながら歩いた。
街に近づくと見たことのない服飾の人々が増えてついつい目がいく。
雰囲気も神聖学園とは全然違い、そんなに離れていないのに別の国に来た気分だった。
いよいよ街の中に入ると人の数はいっきに増えて雰囲気の違いも顕著になった。
建物の造りは似ているが装飾やデザインは全く違う。
商店もあり、働いている人達が忙しなく動いていて活気がある。
静かな学園内とはまったく違う。あと大人が多い。
「こらこら、エルヴィン。それじゃあ君の方が田舎ものみたいだよ」
「…そうだな」
否定できない。
気づけば色々きょろきょろじろじろしてしまっている。
本物の田舎ものに言われてしまった事が一番切ない。
突然横から笑い声が降ってきた。
「お兄さん、もしかして神聖学園の神子様?」
「え…あ、ああ…」
一応、と心の中で付け足しておいた。
話しかけてきたのは籠の中に花をいっぱい入れた女性だった。
「じゃあ、この街に来た記念に花を買わない?」
「花…?花って売り物になるのか?」
学園にはそこかしに咲いていた。
季節事に色とりどりの花が大量に。
籠に入っているのも珍しい花ではない。
「花は立派な売り物ですよ。家に飾ったり、プレゼントしたり、人にお見舞いしたり…」
「はぁ、そうなのか」
学園ではそんなことしている奴はいなかった。
庶民感覚とズレているんだなあ、と感じてしまった。
「そう…そういえば神子様、このような事を直接お願いするのは失礼だと思いますが実は助けて頂きたい事があるのです」
急に神妙な面持ちになって真剣に懇願する女性に少し驚いた。
助けてほしい、という事は神子の力を期待して言っての事だろう。
だから今すぐ訂正しようと思った。
「わかりました、出来る事ならなんなりと」
もちろんそう言ったのはエルヴィンではない。
深く頷いたのはウルリヒであった。