導きの力
部屋に戻って旅できるような服に着替えていて頭が冷えた。
「……やっぱり行くのやめたほうが」
「この後に及んでまた言いますか」
言ったのは手伝ってくれていたユーリエ。
服もユーリエが用意してくれたものだった。
「このような騒ぎを起こしたのですから、ココにも居づらいのでは?」
「それは、まぁそうだけど…」
起こしたのは自分じゃないのに、とエルヴィンは思った。
どうも自分は不幸を引き寄せる体質なのではないかと疑いたくなるような現状だ。
「それにあなたはあの魔術をも退けました」
「ん…うん。それはまぁ…」
何故だかわからないが魔術を潰すことができた。
それはなんとなく単純に嬉しかった。
本当に預言のおかげなのかも、と思ってしまうくらい。
「…でも本当に俺でいいのかなァ」
もし本当にウルリヒが月の預言をしたのだとしても。
それが自分で本当にいいのだろうか。
ユーリエは作業の手を止めてエルヴィンの目の前までやって来た。
「エルヴィン様。私はあなたを信じています」
「…でも」
「あなたが月の解放者だと思っています。しかし信じるとは、そういうことを言っているのではありません」
ユーリエは昨日のようにまたエルヴィンの手をとった。
「エルヴィン様がたとえ何をなさろうとも、私はエルヴィン様を見放したり、裏切ったりはしないと、最後まで信じ続ける。そういうことです」
「…ユーリエ」
優しい光を宿すユーリエの目を見ていると、とても恥ずかしくなってきた。
なんとなく手を離してしまった。
「ありがたい…けど、なんでだ?なんでお前はそんなに俺を信じてくれるんだ?会話もしてなかったのに」
「…神子様とは用件以外、口を聞いてはいけない決まりなのです」
「あぁ…そうなんだ…でもなんで今…になって?」
今更、と言いかけてやめた。
そんなことを言うとユーリエを傷つけてしまうと思ったから。
「…私は…僭越ながら…あなた様のお力になりたいと常々考えておりました」
「つ、つねづね…いつもか」
「いつもです」
力強く頷くユーリエ。
なぜ、彼女はこんなに自分に尽くそうとしてくれるのだろう。
「なんでだ?」
「…それはわかりません。しかしそうするべきだと思ったからです」
彼女は少しの間の後、瞳を伏せてそう言った。
正直一番近しいと思っていた女の子からこんなことを言われて嬉しくないはずない。
心はかなり揺れ動いている。
「それこそ運命の力…預言の力なのかもしれません」
「…そうか」
もし、本当にそれが“力”だというのなら。
その力にぐいぐいと強く引っ張られているような感覚だった。
「…先生に挨拶くらいして行くべきなのかなぁ」
呟きながら扉の外に出るとウルリヒが待ち構えていた。
旅しやすいように出来るだけ軽装と考えて着替えたが、ウルリヒの格好は民族衣装なのか何なのか、布が折り重なったような複雑な格好をしている。
しかし長らく旅してきたせいか汚れや年季が感じられる。
「その服…汚れてる割りには傷は少ないなぁ」
「わたしの村の伝統的な織物だからね。ま、長旅になるだろうから服には気を使わないとね」
そこでお洒落というところに気を使わないのは彼が田舎者だから何なのか。
「じゃあ早速出かけようか!」
「ちょっとそこまで、みたいに言うなよ。アテはあるのか?」
「まぁ全然ないんだけどね!」
なぜか自信満々に言い切るウルリヒ。
要は何も考えてはいないという事なのだろう。
「わかった…じゃあ挨拶ついでに俺の担任のとこにいってみようぜ。ちょっと強請ればなんか吐くかも」
「…案外怖いこと言うねえ」
ウルリヒの眉が初めて顰められた瞬間だった。
授業の時間なのでこの時間の学内は異様に静かでほとんど人の気配はない。
担任はこの時間帯の授業はもっていなかったために直接教員塔に向かった。
幸い他の教師や管理係に出会うこともなくすんなりと目的地までたどり着くことができた。
そしていつものように二回ノックする。
「先生、エルヴィンです」
中でばさばさと何か薄いものが落ちる音のあと重いものが次々と落下するような音がした。
確実に中で慌てている。
しばらくしてどうぞというか細い声が聞こえたので遠慮なく開け放った。
「え、エルヴィン君…授業はどうしたんだい?あ、扉は閉めておいてね…」
「俺、今から学園を出る事にします」
「え?え?い、いまから?どうして?なんで?」
おろおろとしだす中年男。
永遠にオサラバ、という言葉が頭の中をハイテンションで駆け巡った。
「月を解放したいです」
「え!?」
かなり驚いたようで動きが止まった。
なんと言おうか迷っていたが、この男が相手なら何言っても平気なような気がする。
「まぁやることも無いし、今まで勉強したこと役立てたいなぁと」
「そ、それなら教会に行ったらどうだい?あそこなら…」
「すみませんけど、もう決めた事なんで。それよりも何か月の解放に関して知ってることってないっすか?」
何か言いたそうにちらりちらりと目を動かしながら担任は挙動不審に動き回った。
文章にならない切れ切れの言葉を発しながら。
横にいたウルリヒが何故か笑った。
「おもしろい人だね~」
「あーそうだな…」
しばらくすると担任はようやくエルヴィンの正面に向き合った。
「あー…その事は…ここではちょっと…き、教会に…フォルトゥナート神聖教会に行ってみるといいんじゃかな…」
「フォルトゥナート神聖教会…」
フォルトゥナートは神聖教団の総本山の町である。
そこにあるのがこの国最大の教会にして最高指導者、神聖君子が居るフォルトゥナート神聖教会だ。
確かに神聖に関することならそこに行くのが一番ではあるが…。
「大司祭クラスになると何かわかるかもしれない…と、思う」
「うーん…そうですね…」
確かにそこぐらいしかないが。
だけど行ったところで笑われるか門前払いかのどっちかだ。
「フォルトゥナート?そこに行けばわかる人がいる?」
「わかる人が聞いてくれるかどうかはともかく蔵書だけはここ以上って話だけど」
それも見せてくれるかどうかわからないが。
一度行ってみようとは思っていたから最初の目的地としては良いだろう。
「じゃあ、俺は行きますんで後のことはよろしくお願いします」
背を向けて歩きながら言った。
教師の顔は二度と見ないようにして立ち去ろうとドアノブを押して扉を開けた。
「!」
ドアを開けると、外に居たのは大勢の管理係と教師達…だと思われる人々だった。
完璧に囲まれている。
「…エルヴィン君。君を行かせるわけにはいかない」
「学長自ら…また、なんというか…」
まずいなぁ、とエルヴィンは思った。
白い髭を蓄えたやたらと風格だけはある学長が目の前に立ちふさがった。
学長はウルリヒに視線を移し変えた。
「侵入者を捕らえよ」
管理係の中でも守衛の男が数人でウルリヒを取り囲んだ。
捕まってしまった事には焦ったが、侵入者であるウルリヒが捕まるのはまぁ、わかる。
「あ、あの。すいません。コイツは俺がすぐ連れ出すので許してくれませんか」
「…それは出来ない。エルヴィン君、君も同罪だ」
「な、なぜですか!」
学長は厳しい威圧的な目つきでエルヴィンに言った。
「…お前は神子ではないからだ」
「…!」
それが学園側が下した判断だった。