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月と魔術師と預言者と  作者: カザ縁
1.魔術の使えない魔術師と、自称預言者
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ウルリヒの力

何のためにあるのか、校舎の地下には牢屋のような部屋があった。

鉄製の扉に厳重そうな鍵がかかっている。

その内側へと入れられてしまったエルヴィンとウルリヒは小さな部屋の中で途方にくれるしかなかった。

正確に言えば途方にくれているのはエルヴィンだけであった。

ウルリヒはなにやらもの珍しそうに部屋の中を眺めまわっていた。


「わたし、こんなトコに入れられたの初めてだよ。うわぁ、天井が高い…」

「俺だって初めてだよ…それよりこれからどうなるんだろう、もうホント。俺悪いことほとんどしてないと思うけど」

「災難だね」



ほとんどがアンタが原因だよと言いたくて睨んだ。

学長の話によるとエルヴィンは初めから神子で無く“何ものかの意思により送り込まれた一般人”としてスパイ容疑まがいの扱いになっているらしい。

エルヴィンはもちろんそんな事は覚えのないことだ。


「素直に間違いが認められないんだろうねぇ」

「当然だよ…教会に間違いがあっちゃならねぇし…しかも神子でもないのに数年間神子扱いだったわけだからなぁ…」

「不思議な話だねえ。だって君は間違いなく神聖なのに」

「まったく…理不尽っつーのはこの事だな。俺は小さい頃に教会のやつらにここに連れて来られたってーのにさ…」

「ふーんそうなんだ…でもさ、君には温情ってことで何も罰を与えられないんでしょ?」

「んー…そうだけどよ…」


その手続きが終わるまでここにいなければならないらしい。

エルヴィンにはもうひとつの気がかりがあった。


「それよりお前は間違いなく犯罪者だぞ。結構重いと思うけど」

「んー…そうだなぁ。でもわたしにも弁解の余地くらいはあると思うんだけど…」


あっても侵入者であることは変わりないだろうが。

危機に瀕していると思われるのに随分余裕なウルリヒの顔に逆にこっちが心配になった。


「なぁ…お前には危機感ってもんがないのか」

「あるよ。このまま月が消えちゃったら困るからね」


危機感の具合がやたらと壮大である。

自分の身より世界の身を案じるのは彼が大物であるからだろうか。


「そういう事だからさっさと行こうか」


いきなり立ちあがるウルリヒ。

鉄壁の扉の前に立ちふさがる。


「…行く?」

「さっき言ってた所…えーと、フォルトゥナートでしょ」

「……どうやって?」

「徒歩で?」

「…いや、どうやって出るのって話」


ウルリヒは考えようもなく腰からいきなり何かを取り出した。

それは照明に当たってキラリと銀色に光る長い棒。

よく見たら穴が数箇所開いている。


「…横笛?」

「そう。すごく重いんだよコレ」

「…で?それでどうするんだ?吹くのか?」

「いや…わたし笛は吹けないから…でもこれはこうやって…」


何を思ったか突然扉に向き直った。

そして軽く腰を落として片足を後ろに下げて力をこめた。


と、思ったらいきなりその笛で思い切り扉を叩いた。


「……」


目の前の光景やら爆発的な音やらであまりに驚きすぎてエルヴィンは声もでなかった。

扉には人が一人通れそうな穴がパックリと開いていた。



「…よいしょ、んしょ。ほら、エルヴィン早く」


名前を呼ばれてやっと目が覚めた。

いつのまにやらウルリヒは穴を通って扉の外である。


「…今のは魔術だろ」

「いやー…わたし魔術が使えるほどの魔力は持っていないからねぇ…」


じゃあいったいなんなんだ。

とことん意味不明な人物である。

とりあえず扉の外に這い出た。

軽く腰が砕けてしまって足が震えているのがかなり情けなかった。

しかしさっきの爆音で守衛が数人駆けつけて来てしまった。


「なっ…扉が…この扉は魔術では壊せないはずだ…」

「魔術じゃないよ!」


ウルリヒは横笛を突然振り回したかと思うとまた壁に穴を開けた。

呆然と見たのは今度はエルヴィンだけではない。

守衛らもその圧倒的パワーに逃げ腰になってしまっている。

エルヴィンもウルリヒの事を結構怖いのではないかと思い始めていた。


「わたしは逃げないけど釈明くらいはさせて欲しいな。ここで一番エライのってさっきのおじさん?だったらおじさんのところまで連れて行って欲しいなァ」

「が、学長のことか…それは…」


出来ない、と言いたいのだろうがこのウルリヒの脅しともとれる暴走暴力にしり込みしている。

面白いぐらい空気に飲まれてしまっている守衛を見ているとなぜだか気持ちが大きくなってきたエルヴィン。


「じゃあ俺が学長室まで案内する」


エルヴィンの言葉に守衛の一人が慌てた。


「ま、待てそれは駄目だ…私が行こう」

「助かります」


その後守衛に挟まれて学長室まで歩いた。

ウルリヒの態度は相変わらず堂々としていたが何処からどう見ても犯罪者扱いなのに変わりはなかった。

学長室の前まで来ると守衛が溜息まじりに扉をノックし、学長の返事と共に扉が開かれた。


「…何のつもりだ」

「す、すみません…学長。この者の力、あまりに強大で我等では力及ばず…」

「…もういい、下がれ」


数人の守衛は礼ののちに去っていった。

学長はウルリヒの力を聞いて怖くないのだろうか。


「堂々と脱獄とは…君を甘く見ていたようだな」

「扉を壊しました。そのことは謝ります。でもわたしにだって言い分かあるので、扉代は不当に拘束された慰謝料という事で」


ちゃっかりしているというか、肝が据わりすぎている。

その心の余裕を分けて欲しいとエルヴィンは思った。


「では釈明して頂こう」

「わたしは田舎者なので礼儀作法に疎いことは予め留意してください。まぁ、それででですね、わたしだって別に最初から不法侵入しようと思って来たわけじゃないですよ。と、いうか不法侵入したつもりはありません。わたしがこの学園に訪れた時、守衛さんは居ましたけど普通に入れてくれましたよ」


それは初耳である。

エルヴィンも多少驚いている。


「ふむ…君は神聖だろう。年齢的にも学生と間違えられたのだろう」

「そこですよ!わたし普通に迎え入れられて普通に入ったんです!間違えたのはそちらでは?」


口八丁、という言葉がエルヴィンの頭の中に浮かんだ。

よく万策尽きないな、と内心少し感心してしまった。

しかしこの発言は効いたようで学長はしばらくの沈黙の後溜息をついた。


「…ふぅ。確かに…こちらの非は認めよう…その代わり」

「わかってます。守衛さんのミスは黙っていればいいんでしょう?」


黒いものを見てしまった。

蝶よ花よと育てられてきた自分にとっては中々シビアなシーンに緊張した。


「しかし」


突然学長の声が今までより低くなった。


「奉仕係のユーリエ。あれだけは処分させてもらう」

「…なんだって?」


ユーリエはまったく関係ない。

エルヴィンは納得できなかった。


「あれは君を神聖なる神子の聖域に招きいれた。更にはエルヴィン君、君をこの学園に潜入させたというスパイ容疑がある」

「なっ…んなバカな!関係ないですよ!彼女は!だいたい俺は誰かに潜入させられたとかじゃ…」

「君が真実を知らないだけかもしれない」

「そ、それは…」


このままではユーリエが危ない。

そう思うと頭の中が真っ白になってとにかく発言しなくては彼女を助けることが出来ないと思った。


「俺は…俺は偽者なんかじゃ…」

「…教会の君に対する審査は誰かの手によって操作された。それが今のところの真実。君は神聖ではない」


その言葉だけは。

自分にどれだけ言い聞かせてきた。

だけど、こうして、他人に言われて想像以上のショックを受けた。

真っ白だった頭にたくさんの声が響いたような気がした。

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